Sports Week






 a.t.b.二〇〇六 October 


 「いけっ、いけ――――!」
 砂埃、草の爽快な香り。馬のしなやかな脚の速さ。生命の基本構造に組み込まれた原始的な興奮にノエルは誰よりもはしゃぎ声をあげていた。
 ペルシャ地域・中央アジア発祥の馬を駆使しボールで点数を競い合う、一チーム四人構成の団体競技――ポロ。
 文化的伝播・流入からカストラリアでは平地よりも傾斜を利用した競技に進化を遂げ激しい世にも珍しい山岳競技種目となったが、ここブリタニアでは芝生上の競技となっている。
 ボールは木の棒マレットに強く弾かれゴールに向かって飛んでいく。高度な馬術技術、瞬発的な判断力、緻密なチームワーク。ボルテージの高まりに観客席から身を乗り出すとケント寮の監督生グレーターがノエルの肩を掴み呼びかけた。
 「アストリアス、出番だ」
 「あともうちょっと! 今のチャッカーが終わるまで」
 「もう時間が迫ってるんだ。着替えて。今うちが勝ってる」
 「じゃあいいじゃないですか」
 「良くはない。相手の捕球が間に合ってないからなんとかなっているだけで……正攻法で勝っているわけじゃないんだ」
 「勝利形式に拘る必要はないですよ監督生」
 我が国の国是をご存知ですよね?――といえばグレーターは軽くノエルの頭を叩いた。
 「いてっ」
 最前列でごねるノエルを生徒達の父兄は彼の事情を知らず不快そうに「邪魔だ、早く連れていきなさい」とグレーターに指示した。グレーター監督生はノエルを羽交い締めにし最前列から脱出し、別競技種目の会場に連れて行った。
 「相手はマーシアだ。そういえばお前、最近アスプルンドを探してるって言ってたろう」
 「彼こういうイベントに参加するわけないですよ」
 「それはそうだが」
 ポロ競技のテントから離れて落葉高木の並木道をまだ無理やり歩かせられているノエルの不格好さを、そこを通行する身嗜みを整えた貴族の令嬢や小さな子供達が面白おかしく揶揄う。
 「君は問題児だが真面目な問題児だ。こうして参加しているだけで立派だよ。だが私は、いや我々はもっと君に期待しているんだ」
 「えー……だって私、クリケットが終わったらチェスもやらなきゃいけないし……体力温存くらい許してくださいよ」
 全体重を後ろのグレーター監督生に預け、だらだらと傾いた手押し車のような歩き方をしていると、喜色に満ち満ちた寄宿舎ではあまり聞けない女性たちの声がわっと盛大に広がった。
 「すてき、シュナイゼル殿下よ」
 「まあ、なんて麗しい。めったにお目にかかれないからお父様にお願いして連れてきてもらった甲斐がありましてよ」
 「本当に勿体ないお方ですわ。あんな野蛮な山賊の女のもとへ参るだなんて」
 ノエルは――『わたし』は噂好きの女達の最後の一言を聞き漏らさず苛立った。
 ――姫様を侮辱するな! 首を刎ねてやる!
 両手足を藻掻くようにジタバタさせ、グレーター監督生を困らせる。 
 「お、おいどうした! 急に暴れるなこら!」
 「くそ、くそ……この……ッ!」
 「アストリアス落ち着け!」
 猛獣の咆哮。ノエルのヒートアップと戦うグレーター監督生の声は、遠巻きにみる婦人達らの黄色い声に掻き消される。熱視線を浴び燦然と輝く貴公子。――人壁を花道に変えて現れたのは言わずもがな。
 公平な微笑みを恵み、集団の外で滑稽な佇まいでいる少年二人を認め、シュナイゼルは彼らに「やあ」と挨拶した。
 それまで柔らかく、コロコロと変幻自在な表情をみせていたノエルの顔が一瞬にして極端に引き攣った。規定された無彩色。白のに統一されたウェアは実に憎らしいほどシュナイゼルによく似合っている。
 ――来るな来るな。こっち来るな。
 ノエルの願いと裏腹に白の皇子さまは姿勢良く二人の前にやって来た。
 「ちょうど試合が終わったところでね」 
 そういって立派な長身をかがめ、地面に片足をつき、打者用の脚の防具レガースの紐をその場で緩めるだけでよくわからない歓声があがる。外野に我関せずなシュナイゼルは、ノエルを低い位置から見上げて言った。それは悪魔的な挑発だった。
 「ケントがマーシアに勝ったら、明日はうちの寮が相手だ。勝てば一〇〇〇ポイントだよ、アストリアス君」
 ――……ふーん。
 それは悪くないかも、と思わなくもない。
 なぜなら、このポイント・ウィークはポイント≠荒稼ぎする絶好のゴールデンシーズン。ここで寮の得点差をはっきりとつければケント寮生達の勝手な期待も一時収まるだろう。来月の芸術月間は計画と丸かぶりしているうえ、芸術に関する才覚は度し難いほどなく役に立てそうにない。それに学内外の衆目を集めるイベントでこのシュナイゼルに一泡吹かせたい挑戦的欲求がある。
 グレーター監督生が力みが弱くなったノエルを後ろから覗き込む。ノエルの瞳は沈静化し真剣に何かを考え込んでいる――それに気づいてグレーター監督生の声はゴムボールのように弾んだ。
 「おっ……やる気出てきたかっ?!」
 「……行きましょう! 勝ちましょう! ズタズタにしてやる!」
 ノエルは右肩をぐるぐると回し関節をボキボキとほぐした。いつまでもそこから崩れない人垣に容赦なく突っ込み、勇み足でクリケット会場の敷地に踏み込んでいった。彼の英雄的登場にケント寮生が何名かが快く歓迎した。

