陽射しがーー砂塵がーー、鋭く皮膚を灼きつける。
随分遠くまで来てしまった。すぐ隣に彼女がいる。ヒ ジャブが風に巻き上げられパタパタと音をたて薄手の鎧の役目を果たしている。
「喋ると喉が渇く」
少し言いかけた真島の言葉を封じ込め、生存のための保全を口にする。賑やかし役を買って出るが今まさに生命の危機といえばその通りの状況で、二人はこの砂の海に放り出されてから数時間無言を頑なに貫いてきた。
石油経路を獲得するための交渉に駆り出された王吟の仕事は一見角も死角もない万全かと思われた。陸路を乗り継ぎ、現地のボディガードと案内人が用意された。目的地までの安楽ツアー。
ところが今や身の回りを取り囲む景色全てが砂色の丘陵であり、変化があることといえば太陽の位置が緩やかに天井から西へ傾き出したくらいだ。
いきなり砂漠に連れてこられたわけではない。ボディガードで固めて数台の車が前後についていた。これが意図的な謀略であるかなども不確かだが、運悪く彼らは「餌食」となった。
小さな殺戮と強奪と、二人の生存が事の顛末である。
砂漠で遭難したらどうするか。あるいは、ラクダを逃がしたらどうするか。こんな問いかけがあるだろう。就職試験でも問に用いられることもあるテーマがまさに目の前の現実に起こりうるとしたら?
王吟は熱砂の午後を、護衛人である片割れの生存者を抱えて風避けになる岩場の陰でやり過ごすことに決めた。
真島は強運に恵まれているが、神がその秤の重量を調節したのか、身につけていた防弾チョッキから外れたところへ致命傷を負わせた。
吟は身につけていた風避けの大判の布を引き裂き、止血に留めた。二人は元々中継地のオアシスに数日滞在した後、サウジ入りする予定だった。
ペルシャ湾経由でドバイから始まった旅。目と鼻の先に目的地を据えてテロに遭うなど大変運が悪い。熱球に肌を焼きながら吟は砂埃が目に入らぬように眇めた。
飲水の入った水筒は遠慮がちに、次第に軽くなっていく。
上空の太陽は燃え、影を濃く砂に刻みつける。午後で最も厳しい時間帯。吟は自分を庇って仕事を全うした男の顔色の悪さに血の気が引くのを覚えた。
「私たちが待ち合わせにいなければ先に着いてるホンファが気づくわ。……けれど引き返した方がいいかも。まだマスカットから三百キロだから……途中のキャンプがあったでしょう。あそこがいいわ」
出国道中いくつか利用したキャンプがあった。
キャンプは砂漠の観光化と現地住民の経済を保全している。キャンプ内にはホテルもある。医療資源や設備は乏しいが、このままサウジアラビアへ進むよりは無謀ではないと吟は考えた。キャンプへ赴きどうにか連絡を取る手段にありつく、ただし彼を置いて一人で行くべきか、抱えていくかどうか。真島も同じように考えたのか青白い顔で「置いてけや」と掠れ声で言った。
「……」
「共倒れになるよりかマシやろが。日ィ暮れたら行くんや」
「危険よ。……少し考えたの。襲撃した者たちは妨害者たちよ。仮にキャンプへ戻ったとして。私たちの行動を知っていた人間がキャンプ内から合図を送っていたとしたら?」
隻眼の反対側は月の裏側のようでまるで見通せず、襟足の汗の光沢がキラキラと輝く。
「確証はなにもない。けれど味方はキャンプにいないわ。旅人には優しくするでしょうけど、私はただの旅人じゃない。……念には念を。生き残った私が一人キャンプに戻ってきた時の万が一も講じている。すくなくとも私がその立場ならそうするわ」
「救援を待つわ」
真島は小さく頷き、薄く笑みを浮かべた。
彼女はこの数年で少しずつ蘇生し、『人』になろうとしている。衝突やすれ違いもあったが必要な荒療治であったなら真島は一役買えたといっていいだろう。