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段々と意識を浮つかせる手嶋くんを見るに見かねて、とにかく寝室に突っ込んだ。異性の、そして友人の寝室に足を踏み入れるのはどうかと思ったが、流石に心配だったので未来の手嶋くんに謝りながらその部屋へ入った。あまり部屋の様子を見ないようにしながら手嶋くんの様子を見つつベッドサイドの床に腰を下ろす。横になった手嶋くんは鼻が詰まるのか、マスクの下で息苦しそうに呼吸をしている。これに合わせて上下する胸のテンポが早く、ひどく辛そうに見える。
そんな様子を見ていると放っておけず、時間は過ぎていたが薬効が現れはじめるまで側にいることにした。しかし、ずっと寝室に居られるのも嫌だろうと思いリビングで待っておくつもりでその場から離れようと立ち上がると、手嶋くんが朦朧としているだろう意識の中で口を開いた。

「あのさ、昨日の電話。あれで大丈夫?仕事に使えないんじゃ……」
「うん?ああ。全然大丈夫大丈夫。ごめんな。漠然とした話振ってしもたから、ムズかったやろ」

ドアにかけた手を下ろす。手嶋くんを振り返り見ると、目は閉じられていた。夢の浅瀬へ足をつけながら話しているようにも見えた。

「あの後、夢に見たんだよ。何言ってんだって思うかもしんねーけど……俺と、青八木と、古賀に総北の奴ら、黒田と君がいて……一緒に遊んだり、レースしたりしてさ。楽しくって……」
「うん」

話し口調はだんだんと輪郭がぼやけていく。声も、だんだんとこもって聞き取りづらくなって、私は枕元に立つような形になった。正直、この先を私は今聞くべきでは無いと理解していた。なのにその声をきちんと聞きたがったのは、罪悪感が私を駆り立てたからだった。私は彼の言葉への返答を拒みたがっている。だからこそバランスを取るように、その言葉自体には真摯に耳を傾けるべきだと思ってしまったのだ。

「いつのまにか俺と名字ちゃんだけになってて、今日は楽しかったな〜とか言って……楽しいことの後はちょっと寂しいよなーとか言い合ってさ。そうやって、宴の後の寂しい道も一緒に歩いてたいなって、いっぱい言葉にしようとしたけど、結局そういうのが好きってことなのかな」
「……うん」
「守りたいとか、そんな大層なこと思えるほど俺は強くも偉くもなくて、ただ、同じ思い出を増やしたいっていうか……おれ、自分勝手かも」
「かもな」

緩やかに眠りの海に身を沈める手嶋くんの顔の横に手をついて、ベッドに腰掛ける。私の様子に気がつかずに、手嶋くんはむにゃむにゃと喋り続ける。ゆっくりをその顔を覗き込むと、熱で紅潮していた頬は赤みがひいていて、髪をかきわけて額に手を当てると汗でじっとり濡れていた。

「それって、友達とはあかんの。手嶋くん」

寝息を立て始めた手嶋くんに問いかけても返事は返ってこなかった。同じ景色を見たいと相手に思うのは愛なのだろうか。目的を果たした後に、同じ帰路につくことが愛なのだろうか。だとしたら、私は誰を愛していて、誰を愛していないのだろうか。なんてことない時間を友人と過ごすことと、恋人と過ごすことは何か違いがあるのだろうか。そしてその時間は、今の関係を崩すリスクをとってまで得たいものなのだろうか。

「なあ、今の……聞かんかったことにするから、手嶋くんも言わんかったことにしてくれへん?お願い……忘れててくれへんやろか……」

祈るように彼の胸に手をあてて、ゆっくりした寝息に変化した手嶋くんの呼吸に合わせて私も息を大きく吸って、吐く。
関係が崩れるのが怖い。一度繋いだ縁は、うまく使えば楽しく活きて、ともすれば利益を得られる。しかし一度崩れた縁は修復が容易ではなく、長くそのことを引きずることになるだろう。私が不利益を感じ振り払った糸なら何の抵抗もなく振り払えたのに、まだ繋いでいたい糸を切るような真似が出来るほど自分は強くない。だからといって、恋愛がわからない自分が、友人に対して不誠実な関係を結ぶことは憚られる。自分の厄介なところは、愛する隣人に対してひどく誠実にいたがるところだった。

「私が、直感的に愛を理解出来たら……」

手嶋くんの手を握る。手はまだ少し熱くて、力なく私の手に握られている。愛が直感的にわかる人間であれば、ここで大きく心臓がはねて、彼とキスをしたがっただろうか。

「同じ思い出を……」

カーテンの閉められた薄暗い寝室。ほんのりルームフレグランスのムスクが香っていて、棚の上には漫画が適当に積まれている。そこに、ようやく寝付いた病人と、彼に覆いかぶさるように人がいる。なんてちぐはぐなのだろうか。

「私、仕事と部活以外で誰かを支えたりするとこの想像がつかへんのよ。キスやセックスをした人間と、当たり前のように毎日顔をあわせるのやって、意味わからへん。恋人にだけ見せる顔やって、多分持ち合わせてへんし」
「でもな、手嶋くんがうちのこと好きや、愛してるって、手嶋くんの尺度で言うてくれるんは、多分、有難いなとは思ってんねん。周りの人らが気ぃ使ったり、変に肩入れしたり、気ぃ使わなあかんかったりするんはうっとしいなって思うねんけどね」

リビングでされたように、手嶋くんの指を一本一本なぞる。私の手よりもよっぽど大きくて筋張った手は異性であると叫んでいるようだ。

「人と付き合っても、付き合わんかった時と変わらへん関係ってあると思う?」

ガーゼの下の中指がじくりと傷んだ。





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