教室に戻り差し入れでもらったお弁当を(2つ)食べ終えると、それを持ち帰り綺麗にしてから返すために鞄にしまった。(ちゃんと何が美味しかったとメモをしてある。こういうところがモテる所以のひとつなのだろう)

次の授業を確認して机の中で教科書を探すと、目当てのものが見つからない。

しまった、家に忘れてきたかと碧は眉間にシワを寄せる。
そう言えば自室の机に広げたままだったかもしれない。

とにもかくにも教科書がないと話にならないので、お腹がいっぱいで動きたくない体に鞭を打ち教室を後にした。

廊下をしばらく進み、2年1組と書かれた教室の前で足を止めると扉から顔だけを覗かせ見慣れた坊主頭を探す。

その時教室内で一瞬黄色い声が聞こえたが、日常茶飯事なので気にしないでおこう。

いた。

彼は空になった弁当箱を机に広げたまま、腕を組んで豪快に昼寝をしていた。
彼が寝ているのはいつものことだが、ここまで爆睡しているのは珍しい。

「たーなーかーくーん」

扉の外から声をかけても全く反応なし。

昨日夜更かしでもしたのか、と碧はそんな友人の状態に軽く眉間にシワを寄せ、小さく「失礼するよ」と呟くと教室に侵入し彼の元でピタリと止まった。

「あ、潔子さん」
「どこっ!?」

それはもうパブロフの犬である。
レモンや梅干しを想像すると唾液が出るのと同じで、田中の前で『潔子さん』と言う単語は彼の意識を逸らすための言わば呪文だ。(『潔子さん』というのはもう一人のマネージャーで、とても美人な人だ)

「おはよう、田中」
「あれ、御輿じゃねーか。潔子さんは?」
「私の見間違えだったみたい」
「んだよー」

ガックシ、と効果音が付くくらいに肩を落とした田中は、時計を確認すると目の前の弁当箱をしまい始めた。

「そういやどうしたんだ?お前が1組(ここ)まで来るって珍しいな」
「世界史の教科書貸して」

世界史かー、と呟くと田中は机の中を探り始める。

碧は知っていた。
彼はテスト前にしか教科書を持ち帰らない事を。(下手したらテスト前にすら持ち帰らない)
だからほぼ100パーセントの確率で持っているはずだ。
成田や木下の所に行かなかったのはこういった理由がある。

「ほら、世界史」

田中から渡された世界史の教科書はまだ開いていないようで、折り目すらつけられていなかった。

「今日世界史無いから返すの部活ん時でいいぜ」
「さんきゅ」

じゃあまた部活で、と碧は彼のもとから去ろうとしたが、ふと一つ思い出して再度田中に向き直った。

「ずいぶんぐっすり寝てたけど、夜更かしも程々にしなよね」
「…ぉ…おう…」

その言葉に田中は少々焦った。
『実は夜更かしではなく早起きです』なんて言えない。
うっかり口にしてしまった場合、彼女の口から出てくる次の言葉は『なんで』だ。

早起きなんてキャラじゃないのは自分も彼女も重々承知で、その自分がそんなことを言ったら『裏がある』と確実に勘ぐられる。

なので彼女の放ったその言葉に、取り合えず同意だけしておいた。

彼女がそれに納得したかどうかは不明である。

田中はクラスの女子たちの視線に混ざりながら、彼女が教室から出ていくまでその自分より華奢な王子の背中を見ていた。

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