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テーブルにはピザが3枚とサラダボウルが1つ。それからドリンクバーのお茶とカルピスソーダが並んでいる。それぞれ適当に取り分けて食べるために取り皿とトングも用意した。
こうやって席に座ってようやく手嶋くんと2人で食事をするのは先日の喫茶店を含めたら二度目だと気が付いた。手嶋くんは気やすい性格をしているからずっと前から友人だったような気がしているが、実際行動を共にし出したのは先月のことだ。とはいえ、どこに行くにも基本的にユキを交え三人で行動しているし、入学してからは教室が大概違う上に会うとしても部活動中になるからか二人きりになることがまず少ない。なるとするならば最近三人で通い始めた自動車教習の座学くらいだろうか。
自動車教習は各々適宜空き時間を見つけては授業を取っているので、取る授業はまちまちだ。だが入所時期が同じなのもあって、総合的な進み具合は案外横並びなのだろう。時折待合場所でユキや手嶋くんとばったり出会ったり、教室で見つけたりはしょっちゅうだ。恐らく仮免試験や高速教習は我々三人組んで行う事が出来るだろう。
「そういえば免許進み具合どう?私そろそろ第一段階取り終えんねんけど」
2枚あるピザを二人で手分けして切りながら言う。私の切ったピザは大きさがてんでバラバラで、手嶋くんの方はというと手馴れた店員のように美しく八等分されている。彼はこういう所で微妙な器用さを発揮するらしい。そういえば紅茶を楽しむのが趣味だと言っていたから、もしかしたら料理に関わること全般がそこそこ得意なのかもしれない。……ピザを八等分する行為を料理というカテゴリに含めてもいいのならの話だが。
「あー、俺も学科は全部取った。実車があと一回。……なあ名字ちゃん、等分って分かる?」
「ピザカッターって人間も切れんのかな」
使い終わってチーズの油を付けたカッターを端に置いて手を合わせる。アツアツのピザを食べるのは何だか特別な気分になって好きだ。これがあるだけで今日は何かの記念日だったような気さえする。
ユキの教習はどれくらい進んでいるのだろう。仮免試験は実施される日が決まっているから、同じ日に受けれたら実車試験は同じ車に乗り合わせられるのではないだろうか。
ユキといえば、彼が飛び出してから部室に戻った時手嶋くんは何かを言いかけていたような。
「名字ちゃん、あのさ」
「手嶋くんそういえば」
ピザを一口飲み込んだタイミングで口を開くと、手嶋くんも丁度何かを言いかける。今日は手嶋くんの発言が遮られがちな日なのかもしれない。声が被ったことで一瞬の沈黙が流れる。
「ごめん、何?」
先に話のリードを譲ったのは手嶋くんだった。つくづく人と話すのが上手い彼はこういう時にすぐ言葉を発する事が出来るらしい。思えば食堂で南條先輩と会った時や、入学式の時に金城先輩や荒北先輩に真っ先に挨拶をしたのも彼だったような気がする。
「あー、いや。んー……」
私が言うつもりだったのは手嶋くんが何かを言いかけていなかったか?ということで、今手嶋くんは再び何かを言おうとした訳だ。もしかすると同じことを言おうとしたのではないか?
様々な思考が頭を駆け回って、言葉にもならない言葉を発してしまう。その末に、まあいいかと開き直って最初から聞きたかった事をそのまま口にする事にした。
「部活始まる前に中迫さんに呼ばれたやろ?そん時手嶋くんも何か言いかけてたやんか。アレなんやったん?」
手嶋くんはそれを聞いて、「あー……」と間延びした声を上げながらカルピスソーダを一口飲んだ。私もそれに続くようにお茶を一口だけ飲んで、紙ナプキンで口を少し拭う。チーズの油が唇から離れて紙ナプキンへと移った。
「それ言おうとしてたんだよね。名字ちゃんさあ、水族館とか好き?」
「へっ?」
あんまりにも予想出来なかった返答に思わず素っ頓狂な声を上げる。とっさに口を押さえた手をゆっくり離して冷えたコップに触れて冷静を装った。一応言うと、水族館は好きでも嫌いでもない。どちらかといえば好きと言えるだろう、という程度だ。
「あ、ごめん。そんなだった?」
手嶋くんの顔はずっと見えているのに話の先が全く見えない。一体どういう理由でそんな話をしているのだろうか。手嶋くんは実は水族館マニアだったとか、そういった話だろうか。水族館の経営者と繋げて欲しいのだろうか?それとも誰かが私を水族館に誘おうとしていて、私の好みを探っておいて欲しいと言伝されている?
