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入学最初の大会は大きなハプニングも無く終わった。予想通り、明早からは新開さんが出てくることになったらしい。直線鬼は未だ健在で、我々が躊躇していた場面で迷いなくアタックを仕掛け、反応が遅れ全力で背中を追ったものの僅差で負けてしまった。メンバーとしては一年主体であったにも関わらず、チームとしての完成度が高かった。といっても2位だ。初めての大会としては好調の滑り出しと言ってもいい。
「名前!おーい!」
表彰までの間、ほんの少しだけ時間が空いたので新開先輩と少しだけお話することにした。待合テントの前でフラフラといろんな人と言葉を交わしたり交わさなかったりしている新開先輩に話しかけるのは少し気が引けたが、先輩の周りをウロウロとしていたら向こうが気付いて声をかけてくれた。新開先輩は身長が高いから、大きく振る手もブンブンと音が聞こえてきそうだ。
「新開先輩。お久しぶりです」
小さく頭を下げて改めて新開先輩を見れば、いつの間にかすごく距離が縮まっていた。一年と少し、数度しか会っていなかったというのに、そんな時間経過を感じさせないフランクさだ。
「久しぶり。どうよ、大学生活は」
「やー、忙しいっス。あっちこっち行かなあかんし、部も自由度上がって色々すること増えてもーて」
うんうんと大きく頷いて新開先輩は顎に手を当てて周りを見渡した。何かを探すような仕草に、つられて私も辺りを見渡してみるが、色々な学校の学生たちが好き好きに行動しているため、新開先輩が何を探しているのか見当もつかなかった。
「おめさん、雪成たちとは一緒じゃねえの」
「ああ、あの人らならまだクールダウンしてるんちゃいますかね」
隣り合って同じ方向を見ていた新開先輩を見上げると、少し残念そうに「そうかあ……」とつぶやいていた。ユキもきっと新開先輩とお話したいだろうから、その内くると思いますよと伝えればすぐにいつものように薄く笑った顔で頷いた。
「新開先輩はどうですか?福富先輩と、こ……、石垣先輩も。体調崩してはりません?」
心配する私に新開先輩は快活に笑ってみせた。下がった眉が彼の甘い顔つきをより甘くしていて、新開先輩は大学で女性に囲まれているのではないかと想像し、安易に想像出来てしまうことに私も笑った。
「母親みたいなこと言うな、名前は。はは、大丈夫大丈夫、寿一も光太郎も元気だよ。今日は別のとこに行ってるけど、またどっかで会うこともあるだろ」
「ですね。あ、あれ行かはります?高校のインハイ」
表彰式のアナウンスが場内に響く。総合一位の明早エースが待合テントに入っていくのを見て、三位の新開先輩もそれに続くように動き出した。
「多分行くと思うけど、そんなに長居しねえよ。お前も行くんだろ?また現地で会おう」
「あ、はい!また」
それだけ言って、新開先輩は背を向けて手を軽く振った。爽やかなその仕草に、新開先輩も変わらないなとホッとしたのは秘密にしておこう。
「おー、名前ちゃん」
そろそろチームのテントに戻ろうかと踵を返したところで、待宮先輩がこちらに向かってくるのが見えた。待宮先輩は先に私に気がついていたらしく、軽く手をあげて私を呼んだ。
「待宮先輩。お疲れ様です。待合テント、もう新開先輩ら入ってはりますよ」
テントのふちを軽く持ち上げて入室を促せば待宮先輩は礼を言いながらそのテントをくぐった。中にいる明早の面々と賑やかに挨拶を交わしているのを見て、そのテントのとばりをゆっくり下ろした。
梅雨入りも間近だと言われるようになり、確かに雨の頻度も増えてきたが、今日は天候も良く、川沿いのコースはきっと心地よい風を運んできたことだろう。私はその風を想像しながらゆっくりとチームのテントへ歩を進めた。
◯
「あ、名字ちゃん」
テントへ戻ると入り口で手嶋くんと、写真で見た彼が並び立っていた。実際見てみると身長もあるし、服の上から見える筋肉量も多く威圧感がある。
ふと手嶋くんに晩御飯をご馳走になった日のことを思い出し、勝手に気まずくなって視線だけでユキを探すがどうやら別の場所に居るらしい。
「この間言ってた古賀。公貴、こっちは名字ちゃん」
「あ、えーと、どうも。お噂はかねがね」
軽く会釈して手を差し出すと、古賀さんもそれを見て握手に応じる。若干戸惑っているのか、遠慮がちな笑顔に出で立ちとのギャップを感じてしまう。
「噂って……有る事無い事吹聴されてないといいんだが」
「はは、そりゃもう。あ、手嶋くん、ユキどこか知らん?」
「黒田?多分トイレじゃねえかな」
歓談している二人を邪魔するのも悪いかと思い、また改めてどこかで会おうと二、三言交わしてその場を立ち去った。とはいえユキに何か用事があるわけでもなく、ユキを探しがてら表彰式の準備を眺める。お手洗いは表彰会場はさほど遠くない。途中新開先輩と話していたとしても、おそらくテントに戻るときにここを通るだろう。
