わがままな、  

althaea0rosea

 ハッとした。眠ってしまっていたようだ。
 脱がされたままの体では肌寒くて、布団の中で肌をさする。拘束は途中から取れていた。私が抵抗をやめたから……。体は……お風呂に入ったあとみたいに綺麗さっぱり清潔だった。その代わりに、赤いアザが色んなところに点々と刻まれている。
 浮気、ってことになるんだよね。やってしまったな、これは。
「……」
 隣では、さらさらな髪をほどいて素肌の上にシャツだけ羽織った彼女がすやすやと寝息を立てていた。綺麗な顔。布団をかぶせてあげてから、頭を撫で、静かにベッドからおりた。

 身体中が軋む。昨日の行為のことを思い出すと、頭がくらくらする。昨日の彼女は全然優しくなかった。でも、何度も好きって、何度もキスされて、さんざん可愛がられてしまったな……私は甘んじてそれを受け入れるだけで、流されただけなのに……そんなことは少しも関係ないみたいに、愛してくれた。そこは昔とちっとも変わってない。
 窓の外はもう真っ暗。時計を見なくても、船の時間どころか深夜まで寝過ごしたということが分かる。スマホロトム……今何時?画面を見ると、まあおおよそ思った通りの時間で、乾いた笑いが出た。
 よし。帰るか。
 こうなったらもう、チリちゃんが起きるのなんて待っていられない。夜が明けないうちに家を出て、街のどこか適当な場所で時間を潰して、チリちゃんの知らない間に、朝確実に船に乗るのが一番良いだろう。
 もう遅刻は確定してしまったが、これ以上状況を悪化させるわけにはいかない。私は急いで服を着た。もちろん、音は立てないように。メイクは、後で考えよう。忘れ物は……さっきちゃんと準備したから、ないはず。一応辺りを見渡して……。
「どこ、行くん」
「ひぃっ!」
 後ろから突然声がしたから、腹から悲鳴が出た。急激に激しい動悸に見舞われながらおそるおそる振り返ると、そこには長い髪をすきま風に揺らしたチリちゃんが立っていた。
「チリちゃ、起きてたの……」
 窓から差し込む月明かりを背後に、亡霊のように立っていた。色んな意味でゾクリとする。シャツ一枚で、他に何も着てないから色白の肌がよく目立つ。赤い瞳は私をじっと見つめている。この子、まさか最初から起きてた?
「まだ立てるんや。ほんなら、続きしよか」
「……」
「再開しよか」

 再開?

 立ち尽くしたままの私の手を取って、あくまで優しい力で引っ張ってくる。そのまま、寝室へ連れ戻そうとしてる。ダメだよ、もう、これ以上は、本当の意味で戻れなくなる。
 けれども……一応、抵抗する意思は見せたものの、やっぱり私には何もすることができなかった。無理やり手を振り払うことも、大声を出して威嚇することも。
 深夜だから大きな音が出せないというのもあるけれど……私の心の中にはもう、拒絶する気力なんて残ってなかった。このまま着いていかなきゃ、チリちゃんが悲しんでしまうから。振り払わないとダメなのに、そうすることができない。
 寂しげな背中を見つめ、そして、繋がれた手に視線を落とす。フワンテに連れ去られる子供は、こんな気持ちなのかな。

 さっきと同じように服を脱がされた。本気の本気らしい。再びベッドに縫い付けられる私の体は、もう最初から抵抗する気配すらない。そのことをチリちゃんは都合よく捉えて、あどけない笑顔でにこ、と笑った。もう怖い顔はしていなかった。
「ずっと一緒にいよな。チリちゃん、それだけで満足やねん」
 じゃあ逆にチリちゃんごと持ち帰ってしまおうか。そうすれば一緒にいられるし、文句ないでしょ。名案すぎる。
 でも、私のアローラでのショップ店員というお仕事より、チリちゃんのパルデアでの四天王という役職の方が、圧倒的に責任重大なんだよな……。仕事に貴賤はないとはいえ……そういう問題では片付けられないくらい、現在のチリちゃんの影響力は半端ない。
 これから、どうしようかな。本当、どうするべきなんだろ。チリちゃんに愛されながらそんなことばかり考えて、私はそのまま寝付けなかった。


わがままな、  
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