懐かしき日々、巡りて







 a.t.b.二〇一七 June
 黄昏の間


 刻を忘れたかのように、絶え間なく黄昏の光が差し込み続ける雲海の神殿。俗世の理から切り離されたその亜空間に、清浄な光の隙間を縫うようにして一筋の影が滑り込んだ。
 全身を漆黒の神官服で覆った男が、超常の気が満ちる石畳の上に佇む、圧倒的な巨躯の益荒男の背に呼びかけた。
「陛下、ご遺体が到着したと」
「今、クロヴィスと話しておった」
 皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの厳かな声が響く。無論、その傍らに、彼の息子、クロヴィス・ラ・ブリタニアの姿はない。神官は主上の意図――亡き皇子との目に見えぬ対話の静寂を理解し、深く頷くと蝙蝠の翅のように暗い裾を翻した。
「急がなければな、計画も」
 何者にも遮られることのない独り言は、虚空へ、果てなき光の中へと吸い取られて消えた。




 北ブリタニア イリノイ 
 南部セント・アルウィン


 長閑な田園風景と赤レンガを積んだ家並みの続くオールトンの片隅。主君であるシュナイゼルに一週間遅れて現地を訪れたカノン・マルディーニは、片田舎の大衆酒場が放つ熱気と人垣に紛れ込み、その時間、スタッフの休憩場となっている裏路地へと抜け出た。

 腐敗した生ゴミの酸い臭い。野良犬の尿、そして安っぽい香水の残り香。
 思わず悪態をつきたくなるほどの悪臭が充満する劣悪な空間に、カノンは眉を微かに顰めたものの、表情を崩すことなく闇の中へと目を凝らした。やがて暗さに目が慣れてくると、目当ての少年を闇の中から探り当てた。
 一見すると少女と見紛うほどの、艶のある濡羽色の髪を伸ばした少年――レド・オフェン。
 バーテンダーの白黒の制服を着た少年は、赤レンガの煤けた壁に背を預け、嗅覚を誤魔化すように煙を噴かした。酷い臭いだ。しかし、彼の生まれつき育った環境のなかでは大したものでもないのだろう。地獄の掃き溜めに比べれば、煙草は香水よりも勝る臭い消しだ。
「どうだったの?」
無駄な前置きを省いた、カノンの端的な問い。レドは赤みの強いアンバーの瞳を揺らし、立ち姿の優美な男――あるいは女のようなカノンの容姿を横目でちらりと見遣った。
「……間違いありません」
 簡潔で、寸分の迷いもない返答。
 カノンがレドに命じていたのは、ただ特定の人物の往来を確認するだけの、一見すれば単純な偵察工作であった。
 危険物の運搬でも、命を賭した取引でもない。しかし、このオールトンの街で半月間、この大衆酒場の給仕として働き、不審な動きの証拠を掴むという神経を研ぎ澄ます密偵行為である。
「そう。ご苦労様。……これが約束の報酬よ」
 カノンが胸元の内ポケットから取り出した薄い封筒。そのしなやかな指先の動きを、レドは黙って目で追った。
 濃い褐色肌に、どこか幼さを残した顔立ち。無口で無愛想にすら見える少年だが、底辺の過酷な環境が彼に鋭い冷静沈着さを植え付けていた。命の恩人であるカノン・マルディーニの前であっても、その一貫した態度は揺るがない。
 レドは無言で報酬入りの封筒を手にし、素早い手つきで制服の内側へと隠し込んだ。
「なにか訊きたいことはある?」
「いいや。……詮索はしない条件だから」
 カノンの問いにそっけなく返し、もう休憩時間は終わりだと、レドは煙草を銀の灰皿の底に押しつけて日を揉み消した。



