取るに足らぬステータス

althaea0rosea

「……ん、……っ」

なまえと寝る時、いつも尾骨の真上にある二つのホクロと目が合う。真っ白な肌によく目立つからすぐに覚えた。それにしても、本人も知らないような位置にあるコレの存在を知っている男が、この世に最低でも三人いることに心底腹が立つ(彼女の父親は除く)。

これまでの経験から普通女ってもんは向かい合ってするのが好きなんやと思い込んでいたが、彼女は過去の女たちとは様子が違った。
セックスの最初は絶対に後ろ向き。だから背中ばかり見慣れてしまう。というのも、いつも逃げ出そうとするところを無理やり捕まえて犯す、みたいなことをチリちゃんがしているだけの話なのだが。
なまえは毎度毎度、抵抗しなくなるまで粘らないと自分からは絶対に足を開かない。それに全然こちらを向いてくれない。そうなると、必然的に後ろから攻めるかたちになってしまう。それとも……単純に後ろから攻められるのが好きなのかもしれない。いつもこの体位が一番気持ちよさそうだから。今も彼女は顔面を枕に押し付け、律動の度に飛び出る喘ぎ声を一生懸命堪えている。
なはは。“女ごとき”に随分と慣らされたもんやなぁ。いつも最初のうちは死ぬほど嫌がるのに、組み敷かれた途端すぐに善がるから襲うのをやめられない。

「……ん、ぁ……っ」
「……」
「っ……、……ぅ……」
「……」

ああ、可愛い、この女。ムカつくわぁ。
なまえは自分から行動せずともどこからともなく男を引き寄せてくる。言葉の通り、彼氏が途切れないタイプの魔性の女だ。たくさんの候補の中から好きなものを選んで自分のものにできる人種。生まれた時からそういう生き方をしてきたのだろう。なんとなく、そう感じる。
そんでもって、女には毛ほども興味がないようだ。残念ながら。今はこうして嫌々ながらも体を許すようなったが、なまえの前で初めて服を脱いだ時の幻滅の仕方は分かりやすいことこの上なかった。
ああ、彼女にとって女はそういう対象ではないのだ。無理もない。それに強要することでもない。この肉体が女である限り、なまえはこちらを振り向かない。昼も夜も関係なく。チリちゃんの猛烈アタックなんかまるで効果がない。むしろ言い寄れば言い寄るほど印象が悪化している気がする。

でも、でもな。脈ナシかと言われれば、べつにそういうわけでもない……気がする。希望的観測?うっさいわ。だってこれまでなまえの家に置いていった私物(オモチャとか)は消耗品以外は一度も捨てられたことがないし、デートに誘えば来る時は来てくれる。
まあそういう時はだいたい欲しいものをねだられるって決まっとるんやけど……。それも値段に容赦がない。喜んで金を出す自分も自分だが、なまえはもしかしなくてもチリちゃんのことを“ママ”だと思っているのかもしれない。
……いや脈ナシやんけっていうツッコミはホンマにいらん。間に合ってる。チリちゃんかてバカやないもん。なまえに財布扱いされていることなんか、分かったうえで関係を続けているのだ。だって好きな子に貢ぐのって、結構楽しいんやで。

「……」
「……ん、寝た?」
「……」

話を戻すが、なまえとのセックスは脚を開かせるまでが前戯とも言える。これでもいきなり本番に入るような野蛮な性格はしていないので、色んなオモチャを使って焦らずじっくり丁寧に前戯をし……疲れきってようやく仰向けになったところを、ここぞとばかりに可愛がり、犯し続けた。
そうしたら、なまえはふて寝した。無防備に脚を開いたまま、頭に敷いた枕をきゅっと握りしめて。こんなん赤ちゃんやんけ。可愛いなぁ。

