お姉ちゃんのひみつ

althaea0rosea

アカデミーに入学してから3年が経った。あれからパルデアの色んなところを巡ってポケモンたちといっぱい仲良くなり、中には仲間にした子もいたりして、今ではジムバッチを四個も集めちゃった。私はチャンピオンになるのにそこまで積極的じゃないから、暇つぶし感覚で数ヶ月に一個のペースになってしまったけれど、チリちゃんがバッジをもらってくるたびにいっぱい褒めてくれるから、もう少し続ける予定。

チリちゃんはあれからパルデア中で有名になった。新しい四天王で、挑戦者と一番関わりのある面接官という役割を任されたこと……そして元々の性格のおかげでどうしても目立ってしまうらしい。
それに……チリちゃんはモテるから。男女関係なくモテるから。街を歩くだけで面白いくらいに言い寄られる。だから……だから、今は外で会うのも隣を歩くのも避けるようにしてる。そのことにチリちゃんは文句を言ってるけど、チリちゃんの恋路を邪魔する妹にはなりたくないの。……なんちゃって。本当は、知らない人に声をかけられるチリちゃんの愛想笑いを見たくないだけ。

新しい四天王といえば、パルデアにもうひとり新たにポピーちゃんという四天王が誕生した。最年少だから、関係者の間ではそれはもう話題になったらしい。でもチリちゃんを突破する挑戦者はなかなかいないらしいから、ポピーちゃんのことは知る人ぞ知る存在になっているみたい。だから、街のほとんどの人はあの子のことをただの普通の可愛い女の子だと思っていることだろう。……チリちゃんのことも、ただの陽気な真人間だと思っていることだろう。



「チリちゃん、服かして」
「ええよ〜どこ行くん?」
「デート」
「は?」

夕食を食べ終わり二人で片付けをしていたら、チリちゃんが洗い終わったお皿を落っことしそうになったから、あわててキャッチした。あぶなかった……。
何気ない会話の途中でいきなりこう、、なるから、確かに驚きはするけど……私にとっては困惑することでない。ああ、またか。なんて思うだけ。街ではきらきら笑顔を振りまいてるチリちゃんは、実は地雷があったりする。

「チリちゃん、こわい顔」
「誰とや」
「なあに?……ダメ?」
「誰?」

チリちゃんは心配性だから、私が誰と遊ぶのかを逐一報告しないと遊びに行かせてもらえない。それが今日は私が軽々しくデートなんて言葉を使ってしまったから、チリちゃんの方こそ驚いてしまったんだと思う。
でも、男の子だからな……付き合ってなくてもデートって言えると思う……私間違ったこと言ってないよね……。お皿を拭きながら考える私のことを、チリちゃんは訝しげに見つめている。嘘をつくとまた面倒なことになるから、簡単に答えた。

「学校の子と、だけど」
「ふぅん。遅くなるんやないで」

ものすごく簡単に答えたはずなのに、あっさり許された。あれ?いいんだ。ラッキー。今日は深入りしない日なのかな。もうちょっと根掘り葉掘り聞かれると思っていたのに。

なーんて、いい気になってチリちゃんのクローゼットを漁っていた私。何かがおかしいと思ったのは、後日いきなりドタキャンされた時のことだ。

「なんか、男の子ってよくわかんない」

やっぱ用事あるからって、デートがなかったことになった。私は誘われただけだから、まあ断る理由もないしで二つ返事でOKしたデート。特に未練はないが、それまで頻繁にやり取りしていたはずのメッセージに二度と連絡がくることはなかった。
ちなみに、こういうことが何回か続いた。四天王の妹という情報をどこかから聞きつけて近づいてくる子は少なくないけど、あまりにも突然私に興味を無くすものなのだな……と、他人事のように思ったり。その他、連絡がぱったり途絶える原因に心当たりがあるかと聞かれたら……まあ、あるんだけど。

「お嬢ちゃん。どーしたん。話聞こか。可哀想に。チリちゃんならそないな思いさせへんのになぁ」
「……チリちゃん、悪い大人みたい」
「ナハハ。実際悪いで」
「……」

あんまり深入りしない方がよさそう。

通知のこないスマホロトムとにらめっこする私のことを、チリちゃんは何か言いたげに見つめている。……そうだよね、連絡が来なくなったんだから、もう必要ないよね。私は空気を読んで男の子たちの連絡先を全部消した。チリちゃんは何も言わずにその様子を見てた。