 a.t.b.二〇一七 June
 トウキョウ租界 ブリタニア政庁


 ワインレッドのクラシックな壁紙には、何枚もの絵画作品が並んでいる。名画の模写、静物画、風景画、そしてある三人の母子の人物画。ブリタニア政庁内のギャラリーで、エリア十一親副総督として着任したばかりのユーフェミアは、亡き異母兄クロヴィスの遺した作品をの前に立ち、じっとそれを見上げていた。
 この世の春、麗らかに。狂おしいほどの生命の躍動。庭園の花が鮮やかに。アリエスの離宮――その場所に――ユーフェミアもよく遊びに訪ねたものだ。
 静謐さの中に明暗をほどよく蓄えた一枚の絵画。三人の人物。美しい親子が、離宮の庭を背景に佇んでいる。
「これ……すべてクロヴィス兄様がお描きに?」
「はい」
 ユーフェミアの背後に控えていた従者が応じた。
 振り返らずに絵画の深い沈静の色を、筆致に目を凝らす。精緻な描き取り方をするし、母と息子の黒髪は難しい表現だというのに、難なく印象通りに柔らかに仕上げられている。
「そう……優しい色。これが兄様だったのですね」
 絵を描くことが上手という話は知っていた。彼はそれ以外にも多くの芸事に長けていたし、ユーフェミアになじみ深かったのは絵画よりも音楽や舞台である。なかでも、学生時代に演劇の指揮を執った話は、クロヴィスの十八番だった。彼は一生ものの宝物を誇るように、何度も語り聞かせてくれた。
 だからこそ、こうして、じっくりとその他の芸術作品――この場では絵画作品を鑑賞するのは初めてだった。
 絵画の中の母子。透明で清涼な優しい時間。クロヴィスの眼を通して見える世界が静かにそこで息づいている。
兄は、この絵画をこの場所に、もっとも身近なところに飾っていた。心の内に住まわせ続けていたのであろう。――このエリア十一は大きな墓場であると、そんなことをユーフェミアはクロヴィスの意識を受け取ったような気がした。



 アッシュフォード学園の屋上は清々しいほどの六月の陽光が降り注ぎ、それまでの過酷な運命を一時でも忘れさせるほどに温かかった。
 ほんの僅かな時間にして、もう一度彼に再会できる日が来ようとは。
 階段を駆け上り、息を弾ませることもなく、その華奢な背を目で捉えたとき、スザクの胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「七年ぶりに使ったよ。このサイン」
 ルルーシュは詰襟の縁を摘まみ持ち上げてもう一度サインを作った。
「屋根裏部屋で話そう」
 幼い頃と変わらぬ暗号。その合図をまた目にするとは――。
 二度目の再会。シンジュクでの一度目。そして、その日が二度目であった。

――ああ、これも、彼女のおかげだ。
 先日のシンジュクゲットーの案内と一波乱のあと、枢木スザクをアッシュフォード学園へ導いたのは同じ年頃のブリタニア皇女。他でもない新福総督ユーフェミアであった。
――『枢木スザク』
――『はっ……はい!』
 純血派の内紛を収めた直後、ユーフェミアはまっすぐにスザクに告げた。改めて恭順の礼をとり、膝をつきかけた彼にそれを許さぬよう手で制止し、言葉を続けた。
――『学校へ行ってください』
――『はい……はっ? 学校でありますか?』
どこか寂しげな微笑。
――『特派でしたね?』
――『はい。ユーフェミア皇女殿下』
 青髪の才女、セシル・クルーミー中尉が返答する。
――『こちらの特派の駐留先はどちらに?』
 ユーフェミアの問いかけを彼女の代わりに、ひょろりとした眼鏡の主任が手を挙げ調子よく付け加える。
『あは〜。それはねぇ〜』
 特別派遣嚮導技術部のエリア十一での駐屯先は、大学との連携を考慮し、アッシュフォード学園大学部である。
 とはいえ、予め大学構内に居場所があったわけではない。スザクが特派に配置されたその日ですら、特派の拠点は決まっていなかった。

