ニャオハふんじゃった

althaea0rosea

※バリネコチリちゃん


働きアイアントの法則って知ってる?
ある群れに着目した時、よく働くアイアントと、ふつうに働くアイアントと、サボるアイアントの割合はいつも一定の2:6:2になるっていうやつなんですけど。

面白いのが、働きもののアイアントを間引いてサボるアイアントだけを残した状態にしても、すぐにその集団の中で働き出すアイアントが現れて、結局また2:6:2の割合に戻るらしい。
つまり、怠けもの同士が集まったら誰かしらは働きものになるということだ。
じゃあ……

Q.ネコ同士が集まったら、どうなると思う?

A.そりゃあもちろん、予想通りのことが起きるわけである。





きっかけはストーカーだった。
チリさんと仲良くなったのは、犯罪すれすれのストーカー行為をしていたからだ。
誰がって、私が。

たとえば、彼女の後ろ姿を盗撮したり、職場の鍵付きのロッカーを勝手に開けたり、飲み物の中にこっそり睡眠薬を入れたり、スマホロトムの会話履歴を勝手に見たり、家まで尾行するとか、そういうことはぜんぜんしてない、ぜんぜんしてないんだけど!
ただ、休憩時間になった瞬間、チリさんがいつも通る廊下のガラス窓に張り付いてそこから眺める毎日を送っていたら、なんと驚くべきことに、ある日チリさんの方から歩み寄ってくれたのだ。

「自分なんやねん。毎日毎日窓にビターッて張り付いて。ウケ狙っとるんか?言うとくけど、めっちゃおもろいで、それ。チリちゃん、根負けしてもうた」
「あ、え、あええ!?」

わざわざ進路を変えてまで、私のいる小会議室のドアを開け、けたけたと楽しそうに笑うチリさん。ずっと遠くから見ていたから、今が一番近い距離にいるという事実に面食らって、初めての会話なのに変な顔をしてしまった。
それを見て、チリさんはさらに笑い出すものだから、めちゃくちゃ恥ずかしかった。……そんな思い出。今でも恥ずかしいよ。

「チリさんのおうち、シュッとしてますね〜!シュッと!」
「適当に言うてるやろ、自分。そないなことで、ジョウト人が簡単に喜ぶと思うんやないで」
「嬉しくないんですか?褒めたのに」
「めっっっちゃ嬉しい。もっと言うて」

もともと話しやすい人だったけど、こんな変な会話を交わすのも当たり前になった今日この頃。本日は、チリさんの家に初めて入った記念日となった。

遠くから見ていただけの自分が、彼女とどんどん親しくなり、友人と呼んでくれるようになり、……さらには、恋仲にまでなったこと。全部が全部本当に奇跡のようで、今がとても楽しい。
私はもともとノンケのはずだったんだけど……いざ男の子と付き合うとなると、なぜだかしっくり来なくて全然長続きしなかった。
そんな時、ボウルジムからリーグ本部へ異動となり、そこで出会った四天王の一人にギューン!と心臓を持っていかれてしまったのだ。

本物のチリさんだ。
本物のチリさんって、あんなに素敵に笑うんだなぁって。

そっか、私って男の子じゃなくて女の子のことが好きなんだ。ていうか、女とか男とか関係なくない?私はチリさんだからこんなに好きになってしまったの。
人ってこんなに簡単に人を好きになってしまうものなんだ……私は今日初めて本当の恋をしたんだ……なんて思った。舞い上がって、哲学みたいなことを考えたりしてた。
その日書いた写経みたいな日記は、後から見返したらキモすぎたので、そのページだけ破ってカルボウちゃんに燃やしてもらった。

そんなだから、チリさんが告白を受けてくれた時は、混乱しながらも天に昇る思いだった。実際、ヌケニンになってた。私の周りをイマジナリーボチがぐるぐる回ってた。
玉砕覚悟で投げたボールを、チリさんは優しく受け止めて、今度は隠し持っていた別のボールをこちらに投げ返してくれたのだ。「チリちゃんも好きやで」って微笑みながら。

私はチリさんの恋人になった。


「夕飯、どうしよか」
「そんなの、もちろんチリさんの手料理食べるつもりでお腹空かせてきましたよ!こちらの準備はバッチリです」
「そう?でもあんま期待せんとってな。普段は出前取ることも多いし……だいたい自分の手作り弁当、いつもめんこいやん、もちろん味も一級品やし。そう思うたらあんまり自信ないわ」
「私も手伝いますから、大丈夫です!」

