40


一年だけのグループメッセージで希望の食事を聞けば、やっぱり8割は「何でもいいです」だった。残りの2割はというとユキの「俺中華がいい」に同調していくつかの店を見繕ってくれた。私たちは越して来たばかりでまだあまりこの辺りの店に詳しくないので、地元のメンバー達が提案してくれたいくつかの店の中からありがたく選ぶことにした。

「名前ちゃん、お疲れえ」
「あ、お疲れ様です」

店の予約、日程調整を済ませて当日。店の近くで待ち合わせをして、連れ立って入る算段だ。幹事……という訳ではないが、一年の取りまとめをしたのも予約をしたのも私なので集合時間よりも少し早めに到着してぼんやり待っていると、南條先輩が軽い挨拶と共に現れた。南條先輩には三年のスケジュールを取りまとめてもらったりしたので、きっと私と同じ理由で早く来てくださったのだろう。……多分。

「今日の店、調べたけど結構雰囲気いい感じだねー」
「ああ、はい。三橋くんらが色々お店教えてくれたんです」
「へえー」

目に見えて興味の無さそうな返事に心がささくれ立つが、本心をぐっと飲み込んで適当に笑って返す。入部の時に目をつけられて以来南條先輩とは距離をとっていたが、話すとやっぱりなんだか苦手だ。なんというか、感情の発露がすごく雑なのだ、南條先輩は。

「あれっ名前ちゃん今日スカートじゃん。へえー、珍しい」
「はは……恥ずかしいんであんま見んといてくださいよ」

舐めるような視線を切るようにハンドバッグを前に持ち替える。それでも尚足と私の顔を見比べる南條さんに、さすがに身の危険を感じてしまう。早く誰か……できれば手嶋くんかユキが来てくれないだろうか。それか荒北先輩が。

「いっつもそういう格好してればいいのに。そういうひらっとした感じの……女子アナみたいな。需要あるよ、俺とかに」
「あー……いやあ、ほら、私ずぼらなんで。こういう格好する時てバッチリ化粧せえへんと浮いてまうやないスか」

背中がチクチクする。こんな対応では舐められてしまうのではないか。しかし、ここで急に無愛想になってもきっと後のコミュニケーションで歪みが生まれてしまうだろう。情けない奴。そういった自分の声が針となって自分をせっついている。何度この針に背中を穴だらけにされただろうか。

「えーじゃあ化粧すればいいじゃん!可愛いよ、今の名前ちゃん」
「別に私、可愛いって言われたくて毎日服着てる訳ちゃうんで……」

南條先輩が聞き取れるか聞き取れないかの声で突っぱねるのが精一杯の自分に嫌気が差す。案の定南條先輩は私の声が聞こえなかったようで、怪訝な顔で私の顔を見つめている。それだけ私の顔が見れるのなら、歯噛みしているこの気持ちもどうか察してほしいものだ。

「あーえっと、そんなんしてたら私、二限の授業全部落としちゃいますもん。無理ですよ。はは…」
「ああ、確かにー」

表面上は丸く収まったのだからこれで良いのだろう。いや、良いのだろうか、このままで。楽しい飲み会のはずが、始まる前からこれとはひどい話だ。

「南條先輩、お疲れ様です。名字ちゃんも」
「て、手嶋くん!お疲れ様です!」
「よーぉ手嶋ぁ」

渡りに船、願ったりかなったり、これ幸いにと救いの手が差し伸べられた。もっと早くに来てくれればと思うのは望みすぎだろうか。とにかく、手嶋くんの手を取るフリをして南條さんと私の間に手嶋くんを挟む。

「ど、どうしたの、名字ちゃん」
「いや、別に。はは……」



概ね集まったところで予約の時間が近づいてきたので、遅れてくる人たちには連絡を入れて先に入店をする。案内されたテーブル席は三人ずつの六人掛けで、数台の机がくっつくように並べられている。部長の指示によって一年は適当にばらけて着席となった。当の一年はというと急に先輩に囲まれて、緊張のせいか皆一様に眉間にしわを寄せていた。

「でさ、名前ちゃん実際のとこどうなの?ほら、彼氏とか」
「えー、なんスか。はは、おってもおらんくても先輩には関係なくないですかあ」

なんの因果か、私の右隣には南條先輩が陣取っていた。左隣には四年の日岬先輩が座っていたが、そのさらに隣の手嶋くんの相手に忙しそうだ。

「ないこたないでしょー!人を知ればその人との関わり方?なんかそういうのも変わってくるっていうかさ」
「あのー、先輩。お酒は程々になさってくださいね。こないだの飲み会で先輩戻さはったて聞きましたけど」

