三年ぶりの、  

althaea0rosea

 私はもう自分の家に帰れないかもしれない。このまま、このパルデアという異界の地に残らなければならないかもしれない。
 そうなれば、家の留守をまかせたルガルガンを苦渋にも見捨てなければならないかもしれない。向こうで出来た友人や彼や仕事仲間に、直接会うことなく、さようならを伝えなければならないかもしれない。

 そうしないと、命が危ない。

「……息が、できないよ」

 情にアツい幼馴染の、これまたアツい抱擁に負けて、手に持っていたかばんを床に落とした。もう勢いがすごくてケンタロスにタックルされたかと思った。さすが、パルデアのケンタロスはひと味違う。
 後ろに一歩、二歩、足を下げて彼女の体を受け止めるが、胸郭の部分をキリキリと締まるほど強い力で抱きしめられていて、息ができない。これは、たぶん、パルデアに到着した初日と同じくらいの強さじゃないだろうか。もしかしたらそれ以上かもしれない。
 チリちゃんは……私をここから帰す気がないようだ。
「チリちゃん。離して、お願い。船の時間、ちゃんと教えたよね」
「知らん」
「知らん、やなくて」
 知らん、と彼女はまた素っ気ないふうに言葉を放って、小さく首を振る。あかん。こうなったらもう、何を言っても無駄だ。チリちゃんは昔から、一度決めたらそれを最後まで突き通す子だった。そのせいで何度こちらが折れたことだろうか。
 それでも私は抵抗しなければならなかった。私の家があるアローラへ帰るための船は、一日に何度も出ているわけじゃない。今日の便はあと一本だけ。今を逃したら、少なくとも、明日まで待たなければいけなくなる。
 それは、ほんまにあかん。そんなことになったら、元々ギリギリだったスケジュールがパンクして、余裕で仕事に間に合わなくなる。
 なんとか腕の中でもがいて、拘束から逃れようとする。……が、チリちゃんは全然離れる気配がない。とりあえず頑張って上を向いて、チリちゃんの肩にあごを乗っけた。この子、いつからネッコアラになったんよ。私を丸太扱いすな。
「いやや。帰らんといて」
「わがまま言わないの」
「わがままやない」
「わがままやなかったら、なに?」
「命令や」
 ますます訳分からん。適当なことを言う彼女に、つい力が抜けた。それもほんの少し抵抗の力を抜いただけなのに、その瞬間を良いように狙われて、そのままぐいぐいとハリテヤマばりに押しのけられて、背後のベッドに押し倒された。自分の体がボスンと沈み込む感覚に、目眩がした。ああ、今度こそあかん。
 このままじゃあ、流される。チリちゃんは、本当に私を帰す気がないようだ。
「帰ったら、許さん。な?ここで暮らそ。そうしよ。それがええよ。前みたいに、一緒にいよ。この三日間、夢心地やった。あんたがいるだけで、チリちゃんのここ、あったかいわ」
 起き上がろうとする私の肩を容赦なく押さえつけながら、もう片方の手で自身の胸元をひと撫でする彼女。チリちゃんの顔は幸せそうに赤らんでいた。その無邪気な少女のような、でもどこか儚げな、今にもボロボロにくずれてしまいそうな微笑みを目の当たりにして、ぱち、と瞬きをする。

 再会。ほぼ三年ぶりだ。チリちゃんとこうして直接会うのは。

 同じ故郷を持ち、長い間ずっと一緒に旅をしてきた唯一無二の親友。間違いなく、一番大好きな友だち。何かあった時、頭に思い浮かぶのはいつだってチリちゃんの顔。何をするにも、どこへ行くにも彼女がいるのが当たり前で……そんな彼女のことが私は大好きで、彼女と過ごす時間はとても幸せだった。
 その後、それぞれが別の道に進んで早五年。電話はしょっちゅうかけていたけど、遠く離れた場所にいては「明日会おう」とかいうことも簡単にはできない。
 でも、とっくに慣れたものだと思ってた。実際、私は慣れていた。チリちゃんのいない生活が、当たり前になっていた。でも、チリちゃんは……。
 いつも楽しくビデオ通話をした後、その画面の裏ではどんな顔をしていたのだろう。あの時、アローラへ行くと言った私を、どんな気持ちで送り出してくれたのだろう。

「……」

 心当たりしか、ない。


三年ぶりの、  
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