着々と進められる表彰式の準備では色々な人が各々思惑を持って動いている。当然のことではあるのだが、改めて考えるとうっすらと恐怖を抱く。誰もが何かを考えて、様々な人と関わり生きている。価値観もきっと人それぞれで、もしかしたら今視界に映っている人の中には人には言えない趣味を持っている人がいるかもしれない。人の心の内は、発話しない限り理解されることは殆ど無い。
「何やってんだこんなとこで」
「う」
ぼんやりと表彰台が組み上がっていく様子を眺めていると頭を小突かれてようやく意識を持ち上げた。声の元を聞けばユキが気だるげに突っ立っていた。私の反応が遅れたのが気にかかったらしく、私の視線を追うように彼も組み立てられて行く表彰台を眺めていた。
「こんなん見てどうすんだよ」
「いや、人がいっぱい居るなあと思って」
「なんだそれ」
結局私たちはそのまま表彰式を見届け、テントに戻ってからどこに行ってたんだと荒北先輩に少しだけ怒られた。集団行動が得意ではない荒北先輩に集団行動について説かれてつい笑いそうになるのをユキと一緒にこらえて、撤収作業に加わった。テントの骨組みをまとめて運営側に渡す、今日のために集まってもらっていた外部スタッフをバラして、会場は駅から遠いのでスタッフが駅へ戻れるだけのタクシーを手配しつつ、部の備品を車に積み込む。
二つの車に分乗して静岡への道を辿る。私の乗った車は金城先輩が運転で、助手席には荒北先輩、待宮先輩と私が隣り合って真ん中の席に座り、さらに後ろの席ではユキと手嶋くんが並んで座っている。
「うちらもはよ車の免許取りきらななあ」
「ああ。お前らあとどれくらい?俺あと高速教習で終わりなんだけど」
「俺も実車あと一回やったら高速教習だわ」
「うちも似たようなモンやわ」
車窓をみるといつの間にか高速道路に乗っていて、我先にと走る車の隙間を縫いながら永遠にも思える道路を滑っていた。どれだけ外を眺めても景色が変わらないものだからその内外を見るのにも飽きる。
「お前ら免許取んのぉ?楽になるなァ、金城」
「ああ」
旧知の人間で構成された車内は会話が途切れることも少なく、金城先輩の穏やかなハンドルさばきに、知らぬ間に学校付近へと辿り着いていた。
「金城、飯食わん?腹減ったんじゃ。えかろー、お前らも」
「あ、はい!」
◯
車内とはまた違うガヤガヤとした店内。夕食時よりも少し早い時間のためかさほど待つこともなく店内へと案内された。大会のお疲れ会と反省会を兼ねたこの夕食は、ドリンクバーの乾杯によって幕を開けた。
「つーか新開アイツいつの間にあんなマシン制御上手くなったんだよ!!」
「荒北さんの抑えぶっち切る時の新開さん、残像見えましたよ」
料理が運ばれるまでの広いテーブルには人数分のお冷と、人数分のソフトドリンクが無造作に並べられている。
「てか、見てただけでなんなんですけど、半分一年なのにチームむっちゃまとまってませんでした?春休みからもう部員かき集めてやってはったんでしょうか、あれって」
今日の試合は辛くも二位に収まってしまった。その原因は新開先輩の成長を見誤ってしまったことにあった。私たちが思っているよりも新開先輩は伸びしろを持っていた。高校卒業、また、荒北先輩や金城先輩から聞いていた新開先輩はこれ以上無いくらい強いと思っていたのに、それ以上強くなっているなんて。やはり学年的にも実力的にも、身近に上が居ると違うのだろうか。反対に今日の試合に福富先輩は不参加で、インカレ大会に向けてリーサルウェポンを隠し持っているような恐ろしさすら感じる。
加えて、チームの完成度も明早の方が一枚上だったこともあるだろう。チームの半分──つまり今回は三人だ──が一年生だったにも関わらず指示出しや反応速度が早く、よくまとまっていた。だからこそ新開先輩のアタックの反応に遅れた我々洋南の隙をつくように後のチーム選手が追い上げてきたことでペースを崩されてしまったのだ。
「どーおじゃろのぉ。ありゃ、一人入っとった四年が食わせモンな気がするが」
「ああ、あのちょっとチャラい人。すごい的確な指示出しでしたね。視野が広いっつーか……」
去年主将をしていた分なのか、参謀的役割への自覚なのか、手嶋くんは手嶋くんらしい視点で相手を見ていたらしい。私は直接彼らと戦ったわけではないため、コース上で起きたあれこれはよく知らないが、静かに頷く金城先輩を見るに相手の三年は本当に食えない奴らしい。
「あ、そや。後日の新歓パート2兼今日の打ち上げ、一年の行きたい場所適当にまとめて上げてきて〜て部長に言われたんですけど、みなさん美味しい店知ってはります?」
次々届き始める料理を適宜配膳してもらい、無礼講で届いた人から手を付け始める。料理の匂いで思い出して部長からの話を通す。今ここに一年全員居るわけでもないが、おそらく多くの人は「任せます」だと思い、遠慮のない場で聞いておく作戦だ。
「なーんでそういうの一年に任すんだヨ部長も」
「や、や、や。多分一年に食わせたいもの食わせてやろうっていうことっすよ」
「あ、俺中華がいいデース!」
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