その2

althaea0rosea

「なまえはな〜んも悪ないよ。な?嫌なことは忘れて、楽しいこと考えよ」

何か悪いことがあった日は、あったかい湯船の中でいっぱいぎゅうってしてくれる。まあチリちゃんはなまえにあまあまだから、何もない日もいっぱいぎゅうってしてくれるけど。
今日は入学そうそう災難やったなって、特別にいっぱいいっぱいぎゅうってしてくれた。元気でた。

「なかなおり、できるかな」
「せんでええよ」
「でも、担任の先生がしなさいって……」
「前に言うたやろ?」

湯船の水を手でたたいてばしゃばしゃあそぶなまえのことを、うしろからぎゅうって抱きしめてくるチリちゃん。言い聞かせるように、言われた。

「赤の他人なんて期待するだけムダやで。なまえとチリちゃんみたいに、血で繋がっとるうちらの絆には適わへんよ。せやろ?」
「うん。せやせや」
「せやから……意地悪する子と関わるんは、もうやめとき」

言い聞かせるように、そう言われた。

「わかった?」
「わかった」

チリちゃんはなまえのことが大切だから、なまえにひどいことする子が嫌いなんだって。ていうか、しっとぶかいから他の子となかよくするのも本当は嫌いなんだって。だから今までおうちにおともだち呼んだことないし、これからも呼んじゃダメ。ここはチリちゃんとなまえのおうちだから、チリちゃんとなまえ以外は入っちゃだめな場所なの。
……あれ?でも、ポケモンたちは普通に一緒に暮らしてる……。

「ねえねえ、ワカメちゃんやドォちゃんはいいの?」
「なにが?」
「なまえはワカメちゃんと血つながってないし、チリちゃんはドォちゃんと血つながってないよ。でもなかよしだよ」
「ポケモンと人間は別もんやん。一緒に考えるもんやないで」
「ふぅん……」
「ポケモンは不思議な生きものやから、良い子には良くしてくれる。けど人間はそうにもいかん。意地悪なやつはとことん意地悪や」
「ふんふん……」
「せやからなまえにはチリちゃんだけでええんやし、チリちゃんにとってもなまえだけおったらそれでええ。……他の人間となんか、関わらんでもやってける」

チリちゃんのよく分からない言い草にふんふんと相づちをうった。
それから一緒に100秒数えた。その間、ケイコウオみたいにお湯の中に潜ったりホエルオーみたいにぷかぷか浮かんだり、ミガルーサみたいにチリちゃんに頭から突撃したり……チリちゃんと一緒のおかげでお水はもう怖くない。
そしたらチリちゃんはわははと笑いながらなまえに反撃してきた。こちょこちょって。悲しい気分なんかすっかり忘れて、いっぱい笑っちゃった。そしたらふたりとも100秒がわからなくなって、最初からまた数えなおした。

「よし、あがろ」
「うん」

お風呂からでたら約束のアイスを食べる時間。学校の帰り道にアイス食べたいって言ったら、しゃあないなーって特別に大きなアイス買ってもらっちゃった。やさしいチリちゃん。
おうちで食べる用にコーンじゃなくてカップに変えてもらったそれをロトムの冷凍庫から出して、さっそく食べてたらチリちゃんが食べてる様子をスマホロトムで撮り始めた。にーって笑ってカメラのほう見てみたけど、なまえよりチリちゃんのほうが楽しそうに笑ってた。

「チリちゃん、あげる」
「くれんの?おおきに。あーん……んまっ」
「おいしいね」

なまえのすきな味のアイスだったから、すぐに食べ終わっちゃった。空になったカップを見て悲しくなっていたら、チリちゃんにうえを向かされてお口のはしっこをぺろりと舐められた。チョコソースがついてたみたい。チリちゃんはおいしそうに「ごちそうさま」って言った。

学校の階段でつかれた足を、ベッドに寝転がってチリちゃんにもみもみしてもらうのがなまえの最近の楽しみ。今日はそのおかえしに肩をもんであげたら、ものすごく気持ちよかったのかチリちゃん「あぁはぁ〜〜」ってなさけない声だしてトロトロにとろけちゃった。なまえも将来はこうなるのかな。

