05


突き刺すような陽の光。私が箱根学園のインターハイをチームのメンバーとして応援するのは二度目だ。二度目だが、最後になる。1日目はゼッケンを全て獲った。今年は総合優勝の奪還が出来るだろうと誰もが思っていた。
知り合いのスポーツ整体師がリタイアした選手の元へ走っていく背中をぼんやり眺めるだけで汗がにじむ。眉間を滑る汗が鬱陶しくて、手の甲で乱暴に拭う。ついでに頬に流れる涙も拭うと、手がじっとり濡れてしまった。肩に掛けたタオルで口を覆うと、洗剤が強く香って、現実感を奪っていく。テントの中からは、小さく声が聞こえていた。
突然の雨が上がったばかりの抜けるように青い空は総北高校の二年連続総合優勝を祝っていた。
表彰式までの少しの時間、彼らは彼らなりにねぎらいあっているのだとわかっているものの、数センチの光をテントへ漏らすことが何となく躊躇われていた。

「名字」

声に振り向くと、福富先輩が立っていた。見に来ていることはもちろん知っていたが、しっかりとテントまで来てくださったのは今日が初めてだ。表情から何かを読み取れるほど私は彼のことを知らないけれど、何となく笑っているような気がする。

「福富先輩、こんにちは。」
「ああ」
「あ、整体の小野さん今年も来てくれてはるんです。会いました?あの人福富先輩のファンらしいんで、きっと喜ばはりますよ」
「ああ」

一年前とあまり変わらないその反応に変に笑いが出てきてしまう。彼が箱根学園を引っ張ってこれたのはこのどっしりと構えた立ち居振る舞いも要素としてあったのだろう。

「入らないのか」
「……入りますよ。大丈夫です」
「そうか、ならいいんだ」

それだけ言うと、福富先輩は目が覚めるオレンジ色のポロシャツを翻してテントから離れていった。その背にはローマ字で所属大学の名前が印刷されている。確か、コース途中に居た新開先輩も同じような服を着ていた。きっと自転車部に支給されているのだろう。
てっきり彼は選手たちを労いにテントまで来たのだと思っていたけれど、どうやら労われたのは私だったらしい。もう一度空を見上げると、青空は箱根学園の戦いに敬意を表している気がした。

テントの隙間に手をかけて、なるべく平然とした態度で開ける。中ではアブくんとシキバくんが話をしていた。二人とも表情は晴れやかで、全てを出し切ったことがひと目見たら分かる。その表情を見ただけで何となくだが、胸のすく思いがした。

「お疲れ様、二人とも」
「名前ちゃん!」
「うわっ」

視界が一気に暗くなる。数秒経ってから背中に回された手と体全体にかかる重みでシキバくんに抱きしめられていると気がついた。ほんのり汗と砂埃と雨の匂いがして、頑張ってきたのだなとまた涙がにじむ。
それはそれとして、私よりも1.3倍ほどの身長に抱きしめられると軽く足が浮くんだなと知った。
そんなことを考えていると、シキバくん越しにアブくんの笑い声が聞こえて重みがまた増える。自分の手が動くとようやく気がついた私も、それに応えるように二人の背中を強く掴んだ。

「ありがとう、名前。名前のサポートがあったからボク達は自分のことに専念できたし、質の良いサポートを受けることが出来た。それがどれだけ支えになったか」
「うん、うん……」
「名前ちゃんが箱学に転校してきて良かった」
「ウチも箱学来て良かったなって、今日の走り見て思ったで」



再び溢れ出した涙をようやく止める頃には表彰式も近く、選手召集の放送が流れてきた。
スプリント賞と山岳賞を確定させている二人はそれを聞いてテントから去っていった。山岳賞はライン時点では総北の三年主将……手嶋純太のものだったのだが、リタイアによりその栄光はシキバくんへと渡ったのだ。ユキは真波を探しに行っているらしいから、この後はテントに戻ってこないのだろう。
急にがらんとしてしまったテントで荷物の整理をする。表彰が終わって一息ついたら学校としても撤収作業だ。今のうちに細々とした物品を整頓しておくと後で楽だとサポートの部員にも声をかけてあるから、撤収作業も早く終わるはずだ。長いようで短かった三日間。栃木県ともこれでお別れかと思うと少し名残惜しくも感じる。

最後の夏が終わったのだ。





/

back / top
ALICE+