 幸運の女神の采配による幸運は尽きない。
 ルルーシュとアッシュフォード学園の屋上での再会を果たした後、スザクはその日の夜彼ともう一人の妹、ナナリーに会った。
 変わらぬ盲目、不自由な脚。車椅子の大人しい少女。ルルーシュの唯一の肉親である。スザクはルルーシュと細かな合図を連携した末、車椅子の傍らにそっと屈み、ナナリーの手に左手を重ね、両手で包み込んだ。
「この手……、……良かった……やっぱり、無事だったんですね……」
閉じられた瞼の下から、少女の透明な美しい雫が連なる。
「久しぶりだね。ナナリー」
三人で夕食を取り囲む日を何度夢に見たことだろうか。
離ればなれになった七年前の焼け野原。京都への道中、途切れ途切れの眠りの狭間のなか、それから幾度となく、過去の時間への憧れを抱えては同じ夢を視た。
「スザクさん、今日は泊まっていけるんでしょう?」
「スザクはもうこの学校の生徒なんだ。だからいつでも会えるよ」
「本当に?」
ルルーシュの言葉に、ナナリーの顔がぱっと華やぐ。ルルーシュもまた、珍しくはしゃぐ妹の姿に表情を緩めていた。「軍隊の仕事があるから、毎日は無理だけどね」
「軍隊……続けるんですか……」
「大丈夫。技術部に配置換えしてもらったから、そんなに危なくないよ」
「そうか、技術部か……」
ルルーシュがお茶の準備のためにキッチンへと向かうと、スザクも素早く立ち上がった。
「手伝うよ、ルルーシュ」
「座ってろ。七年前と違って、今の俺たちはホスト役なんだからな」
「……君、なんだか少しガサツになったね」
「はいはい」
 軽やかな口調の応酬。幼少期のぬくもりが、肌当たりの良い綿のように三人をも優しく包み込んでいく。
 ダイニングテーブルにお茶が運ばれ、湯気が穏やかに立ち上った時、スザクの胸の底に眠っていた疑問がふと浮上した。
 こんな温かな場所で口にして良い問いなのか。しかし、制御を失った唇は勝手に動き始めていた。スザクは胸中に押し留めていたある疑問への好奇心が根ざし、口をついて出た。
「ルルーシュ、一つ訊いていいかい……? あ……」
「なんだい。改まって」
 こんな話を、ここでしていいのだろうか。しかし、唇は制御を失ったように勝手に開く。
「七年前の……」
 言った瞬間、スザクの脳裏に強烈な眩暈が襲いかかった。暗い竹林、忘れ得ぬ男の背中、不気味に歪む視界――脳内で火花が弾けるような不快な衝撃。スザクは手元を乱さないよう必死に声を抑え、言葉を振り絞った。
「……君は、オジサンの本当の名前を知っていたかい?」
 ルルーシュは意外そうに紫苑の瞳を丸め、ぴくっと眉を跳ね上げた。
「……なんだお前。急に。名乗ってたじゃないか。忘れたのか?」
「え?」
 俯きがちだった顔をあげて、スザクは動揺を隠さなかった。ルルーシュは戸惑いながらナナリーへ同意を求めた。
「そうだったよな。ナナリー」
「はい。私たちが住んでいた土蔵にいらっしゃったときに。……ダミアンさんと……おっしゃっていました」
 ダミアン――。
 薄く開く唇。癖毛を指に絡ませて弄りながら、スザクは必死に自身の記憶の底を掻き回した。
「……そう、だったかな?」
「記憶が混乱していたんだろう。それに、俺たちだって、当時はずっと『オジサン』って呼んでいたし……無理もない」
ルルーシュとナナリーの記憶には一切の揺らぎがない。二人の言葉こそが客観的な事実であり、己の記憶こそが不自然に摩耗しているのだと、スザクは思い知らされる。
「……そうかも、しれないね。でも君たちふたりがそう言うなら、間違いないよ」
ゾクリと背骨を駆け抜ける悍ましい寒気。
なぜ自分は忘れていたのか? 何を勘違いしていたのか? ――自身の記憶の不確かさに、スザクは激しい目眩と深い恐怖を覚えていた。
どうして忘れていた? 思い違いをしていた? ――自分に対して、自分が一番動揺している。
「なぁ、スザク。……オジサンは元気か? 今どこで……」
「あ……」
「ん?」
 ルルーシュの真っ直ぐな双眸を直視できず、スザクは視線を落とした。
「ああ……いや、オジサンとは……生き別れたんだ。君たちふたりと別れて、京都に向かったあとに」
 沈黙が部屋を支配する。嘘と真実の境界線が曖昧になった記憶を手繰り寄せながら、スザクは自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「話しづらいなら、無理に言わなくても構わない」
「いいや。これは、ちゃんと共有しておかないと」
「スザク……」
「僕を、庇って……ブリタニア軍の捕虜になったんだ。オジサンは」
 ルルーシュとスザクの間の空気が重く凍りつくのを察し、ナナリーが不安そうに声をかけた。
「お兄様? スザクさん?」
「ごめん。ナナリー。急に黙ってしまって。……そう、か。ブリタニアは、オジサンまで……」
 ハッとしたルルーシュが、強くスザクを見つめ返す。
「スザク。もしかして、お前が名誉ブリタニア人として軍に入隊したのって……」
「……侵攻直後の捕虜記録が残っていないか探しているんだ。でも、当時の特別資料室へアクセスするには騎士侯以上の階級が必要でね。今の僕の立場じゃ、まだ届かない」
 重い過去を背負う少年の顔つきで、スザクは静かに言葉を続けた。
「でも、絶対に諦めない。やってみなきゃ、分からないから」
「……今の所属は技術部だったな」
「うん」
 ルルーシュは深く息を吐くと、悲痛な色を拭い去るように優しく微笑んだ。
「ほら、召し上がれ。せっかく淹れた紅茶が冷める」
「……ありがとう。いただきます」
 スザクがカップに手を伸ばすと、ナナリーが嬉しそうに胸を咲かせた。
「懐かしいですね。食事の前に『いただきます』って言うの」
「ふふ、本当だね。自然に口から出て自分でも驚いたよ。軍の中じゃ目立つから、ずっと我慢していたんだけど」
「……スザクさん」
 ナナリーの痛ましそうな声に、スザクは明るい笑みを返してみせた。
「大丈夫だよ、ナナリー。……ほら、技術部に配属されてからは、すごく過ごしやすくなったんだから」
 スザクは努めて明るい笑みを浮かべた。その瞳の奥に横たわる、過去への執着と底知れぬ孤独を押し殺しながら。