「チリちゃん、おやすみのちゅーは?」
「ん。おいで」

歯みがきして、おトイレ行って、ワカメちゃんにおやすみって言って……寝る準備が完ぺきになったら、最後にチリちゃんとちゅ〜しておやすみなさい。いつもチリちゃんからしてくれるけど、たまに忘れるからなまえのほうから言わなくちゃならない。だって、これがいつものお決まりだから忘れちゃうと寝れなくなっちゃった。だからチリちゃんと別々の場所じゃ結局寝ることもできない。だからやっぱり寮にしなくてよかった。
はあ、はあ。息きれちゃった。



「……」

衝撃のじじつ。なまえのおねえちゃん、四天王だった。

「チリちゃん、四天王なの……?」
「え?そやで。何回も言うたやん。なまえぜんぜん信じとらんかったけど」
「へえー……」

えーっといったん時間を朝に戻して……。
今日は学校がおやすみだから、テーブルシティから西の門を出たところの原っぱでワカメちゃんと遊んで来ようかな〜なんて考えていたら、チリちゃんが朝になってなまえと一緒じゃなきゃおしごと行きたくないって言うから、今日はチリちゃんに手を引かれてポケモンリーグにやって来た。
坂を登りながら、やっぱり学校の階段よりもぜんぜんきつくないよ……ってひとりごと言ったら、「今日はなまえと一緒やから楽勝や」なんてニコニコするチリちゃん。なまえはお見送りするだけだから建物の前でバイバイしようとしたら、チリちゃんまた朝みたいに駄々こねてなまえから離れなくなっちゃった。

「バイバイいやや〜〜」
「おしごと終わったらまた会えるよ」
「……うん。なまえ、お昼になったらまた来てくれん?お昼一緒に食べたい」
「いいよ」
「よっしゃあー!はい。お金渡すから、好きなもん買ってきや。チリちゃんの分もな」
「アイスも買ってい?」
「アイスは昨日食ったやん。まあええよ。溶けへんように時間考えて買うんやで」
「やったー。チリちゃんだいすき」

チリちゃんもだいすきってなまえのことぎゅうって抱きしめてから、チリちゃんは建物の中に入ってった。もらったお金をすぐにおサイフにしまって、くるっとその場でふりかえる。
今は9時だから、お昼の時間まであと3時間くらい……。あんまり遠くに行っても大変だし、今日はテーブルシティをうろうろしながらお昼になにを買おうか考えることにした。

それで、お昼の時間になったからお弁当と保冷剤いりのアイスの袋を持って、朝みたいにリーグの建物に来たら、すぐにチリちゃんがわたしのことを見つけてふっとんできた。チリちゃん、なまえのこと見たとたんに走りがち。

「なまえー!」
「チリちゃ」
「会いたかったでー!おつかいご苦労さん」

こないだ一緒に見た映画の感動の再会のシーンみたいに駆け寄ってきたチリちゃんにお弁当の袋を回収されて、抱っこされて、そのまま建物の中に連行された。実は中に入るのは初めてだから少し緊張する。だって、ここポケモンリーグだもん。パルデアのさいこーほーの場所だもん。
チャンピオンになりに来たのでもないのに入っていいのかな……ってなまえは心の中でふしぎに思ってたけど、チリちゃんはわたしのことを抱っこしたままどんどん奥へ進んでいってしまう。なんだか職員のひとの視線を集めているような……。

「あれ、チリちゃんさん、その子は?」
「うちの妹やでー。お昼一緒に食べる約束しててな」
「えー!妹さん!?かわいい〜」
「その制服……学生さんなんですね!」
「こないだ入学したばっかなんや。ちなみに今日は休校の日なんやけど、制服がお気に入りみたいで関係なく毎日着とるで」
「えー!新入生!かわいい〜〜!」
「あーあかんあかん。お触り禁止ですう〜」

すれ違った人、たぶんチリちゃんのお仕事仲間だと思うけど、なまえのことを見たとたんにきゃっきゃってし始めた。なんだか恥ずかしくなったから、チリちゃんにがしっとしがみついて顔を隠したら、また「かわいい〜!!」って声が聞こえてきた。
うーん。恥ずかしいけど、ちょっぴり悪くない気分。だけどチリちゃんは人気者なのか、廊下を歩いているだけで同じように声をかけてくる人がいっぱいいた。そのことにちょっぴりもやもやしちゃうのは、なんでかな。