 超大型問題児がやる気になり、グレーター監督生の目尻には歓喜の涙が浮かんだ。たった一言で狙い通りに扱ってしまうシュナイゼルを改めて尊敬するとともに彼にに向かって頭を下げた。
 「感謝します、殿下」
 「単純だね、彼は」
 「ええ……ほんとう……」
 シュナイゼルは防具を完全に取り払い立ち上がり、首をのばして長い並木道の向こう、遠くのテント群に視線を投げる。
 「このセイヨウシナノキの並木道をまっすぐ歩いて来たということは、ポロを観ていたんだね」
 「はい。かなり熱の入った応援をしていて……可哀想だとは思いましたが」
 「君は優しいね。もし、またやる気が必要になったら、チェスの話を振ってあげて。今年も私がつきっきりだとね」
 「で……殿下……!」
 グレーターの目にはシュナイゼルが神に映る。ノエルはチェス部門でケント寮代表選手であった。この数日間、十五時から時間の限り各寮代表選手を相手にゲームをし全勝している。勝数ごとにポイント換算され、また一勝ごとにポイントが確実に貰えるのもあり、ポイントを稼ぐならかなり効率がよく、競技の中では花形ポジションを担っている。生徒達の盛り上がりに従ってこのチェス目当てに観覧する父兄も大勢で最終日の決勝戦には学院内に併設されている教会でプレーする。
 ちなみに昨年はノーサンブリエ寮が華々しく優勝を飾り、過去最高に盛り上がりを見せた。代表選手は当然このシュナイゼルで、今年も彼を目当てに父兄参観する貴族が殆どだ。



 ◆ ◆ ◆


 一週間前

 マーシア寮のロイドは科学棟・工学棟を根城にしている。とくに日中、寮や講義棟にいなければ殆どの確率でそこにいる情報を掴んだノエルはその日、散々歩き彷徨った最後に科学 棟に顔を出した。先日のジェレミアの言葉尻からロイドにはどうしても、学外に通じる秘密の抜け穴を知っている気配があったからだ。

 ――今日捕まえられなかったら、計画が押してしまう。来月の今日には実行しなければいけないのに。
 十一月七日。ティラナ・ヴァル・カストリア王女の誕生日。その数日前にシュナイゼル・エル・ブリタニアは確実にブリタニアを離れカストラリアへ渡航する。一週間前には現地最終下見と協力者を調達する必要がある。
 ――さらに最初期の工程として今週中には一度行っておかなければならない。 
 
