Side悠人



 インターハイ最終日も無事に終わって、やっぱり俺はもっともっと強くならなきゃいけないと心の内を燃やしていた時、応援に来てくれていた意中の人が色々と挨拶周りをしていると聞いた。部の外にも知り合いの多い彼女だが、別の学校の人や隼人くんたちみたいな人ともよい隣人らしい。

「泉田さん、名字さん見ませんでした?」
「悠人。名前なら、確か総北のテントに行ったようだけど……す、すぐ戻って来るだろうから様子見に行かなくてもいいんじゃないかな」
「……?場所が分かってるなら行きますよ、別に。総北のテントですね。どうせなら山王に挨拶でもしてこようかな」

 何かを思案するように泉田さんは顎に指を当てて言う。すぐに戻って来るのは確かにそうなのかもしれないが、ぼやぼやしていたらすぐに表彰式だ。その表彰式には俺も登壇しないといけないから、そうすると名字さんと話せる時間なんてわずかだ。レース期間中はレースに集中するために意識して名字さんと長く関わらないようにしていたし、今でないとダメなのだ。
 泉田さんに頭を下げてテントを出る。先ほどまでこの炎天下の下を必死に走っていたのだと思うとうんざりするくらい太陽が自己主張をしていた。

(総北のテントってどこだっけ……)

 あたりを見渡す。多分、関東の学校で、かつシングルゼッケンなのだから箱根学園とそう遠くない場所にいるだろう。紫外線が目を焼く。なるべく空を眺めないように人のつむじばかりを見ていると、名字さんの声が聞こえた。どれだけの雑踏でも名字さんの声だけ輪郭を持って聞こえる。
 声のもとを辿ると、ちょうど名字さんが総北のテントの前で人と話していた。よく見ると見覚えのあるシルエットだ。確か、去年の総北キャプテンと、スプリンターだ。後輩に名字さんを紹介しているようだ。

「え、え、パーマ先輩! もしかしてその人、彼女ッスか!?」
「え!? マジで!?」

一際大きな声は総北の選手のものだ。何を言っているんだ、今すぐ否定してやろうかと近寄って様子を見る。こういうことはすぐに否定したがる名字さんが何も言わず複雑な顔をしているのが気になって、会話に割って入ることを少しためらう。

「それはそうなんだけど、別に彼女を紹介したくて呼んだ訳じゃなくて……」
「鳴子。鏑木。名字さんに失礼だろ」

 それはそうなんだけど。その言葉を聞いてから少しの間記憶が無い。幸いなことにまだ誰にも俺のことは見つかっていなかったようだから、ゆっくりと踵を返したんだと思う。
 レースで疲弊した体と体をジリジリと焼き付ける太陽に視界がグラグラと揺らいで、早く箱学のテントに戻りたかった。これからまだまだやらないといけないことが沢山あるのにどうにも地に足がついた気がしない。

「悠人、戻ったなら一言言えよ……ん?」

 気がついたら俺は箱根学園のテントに戻っていて、高田城先輩が足を湿布だらけにしながらテントの整理をしていた。俺を見て苦言を呈したようだったけど、俺の顔を見た途端に口をつぐんだ。多分、泉田先輩からどこに行ったのか聞いていたのだろう。そして多分、俺が名字さんのことを好きだというのは高田城先輩も知っていたのだ。そんなに分かりやすいかな、俺。

「落ち込むのもいいけど、後にしてくれ。こっちもこれから忙しくなるぞ」
「分かってますよ、もう。人の心ってもんが無いんですか」

 高田城先輩はいつもと変わらないトーンで言う。それがなんとなく、俺のショックと俺の今までの日常との間を繋ぎ止めてくれた。俺の生活はこれからも続くし、俺の何かが急激に変化した訳でもないことを思い出させてくれるようだった。来年のインターハイは俺が最高学年なのだから、しっかりしろと言われているような気になって背筋が伸びる。別に彼女が俺との接点を絶った訳でも無いし、来年からも色々と世話になることもあるだろう。俺と名字さんの関係は表面上、何も変わりやしないのだ。
 でも今日、家に帰ってから少しの間だけは多分、少しだけ泣いてしまうんだろう。



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