やった。自慢のポケモン弁当、褒められちゃった。バトルが得意ではない私がこれまでに磨き上げてきた、女子力のたまものである。
まあ家事以外のことはなんにもできないけど。

キッチンに立って、そのつもりで持ってきた食材を並べたら「用意周到やん」とまた褒めてくれた。だって、私良い彼女でいたいんだもん。ぜえったいに別れたくないし、ずっとこのまま一緒にいたい。
うん。嫌われたくない。
こんなに死ぬほど別れたくないって思わされたのは初めてだ。チリさんと出会ってから、初めてのことばかり。だから、毎日楽しいけど、どこかしらで不安を感じている自分もいる。


お風呂に浸かりながら、考えた。
チリさんは、モテる。モテモテである。男性からはもちろん。女性からも。
モデルさんみたいな背格好をしているから、人の目を集めやすいのだ。そうじゃなくてもあのいつも見せてくれる朗らかな笑顔や、天真爛漫な明るい性格。人気者以外のなんでもない。

廊下を歩けばすぐに声をかけられるし、ランチに一人でいるところを見たことがないし、……だから私も最初は声なんてかけられなくて、端っこの方で見ているだけだった。
あの時チリさんが声をかけてくれなければ、きっとそのまま……。


脱衣場にはチリさんが用意してくれた、チリさんの服が置いてあった。突発的に家に招かれたとはいえ、こんな彼シャツならぬ彼女シャツとかいう、憧れのシチュエーションを体験する時が来るなんて……ドギマギしながら袖を通す。ちなみに、私は夜はブラはつけない派。

「チリさん、お風呂ありがとうございました」
「おお、あがったん。ほんならうちも汗流してくるわ。ドライヤー勝手に使てええからな」
「はーい。いってらっしゃいませ」

手を振ってお風呂場にお見送りしようとした時、チリさんが私の目の前で立ち止まった。

「?」

何かと思えば、私の濡れた髪の毛を手に取って顔に近づけている。なんだかキスされているみたいで気恥しいんですが……?

「髪、同じにおいや」
「あ、シャンプー……使いました。まずかったですか……?」
「かまへんよ。そうやなくて、これでもう自分チリちゃんの女やなって」
「……い、いきなり口説かないでください!心臓に悪いですから!」

いたずらっぽく笑うチリさん。こういうところ、抜け目ないよなぁ。ほんと、おとなって感じ。年齢はちょっとしか変わらないのに、たぶん恋愛経験は天と地の差なのだろう。
こんなことをされるから、いつもドキドキの毎日だ。私、チリさんにいつも心をぐるぐるにかき混ぜられてる。

チリさんは、素でそういうことをする人なのだろうか。本当に……私のことを好きでいてくれているのだろうか。
あの時の、告白。二つ返事だったり、しないだろうか……。

幸せの絶頂なのに。ふとした時にこんなことを考えてしまう自分が、なんだかいやだな。


「おいで、こっち。一緒に入ろか」

チリさんのながーい髪の毛をせっせと乾かしていたら、もう寝る時間になった。いつもはナンジャモちゃんの配信を見るために夜更かしするのが普通なんだけど……。寝室のドアを開けて手招きするチリさんにつれられて、夜もそこそこ、同じベッドに入ることになった。

とても緊張する。なにがって、普段外ではチリさんとこんなにくっつき合うことなんてないから……くっつくと言っても、今は隣同士で座って、肩と肩が触れ合っているだけ。
お互い、いつもと違う雰囲気をまとっていることに、お互いが気づいている。

「自分、そういう経験あるん?」
「えと、……これまでに付き合った人とはすぐに別れちゃって、あったとしても、いつも未遂で……だから、ないと言えば、ないです」
「そうなん」

チリさんは?って聞き返したかったけど、そんなんたくさんやでーって返ってきそうで、聞くにも聞けなかった。たぶんそんなことを言われたら嫉妬に狂ってしまう……。
だから、チリさんが自分から話し出す前に、チリさんの手を握った。

「あんな、チリちゃんも――」
「あっ、で、でも!私、いつでも大丈夫です!ほら、さっき言ったでしょ?準備はできてるって。だから、いつ襲っていただいても、全力でいちゃらぶできますっ!」

きゃー!言っちゃった。
家に誘われた瞬間から、えっちなことを考えていたみだらなニンゲンはこの私である。悟られないように必死に平静を装っていたけど、実は今も心臓がドキドキドキドキ爆走で爆音を立てていた。