回る思考はどうも的を射ていない気がしてならない。
「そんなことは無いけど……何で水族館なん?」
「いやー、静岡に行くなら沼津?の深海水族館に行けって青八木に言われて。あ、青八木って覚えてる?」
沼津はここから電車を乗り継ぎ一時間弱の場所にある海沿いの町だ。歩いていれば富士山が見え、反対を向けば海が見えるという立地から、最近はオシャレなカフェも多くあるらしいと聞いている。
「勉強会で一緒やったスプリンターの人やろ?覚えてるよ。青八木さんって水族館とか好きなんや」
「さー、どうだろ?」
曖昧な手嶋くんの返事に思わず笑う。青八木さんは口数が少なくて、手嶋さんを間に挟まないと会話が成立しないくらいだった。逆に言うと青八木さんのあの無言を読み取れる、ツーと言えばカーというくらいの以心伝心っぷりに感心した覚えがある。だからこそ、彼にも青八木さんの分からない部分があるのかと面白くなってしまったのだ。
「でも青八木は絵上手いから、深海生物とか好きなのかも。あ、ありがと」
サラダを適当に取り分ける。上に乗っているトマトやエビがうまく平等になるように慎重にしていると、手嶋くんからお礼が飛んでくる。適当に等分されたボウルの一つを自分の方に引き寄せ、もう一つを手嶋くんへ手渡す。
「絵上手いと深海生物好きなん?……まあいいや、それで?」
話の続きを促しながらサラダを一口食べる。一人暮らしを始めてからというものしっかりとしたサラダを食べたのは久しぶりな気がする。いつもキャベツを適当に切って適当に食べているのだが、食生活を見直す必要があるのかもしれない。
「こっから沼津って微妙に遠いだろ?一人で行くのは勿体ないかなって思って」
「……ああ!」
私はどうやら水族館に誘われていたらしい。考えすぎて、逆に真っ先に思い浮かぶはずの選択肢だけが頭から抜けていた。合点がいった私の声に手嶋くんが笑う。このタイミングまで誘われていることに気がつかなかったのだから当然だ。
「ええやん、おもろそう」
「ほんと!?」
「え?うん」
肯定を声にした途端、食い気味に手嶋くんが少し身を乗り出す。すぐにそれに自分でも気がついたらしく、咳払いをして席に座りなおしていた。そこまで一人で沼津に行くのが寂しかったのだろう。確かに、一人でぼんやり電車に揺られたりする時間は正直暇だ。それが一人旅の醍醐味でもあるのだが。
いや、彼のことだから電車よりも自転車かもしれない。そうすると、私はバイクで後を追うのだろうか?実のところ、バイクと自転車の並走は会話には不向きだ。なんせバイクはエンジン音が大きく、加えてフルフェイスのヘルメットで耳も保護するため喋るのにも聞くのにも大変で、大きな声で喋るしかなくなってしまう。
「ユキには声かけた?自転車で海沿い走りながら行っても素敵かもなあ」
「あー、まあ」
自転車で行くなら私よりもまずユキに声をかけているだろうと思ったが、手嶋くんの歯切れの悪さを見るに断られたのかもしれない。ユキは水族館やかわいい喫茶店などにさほど興味が無い。どちらかというとカラオケとか、ロッククライミングなどのレジャーが好きらしい。高校の頃は学校以外で遊ぶとなったらお互い気になっていた映画を一緒に観に行くくらいで知らなかったのだが、時々荒北先輩とバッティングセンターに遊びに行ったりしていたらしい。
水族館なんていうどちらかというとチルな空間はユキ的には反りが合わないのだろう。
「そっか、ユキって深海生物とか嫌いそうやもんね」
加えて彼はゲテモノ系があまり得意ではないから、深海生物のような変な形をした生物を進んで鑑賞するようなことはしなさそうだ。高校の頃ジビエ料理に誘ったらものすごく渋い顔をされた思い出が蘇る。ちなみに、そのジビエはシキバくんと真波の三人で食べにいった。
「そうなんだ?」
「あれ、声かけてへん?」
「あ、いやいや。嫌いそうだなって俺も思って」
なお歯切れ悪く言って、ピザに手を伸ばす手嶋さんの顔は言葉に反してなんだか嬉しそうだ。深海水族館なんて物珍しいし、可愛いカフェにも立ち寄れるだろうから、その日は一日割としっかりしたレジャーだ。私もつられてなんだか楽しみになってきた。思えば、こちらに引っ越してきてからというもの目まぐるしい日々を送ってばかりで、きちんと観光に出向くのは初めての事だった。
