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althaea0rosea

鬼。
鬼とは、人間とはちがういきもの。人間の発情期に出くわすと、本能的に思考が生殖のためのそれに変わり、なりふり構わず襲いかかってしまう、と担当の先生が言っていたのを思い出しました。そして、発情の程度が強ければ強いほど、たとえ国に従事するような高貴な血を持つ鬼だとて、簡単に理性を吹き飛ばしてしまう、ということも聞きました。
だから、人間である私はこれまで国の中央にそびえ立つ頑丈な建物の中で保護され、管理され、見ず知らずの野生鬼に襲われることがないように、国の鬼たちに四六時中護られながら生きていました。
……いいえ、そうではなく、“鬼を護るために”隔離されながら生きていました。人間は酷く弱い生き物でありながら、その血肉には鬼を惑わし、支配する脅威があったから。
しかし、それはあちらの都合。私にはあのような場所に一人永遠と閉じ込められる生活が耐えられなかった。あの建物から死に物狂いで逃げ出して、危険の蔓延る外の世界にやってきたのは間違いなく自らの意思。とはいえ……“その時”はこんなにも呆気なく、こんなにも急に訪れてしまうものなのですね。

その鬼は突然出くわした人間に対して怪訝そうに様子を伺いながらも、芳ばしい獲物の匂いに頬を染め、現時点ではかろうじて理性を保っていながら、体は正直にゆっくりと深呼吸をしています。
「あんな……ここ、うちの家が囲ってる領地なんやで。私有地。部外者が勝手に入れる場所とちゃうんやけど……」
「……はぁっ、……、はぁ……っ」
素手で簡単に私の服を破っていく鬼。あっという間に服が布切れと化し、全身の肌が丸見えになっていく。
「そない無防備な格好で……食ってくれ言うとるようなもんやろ。酔狂な人間もいたもんやなぁ……」
ああ、襲われる。食べられる。殺される。死んでしまう。ちがう、ちがう。そんなことより。今の私は感情を頭の中で整理する余裕もなく、今現在私の身体に襲いかかる大きな大きな衝動に、あっという間に意識を持っていかれてしまいます。独房のガラス越しではない、すぐ傍で感じる強烈な鬼の“香り”に、全身が燃えたぎるような熱を持ち、息が激しく、辛くて、痛みを感じるほどで、なにより下半身がぐずぐすになって今すぐにでも慰められるのを求めている。

元より、鬼の《眷属つがい》となるべくして生まれてきた人間といういきもの。発情期が来ると鬼の精力の全てを受け入れるために脳がそのための準備に入ってしまう。
その馨しき歪な生理現象は決して一人で我慢できるようなものではなく……むしろ都合よく鬼が現れたことに悦びを感じてしまうほどに、脳の人格は既に入れ替わってしまったかのよう。
「っ、……はぁ、げほっ、……ぅ、う、……」
いつもなら身体に害をなす強さの抑制剤を投与されるほどの激しい反応だったから、もはや思考は正常に働くことを放棄して、その鬼がこれからしようとしていることを察しても、抵抗することはできませんでした。
「まぁ、今はなんも考えられんか。この森ずうっと放置してたうちもうちやし……」
「……っん、……はぁ……っ」
「にしてもあんた、えらい激しいもん撒き散らしおって……持ち主には大層気に入られとったろうに。いったいどこぞの屋敷から逃げ出してきた、ん…………」
その鬼は、そこまで言って手を止めました。もう纏うものがない私の脚を、左右に思い切り押し開いた手を静止させました。
その鬼は、私の太腿の付け根あたり、鼠径部に沿うように刻まれた焼印を目にした途端、心底驚いたように身を硬直させました。

『初めまして、パルデアの宝。あなたはこの国における特別保護管理対象に指定されたため、当施設の最高責任者である私の監視下の元、この部屋で生涯を遂げることとなりました』

これは……この焼印は、私が国の管理下に入った瞬間につけられた、国の所有物という証。
そして同時に、私的な所有と使用、、、及び《眷属》にすることを禁じるという意味も込められている。“あの方”には、もう一生消えることは無いと言われた。人間としての存在価値を真っ向から否定するような、残酷な印。
「あー…………、そか、あんた……」
それが何を意味するのかを即座に理解したようでした。何故なら、この鬼は、それと雰囲気の似た印のエンブレムをその腕の腕章に抱えているから。国に従事する者しか身に纏うことができない制服に身を包んでいるこの鬼は……どう考えても、逃亡した私を捕らえに来た国の鬼でしかないのです。
「例のアレか。ほら、トップが可愛がってた……トップの、お気に入りの、…………そりゃ、こんなに当てられる訳やわ……ハハ」
その時、初めてその鬼の表情が緩むのを目撃しました。私の正体を知り腑に落ちたのか、心底気が抜けたように乾いた笑みを浮かべ……そしてまた、私の体を押さえつけてくる。
「そいや、少し前にうちら管轄の人の子、、、が一匹脱走しよったって、大騒ぎになっとったっけか……」
焼印のことを見て見ぬふりするように、私の脚を大きく広げて、上から押さえつけてくる。
「……っ、はぁ、……ぅ、ぁ、……っ」
「トップのお小言聞きたのうて、最近は適当に外ほっつき歩いとったからよう知らんのやけど、まさか、こないなとこでお目見えするたァ、……神さまは一体誰の味方しとるんや……」
私と出くわしたことが幸運なのか不幸なのか、とても複雑な表情で……その鬼は舌なめずりを――。
「そうと分かったところで……もう遅い、遅い遅い、遅いねん……あかん、止まらん……どないしよ、もう……」

「チリちゃん、お腹すいた……」


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