「ふああ〜〜」

放課後、ジャージに着替え碧が部活の準備をするために体育館に入ると、一番最初に目についたのは大あくびをする菅原の姿だった。
目に涙を浮かべてとても眠そうにしている。

「菅原さんも寝不足ですか?」
「あ、碧。おつかれー」

先ほどの瞼の付きそうな顔から一転、碧が声をかけるといつもの爽やかな笑顔に戻った。

お疲れ様です、と言葉を返すと彼の目元にうっすらと隈ができていることに気がつく。
白い肌に引かれたその浅黒はとても痛々しい。

思わず彼の顔に手を伸ばし親指でそれを優しくなぞると、彼はくすぐったそうに身を捩った。

突然自分に触れられた事には特に疑問を感じないようだ。(常日頃、この二人はこういうスキンシップをしている)

「菅原さんは色白だから、隈がとても痛々しく見えます」
「痛くないよ?」
「言葉の綾ですよ」

そうか、と菅原は一つ笑うと自分に触れていた碧の手を掴み、それを両手で優しく包み込んだ。

菅原は碧と反対で、どちらかと言ったら女性的な容姿をしている。(見間違うほどではないが)
だけどやはり骨格は男と女。
手の大きさこそあまり変わらないが、自分とは違う骨ばったその手の感触に碧の心臓は少しだけ速度を速めた。

「碧も色白なんだから痣とか作らないようにね」

愛しそうに手の甲を一撫ですると、碧の青み掛かったグレーの瞳を見て薄く笑う。
冗談とは分かっていても、何度この顔に崩れ落ちそうになったことやら。(実はもう崩れ落ちているのかもしれない)

「善処します」

果たしてうまく笑えているだろうか。









程なくして他の部員がやって来て一緒に準備を行っていると、最後に澤村がやって来た。
ちわー、と彼がガラガラと体育館の重たい扉を開けると、いつもと違った空気を感じる。

「今日から入部する1年を紹介するよ」

そう言った彼の後ろには大きな影が2つあり、一つは彼より少し大きいくらいで、もう一人は澤村…いやここにいる誰よりも大きいのは一目瞭然だった。

「よろしくお願いしまぁす」

にこやかに彼らが頭を下げると、こちらも釣られて頭を下げる。
これだけの身長を持っていると戦力になりそうだ、と碧は彼らの未来を勝手に期待した。

「月島です」
「、山口です」

眼鏡の大きい方が月島、黒髪のそばかす顔が山口、碧は心の中で彼らの名前と特徴を復唱すると、少し嫌そうにチラリと澤村の方を見る。

自己紹介してきたということは、こちらも自己紹介をしなくてはいけないのだろう。
現に他の部員たちは次々と自己紹介していっている。

碧はこの行為があまり好きではない。
自分のことを話すのが嫌いとかそいうわけではなく、ただ理解してもらえないからだ。

「マネージャーの2年、御輿です。」
「?」

現に二人は今碧の自己紹介に首をかしげている。
180センチ近い身長を持っているのに何故選手ではないのか、と顔にかいてある。
この光景、デジャビュだ。

「さて、ストレッチ始めるぞ」

碧が『自分は女だ』と言い出す前に澤村が号令をかけてしまった。

二人は十中八九、彼女のことを彼だと勘違いしているだろう。
それはきっと澤村も承知しているはずだ。

この澤村大地という男、しっかり者の真面目タイプに見えるが意外と茶目っ気がある。
この間だって友人らしき人と購買まで競争しているのを見かけた。
澤村は確実にこの状況を楽しんでいるのだ。

そうでなければ、先日澤村が密かに狙っていた女子に告白されたことを根に持っているかのどちらかだ。

「碧、どんまい」

彼女の心中を察したのか、もう一人のマネージャーである清水がどんよりとしている碧の背中をポン、と叩く。

「ありがとう、ございます」

その言葉に覇気はなく、碧はボール籠を運ぶため重い足を倉庫へと進めた。

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