 科学・工学部棟のある研究室の扉を開けると鼻をつく謎のオイル、床に散乱した工具、実験用器具が転がっておりゾッとした。
 ノエルは――『わたし』はすぐにそれらを拾い上げ近くにあったデスクに積み上げた。誰かが一人ノエルに気づき近づいたが『わたし』は冷静さを保てなくなっていた。
 「物品を管理なさい!!!」
 稲妻が落ちるような怒号。その叫びに来訪者に気づいたサークル関係者達は、ノエルの姿を見るなり見世物小屋に駆け込むような興奮をして近づいた。
 「ノエル……アストリアス! おい、ノエル・アストリアスが来たぞ!」
 「あなた達、もっと備品を清潔に扱いなさい!」
 我慢ならなくて飛び出した叱責は『わたし』の癖だった。
 とくに誰でも入ってこられそうな入口付近に置いておくような真似をするのが理解できない。取り囲んだ面々は奇妙な怒りを表明する男子生徒に首を傾げるばかりであてにならず「ここの責任者は?」と強く問いただせば、集まった生徒達は翻って舌がもつれ二の句が継げず。身勝手な苛立ちから彼らを萎縮させてしまった後悔が胸中に渦巻いた。『わたし』はノエルに戻るように理性の襟を掴み耐え忍んだ。右手で左腕を強く擦り、頭を切り替えて当初の目的を果たすことにした。
 「ロイド・アスプルンドはどこ? 彼に用があるんだけど」
 「アスプルンドは……今日はここにはいなくて……」
 「いない? どういうことですか? 学院にいないということですか?」
 棘のある物言いに下級生らしき生徒は萎むように声を小さくしていく。
 「えっ……あぁ……それは……」
 「教えて下さい。告げ口はしません。私は彼に頼みがあってきたんです」
 「頼み……?」
 そこへ足音喧しく研究室に入ってくる少年がいた。
 よく繕われた馬の尾のように繊細な長髪をさらりと揺らし、カノン・マルディーニが現れる。 
 「ちょっと、何の騒ぎだ」
 「カノン・マルディーニ!」
 「騒がしいと思って来た。どうした、……泣かせたのか?」
 カノンは研究室全体を一望し眉間に力が籠もった。ノエルよりも小柄な少年が彼の前で突っ立ったまま潤む瞳をカノンに向けた。
 ぐずぐずと泣き出してしまった生徒の一人を前にノエルは居心地の悪さを覚えた。
 「物品管理がなっていないと指摘したんです」
 「……ん、まあ……たしかにな。けど……外まで丸聞こえだぞ。またロイドがやらかしたんじゃないかって思って来たんだ」
 まだ研究室の隅のタイル上には実験器具用品が所定の棚に入り切らず置かれているし、ピペットや精製水、工具ボックスも分類されずごちゃごちゃと雑然としている。カノンはノエルの怒りがまさかシュナイゼル以外にも発揮されると思っていなかったし、それに驚いた。
 そしてこの重い空気と、責任者不在の研究室での仲裁をカノンが行うには荷が重く、このままノエルが先に研究室から出ていくだろうとさえ考えていたがそうならなかった。
 ノエルは泣いている少年にむけて平たく情感の温度を下げ謝罪した。
 「……貴方に謝罪します。怒鳴ったことに。しかしこの杜撰な管理では正しく結果が発現しません。備品の扱い方、環境、あらゆるコンディションが推論から求まるはずの可能性の障害となり得るからです。よく理解してください」
 「……は、はい。肝に銘じます……」
 少年は謝罪を受け容れ、掃除を始めますという反省を聞き届けてノエルは研究室を出た。

 空に向かって広がるブナの木とその葉の隙間から橙色の光が零れ落ちている。
 ノエルはシャツのボタンを一つ外し、木陰にある木製ベンチに座った。カノンはノエルの前に立ち、以前よりは血色の良くなった顔を見下ろした。
 「てっきり謝らないんじゃないかと思った」
 「そうですか?」
 「ああ」
 「これでも平和主義ですよ」
 「あんなに……うちの代表に突っかかってるのに? 今日だってディベートなのにコテンパンにしようとした。アサーティブが足りないってさ」
 カノンはノエルの隣に腰掛けた。
 「知りたいですか」
 「興味はある」
 ノエルはベンチの背にもたれて頭上の翠緑を仰いだ。鳥の囀りと木の葉の擦れる音。柔らかな風。沈黙の伴奏は退屈ではなかった。
 しばらくの思案を経て、ノエルは人差し指をたてていった。
 「……秘密」
 呆気に取られたカノンは目を見開いた。
 「……は……してやられた! ……ところで……どうしてロイドのとこに?」
 「それは……。その彼は今日は不在だそうです」
 また沈黙を挟んでノエルはカノンについて精査していた。カノンは工学系に縁もなければマーシア寮との縁がない。それにもかかわらず、この敷地内に絶妙なタイミングでやって来た。                                             
 「なんだよじっと見て」
 「一つ秘密を教えましょうか。……脱走シュートの話をゴットバルト監督生から聞いたんです。ご存知ですよね」
 「まさかそれを使いたいって?」
 カノンは詰まることなく答えた。『わたし』は口角をわずかに持ち上げ目を細めた。
 「……ああ、やはりあるんだ」
 「あ……、こいつ……カマ掛けたな?!」
 「あははは……!」
 賢明なカノン・マルディーニは椅子から腰を浮かせて身を引いた。
 「カノン、あなたの秘密が少しわかったよ」
 「……たとえば?」
 「そうして繕っているところが。……なぜかはわからないけど」
 容赦のない詮索にカノンは視線を彷徨わせ、瞼を閉じた。
 「はあ。……それじゃ教えてやるよ。俺が不良なところも……脱走シュートについても。ただし……」
 「シュナイゼルには言わない」
 「恐れ多いな、呼び捨てとは」
 「言うわけないよ。仲良しじゃないし」
 思ったより突き放した言い方に今度はカノンが笑う番だった。
 「くっ……ふふ……。フラれてやんの……!」
 「彼は男性が好きなの?」
 「さあ……でもノエルにキスした。それか……お気に入りとか?」
 「あの人にそんな執着心あるかな」
 「ふうん」
 「どうしたの」
 「よく見てると思ってさ」
 「相手に関心がある風に見せかその気にさせて……操作する人だから」
 今度こそ堪らえようと腹を押さえたが遅かった。捩切れるのではないかというほど笑うのでノエルは心配した。そしてカウンターを食らった。
 「そこまでわかってるってことは、昔なにかされたんだな?」
 カノンは舌を少し出して悪戯が成功したように笑った。彼なりの意趣返しのようだ。
 『わたし』は喋りすぎた事に気づいて、曖昧に笑いかけた。
 「脱走シュートはどこにあるの?」
 「……約束守れよ。……こっちだ。案内する」
 カノンは手でジェスチャーし、ノエルを脱走シュートの場所へ連れて行った。