「お風呂、入ろか」
「うん……はいる」

チリちゃんの声に立ち上がる。もうお風呂沸いてたんだ。連れたって脱衣場へ向かう私たち。ずっと前からそうしてた。でもチリちゃん、今日は甘えんぼなのかな。先に全部脱いじゃった私のことを見つめてばかりで自分でなかなか脱がないから、仕方なく私がボタンを外してあげた。
ネクタイくらい自分で取ってねって言ったら、少し口をとがらせてしゃあないなあって笑うチリちゃん。私がもっと小さな時は頼れるお姉ちゃんだったのに、今はすっかり逆転してる。私だってまだ子供だよ。でも甘えんぼのチリちゃんはかわいいから、なんでもいいや。

体を洗うのにシャワーの蛇口をひねったら、チリちゃんに邪魔された。壁のほうの追いやられて、奪われた。いつものように。水、出しっぱなしなのに……こうなると、止まらない。

「……ん、ん」

チリちゃんとちゅうをするのは日課だけど、普通はこんなことしないらしい。チリちゃんが私のからだを触って可愛がるのも、ほとんど毎日してることだけど、普通はこんなことしないらしい。普通はもっと、恋人同士とかでやることで、赤の他人同士がやることだから、正真正銘血の繋がった実の姉妹で普通はこんなことしないらしい。
もう覚えていない、、、、、、幼少期の頃から、行為をしていたという記憶があった、、、、、、。当時はもちろん少しも疑問に思わなかったけれど、物心ついて、学校に通うようになって、同じ年頃の子とお話をする度に、何かがおかしいことに次第に気がついていた。

でも、私は知らない振りをした。だって、チリちゃんは毎日同じように、毎日変わらず、いつもと同じ様子で求めてくるから、家に帰ると普通なのはこっちであって、外の世界が普通じゃないんだってその都度思い直してしまう。
してることは変だけど、チリちゃんがおかしいなんて少しも思わなかった。だってチリちゃんは私を可愛がってくれてるだけなんだもん。そんなチリちゃんのことを、私は誰よりも可愛いと思ってる。

「……なまえ、かわいい。すき」

今日はどこまでも甘えんぼみたい。体を洗っている間も、湯船で温まっている間も、ずっとぴったりくっついてきた。のぼせちゃうのに離れる気にならないのは、私の方こそチリちゃんのことがだいすきだから、しかたない。
でもお風呂を出たあと、服を着させてもらえなかった時は、あ、と思った。今日、寝れないかもしれない。タオルで体を拭いてドライヤーで髪をわしゃわしゃと最低限に乾かしたあと、待ちきれないとでも言うように速攻で寝室に連れ込まれた。あ、今日、寝れない。

「……ねえ、チリちゃん」
「いやや」

何も言ってないのになぁ。
お風呂で温まった体が冷めないように、二人で布団の中に入っていっぱいいっぱいちゅうをした。チリちゃんは自分と違って大きくなってきた私の胸を、嬉しそうに手で触ってくる。くすぐったい。でもちゅうがきもちいいから、すぐどうでもよくなっちゃう。

「……、……ん」

頭の中、もうチリちゃんでいっぱい。チリちゃんの腕の中で、チリちゃんのことしか考えられなくなった頃……いつもこのタイミングで優しく言い聞かせてくる。まるで洗脳されてるみたい。……いい気持ち。

「……チリちゃん以外のやつとのデートなんか、どうせ上手くいかん。なまえの一番はチリちゃんやもんな」
「うん……」

チリちゃんは自他ともに認めるなんばーわん。

「なまえにはチリちゃんだけでええやろ?」
「うん……」

あと、自他ともに認める唯一無二の存在。

「なまえが一番好きなんは、誰や」
「……チリちゃん」
「な?分かったら、もう二度と変な気起こすんやないで」

ねえ、チリちゃん。チリちゃんは、あの男の子たちに何をしたのかな。……と、ぼんやり思ってその日は寝落ちた。



アカデミーの入学前。もっと言うとパルデアに来る前。正確には、パルデアに向かうための二人旅の途中でカロス地方に滞在していた時期のこと。
その短い期間で知り合った三個くらい年上のお兄ちゃんとこっそり海に遊びに行った時、二人で沖合に流されワカメみたいなポケモンに襲われたことがあった。(そのワカメが今は私の手持ちにいるんだけど、)お兄ちゃんはそのポケモン……つまりドラミドロの少し奇怪な見た目におそれおののいたのか、私が毒を食らい溺れているのを視界に入れながら、相棒のブイゼルにしがみついてさっさと浜辺へ戻ってしまった。見捨てられたのだった。
幼い子供にとってはそれはかなり衝撃的な出来事で、そしてその有様は縄張りを侵された側のドラミドロからしても不憫に思えたらしく、毒で朦朧としながらワカメみたいな体に必死にしがみつく小さな私を、ドラミドロはそれ以上襲うことはしなかった。