 a.t.b.二〇一七  June
 カストラリア王宮 執務室


 エリア十一総督、クロヴィス・ラ・ブリタニアの国葬が執り行われたのは、彼が薨御してからちょうど一月が経過した頃であった。

 ヒマラヤの山嶺を望むカストラリア王宮。その静謐な執務室で、女王ティラナ・ヴァル・カストリアは大型テレビモニターの前に立ち、本国ペンドラゴンから生中継される国葬の模様を眺めていた。
 重厚な演壇の上に姿を現したのは、神聖ブリタニア帝国最高権力者――皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。しかし、巨大なスクリーンから流れてくるその声は、息子の死を悼む父親の弔辞とはかけ離れた、苛烈なまでの政治的煽動であった。

『――人は、平等ではない』

 地鳴りのような咆哮が、スピーカーを通じて執務室の空気を震わせる。

『生まれつき足の速い者、美しい者、親が貧しい者、病弱な身体を持つ者。生まれも育ちも才能も、人間は皆違っておるのだ。そう、人は差別されるためにある!』

 モニターの中で、数万の臣と兵が息を呑んで皇帝を見上げている。

『だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる。不平等は悪ではない。平等こそが悪なのだ。権利を平等にしたE.U.はどうだ? 人気取りの衆愚政治に落ちておる。富を平等にした中華連邦はなまけものばかりだ。だが、我がブリタニアはそうではない。争い競い、常に進化を続けておる。ブリタニアだけが前へ、未来へと進んでいるのだ!』

 シャルルの拳が空を割る。その眼光には死した息子への感傷など微塵も伺えない。

『我が息子、クロヴィスの死も、ブリタニアが進化を続けているという証! ……闘うのだ。競い、奪い、獲得し、支配しろ。その果てには未来がある! オール・ハイル・ブリタニア!!』

