「そういえば」
空の半分が藍に染まった頃、駅で別れの挨拶でもしようかと思っていた矢先に碧の口から思いもよらない言葉が出て彼は多少なり驚いた。
「今日は特別な日なんですよ」
「特別?」
はて、と及川は頭を悩ませた。
今日は自分の誕生日でもなければ目の前にいる人物の誕生日でもない、はず。
自信がない。
聞いてもいないのに誕生日を教えてくる女子があとを絶たないため、及川の頭の中のスケジュールは少し混乱しているのがデフォルト状態だ。
「あ、悩んでますね」
「うーん……なんだろ」
考えても考えても答えが出ない及川の様子に、碧はクスリと笑った。
夕焼けのオレンジと車のヘッドライトの光が顔にかかり、とても美しかった。
「正解は?」
考えることが嫌になったのか、答えが気になるのか、及川は首をかしげて乞うように笑ってみせた。
異性にはこれが効果的なのを彼は自覚している。
「知りたいですか?」
しかし彼女相手にそれは通用しなかったらしい。
まぁ自分よりも女性にモテるし、スタイルもいいし、もちろん容姿だって最高だ。
なのに彼女は歴とした『女性』だってのにおかしな話もあったもんだ。
向かい側にいる彼女は一歩二歩と及川に近づき、意地悪い笑みを浮かべて彼の顔をのぞき込んだ。
近くで見たその瞳はいつもの色素の薄い異国の瞳ではなく、周りの陽の光を反射してガラス細工のようにキラキラと輝いていた。
「(綺麗だ…)」
できることなら取り出して保管してしまいたい。
これを自分のものにできたらな、と及川は叶わぬ思いを抱き心の中で自分を嘲笑した。
「気になるよ」
傍から見たら、容姿の整った男二人が鼻先が着くかつかないかの距離で見つめ合っている異様な光景だ。
同性愛者だと思われてもしょうが無いこの状況を、行き交う人々は異質なものを見るかのような目つきで彼らを視界に入れていった。
「―――」
今日は私の命日なんです
彼女の口が動いた途端、急行電車が勢い良く通過していった。
まるで見計らったかのようなタイミングだ。
だけど彼女のすぐ近くにいた及川にはその言葉が一文字も零れず聞こえて、思わず目を見開く。
だから自分を呼んだのだろうか。
そもそもなぜ自分なのだろうか。
それの意味はよく分からないが、言葉を紡ぎ終わった彼女の顔が今にも泣きそうだったので、及川は口をつぐみ、身長は大きく変わらないが幾分華奢な彼女の身体を自分の腕に収めることが精一杯だった。
自分の腕の中で彼女は涙を流していたかどうかは分からないが、抱えた肩は震えていた。
彼女が僕にすがる理由
その日から僕は彼女に尽くし、彼女は僕にすがるようになった。それは全然苦じゃないし、むしろ光栄だ。
※反転で碧の言った言葉が分かります。
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