「……」

顔を見られたくなくて、チリさんの肩にゴチンッとおでこをぶつける。そうしたら、チリさんは今はおろしている髪の毛を反対側の肩に寄せて、私の頭にコテンと頭を倒した。

「襲うとか、ないで」
「?」

さらに、横から抱きしめられた。

「ちょっと、話させて」

抱きしめられてドキッとしたけれど、チリさんの声色はいつもより覇気がなくて、すぐに空中へ消えてしまった。
どうしたんだろう。いつもより静かだ。

「チリちゃん、女の子と付き合うたの、あんたが初めてや」
「えっ?」
「あと、男とは付き合うてもどいつもこいつも手も繋いだことない。ほれ、ずっとポケットに入れとったから、素っ気なくて可愛くないやつやと思われたんやろな」
「ええっ?初耳ですけど」
「聞かれんかったし……ていうか、さっき遮ったやろ」

チリさんの告白に、私はぱちりと瞬きした。
当時、私としては心中穏やかでなかったけど、私の愛の告白に、あまりにもあっさり応じてくれたから、これまでにもたくさん経験があるのかと思っていた。そういう噂もあった。でも、蓋を開けてみれば……?

いや、待て待て。私チリさんと手を繋いだこと、あるよな。チリさんの方から差し出してくれたから、緊張しながら握ったのを今でも覚えてる。
日記にも書いた気がする。読み返したら燃やしたくなるから読み返せないけど。

「せや、初めてやねん。せやから、デートの時も勝手が分からんくてごっつ気ぃ使ったし……ああ、文句言うてるわけやないから、勘違いせんとってな」
「う、うん。でも、チリさんとのデート、すっごく楽しいですよ。不満なんて、全然ない……素っ気なくなんかないし、可愛くなくなんか、ないですよ?」
「なんでやろな。けど過去のチリちゃんはほんまに可愛くない態度やったと思うで。成り行きで恋人っぽくなっただけで、当時の気持ちとか、全然思い出せん」

ずるずる体勢を変え、ふとんのなかに潜ってしまうチリさん。私も同じようにふとんに入り、枕に横向きに頭を乗せた。チリさんは天井を見つめている。

「あんな真っ赤な顔して告白して来たんも、あんたが初めてや。初めてのことばっかでほんまに……毎日心臓うるさいねん」

え?私が初めて……ってことはないよね?もしかしたら、私の顔が真っ赤過ぎて衝撃を受けて過去の記憶を抹消してしまったのかもしれない。そんなことある?
でも、私もチリさんと出会ってから初めてのことばかりで……毎日心臓がうるさい。チリさんも同じなんだ。それが、なんだか嬉しい。

「なあ、自分はチリちゃんのことどんなふうに思ってん」
「そりゃあ、だ、だいすき!って思ってます」
「うん。うちも、大好き。愛おしい。あんたが一番」
「……は、恥ずかし……」

私はちょっとふざけないと言えないのに、普通のテンションで言うんだから……。恥ずかしくってふとんを顔までかぶる。
すると、チリさんも同じようにもぞもぞ潜ってきて、私の肩に顔を寄せた。まるで、甘えるみたいに。
甘えるみたいに、服を掴んできた。

「あんたのこと、ほんまに大切やけど……お願いとか、望みとか、なんでも聞いたりたいと思うけど……でも、ダメや。チリちゃんがおりたいの、そっちやないねん……」
「そっちって……?」

普段のチリさんは堂々としているのに、今のチリさんは何か怖いものを語るかのように私の着る服を握っている。
私が何も言わないでいると、チリさんは少し時間を開けてから、小さな声で言った。

「その、せやから……襲うとか、考えられんのや」
「……」
 襲うとか?
「それ言うなら、襲われたい方やねん……チリちゃん、可愛がられたいねん……」

チリさんの隠れたお顔はよくみえないけど……耳が少し赤くなってる。

「がっかり、してもた?」

チリさんは生まれたてのニャオハみたいに、小さな声で尋ねてきた。
……怖がってる。たぶん、私の反応を怖がってる。それは普段の堂々としたチリさんからは考えられないほど、弱々しく、儚くて、正直……可愛かった。

「チリさん、ネコ?」
「どストレートすぎるわ、あほ」

チリさんの言い分を一単語に要約したところ、体を揺さぶられ文句を言われた。
少し起き上がった彼女の顔を見ると、若干うるうるしている。ええっ!?か、かわいい!?心を打ちのめされていたら、すぐにまたふとんにもぐって顔を隠してしまう。

「ていうか!がっかりなんて私、そんなこと思うわけ……!」
「萎えたらいややで。チリちゃんのこと、嫌わんといて」

顔をぐりぐりと押し付けられている。なに、言ってるのかな?私が、この私が、チリさんのことを嫌うはずなんてないのに。
でも、チリさんがこんなに怖がっているのは……

「……女の子の上に乗るなんて考えられん。せやけど、自分がチリちゃんのことそっち側やって考えてるの、なんとなく察しておった……から、気後れして、今まで家に誘えんくて……」

もしかして、私のせい?