 湧き上がる大歓声。『オール・ハイル・ブリタニア』の合唱が地響きとなって会場を包み込む。
その狂乱の映像を前に、ティラナはブルネットの髪をわずかに揺らし、琥珀色の瞳を呆れたように細めた。
「弔辞にしては、随分と独壇場ね」
「……陛下」
 傍らに控え、凛とした立ち姿で佇む女官長レルヒが、諌める。ティラナはどこかおどけたような笑みを浮かべ、肩をすくめてみせた。
「鼓舞しているつもりなのかしらね。息子の死すら利用して、ブリタニアの威厳を崩すまいと……」
 言葉の語尾が途切れる。
 ティラナは肘掛け椅子に深く腰を下ろすと、腕を組んでモニターのシャルルを睨みつけた。
「それにしても……実の息子が亡くなったのよ? 国葬という死者を悼み送る場を、あんなご自分の演説会場に仕立て上げるなんて。クロヴィスをただのプロパガンダの道具にすることが、死を悼んでいるといえるの?」
 息を吐き出すと、ティラナは椅子をくるりと回転させ、子供のように足をバタバタと揺らし始めた。格式高い王宮の執務室にはあまりにそぐわない動きだが、内面に渦巻く理不尽への苛立ちが抑えきれない。
「さすがに数百人以上の子供がいる御方は、考え方のスケールが違うわね。あ〜あ! 実に、羨ましいこと! こんな国家の重責やシュナイゼルとの大計画さえなければ、私だって今頃……子だくさんのビッグマザーを目指していたっていうのに!」
 突拍子もない愚痴と唐突な『ビッグマザー』発言に、周囲に控えていた侍従や女官たちは、どう反応して良いものか判らず、一斉に困惑の眼差しを交わし合って固まった。
 ただ一人、レルヒだけが「……ハァ」と深々とした溜め息を吐き、頭を抱えていた。




 アッシュフォード学園 理事長室


 重厚なオーク材の扉に閉ざされた理事長室には、沈黙とアンティークの時計が刻む針の音だけが満ちていた。
 デスクを挟んで対峙するのは、アッシュフォード学園の理事長ルーベン・K・アッシュフォードと、黒の制服を身に纏ったルルーシュ・ランペルージ。
「……何度もありがとうございます。ですが、その件はお断りいたします、理事長」
 ルルーシュの静かだが決定的な拒絶に、ルーベンは痛ましげに眉をひそめた。
「そうですか……。カストラリアには身分や出自を問わない高度な亡命受け入れ制度が整っておりますし、このエリア十一で正体を隠し、いつ露見するかと怯える生活を続けるよりは、遥かに安全かと思います。勿論、向こうの教育機関との連携も取れておりますから、ルルーシュ様とナナリー様の進学方面も何ら問題はありません」
 アッシュフォード卿――ルーベンの言葉の通りである。アッシュフォード家の没落を救ったのは、紛れもなく第三国のカストラリアであるからだ。
「お気遣いには感謝します。ですが……俺たちの居場所は、ここです」
 ルーベンはそれ以上追及することをやめ、深く頷いた。
「深くは詮索いたしません。……ルルーシュ様には、ルルーシュ様の、……よほどの御事情がおありなのでしょう」
 ルルーシュは答えず、ただ深い沈黙を返した。
――カストラリアへの亡命……か。
 喉の奥に、苦い苦い記憶が蘇る。
かつて母マリアンヌが殺害され、幼い自分とナナリーが路頭に迷ったあの日。次兄シュナイゼルは優しく微笑み、『カストラリアへの亡命へ具申しよう』と約束したはずだった。
 だが、その後に下されたのは、シャルル皇帝による『日本への人質』としての留学の命。冷酷な決定がもたらされた。
 シュナイゼルは自分たちを助けるフリをして、体良く失望させ、父親の意図通りに捨て駒として扱ったのだ――ルルーシュの胸中には、今も冷酷な兄への確信が深く根を下ろしている。
 さらに、ブリタニア侵攻後、自分たちを影から守り続けてくれていたあの男――ダミアンの存在。彼がいずこかへ消えてしまったことへの気懸かりが、今もルルーシュの足をこの地に繋ぎ止めていた。
そして何より――。

――俺はもう、引き返すことなどできない。

 脳裏に浮かぶのは、先日サイタマゲットーで味わった屈辱的な敗北。
 正義を気取り、敵の陽動に乗ったこと、シンジュク同様テロリストたちを駒として動かそうとした己の浅はかさ。コーネリア率いるブリタニア正規軍の圧倒的な物量と洗練された戦術の前に、自分は手も足も出ず惨敗したのだ。

 所詮、烏合の衆のテロリストと正規軍では、差は歴然としている。
 だからこそ――自分自身の力で築き上げなければならないのだ。ブリタニアの圧倒的な力に屈しない、俺だけの軍を、人を、国を。

――世界を変えてみせる。俺のやり方で……!

 紫苑の瞳に暗く熾烈な炎を宿し、ルルーシュは固く拳を握りしめた。ゼロとしての仮面を被り、修羅の道を突き進む覚悟を、改めてその胸に刻み込みながら。




96
午前四時の異邦人
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