特別な関係

althaea0rosea

「ドラミドロ、りゅうせいぐん」

ぐすんぐすんと泣きながらワカメちゃんに命令した。なまえはバッジを一個も持ってないからこういう技を命令する時はしょっちゅう無視されちゃうけど、今日は一回で聞いてくれたからワカメちゃんもきっと怒ってたんだと思う。
ドラミドロの技は相手の男の子のパチリスに直撃して、グラウンドの床を傷つけるほどだった。パチリスはすぐにパタリと倒れてひんしになった。
でも本当は男の子に技を当ててほしかった。

アカデミーに入学して何日か経ったけど、なまえは少しだけクラスになじめなかった。これまでだってそうだ。どの地方へ行っても、わたしは家族以外のひとと話すのが得意じゃないから人間のお友だちができたためしがない。
となりの席の女の子はやさしくてお話できたけど、問題は後ろの席の男の子だった。入学した日から肩をつんつんしてきたり、チリちゃんが三つ編みしてくれた髪の毛を引っ張ってきたり、被ってた帽子を奪われたり、なにかとちょっかいをかけてくるからなまえのことが嫌いなんだと思った。

それで、教室だと大きくてじゃまになるかと思って休み時間にわざわざグラウンドまで行ってワカメちゃんとお話してたら、急にあの男の子の声が後ろから聞こえてきた。おまえのポケモンばけものじゃんって。
たぶんあとをつけられてた。ワカメちゃんのことを見てちょっと怖がりながらも意地悪な感じで言われたから、「ばけものじゃないもん」って言い返したのに、また言い返されて、悲しくなって、泣いちゃって、わたしはぐすんぐすんと涙を流しながら技をしかけた。ワカメちゃんもすぐに応えてくれた。
グラウンドのバトルコートじゃないところにりゅうせいぐんが降り注いだ。きれいだった。

でも、パチリスがたおれたのを見て今度は男の子の方がものすごい勢いで泣いちゃって、これじゃあまるでなまえがいじめたみたいって、自分でもそう思うくらいで、その頃にはなんだなんだ何事だって周りの人たちがみんななまえのことに注目してて、怖くなってまた泣いちゃった。
チリちゃんがいないところでは、なまえの味方はワカメちゃんだけなんだ。その場でしゃがみ込んだわたしを、ワカメちゃんは体が触れないようにそうっと抱きしめてくれた。



「こんにちは。あなたが噂の……なまえくんですね」
「……?」
「小生はハッサクというものです。このアカデミーの美術の担当をしている傍ら、最近新たに就任し活躍されているあなたのお姉さんと同じく、このパルデアのポケモンリーグで四天王をしているのですよ」

悪いのはなまえじゃないのに、担任の先生に怒られてますます落ち込んでいたところにべつの先生が話しかけてきた。
ひとりで帰る気分じゃなかったから、今からチリちゃんに「迎えにきて」ってそれだけ送ろうとしていたスマホロトムを、しかたなくかばんにしまう。わたしになんの用なんだろう……。

「……なまえのおねえちゃんは四天王じゃないから、ひとちがいです……」
「おや?あなたのお姉さんは間違いなく……。ああ、新生四天王の妹という立場にさっそく疲れてしまったのでしょうか。いやはや、これは失敬」
「……?」

ここはエントランスの階段のうえの、本棚に囲まれた端っこの席。先生はまだぐすんぐすんと鼻をすすっていたわたしのとなりに座って、すでに空になったポケットティッシュをひと目見ると、自分のポケットから新しいティッシュを取り出して「差し上げますですよ」となまえに渡してきた。……やさしい先生かもしれない。

「ありがと、……ございます」
「いいえ、とんでもない。いきなりでなんですが、まずはアカデミーへのご入学おめでとうございます。あなたのことはお姉さんからよくお聞きしておりますよ」
「……せんせ、チリちゃんと知りあい?」
「ええ。お仕事仲間、同僚です」

チリちゃんはただポケモンリーグではたらいてるだけだけど、先生は四天王なんだって。先生なのに四天王なんて、いそがしそう。先生は授業があるのにいつリーグに行ってるんだろう。

