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二次会はこれでもかと盛り上がった。盛り上がったというか、へべれけの先輩が人間の形をギリギリ保っているような形で、後輩の我々がてんやわんやしてしまっていた。気分が悪くなった者は次々とタクシーに押し込められ、付き添いとして近くに住んでいるらしい先輩や世話焼きな先輩が抜けていく。結局会計の時には店に入った時より人数が半分ほどに減っていた。南條先輩は一軒目を出た時点で既に千鳥足だったようで、一番にタクシーで大量の水と、四年の先輩と共に自宅へ搬送されていった。
私たちは先輩たちの金に少しの部費を足した予算でお腹いっぱいの串カツを食べ、ほんのり場に酔って良い気持ちで夜風にあたっていた。

「うちらは適量のお酒を嗜むようにしよな」
「そう言って死ぬほど飲みそうだなお前は」

私たちが帰る方面に帰る先輩はどうやらいないらしく、結局いつもの三人になっていた。私以外の二人もやっぱり少しだけ宴会という場に酔っているらしく、足取りが軽く見える。夜とはいえまばらに車が通っている道では気がついた人が腕を引っ張りお互いに注意を促す。車道側を歩いていた私の腕を斜め後ろを歩いていた手嶋くんに引かれる。

「あ、ごめん。ありがと!」
「うん」
「……うん?」

手嶋くんの声色が少し暗く聞こえて振り返ると、音が立ちそうなくらいにしっかりと目が合った。まるで私が振り返ると分かっていたみたいだ。しかしその表情は声色同様ほんの少し曇っていて、時間も時間だから眠気が襲っているのかもしれない。

「どうしたん、眠い?はよ帰ろな」
「んー……いや、ちょっと考え事してた。ゴメン」
「……?そっか」

歯切れの悪い手嶋くんはどこか上の空で、ふわふわしているところを見ると考え事をしているのは事実だろうが、やはり眠いか、場酔いしているのではないだろうか。かくいう私もうっすらとした眠気の膜で覆われている心地で、帰ってから化粧を落としたりするのが億劫でたまらない。

「ウチはもう眠たいわ〜。風呂明日の朝にしてさっさと寝てまおかな」
「朝風呂は体に良くねえって言うのマジなのかな」
「え知らん。でも眠い時に寝るんが大事やって、ほんまほんま」

ユキへ顔を向けたついでに空を見上げると少し欠けた月が煌々と夜道を照らしている。日々姿を変える月は毎日を生きる私たちよりも駆け足だ。私たちよりも長く存在しているのに毎日飽きずに姿を変え続けている月は偉いな、とぼんやり思ってから、思考が朦朧としかかっている自分に気がつき気を引き締めた。

「……もしかして名字ちゃん相当眠い?ふらついてるけど」
「んあー。玄関で寝そ」
「お前本当に玄関とかでも寝れそうだな。ちゃんと布団で寝ろよ」

不注意でまた車の進路を邪魔していた私の腕をまた手嶋くんが軽く引く。私は思っていたよりも適当に歩いていたらしく、少し腕を引かれただけで手嶋くんとの距離が大きく縮まる。ユキの言葉に生返事をしながら、そういえば手嶋くんは私のことが好きなのかもしれないのだったと思い当たる。腕と腕が軽く触れて、ヒールを履いた私の顔と手嶋くんの顔がほど近い。手嶋くんが少し屈んだら多分キスだって出来てしまうだろう。手嶋くんの瞳にうつる自分の顔はまぶたが少しだけ落ちていて、側から見ても眠そうだった。それを見て一瞬、すぐに彼の顔が私から離れる。このまま倒れ込めばきっと鼻先くらいは触れていたかもしれなかった。いくら眠いとはいえ、自分の反射神経の鈍さに眠気が覚める。
朝風呂のメリットデメリットをスマホで調べながら話を続けるユキと会話を続けながら、ユキの手と手嶋くんの手を取る。ユキも手嶋くんも、私にとっては大切な友達だと再確認するように。

「ンだよ」
「いや、んーと、私がフラッと寝ても大丈夫な……命綱?」
「あはは……役目が重いなあ」



ふんわりとした頭でどうにか化粧を落としてスキンケアを済ませ、ベッドに身を投げる。翌日は休みだからいいものの、この疲れが明日も取れなかったらと思うとゾッとする。飲み会というものは存外体力を必要とする。仕事の相手とお酒の席に交えてもらうことはあったけれど、正直学生のパワーを舐めていたと言わざるを得ない。
手に握ったスマホが震え、メッセージの受信を知らせる。ゆったりとした動きでその画面を確認すれば手嶋くんからこちらをねぎらうメッセージが入っていた。マメなものだと感心しながらそれに返信をして、再びベッドへ顔を埋める。目を閉じると最近の出来事が頭をぐるぐると回る。
最近はとにかく、手嶋くんが私に想いを寄せているのではないかという考えがいろんな場面で浮かび上がっては意識的に無視をしている。少しの間でそれをどうにか記憶の底へ押しやっているけれど、それも長くはもたないんだろう。どこかで確認を取るなり、区切りが必要だということは自分でも分かっている。ただ、それをするのが怖い。区切りということは、手嶋くんの想いを私の手でジャッジしなければならないからだ。
これがそこまで仲良く無い人間だったらどれだけ楽だろうか。相手のことなんて考える必要のない関係だったら断るのなんて簡単だ。相手のケアなんて考えなくていいし、その後の関わり方だってこちらが気を使う必要なんてない。断らなかったとしたって、その先に恋人というレッテルは基本的に無い。私に他人のことを四六時中考える暇なんて無いのだ。常に今を生き急いで、何者かになろうとしている。私はそんな私のことが嫌いだが、そうしなければ私というものが消えてしまうという恐怖が勝った。
私はもし、本当に手嶋くんがこちらに想いを伝えたら、なんて答えるのだろうか。「ごめんね、友達としか見れない」きっとこれがベターだろう。「これからも友達で」なんて、使い古されている言葉ですらある。それで友達のままいられる人なんていうのはきっと少ないのだろうけど。
だが、その言葉が本当に自分の心を反映しているのだろうか。常套句で何かをごまかしているのでは無いだろうか。

「…………」

深夜の思考は何のアテにもならない。今日はもう寝てしまおう。脳のスイッチを切るようにイヤホンをつけて、なんてことない焚き火の音を流した。



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