湊川灯吏は朝からげんなりしていた。
ここは議事堂前か、もしくはスキャンダルを起こした芸能人宅だろうか。
まだ芸能人にもなっていないのにこんな体験はしたくなかった、と心の底から溜め息を吐く。

「よぉ」

学校の校門を封鎖するかのように立ちはだかる報道陣を前にどうやって突破しようかと考えていると、後ろから聞き覚えのある声がしてそちらを振り向く。

「はよ」
「轟くん、おはよう」

そこには先日の戦闘訓練で対峙した轟が立っていた。
彼もまた、この報道陣の群れにどうしようかと眉間にしわを寄せていたようだった。
正直言うとあの日から特に会話らしい会話は二人の間にはない。
八百万の情報によると、彼は推薦入試で雄英に入学した所謂エリートで、非常に優秀な生徒であるらしい。
確かに戦闘訓練での体捌きは他の者(自分含め)と比べて頭一つ以上抜き出ていた。

「このままだと遅刻するな」

彼の言葉に視線をもう一度報道陣へ移す。
やはり、この中を突破して校内に入るのは無理そうだ。
はぁ、と灯吏は一つ溜め息をつくと轟に「こっち来て」と声をかけ彼の手を掴み歩みだした。
いきなり手を掴まれて驚いた轟だったが、そんなことよりも自分の心臓の鼓動が手を伝って灯吏にまで響くのではないか、というくらいに大きな音を立てている事に驚いた。
掴まれたところがどんどん熱くなって、同じように頬も熱くなる。
特に個性を使っているわけではない。
じわじわと伝わる温もりに、風に流れる灯吏の香りに、体がもっともっとと叫んでいる。
意味がわからない。
自分の中にもう一人、別の人格がいるようで、自分が自分じゃなくなるようで、

「(気持ち悪い、)」



眠れよ眠れ



「ここらでいいか」

ほぼ校門の反対側。
報道陣どころか、人っ子一人いない。
遠くで聞こえる騒ぎ声と風で揺らぐ木々の音と繋がれた手に、暇つぶしで見ていたドラマのワンシーンを連想させた。
あれはあの後どうなったんだっけ。

「ごめんね、無理やりに連れて来て」
「(あ、)」

灯吏は轟の方へ向き直ると、握っていた彼の手をパッと離した。
轟に残っていた灯吏の温もりが、春の少し冷たい風に触れて消えていく。
それがあまりにも一瞬の出来事だったので、轟にそれを止める事はできなかった。(一瞬でなくとも、彼はそれを止める術を知らないので消えることには変わりない)

「轟くん高いところ平気?」
「大丈夫だ」

この男はどうしてこんなことを聞くのだろうか。
轟には皆目検討もつかなかったが、彼の返事を聞いた灯吏は「良かった」と呟き満足そうに笑った。
どうして彼はヒーロー科に入学したのだろうか。
自分の容姿の良さを理解していないのだろうか。
轟は人の容姿にあまり興味を示さないが、灯吏の容姿だけは別だった。
ああ、格好いいって彼のような人のことを言うのか、と見た瞬間に感じた。
何よりその穏やかな声と綺麗な髪色が気になっていた。
一見に見えるその髪は、光の加減によって正体を現す。
ミッドナイトブルーからアイアンブルーに変わり、一番明るいところでオリエンタルブルーになる。
深海か夜空か、とにかく自分には持ち合わせていないそれに酷く惹かれていた。(いっその事所有物にしてしまいたい。何処にも行かないよう縛り付けてしまいたい)

「(あれ…?)」
「轟くんちょっとごめんね」

頭の中でぐるぐるしていた思考に結論が出そうになった時、灯吏が轟の腰に手を回しそれは強制的に中断された。
身長差約7センチ、必然的に轟が灯吏を見上げる形になる。
彼の香りが濃くなり、クラクラと思考を麻痺させた。
もしかして、もしかして、

「うっ、」

あと少し、あと少し掻き出せば溢れ出そうなそれに触れた時、小さなうめき声と共に轟の体が浮いた。
突然の出来事に持っていたかばんを落としそうになる。

「轟くん、思ってた以上に重いね」

筋肉って相当重量あるんだね、と引きつった笑顔が約20センチの距離にある。
轟は今、灯吏に横抱き、所謂お姫様抱っこをされていた。
どうしてこんな状況になっているのかは分からないが、そんな状況よりも現状が轟には耐え難い。
放心状態の轟に、怖がっているのかと勘違いをした灯吏は「大丈夫だよ」と彼に向かって綺麗に笑ったので、轟の頭の中はもう訳の分からない状態になっている。

「しっかり捕まっててね」

そんなことを言われても、どこに捕まればいいのか。
腕?背中に手を回す?首か?
そうこう轟が悩んでいるうちに、灯吏が何かを呟きそして強く地面を蹴った。
先ほどとは違う浮遊感に、内臓がグッと押し付けられる感覚を覚え轟は小さく呻き声を上げる。
風を切る音に視線を上げれば、そこには一面の空色が広がっていた。
普段見上げている建物と同じ目線かそれ以上だ。
更に視界を上げれば、普段髪に隠れて見えない灯吏の耳が見えて特別な気分になる。
なんの石だか知らないが、藤紫萱草色のピアスが揺れて妖艶だった。

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