かわし方ばかりを学んで、真っ向から立ち向かうことが出来なくなっているのではないかと考える。これが大人になるということだと言えば聞こえはいいが、自己の喪失のようにも感じて頭が痛い。先輩の言葉が脳に響いて、私の返答がどんどんと歪んで聞こえる。

「ままま、吐くまで飲むのも今のうちしか出来ないから。てか、今まで付き合って来た人はいるんだよね?どんな人?」
「先輩、飲むと絡むタイプっすか?ややわ、他あたってくださいよ」
「つれないなあ」

その内店内にかかっているオリエンタルなBGMも歪んでいき、自分の発言すらもどこか遠くから聞いていた。いっそ、私もここでお酒を飲んでしまえれば楽になれるのかもしれない。どれだけまくしたてたとしてもお酒の過ちで済んだのかもしれない。

「南條さん、そういう絡み方セクハラですよー」

銘銘話をしていたはずなのに、歪んだ耳にまっすぐその声は響いた。当事者でもないのに少し戸惑いをはらんだ声に南條先輩は一瞬睨むように目を細めて私の背後を見た。視線の先に居る手嶋くんは苦く笑っていて、穏やかな雰囲気を纏っていた。

「おーい南條、早速マネージャーに唾つけんなよ。節操ないなあ」
「つけてねーっすよ!もー……ごめん名前ちゃん、俺トイレ」
「ああ、はい」

離席した南條先輩の背中をぼんやりを見る。そのうちに衝立に遮られその背中は見えなくなって、ようやく肩に力が入っていたことを知る。首を伸ばすと小さく音がなって、どれだけ緊張していたのかと我ながら驚いた。

「大丈夫?えらく絡まれてたみたいだけど」

日岬先輩に声をかけられる。先輩は軽くお酒を飲んでいるようだが、その声は穏やかだ。中迫先輩と仲のいいだけあって、補佐的に部を取りまとめている日岬先輩は穏やかに言いたいことを言うタイプで、お調子者たちからはツッコミ役として重宝されている存在らしい。南條先輩の毒気が抜かれたような返答も納得だ。手嶋くんも日岬先輩とは波長が合うらしく、先ほどまで話も盛り上がっているように思えた。

「正直助かりましたわ。苦手なんです、ああいう話題って」
「ああいうって、恋愛とか?じゃあ南條の隣だと厄介だろ。アイツ名字さんのこと狙ってるから」
「ッ!」

あけすけに言い放った日岬先輩に思わず飲んでいた水を変に飲み込んでしまう。咳き込む私も特に気にする様子もなく日岬先輩は席を立って私の後ろまで移動した。「ほれほれ」と手を振って、私を隣の席に促しているようだ。

「ゲホ、ありが、とうございます先輩。ぅえほ、ゲホッ」
「だ、大丈夫?名字ちゃん……」

席を変えれば当たり前に隣になった手嶋くんが私を気遣わしげに見ている。一瞬だけ私の背中に手を回してさすってくれようとしたように思えたが、ほんの一瞬逡巡してやめたようだった。

「ごめ、大丈夫……けほ」
「礼なら手嶋にも言えよ。もー、俺の話なんて半分も聞かずに名字さんのこと心配してんだもん」
「え?そうだったんですか?お話盛り上がってはるんやと思ってました。ありがとう、手嶋くん」
「ああいや、うん……」

明後日の方向を見ながら手元のお冷に口をつけて手嶋くんは曖昧に返事をする。照れ臭いのかと思って脇を小突けば、唇を尖らせて不満げな表情を見せた。日岬先輩は南條先輩が帰ってきた時にどんな反応をするだろうかと楽しそうだ。

運ばれてきた料理でテーブルが手狭になってきた頃、お手洗いから戻ってきた南條先輩はいつのまにか席替えをしている私たちを見て一瞬絶句したようだったが、日岬先輩に不満げな声を向けるだけでその場は丸く収まってくれた。南條先輩の姿が見えて心はかなり暗くなったが、日岬先輩を介して話すことで苦手な話題がうまく避けられ、その飲み会は有意義なものとなっていった。

