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朝は軽くヨーグルトに少しのグラノーラと蜂蜜、それからバナナと麦茶。昨日は小学生の時に買った縄跳びを引っ張り出してきたし、沸かしたお風呂に二時間浸かって真っ赤な顔でストレッチをしていたら母親に心配をされてしまった。

「完璧やねん」
「おはよう、名前」
「あ、うん、オハヨー」

朝早くに来てトレーニングをしてきたのか、石鹸の香りを漂わせて教室に入ってきたアブくんにそう告げると、目に見えてめんどくさそうな顔をされてしまった。心外だ。アブくんが重そうなバッグを机の横に引っ掛けて、中から参考書や筆箱を取り出して机に軽く並べる。ちらりと見えたカバンからはタオルが覗いていた。

一昨日からいよいよ私たちも三年生になった。クラスは理文で別れ、加えて成績順で分けられるこの学校では教室の顔ぶれにほとんど変わりはない。とはいえ、この学校の生徒は勉強熱心な性格の人間が多く、特に私たちの所属しているA1判定クラスと今ユキとシキバくん(今年は同じクラスのようだ)が所属しているA2判定クラスに学力の差は殆ど無く、先生達のさじ加減で決まっているともっぱらの噂だ。昨年は特にクラス内で問題が起こったことも無かったためか、私たちのクラスの顔ぶれに殆ど変わりが無いのだろうというのが初日にメインとなった話題だった。
そして、今日私にはメインに据えたい話題がある。

「で、何が完璧だって?」
「体のコンディション!マジ、ホンマに今年私は箱学長座体前屈の覇者になんねん。ほしたら西も東も私のモンってわけ」
「ああ、体力測定……。頑張るならシャトルランとかじゃないの、名前は。持久力無いんだから」
「勘弁してください」

メインに据えたい話題、それは体力測定だ。学生の、しかも運動部の人間が妙に張り切るイベントだが、多くの生徒からは腫れ物扱いをされている。自転車競技部の人間は自転車以外の運動がからきしな人間もそこそこ存在するためか、数日前から部活の休憩中は陰鬱な雰囲気が感じ取れた。
かくいう私はマネージャーながらに例に漏れず運動が得意ではない。体を動かすよりもデスクでパソコンを打ち、適当にフラフラと歩いて取材や営業じみたことをしている方が性に合っているのだ。
アブくんは筋力があるために底上げされてわかりづらいが、球技になるとめっきりダメになるタイプの運動オンチだった。ユキ曰く「あいつ元々インドアなんだよな」だそうだ。ユキは概ねスポーツは何でも平均以上にできるし、シキバくんは手足が長くタッパもあるからかバスケなんかが割と得意で、体力測定後の5月に控えている球技大会なんかでは重宝されているようだった。私は転校時期の関係でその勇姿を見たことはないが、何となく想像がつく。

「今日の部活、みんな疲弊して来るんやろか。一年生とか、体力測定5、6時間目って聞いたわ。かわいそうになあ」
「帰りのホームルームが長引かなければ、ある意味ストレッチが出来ていると考えてもいいかもしれないね。今日はみんなローラー降りて、一度山を登らせてみるのはどうかな」
「ああ、確かに。具合見つつやけど、この時期に登るのはええかもしれんなあ」

4月の山道は新緑が美しく、空気の肌触りも良い。
主に一年生に向けて、これからの練習で登る道の記憶も兼ねて一度誰も千切れないスピードで走るのだ。練習コースはさほど入り組んだ道を走るわけでもないのだが、山道は特に一度道を間違えたとしても気付くのが遅れがちになってしまう。だからこそマップ把握だけではなく、道案内じみたことをするのだが、それを今日に設定するのはどうだという話だ。
確かに、誰も千切れないスピードということは、時速で言うといつもよりかなり落としたスピードで、加えて複数のコースを案内する。ストレッチの時間は大切だが、かなり惜しい。まだ鍛えが足りない一年生のストレッチは特に入念に行わなければならず、より時間がかかる。それが少しでも短縮できそうだというのであれば願ってもない。

「オケ。やったらそれ合わしてメニュー組んでみるわ。後で確認してくれる?インハイ用の組分けの判断材料にもなるんやろ、これ」
「そうだね。メニューはボクも考えとくから、昼休みに一度相談をしようか」
「おーう」



「オース。塔一郎早いな」
「ユキ」

ロッカールームの扉を開けると、紙ぺら一枚を眺める塔一郎がいた。部室を横切った際には名前が飲料を作って冷やしていたから、二人は揃って来ているのだろう。ちなみに葦木場は便所だ。
紙を横から一瞬覗き込むと、今日のメニューが事細かに書かれている。手書きなのを鑑みるに、恐らく今日の体力測定などを受けてメニューを調節したのだろう。キャプテンとして福富さんから託された責任を塔一郎は真摯に受け止め春休みの時点から色々と考え続け、インターハイに向けて動き続けている。うちには頼れるマネージャーが居るし、オレたちも居るから抱え込みすぎている様子は無い。二年の内に色々あった分、どこか吹っ切れたのか負担を分散させてみたり、相談を持ちかけてみたりと試行錯誤しているようだ。元々人に物を頼むことを苦に思わない部分はあるものの、そういうところは器用な男だ。

「今日は少し屋内練習をこなして、涼しくなってきたらクライム練のコースサイクルをする。ユキはとりあえず真波の制御を頼む」
「できっかなー。アイツ、人の話聞かねえから」
「頼んだよ」

ほらな。



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