軟禁

althaea0rosea

目覚めが良い日はたいてい何か悪いことが起こる。スマホの充電が出来ていなかったり。大事な用事があるのに余裕で寝坊していたり。苦手な人から面倒な頼み事の連絡が入っていたり。きちんと準備をしたのに忘れ物をしたり。
何か良くない雰囲気を体が感じ取っているのかなんなのか……急な目覚めのメカニズムなんてこの私には知る由もないが、まあ、これらは全てかつて外出が普通に出来ていた時の話、、、、、、、、、、、、、、で、今となってはそんな心配ごとをする必要もなくなった。
で、今。そんな私を毎朝毎朝眠りから叩き起こしてくれるのは、恋人である彼女の甘い甘い、甘い囁き声なのでした。

「なまえ、朝やで」

手首や足首や首が鉄の輪に捕らわれているわけではないのに、私は不思議なことに自分の意志でこの家から出ることができない。
この一年間、軟禁状態で一緒に暮らしてきて一つ分かったのは、私はおそらく見えない何かで拘束されている、ということ。彼女の見えない何かによって、手や足の代わりに心臓が拘束されてしまっているから、どこへだって逃げることなどできないのだ。不思議な話である。

「チリ、そんなに、げほっ……力を入れたら、そろそろ苦しいと思うの……私、」
「気持ちい?良かった」

苦しいと気持ちいいに何か関連があると思い込んでいる、面白い人。私が今言ったのは、私が目覚める前からそうしていたらしい、今もいやらしい音を鳴らしながら断続的に動いている下半身のことじゃなくて。そうじゃなくて、私の首をぎちぎちに絞め上げている、その長く白い両手のことだ。
まだ喋る余地が残されているくらいには手加減してくれていることが分かるが、それにしたって本当に苦しい苦しいからやめて欲しいな。これならまだ鉄の首枷を付けられていた方がガードができてマシだと思うの。そこのところどう思う?いや、決して枷をはめられたいわけじゃあないんだけど。

「可愛い、あんた、ほんまにさ」
「!や……、やめ……っ」

喋れることを『まだイケる』と判断されたようで、次の瞬間にはさらにキツく気道を絞められた。どうしようもない人だ。力の入らない手や足で出来ることと言えば無様にもがくことくらいで。両手で上を締められるのに連動して、自ら下を締めてしまう。それにより私の体は望んでいないのにひとりでに快楽を追い求める。それはただただ目の前の人を悦ばせ、私を苦しめるだけだった。

「あ、……っ、う、っ、あ」

もうだめ。もうやだ。もう諦めて死のうかな。でも死にたくはないな。そう思った瞬間に、寝起きのためにぱっぱらぱーだった頭が、さらにおかしな方向に舵を切って……チリの思い通りに、苦しみの中無理やり絶頂させられた。

「――――――、っ、」

気が狂いそうになったのは、それでも彼女が全ての動作を一切やめなかったこと。生理的な涙で顔を濡らす私を見下ろし、頬を赤く染め自分だけ幸せそうに微笑みながら、私の汚い喘ぎ声と断末魔のような何かを同時を出そうとする首を、未だに容赦なく締め上げてくる。
それに、いくら下が収縮しようとも、中に挿れられている無機質な棒は彼女の体そのものではないから、刺激を受けることは無い。私がどれだけ苦しんでも、良がっても、関係ないみたいにぐちゅぐちゅ動き続けている。

「可愛い、ほんまに……可愛いなぁ」

人の体をなんだと思っているのだろう。人を可愛がる方法が、一癖も二癖もありすぎて……ああ、しんどい。

ところで、こういう時に口に出すと良いことが起こるかもしれない魔法の言葉が存在する。
……まあ実際は全く逆で、悪いことが起こるかもしれない確率の方が高いのだけれど。このままでは死を待つのみの身で、何もしないよりかは言ってみた方が得だと思ったから、ほんの少し手が緩んだ瞬間に、意を決して、一生懸命声にならない声を出した。