「二次会行く人ー!」

四年の先輩から上げられた声に次々と手があげられる。私は少し考えてユキと手嶋くんを盗み見ると、二人とも私と同じことを考えていたのかバチリと目があった。

「あー、えと、じゃあ私も行きます」
「お、いいねえ」

前回参加出来なかった負い目と、時間も大して問題にならなそうだったことからおずおずと手を挙げると、手嶋くんとユキは顔を見合わせて同じように手を挙げた。多分彼らは私が参加しないと分かったら私を送り届けようとしてくれたのだと思うけれど、私のせいで彼らの行動が決まってしまうのはなんだか申し訳なく思う。

「ごめん、二人に付き合わせてしもたやろか」
「んにゃ、どっちでもよかったし」

ユキがなんでも無いように言う。手嶋くんもそれに同意するように軽く頷いている。あまり詮索するように謝っても良いことはないだろうと思い私もそれに軽くお礼を言うだけに留めて、先輩たちの後に続いて次の店へ向かう。人数は半分ほどに減り、一年のメンツも少しだけ減っている。二次会以降はお酒のノリが強くなるだろうから避ける人や、明日に用事がある人、家の遠い人は帰っていくのだろう。

「てかさ、さっきはごめん」

夜風にあたりながら三人並んで歩いていると、ふと手嶋くんがそう言った。投げかけられた私も、隣を歩いているユキもなんの話だか分からずに声を出さずにいると、手嶋くんは次の言葉を紡ぐ。その少しの間には手嶋くんの何かしらの思いがこもっているような気がしたけれど、私にはうまく汲み取ることが出来ない。ユキは何か分かっただろうか。

「南條さんに絡まれてた時、なんかもっと上手い切り抜け方っていうか……名字ちゃんが納得出来るような声の掛け方がもっとあったような気がして、その……」
「ええ?」

未だよく分からないという顔を隠しもしないユキの隣で私も素っ頓狂な声をあげる。手嶋くんはそれを聞いても苦く笑うだけで、その表情は曇っていた。

「かなりこう、なんつーか、柔らかく言ったろ。もっと注意みたいなニュアンスでさー……言ったら……あーもー、ほんと、ごめん……」

手嶋くんは言葉を途切れ途切れに、おそらく何か考えながら一言ずつ置くように話す。ユキはそれを聞いているのか聞いていないのか、夜の街を物珍しげに眺めていた。先ほどの間で手嶋くんはどんな言葉で自分の思いを吐露しようか、もしくは、吐露しないかを考えたのかもしれない。彼らしくない言葉の紡ぎ方と夜の繁華街の空気がなんだか新鮮で、作られた映画のワンシーンのようだ。なんてことなくあたりを照らす街灯すらも舞台装置のように思えた。
今の状況をあんまりにも俯瞰して見ていたせいで返答が遅れた私にも気付かず、手嶋くんは眉間にしわを寄せてずっと何かを考えているようだった。しっかりと付き合いはじめて数ヶ月なのにも関わらず、私の思考や思想をトレースして行動を起こせる彼は本当に卓越したコミュニケーション能力を持っていて、だからこそたくさんのことに悩んできたのではないだろうかと少しだけ心配になった。

「謝らんといてや。ご飯の時も言ったけど、ほんまに助かったし、嬉しかったから。ちゅか、助けてもらえると思わへんかったし……勇気いったやろ?先輩になんか、セクハラですよとか言うの」
「うん……でも」
「私こそごめん、いっぱい心配してもろて。集中出来ひんかったんやろ?先輩とのお話に」

何か言おうとした手嶋くんの言葉を遮るように謝る。手嶋くんの心遣いが嬉しかったのは事実だし、その行為に何か負い目を感じて欲しくなかったからだ。

「まあ、……そうかも」
「やろ?そこまでして気にかけてくれてるってだけで私めっちゃ安心やで。ありがとうな」

うっすら街灯で照らされ明るく浮かび上がる手嶋くんの輪郭をぼんやり眺めながら笑いかけると、手嶋くんも薄く笑った。先を歩く先輩たちは酔っているからか大きな声で何か会話をしていて、私たちの会話のノイズにもなっているはずなのにさっきまでのやりとりは静寂に包まれているような気がした。

「南條さん、自転車は上手いのに女の事となるとちょっと怖えな。二次会危ないんじゃね?」
「ほならユキと手嶋くんで脇固めよかな」

二人の腕を取って街を歩く。二人は笑ったり呆れたりと各々反応していたけれど、私はとっても満たされた気持ちだった。今私は自分で、周りが引くほど怒らなくとも周りがそれとなく手を貸してくれるし、私を理解しようと努めてくれる。それがどれだけ幸せなことか。

「お腹いっぱいなって帰ろな」





/

back / top
ALICE+