03

althaea0rosea

 めんこいものを目にした時、まっさきに奴の顔を思い浮かべるようになった。それがかわいいポケモンならあいつは腑抜けた顔をしながら撫でまくるだろうし、小さな子どもなら優しく語りかける姿が簡単に想像出来る。
 んでもって……綺麗な花を見つけた時にはじっと見つめて観察でも始めるんだろうな。それならオレはその中から一輪選んでキザに差し出してやりたい。あんたにお似合いだ……なんつって。どんなにめんこいものでも、何一つあいつには適わねえってのに。

「あ、セキさ〜ん!」
 昼下がりのいい感じの時間帯、湖を泳ぐドジョッチの飛沫を眺めながら、そろそろ集落に戻って昼飯にしようかどうしようかと頭を悩ませていたところ。草原の中をこっちに向かってぴょこぴょこと駆けてくるあいつの姿が見えたから、思わず両手を広げて待ち構えた。
「ドンと来いや!」
「え!? あ、えっと……とりゃあ!」
 誘いに乗って勢いよく飛び込んできたそいつは、オレの衣裳に掴めるところなんてほとんどないから、大胆に抱きしめるような体勢で「ぐぬぬ」と唸りながら顔面を押しつけてきた。
 なんて可愛い生き物だ。割と全力を出している風なのに、突っ立っているだけでもオレの体はびくともせず、ただただこいつが踏ん張っている地面が削れていくばかり。
 調査のために大地を駆け回って体力は存分についている方だと思うが、やはりこの体格では適わねぇよなあ。そのままぽいっとぶん投げるのは簡単だが、もちろんそんなつもりはハナから無くて、とうとうオレは耐えきれずその小さな体をがしりと捕まえた。それはそれはれっきとしたハグってやつだ。
「はいよ〜捕獲完了」
「ま、参りました」
 してやったり、オレくらいになると堂々とハグするのなんざ容易いことよ。しかし無念なことに、こんなにも可愛がってやってるくせして当の本人はこのアプローチを「オレ式の挨拶」程度にしか思ってねえんだろうなということは、なんとなく察しがついている。
 単純に鈍感なのかオレのが分かりにくいだけなのか、現時点では判断するに弱いが、自分自身この感情がいかなる種類のものなのかまだ把握し切れてないのもあるから、とりあえず今はいつも通りの笑顔で迎えてやるだけだ。
「会えて嬉しいぜ」
「は、はい。私もです」
「もうな、そろそろあんたの顔見ねえと息絶えるところだったぜ」
「あはは、不思議な体質なんですね」
 そらみたことか。軽〜く流しやがって。んなふざけた体質あってたまるか! 本当は毎日毎日あんたのところに通いたいくらいなんだ、けどそんなことしたら引かれるだろうから自重してるだけで。健気で泣けてきちまうよ、オレ。
「んで、そんなオレのためにわざわざ顔見せに来てくれたってのか?」
「違いますよ〜。カイさんからお届けものです」
「ふうん?」
 やけに大きな風呂敷包みを持っていると思ったら、そういうこと。まるで宝物を扱うみたいに丁寧に両手で差し出してくるから、こっちの方こそガサツにならないようにしっかり掴んで受け取った。まあ急ぎというわけでもなさそうだし、今すぐ開けなくてもいいだろう。それよりも言いたいことが先行してついつい悪態をついてしまった。
「よその団員遣わしてねえでてめえの足で来いってんだ。って、そう伝えとけ」
「それは……自分の足で、伝えないんですか?」
「なるたけ顔も見たかねえんだよ」
「ひとのこと言えないじゃないですか」
 うるせえ。
「別に、押し付けられたわけじゃないですよ。今朝たまたまカイさんとお会いして、散歩がてらまた色々とヒスイのことについて教えてもらったので、そのお礼としてって感じです」
 それは……見返りのためだとしても結果として押し付けられてないか? まあ無理やりやらされたんでなければなんでもいいか。こうして顔を見れただけでもかなり喜ばしいことだし、普段は口論してばかりの関係でもこいつを寄越してくれたことにちょっとくらいは感謝してやってもいい。
「それじゃあ私はこれで失礼します」
「もう行くのか?」
「用は済んだことですし」
 ったく、本当に届けものをするためだけに来たんですって顔しやがって。もう少し無駄話に付き合ってほしいところだ。カイの野郎から聞いたっていうヒスイのなんとかとか、オレにもできるぜそんくらい。なんならオレにしかできない話もあるはずだ。
「せっかくだしよ、集落寄ってけよ。昼飯まだなら振舞ってやるから」
「本当ですか? すっかりお腹が空いていたところなんです。でも、部外者がいきなり訪ねて迷惑なんじゃ……」
「何言いやがる。もうあんたを邪険に扱う奴はひとっこひとりいねえさ。不安ならずっとオレのそばにいりゃいい」
 もしそんな奴がいたらオレがぶちのめしてやる、ていうのはやり過ぎだとしても、オレはこいつのためならなんでもやれる自信がある。
 ていうかもう帰らなくてよくねえ? ここに住めばいいのに。そこまで言ったら馬鹿正直すぎるので、自分の馬鹿さ加減を表に出さないように笑って返事を促した。
「どうする?」
「じゃあ、そうさせてもらいます」
「決まりだな」
 