「チ、リ……きら、い」

ぱっと手が離れた。あともう少しで天国へ行くところだった私からすれば、たったそれだけのことでハッピーでラッキーで仕方がない。
発言内容がアレなだけに、この後のことを考えたらどうしようもなく面倒なんだけど、あまり深く考えてはいけない。とりあえず、生きれてラッキー。それだけ。

「きらい?は?」
「げほっ、……げほ、っう、う、……あぁ、はぁ、う……はぁ、はぁ……」
「ほんまに?うそ、そんなわけないやん」
「……げほ、げほ……はぁ、はぁ……」
「なまえが、うちのこと、きらいなわけないやん……恋人やのに」

困ったように眉を下げて、私を見下ろす彼女。面白くって、息絶え絶えのまま立て続けに「きらい、きらい、きらい……っ」と言うと、もう黙り込んでしまった。
さっきまでは威勢よく腰を振っていたのに、今はよわよわしい赤ちゃんポケモンみたいで、可愛い。よしよし計画通りだ。ちゃっかり下は挿れたままなのがさすが彼女という感じだけど。

「こんなの、ひどいよ……とにかく、一旦、離れてよ……っ」

手で涙を拭いて、彼女の細く華奢で縦に割れたように見えるお腹を足でげしげし蹴った。そしたら、文句を言いたげな顔をしながらも大人しく離れてくれた。今日はどうやらそこまで厄介な日ではないらしい。

「……なまえ」

チリ、落ち込んでる。朝っぱから何やってるのよ。ていうか、好きな時に好きな子を好きなようにしてしまう強情な人が、好きな子にきらいと言われただけで赤ちゃんポケモンのようになってしまうの、本当に可愛いのでこの現象に誰か名前をつけてほしいな。
そう思いながら、私は呼吸が落ち着いたタイミングで彼女に向き直り、ベッドの端でしゅんとした顔で体育座りをする、可愛くて可哀想なチリをそっと抱き締めてあげた。

「もう、チリのバカ」
「……なまえ、うちのこと嫌いなん?」
「うん」
追い討ちをかけた。
「……知らんかった」
「チリは……私のこと好きなの?」
こくり、頷く彼女。
「でも、私はチリのこと、きらいよ。あんなことするんだもん」
「……」
「うそ。本当はね、」
「せやな?」

まだ続きを言わないうちに、チリはガラリと表情を変えてニマニマと笑顔になった。なにこの生き物、おもしろ。

「本当は、だいっきらいなの」
「……。なんでそないなこと言うん」

またガラリ。感情ジェットコースターのチリ、おもしろい。

「……ふん。べつに、どうでもええわ。なまえの気持ちなんか。なまえはチリちゃんのもんやし」
「それ自己中の人だよ」
「……なまえは嫌なん?チリちゃんのもんになるん」
「やじゃない」
「なら、嘘やん。何がきらいやねん」
「きらいだよ。ほうら、こんなにきらい」

彼女の長い長い髪をぐいぐい引っ張る。そんな私のわざとらしい笑顔を見て自分をからかっているのだとようやく気がついたのか、チリは問答無用で私を押し倒して「舐めとんか、自分」とまた首を締めてきた。
あちゃあ。気の遠くなる攻防に辟易する。もうめんどくさい。大人しく殺されてしまおうか。でも死にたくないな。でも抵抗するのもしんどい。と、諦めかかっていたら、お仕置だとかでたくさんのキスをお見舞いされた。あと、さっきの続きだと言わんばかりに夕方までじっくりたっぷり犯された。しんどい。

「はーっ、……っ、ん、はぁ、はぁ、……」
「分かった?チリちゃんは、こんなに好きや」

ぐちゃぐちゃにされて痙攣の止まらない体を、大切に抱きしめてくれる。
毎日毎日、生きている有り難さを実感させられるような酷い可愛がり方して、いつか私が本当に命を落としたら、その時チリはどんな顔をするんだろう。喜ぶの?それとも、悲しむの?
どちらにせよ、私が死んだらその顔を見ることができないから、決してチリのために死にたいとは思わない。……死んだ方が楽なのに、楽に死なせてくれない、困った人。


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