「チリちゃん、どこで食べるの?」
「奥に四天王の休憩室があるんや。本当は関係者以外立ち入り禁止なんやけど、なまえは関係者やからセーフやで」
「してんのうのきゅうけいしつ?」
「そうそう。一応な、両親実家におるからなまえの面倒うちしか見れへんのやってトップにお願いしたら、余裕でOKもらえた」
「してんのうの……きゅうけいしつ?」

チリちゃん、四天王じゃないのになんで四天王の休憩室で食べようとしてるの?って思ってたら、とある扉の前でおろされた。ずれたお洋服をなおしながら、扉のとなりに書いてある文字を読んでみる。
えーっと……『休憩室』って書いてある。これじゃあ四天王の休憩室なのかどうか分からないや。やっぱりチリちゃん、嘘ついてるのかな。チリちゃんはわたしの手を取って「ごめんくださーい」と言いながら扉を開けた。中にいたのは、サラリーマンのひとたった一人。えー。やっぱり四天王の部屋なんかじゃないじゃん。

「アオキさん、おつかれさんです」
「どうも。……」
「あ、気にせんとってくださいね。うちらはうちらで食べますから」

休憩室のはしっこのほうで、もくもくとお弁当を食べているサラリーマンのひと。やっぱりチリちゃんと知り合いみたいだけど、廊下ですれ違ったひととは違ってきゃっきゃってしてないから感心した。なんだか静かな感じ。なまえもそうだから、しんきんかんある。

「知り合いの子……ですか?」
「妹ですよ!チリちゃんの」
「はあ、妹さん」
「なまえ、挨拶しや」

お部屋に入ってきょろきょろしてたら、背中をぽんぽんされた。
……なまえ、知らない人にごあいさつするの、苦手。チリちゃんは知らない人でもみんな友だちみたいにすぐ仲良しになっちゃうけど、わたしは緊張するから得意じゃない。
でもあいさつだけできればなんとかなるってチリちゃんいつも言ってるから、今日もあいさつだけがんばってみた。

「こ、こんにちは」

チリちゃんの背中に隠れながら言ったら、サラリーマンの人もなまえに負けないくらいちっちゃい声で「こんにちは……」って言った。
それを聞いて「ふたりとも声ちっさ!」って笑い出すチリちゃん。もー。チリちゃんがでかいだけだもん。口をとがらせながら、休憩室の真ん中らへんに二人で座った。

「アオキさんも四天王なんやで」
「……え?そうなの?」
「全然見えへんよなー!でもごっつ強いんやで。同じ四天王でも、チリちゃん手も足も出んわ〜」
「まあ……タイプ相性もありますからね」
「おなじしてんのう……?」

買ってきたお弁当を袋から出して、さっそくいただきますしたわたしたち。チリちゃんは中身を見たとたんに目をきらきらさせて「さすがチリちゃんの好み分かっとるやないのー」と頭をなでなでしてくれた。
でもなまえは他のこと考えてたから愛想笑いみたいになっちゃった。……このサラリーマンのひと、四天王なんだ……ってことは、この休憩室はほんとうに四天王の休憩室……ってこと?で、そのお部屋でお昼を食べるチリちゃんも四天王……???

「チリちゃん、四天王なの……?」
「だからいっつもそう言っとるやん。ここまで信じてくれんとチリちゃん泣いてまうで」
「……」

チリちゃん、四天王なんだ……。
わたしはようやくここで認めた。確かに色んなところでお姉ちゃん四天王なんでしょーって言われるから、なんでみんなでなまえを騙すんだろうって思ってたけど……わたしが思い込んでただけだった。なんで思い込んでたんだろ。

「……チリちゃん、四天王になってもなまえといっしょ……?」
「えっ?急になに?チリちゃんはどこにも行かんよ。ずっとなまえと一緒やで」
「……うん」

四天王ってすごい遠くに感じてたから、もう会えなくなっちゃうと思ってた。でもよく考えてみたら、パルデアはこれまでに行ったことのあるほかの地方と違って、ポケモンリーグがすごい行きやすいところにあるから、べつに遠くでもなんでもないんだった。
……そっか。なまえ、チリちゃんが遠くに行っちゃうと思って今まで認めなかったんだ。でも、ぜんぜんそんなことなかった。よかった。


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