「ところで、先程の休み時間にグラウンドで起こった乱闘騒ぎは、あなたのことでしたね?」
「……ちがうもん」
「おやおや……。こればかりは言い逃れできませんよ。小生も美術室からこの目でしっかりと見ていましたから」
「……」

この先生も怒りに来たのかな。

なまえはよく怒られるけど、怒られるのはあんまり好きじゃない。チリちゃんに怒られるときはそのあとアイス買ってくれるからがまんできるけど、今日みたいに先生に怒られたときはぐすんぐすんって涙がおさまるまでひとりでじっとしてることしかできないから、好きじゃない。
でも、先生は予想とぜんぜんちがうことを言い出した。

「なまえくんはなかなかに逞しいですね」
「……たくましい?」
「そのお歳でドラミドロを連れている子はなかなか見ないものですから、嬉しくなってしまいまして」
「……うれしいの?」
「ええ。実は小生の手持ちにもドラミドロが」

先生はそう言うとボールをひょいっと投げてポケモンを出した。そこにはワカメちゃんと同じヒラヒラだらけのドラミドロがいて、少しびっくり。つられてわたしもワカメちゃんをボールから出してみた。
同じポケモンだけど、ちがう顔。なまえはそれを見てなんだか感動するくらいだったけど、同じ空間で向かいあったドラミドロはお互いを見てピリピリし始めた。会ったばかりなのに仲悪そう……ケンカしちゃうと思って、ワカメちゃんに「めっ」するわたし。

「ドラミドロは本来凶暴な性格で、扱うにはかなり訓練が必要なのですよ。攻撃的で、縄張り意識も高いですから……」
「ワカメちゃんは、やさしいお友だちだよ」
「ワカメちゃん?」
「この子のお名前」
「ほう。ではワカメくんと仰るのですね」

先生はふむふむと言いながら、自分のドラミドロをボールに戻した。なまえもそうしたほうがいいかなと思って同じようにボールに戻した。

「一見、扱いきれていないと思いきや、素直にボールに戻るのですね」
「チリちゃんがお誕生日に買ってくれたボールだもん。いごごちいいよ」
「ほお。素敵なプレゼントです。なまえくんはどうして他でもないドラミドロを?」
「なまえ、ワカメちゃんといっしょに海で死にかけたことがあって、それで仲良くなったの」
「ほほう。なにやら重大な事件の香りがしますね……それはいったいどういう――」

「なまえ!迎えに来たで〜〜」

そのとき、エントランスからつづく階段を小走りでかけのぼってくる人が視界に入ってきた。誰かと思ったらチリちゃんだった。
チリちゃんはアカデミーの関係者じゃないのに当たり前のように階段をのぼりきると、わたしのとなりにいた先生の姿をみてわあっと笑いだした。

「あー!ハッサクさんやん!そないなとこで、うちの子ナンパしとるんですか!?あきませんよ〜その子はチリちゃんのですからー!」
「騒がしいのがやって来ましたね」
「……チリちゃん、うるさい……」

そういえば、迎えにきてって結局メッセージ送れなかったんじゃなかったっけ。チリちゃんは連絡しなくても迎えにきてほしい日に来てくれる……。へんに勘がするどいおねえちゃん。

「チリ。学校内では走らないように」
「あ、すみません。つい学生気分になってはしゃいでしもた」

リーグのお仕事、終わったのかな。ここには窓がないから分からなかったけど、時計の時間をみるとけっこう遅い時間になってたみたい。
チリちゃんはやっぱり当たり前のようになまえのとなりにすわった。

「……」

すわりかけて、すぐテーブルのうえの丸まったティッシュに気づいた。
すると、チリちゃんは一瞬にして表情を変えてなまえの顔をのぞきこんできた。

「なまえ……どーしたん」
「……なんでもない」
「なんでもないわけないやろ」
「……なまえ、わるくないもん……」

知らんぷりするわたし。でも何かがあったことはバレバレだった。頭や背中に手を当ててよしよししながら、「なにがあったん」ってやさしい声で聞いてくる。なんでだろ。おねえちゃんの声を聞いたら止まったはずの涙がまたあふれてきて、ぐすんぐすんと鼻をすすった。当然、なまえはなにも喋れなくなった。