もう少し可愛がりたいところだが、職場から何も食べずにここに来たせいでさすがに腹が減ってきた。風邪をひかせないように布団をかぶせ、自分は身につけていたモノを外し、下着の上にとりあえずシャツだけ羽織って寝室を出た。
冷蔵庫を勝手に漁ると、作り置きのものがいくつかあった。充分腹の足しになりそうだ。なまえは基本モテる女だから、自炊もするし料理は美味い。今はチリちゃんのためには一品も作ってくれないが、まだ男だと思われていた時にたらく食べさせてもらったから知っている。

明日は休日だが、おそらく彼女には予定があるのだろうな。聞いても答えてくれなかったけどモテる女はたいてい忙しい。大手のアパレル会社に勤めているというのもある。なまえはたとえその日に用事がなくても自分磨きには事欠かない。
来る途中に買って冷やしておいた酒を煽りながら、時計に目をやった。いい子はもう寝る時間だ。どうせ朝イチで追い出されることは分かっているので、シャワーをひと浴びしてからなまえのベッドに潜り込んだ。



「……帰って」

翌朝。昨日寝室で散らかした服や物を片付けていたら、すやすや寝ていたはずのなまえがいつの間にか上半身を起こしてスマホを眺めていた。

「おはよなまえ。開口一番それ?手強いなぁ」
「……今から彼氏が来るの。だから邪魔」
「もしかして噂の後輩くん?へぇ、どんなやつか気になるわ〜」

何かしらあるとは思っていたが、おうちデートするんか。こないだ別れたと思ったのにもう新しい男を作って、もう家に呼ぼうとするのだから末恐ろしい。どこからそんなに湧いて出るんやろ、暇すぎるやろ男ども。
なまえはそれきり何も言わない。チリちゃんなんか空気みたいや。スマホで予定を確認しながら再び布団に潜ろうとする様子を見ると、まだ時間の余裕はあるらしい。
……ここに居座ったろうかな。そんで男が来るタイミングに合わせてもう一度なまえのこと襲ったろうかな。してる最中に出くわしたら、どんな人間でもびっくりして帰るやろ。
なんて、冗談でも言ったらぶん殴られそうや。なまえは取っかえ引っ変え男を乗り換えているふうに見えて、その実、一人ひとりと真剣に恋をしているようなのだ。

だから浮気なんてもってのほか。男の前では完璧な女であり続ける。それが出来ているのだから、器用な女の子である。
幸せよなぁ、生えてるだけでこんなに可愛い子と真剣にお付き合いできるだなんて。なまえを狙う男たちにとっては待機列にさえ並んでおけばワンチャンあるみたいなところがある。
もちろん、チリちゃんはその待機列には並べない。いやま、最初は何食わぬ顔で割り込みしてたんやけど、女と分かるとすぐに出禁にされかけた。なんとか耐えて友人という関係値には落ち着いたけど。……この子にチリちゃん以外に女友達が一人もいないのは、そういうことだ。
あー、こんなふうに高飛車で高嶺の花のなまえと何度も寝ている事実だけを考えたら、わりかし優位に立てているのだろうか。

「朝ごはん、何食べる?」
「……」

早く帰れという顔をしながらスマホを眺めるなまえ。しばらくしてからただ一言「水」と呟かれた。今のはもちろん朝食を水にするという意味ではなく、単に水を持ってこいと言われただけだ。
はいよ、と返事をしてキッチンで冷たい水をコップに注ぐ。なまえが他人を使用人扱いするのは、たぶんこの世でチリちゃんしかいない。何故ならこんな扱いをされてもそばに居続ける変態は一人しかいないから。
水と飲みかけの酒を持って寝室に戻ったら、なまえははだかのままベッドの上で背伸びをしていた。あー、可愛い。襲いたい。

「はい水。あ、お酒いる?もう半分飲んでしもたけど」
「いらない。……それ他にもあるの?置いてかないでね」
「んーん。持ってきた分はこれで最後や。ゴミも全部まとめて出しとこうか。どうせ部屋キレイにするんやろ」
「……ねえ、窓開けて。掃除機はうるさいから使わないで。それか帰って」
「はいはい」