「……ごめんなぁ。忙しいって断って。アレたまに嘘やった。もちろん、ほとんど本当やったけど」

私が普段からチリさんのことをオトナだ、とかカッコイイ、とか、はやし立てるから……。さっきだって、襲っていただいてもなんて、ふざけながらだったけど、実際私はふざけたことをしていたのだ。

「ほんとのこと言うまでは、不誠実やと思て。がっかりさせとうなくて……せやかて結局今日までずるずると……。アカンなぁ、うちあんたのことになると物事が上手く考えられん」

チリさんの気持ち、ぜんぜん考えてなかった。いつも笑顔でお礼を言ってくれるから、良い気になって、“彼氏”みたいな扱いをして……嫌われたくないとかそんなこと、どの面下げて言ってんだ。
チリさんは私のことをこんなに考えてくれているのに。それに、自分が“そっち側”に見えやすいということを、ちゃんと自覚しているんだ。本当は逆なのに。
そんなチリさんの気持ちを考えたら、胸が張り裂けそうになる。今すぐ過去に戻ってぶん殴ってやりたい。

私はガバッと起き上がって、ふとんに潜ったままのチリさんに頭をさげた。

「わ、わたし、……ごめんなさい、困らせちゃってたんですね。本当に、ごめんなさい……っ」
「あ、謝らんといて!困ってへんよ!ぜんぜん!」

しおれる私に、同じように起き上がるチリさん。私を安心させるように、さっきみたいに横から大切に抱きしめてくれた。

「褒められるんは好きやし、カッコイイとかもほんまに嬉しい。もっと聞きたいわ、あんたの口から」
「でも、」
「ちゃうねん、これはチリちゃんの問題やから。うちのせいで自分のこと振り回すくらいやったら、このまま何も言わんで、己の心押し殺した方がええんやないかって、うだうだ悩んどっただけや」
「そんな……」

そんなこと考えてたんだ。
そんなこと、してほしくないのに。

「あんたとお別れしたくないんやもん……いつだって、好きな子の理想の自分でいたいやろ?」
「うん、うん。それはそうです。私も、いつも同じこと考えてます」

考えてた、つもりだったのに……。
私は日頃の自分の発言を思い返し、反省した。その上で、チリさんはやっぱりかっこよくて、本当の意味で、おとなだと思う。
打ち明けることで私がどうなるかを前もって予想して、その通りに落ち込んでしまった背中をこうして優しく撫でてくれる。
優しくて、誠実で、素敵な私の“彼女”。

「その反面、やっぱり好きな子の前なら本当のうちでいたいって、思ったんや。そう思わせてくれるくらい、自分のこと、好きやねん」
「……うん」
「で、今日思い切って打ち明けたんよ。……なんや、緊張するな」

元からこれ以上ないくらい好きだったけど、今日でまた好きレベルが限界突破してしまった。そんな彼女が愛おしくて、今度は私の方から腕を伸ばして抱きしめた。
ぎゅうっと力いっぱい。その細い体は簡単に私の腕の中に収まってしまう。それなのに彼女は「なはは」と空元気っぽく笑うから、ますます心が痛くなる。

「けどま、心配いらんで!チリちゃん自分のためならなんだってできる気ぃすんねん。ま、上手くやれるかわからん、けど……」

普段はなんの陰りも無い笑顔だけど、この時ばかりは力なく笑っていた。これ、相当無理させてしまっているのかもしれないと思った。
そして、次の瞬間……私の中にとある闘志のようなものが芽生える。

立ち上がれ、私!チリさんのこと、大切に思っているのなら、やるべきことがあるだろうが!心の中できあいのハチマキを巻いて、ベッドの上でジャンプしながら立ち上がった。
突然のことに、チリさんは目を丸くして私のことを見上げている。

「大丈夫です!私の方こそ、チリさんのためならなんだってできます!……だから、心配しないでください。だって私、どんなチリさんでも大好きなことには変わりありませんから!」

私だって、本当はどんなチリさんもかわいがりたい。
そうしたいって、思ってた。


ニャオハふんじゃった
- back -
top