「ほないつにする?今月やったら私は━━」
◯
「てことなんやけど」
『ん?あー、ふーん……?あ、何?それ言って俺にどんな反応求めてんだよ』
手嶋くんと別れてから、一応ユキにも話を通しておこうと思いLINEを送ったが、少しだけ考えてその後にすぐ電話をかけることにした。私もユキも文面はドライな方だから、何となく慮るような内容の場合は正直冷たく見えてしまう節がある。中学の頃なんかはそれが原因で友人と喧嘩をすることもあったくらいで、文字と声の与える印象のギャップを考慮することには案外気を遣っている。
実際電話をかけるとユキはひどく間延びした声で応答してくるあたり家でダラダラとしているのだろうと想像がつく。後ろではうっすらと音が聞こえるから、ゲームをやっているかテレビを見ているのだろうか。これは文面では分からないことだ。
「いや、別にどんなって訳では……。ただ、三人でいっつもおんのに急に自分の知らんとこで二人が遊んでたん後で知ったら嫌ちゃうかなって」
手嶋くんの歯切れの悪さを考えるともしかしたらユキに遠慮してまだ声をかけていないのではないかと思ったが、どうやらそんなのは杞憂だったらしい。ユキはその話を聞いて「ああそんな事言ってたな」といったような反応だったのだ。私の電話は特に意味が無かったというわけだ。
『あー、まあーそうかもしんねーけど……お前らに関しては別にどうでもいいわ』
「何でよ!!!」
『うるせっ情緒不安定か』
スマートフォン越しにユキの雑なツッコミが刺さる。軽いテンポの掛け合いは箱根学園のメンバーではユキが一番得意だ。次点で銅橋。関西での日々をうっすら想起させるこのテンポが結構好きだ。
「急にデカイ声出したらおもろいから……。まあそれはいいとして」
『良くねえよ』
「ユキは?」
言外に「行くのか、行かないのか」を込める。変わらず聞こえてくる音によくよく耳を澄ませると、多分ゲームだろうと見当がついた。話し声というよりも、雄叫びに近い声が断続的に聞こえるからだ。アクション映画という線もある。
『俺はパース』
「あ、そお」
そういえばユキは最近ファイナルファンタジーをやり直してるだか、新作を買っただか言っていたような気がする。彼はアウトドアな趣味がほとんどだが、ゲームも嫌いではないようだ。特にロールプレイングゲームを腰を据えてやるのが好きだという。なんだか寝室に間接照明があって寝具が黒そうな趣味だと思ったことは墓まで持って行く心意気だ。
『何、来て欲しかったわけ?可愛いとこあんじゃん』
「うーわ、自惚れんな」
はっはっはと爽やかな笑い声が耳に流れ込む。電話の向こうのこいつはなんでこんなにも上機嫌なのだろうか。一瞬飲酒の可能性がよぎったが、ユキに限ってそんなことはないだろう。自宅ということと、ゲームをやりながらの会話だからかもしれない。
『手嶋と二人でしっかり出掛けんの初めてだからビビってんだろ』
ユキは面白おかしく言ったが、私にとっては割と深く刺さる槍のような言葉だ。実際のところそれは本当で、今日二人で食事で行くのにも初めてだということで柄にもなく少し緊張してしまっていた私が手嶋くんと二人で出掛けて大丈夫だろうかと思ってしまうのは仕方がないだろう。それを急にユキに指摘されてしまったのだから、私も少し言葉に詰まってしまった。多分ユキにもそれは伝わっているだろう。
私はどうやって人と仲良くなってきたのだろうか。環境が変わるたびに毎回思うものの、全く答えが出ないのだ。
『まあ、精々仲深めてこいよ』
私の気持ちを察したのだろうユキが一言一言を置くように言う。彼は手嶋くんと走った経験もあるし、理系ということもあって被っている授業も多い。同性ということも勿論あって、私より手嶋くんとは仲良くなる速度が速かった。だからこそユキの発言に繋がるのだろう。
「ちぇっ、上からぁ〜」
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