意識を失った私をポイ捨てせずに近くの岩場まで送り届けてくれた優しいドラミドロは、助けがくるまでずっとそばにいてくれたらしい。凶暴な性格なはずなのに、奇跡のような個体と出会った私。
しかしドラミドロの毒はかなりの猛毒で、その時の私は既に死にかけていた。たぶん天国に片足くらいは突っ込んでいたと思う。いや、半身浴レベルかもしれない。お医者さんにもどうして助かったのか分からないくらいだって。

でも私は助かった。ただ、チリちゃんは私以上にトラウマを抱えた。

私が生まれるのとほぼ同時期から一人で色んなところを旅してきたチリちゃんが、ある日家に帰ってきて「パルデアに住む」って言った時、「わたしもいっしょにいく」って私がものすごい勢いで泣き喚いたから、優しいチリちゃんはまだ幼かった私を置いてくことなく一緒に行こかって連れて行ってくれた。お母さんやお父さんも笑って見送ってくれた。

その道中で、私は死にかけた。意識が戻るまでの数日間、チリちゃんは病院で度々過呼吸になるほど泣いていたらしい。担当のジョーイさんが教えてくれた。こっそり海に行った私が悪いのに、チリちゃんは自分が目を離したせいで、と自分を問い詰めていたんだとか。
回復はしたものの、当然私たちは一度実家に戻ることになった。パルデア行きも一旦中止。そして……この時からチリちゃんは四六時中私と一緒にいるようになった。一瞬たりとも目を離さなくなった。ていうか、私の方こそ水が怖くなってチリちゃんと一緒じゃなきゃ何もできなくなった。
きっかけは間違いなくこれだろう。お互いがお互いに依存し合うようになったのは。それは両親に心配されるほどだった。どちらかが結婚したらどうするの?って、微笑ましい感じだったけど、そう質問されたとき、チリちゃんは確かにこう言っていた。

「心配ないで。うちら、ずっと一緒やもん」

その答えに両親はますます心配していたが、私にとってはその言葉がただただ嬉しかった。私もチリちゃんとずっと一緒がよかったから。

その後普通に日常生活が送れるようになって、今度こそパルデアに行こうってなった時、チリちゃんにお願いしてワカメちゃんに会いに行くことにした。助けてくれてありがとうって言いに行くために。チリちゃんは私が溺れた海に行くこと自体大反対してたけど、駄々をこねたら最後は許してくれた。
で、ワカメちゃんはすぐに私のところに来てくれた。ぜんぜん顔も覚えてなかったけど、一目見てわかった。なんでかはわかんない。ちなみにチリちゃんは私を殺しかけた張本人だからってバトルをしかけてた。圧勝だった。

ヘロヘロに疲れ果てたワカメちゃんは、そのまま帰るかと思いきや私のところから離れなかった。だから、そのまま捕まえた。親友になった。

そういえば、一緒に海に行ったお兄ちゃんは二度と私の前に現れなかった。自然と疎遠になった。お見舞いにも来なかったし、私のことなんかもう死んだと思ってるんだろう。

「……なまえのことをこんなに大事にしとんのは、この世でチリちゃんだけやで。他の奴らなんか信用ならん。もう、チリちゃんのことだけ考えてや」

この事件を経て、チリちゃんは私が他の人と関わるを嫌うようになった。でも、最初の頃はそこまで口には出してこなかったような。なにも全員が全員悪い人じゃないことなんて、チリちゃんもちゃんと分かっているんだと思う。
でもそれがだんだん、口に出すようになって、挙句の果てには自分以外と関わるなって。チリちゃんの中で私の立ち位置がだんだん変わって来たんじゃないのかな。だって、その要求ってまるで恋人みたいだもん。


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