もちろん帰るつもりはない。言われた通りに窓を開け、片付けを再開した。今から来るという顔も名前も知らない男のために掃除をしなければならないと思うとかったるいが、なまえの思うがままにされている時間は嫌いじゃないから複雑。
この家にいた痕跡は髪一本でも残したら殺されるから、両目をかっぴらいてゴミ拾いをしなければならない。まあなまえの家はもともと片付いてる方だから、あんまり神経質にならなくてもいいんだが。
……床は粗方綺麗になった。ああ、ベッドを先にやるんやったな。まあベッドにはまだお姫様がおるんやけど。

「なまえ、いつ来るん?彼氏」
「……」
「デリバリー頼んでもええかな。朝食くらいここで食べさせてや」
「……ピザ」

なまえちゃんは朝っぱらからピザをご所望らしい。相変わらず質問に答えてくれる時の基準がよう分からん。どこまでも気まぐれ仔猫ちゃんや。了解〜とスマホを出して、いい感じの店で二人分を注文した。
てことは、まだここにおってもええんや。なら午前中は来ないんやろ、たぶん。水を飲み干してからもまだベッドでゴロゴロしているなまえに近づき、肩に手を置いたら振り払われた。負けじとベッドに飛び込んで、添い寝するチリちゃん。

「……なに」
「なまえ、良い匂いする」
「……シャワー浴びて来ようかな」
「一緒に入る?」
「……」

無言で手で押しのけられた。負けじと近寄ってはだかのなまえを抱き締める。
さりげなく彼女のスマホを覗き見ると、この子のお気に入りのブランドのサイトが表示されていた。来シーズンの靴を見ているようだ。毎日同じカッコのチリちゃんとは違い、オシャレさんやもんな。そういうところが女の子らしくて可愛い。

「あ〜、好き」
「……」
「なまえ、好き」
「……」
「あー。あー……。にしても、付き合いたての彼女がもう浮気しとるって知ったら、彼氏さんどう思うんやろ」
「浮気?なんのこと」
「うわぁ。急に喋った。なにってそりゃ、なまえがチリちゃんと過ごしたあつ〜い夜の話や」
「……あんなの浮気にはならないよ」
「なるやろ」
「だって昨日は何もなかったでしょ」
「……あー、そうやったっけかな〜……」

この子は昨夜のことを夢オチにするつもりらしい。チリちゃんとの楽しいえっちを無かったことにするらしい。まあこの言い分は今日に始まったことではないから差程傷つかない。
なら、と呟いてなまえの体に手を這わせた。

「朝に見る夢もええもんよ」
「は?何言ってるの」
「なまえ、しよ。チリちゃん、なまえと一緒におったらすぐ襲いたくなるねん」
「……変態。どっか行って」
「ホンマ、何したらこんなに愛される子になるん。なまえちゃんは罪な女やなぁ」

試しにスマホを取り上げたら「ねえ」と本気で嫌そうな顔をしたので、すぐに返した。起き上がってなまえの上にまたがっても、夢中になって画面に注目している。
靴の方が大事なんや。素肌に手を滑らせても、背をかがめて口付けをしても、少し嫌そうにするだけで何も言わない。いつもならぶん殴ってでも抵抗するのに、今の彼女はやけに大人しい。
ええの?チリちゃん、もうその気になってしもたんやけど。まあ、なまえが考えていることには既に察しがついていた。

「……今日は抵抗しない日なん?」

そう尋ねると、なまえは面倒くさそうに「欲しい靴があるの」と呟いた。おねだりをしているのだ。その代わり、今日のところは好きにしろと。

「そ。なら一緒に買いに行こか」
「べつに、チリは来なくていい」
「前も言うたやろ。一緒の時やないと一円も出したらん」
「……」

なまえは五秒ほど沈黙したあと、やはり欲しい靴には抗えなかったのか、スマホを放り投げて諦めたように目を閉じた。
よっしゃ、デートの約束取り付けてやったわ。お礼に今日はうんと可愛がってやろ。


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