 まあ心配するまでもなく、コンゴウ団の皆は快く出迎えてくれた。ギンガ団のイモモチも相当な絶品だが、自分が食べて育ったものを美味そうに食う様を見ると、ついつい感慨深い気持ちになってしまう。単純にこいつの幸せそうな顔が可愛いってだけなのかもしれないが。
 久々にゆっくりと話もできたし、オレの方こそやらねばならないことは山積みだ。我儘なことを考えていないでここは潔く見送ってやるとするか。……なんて決心がついたというのに、別れ際に彼女はくるりと半回転して戻ってきた。忘れ物でもしたかと不思議に思いながら首を傾げると、いやに楽しそうな顔でオレを見上げてくる。
「あの、あの、セキさん」
「なんだ?」
「セキさんほどの人でも、やっぱり仲間の前だとすっかり気が緩んでしまうものなんですね」
「ん〜そりゃまあ、そうか? なんだよ、そんなにいつもと違ったっけか?」
 自分では気にもしなかったが、第三者から見るとそうなのだろうか。それにしてもどうしていきなりそんなことを。
「はい。ずっと思っていたんですけど、私セキさんの笑顔がとっても好きです」
 予想外の言葉に硬直した。
「だってどんな時でもずっと笑ってるから……なんというか、安直ですけど、太陽みたいな人だなってずっと思ってました。それだけです」
 彼女はいたずらっぽく笑ってすぐに向こうを向いてしまった。なんだそりゃ。別れの言葉にしては豪勢で、言い逃げ感満載で、思わぬところでこちらの情緒をぶっ壊しにきやがった。
「ああ……そうかよ」
 なんてこったい、オレはがめつい人間だから、今の言葉だけで都合よく解釈するし、今この機会を逃しはしない。
「オレはてめえの笑顔どころか丸ごと全部好きだがな」
 別に小声で言ったんじゃない。普通の声量で口にしたから普通に聞こえているはずだ。案の定、というか、そうなるか、という感じだが、あいつは片足を踏み出したまま立ち止まって振り返りもせず、固まった。石のように。
 あ〜言ってやった言ってやった。人間、実際に声に出してみるとその身で実感するものらしい。今まで蓋をしてきたわけでもないのに、まさに今、突然爆発するみたいにあらゆる感情が膨れ上がってくる。ただひたすらに、抑えきれない、というか。
 同時に、確信もする。自分がずっと抱えていた感情が、単なる愛着ではないことを。そうと分かれば話は単純だ。わざわざ先延ばしにしても時間の無駄だ、意味が無い。まあ、もう少しムードってやつを考えた方が良かったのかもしれないが、今言うと決めたならその場でガツンと言う男だ、オレは。この性格を隠し立てするつもりはないさ。
「なあ、オレの嫁にならねえか。や、なってくれねえか」


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