「ハッサク先生」
「実は……かくかくしかじかなことがありましてですね」
「ほんまですか?詳しく頼みます」

泣き出したなまえを体いっぱい使って横から抱きしめながら、チリちゃんは先生から話を聞いていた。男の子に意地悪されて、悔しくて攻撃したこと。担任の先生から話を聞いていたのかな。ハッサク先生の言葉はわたしが説明するよりも分かりやすかった。

「そっか。ドラミドロのこと悪く言われて、悔しかったな」
「うん……」
「なまえは優しいな。でもその優しい気持ちを他の子にも向けなきゃアカンで。ここはアカデミーなんやから、なまえ以外にも生徒はぎょうさんおる。全部がなまえの思い通りになるわけないんや」
「うん……」

担任の先生のときはちょっと怖かったけど、チリちゃんはやさしく怒ってくれた。やっぱりチリちゃんはやさしいからすき。ティッシュで鼻をかむなまえの涙を手で拭いながら、いっぱいよしよししてくれる。

「な?もし意地悪なこと言われてしもたら、今日みたいに一方的に攻撃するんやなくて」
「うん……」
「チリちゃんが一発ぶん殴ったる!誰やなまえ泣かしたんは!お仕置が必要みたいやな!」
「チリ、チリ。途中まで教師である小生ですら為になるようなことを仰っていたのに、急に台無しです」
「いやいや、どう考えてもなまえ泣かしたんが悪いやろ!!!」

チリちゃん、キレた。
びっくりして涙止まっちゃった。チリちゃんはなまえがビクッと肩を揺らしたことにハッとして、まるで怒りを沈めるようにすーはーと深呼吸してニコニコと笑い始めた。お得意のニコニコ。

「殴るんはまあ……冗談やけど」
「うーん、とても冗談には聞こえませんでしたが……しかし妹思いの優しいお姉さんですね。第一印象はカタギではないと思っていたのですが」
「なはは。どういう意味ですか?それ」



「しかし驚きましたよ。泣いているなまえくんを庇うようにドラミドロが周囲を警戒しているのですから」
「へーえ。そんなことが。相変わらずなまえのことは特別なんやな」
「特別?ドラミドロが、ですか?」

……。どうしよ。チリちゃんとハッサク先生、なまえのことほっぽってそのまま世間話はじめちゃった。しょうがないから目の前の本棚から本を出してぺらぺらとめくってみるけど、難しいことしか書いてなくて眠くなってきちゃった。

「なまえのドラミドロ、ワカメちゃんって言うんですけど」
「ええ、そのようですね」
「チリちゃんの見立てやと、なまえのことを自分の子供やと思い込んどるんや」
「子供?」
「なまえがこいつの毒で殺されかけたんは、なまえがもっとちーちゃい時やねん。生きて無事に回復したことは未だに奇跡やと思っとりますけど、毒にやられたんは一概に責められることやのうて」

……チリちゃん、まだお話してる。泣いたせいで少し腫れぼったい目をごしごしこすったら、チリちゃんにさりげなく「やめな」って手をとられた。……もうおうち帰りたいな。

「こいつは単になまえが溺れてたのを助けてくれただけなんやと思います。……まあ、チリちゃんは実際にその場にいたわけやないですから、本当のことはドラミドロにしか知らんのやけど」
「縄張りを侵されたはずのドラミドロが、人間の子を助けた……なかなか興味深いですね」
「ドラミドロがなまえのボールに入ってから、ことあるごとになまえを守ってくれるようになって。それが親みたいやな〜ってチリちゃんが勝手に思っとるだけです」
「なるほど……」
「それか、ボディーガード的な?バトルの時はあんまり言うこと聞かんみたいやけど」

……。チリちゃんのほうに寄りかかって目を閉じた。今日はいろんなことがあったから、もう疲れちゃった。おいしいごはん食べたいな。それと、デザートのアイスも……あったらいいな。


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