 工学・科学棟の工業用・産業廃棄物のダストシュートを利用した脱走シュートの所在地を把握したことは大きな成果だった。
 いわばやむを得ず搬出されるゴミの中に紛れて屋外に通じる所定の場所へ下りる事ができ、学院内で不平不満を託ける不良達がある条件を飲んだ上で利用する秘密の抜け穴だった。
 ノエルはさっそく今週末、最初の計画を実行することにした。ブリタニアのペンドラゴン空港・国際線からカストラリア・リダニウム国際空港まで所要時間は八時間。航空技術が目覚ましい発展を遂げ、より速い渡航が実現しこれ幸いである。
 自然と笑みが全身からこみ上げてくる。

 上機嫌でケントに帰寮すると、ノエルの周囲を寮生たちがずらっと取り囲んだ。
 また集団リンチされるのか、と身構えているとその円の中から監督生のグレーターが一歩進み出てぶるぶると体が震えるほどのボリュームで叫んだ。
 「頼む! 力を貸してくれ!」
 「……うおっ、びっくりしたぁ……!」
 「今まで散々なことをやってきた。謝罪だけで許されるとは思っていない。今回願い出るのもとどのつまり私欲のためだが……」
 言い淀み、期待の籠もる眼差しがどうかその先を読み取ってほしいと願っている。ノエルは気を利かせて、ああ、そのつまり……と答えを言い当てた。
 「ああ……アレでしょう、あの〜なんだっけ、ポイント……ウィーク……?」
 「そっ、そうだ! そのポイント・ウィーク!」
 正式名称、スポーツ・ウィーク――別名、ポイント・ウィーク。
 毎年十月に開催される寮対抗スポーツウィークであり、ポロ、クリケット、テニス、チェス、KMF模擬試合などの競技種目とその試合で獲得したポイントの合計点をランキング化し、そのトップの寮にさらにポイントが与えられる、ポイントを獲得するには絶好のイベントのことである。そのため、そのポイント・ウィーク期間は一週間毎日授業を休止し、全生徒はそれらにのめり込むという全力投球の行事らしい。
 ノエルは編入生であるため、一週間授業がなくて楽だからこの期間中に作戦を構成し緻密なバックアップを敷いておこうと考えていた。だが、甘かった。
 「……私が? ん、なんだって?」
 グレーター監督生は明るいブラウンの髪を撫でつけてもう一度大きな声で言った。
 「もう一度いう。代表をやってくれ」
 「ん……ちょっと意味がわからないな。代表選手は通常……慣例的に君だ。グレーター監督生。むしろ監督生になったからにはこの人目に触れる機会こそ晴れ舞台なんじゃないの? それに各競技のルールはおろか、裏の段取りの手続きさえ知らないよ」 
 「それは私が助ける。情けない話、私のリーダーシップが不足しているのは、君が晒された危機から助けてやることさえできずにいたことで知っているように……」
 「ああ……はいはい、話が長い……その……始めに断っておくが、私とてリーダーの資質を備えているわけじゃない。独断的だ」
 勢い余って迫りくるグレーターを両手で押し返す。
 「私達は……去年最下位だった。ケント寮始まって以来最大の屈辱だったそうだ。OBからもひどい落胆と叱責を賜った」
 「……OB……なるほど。進路にも直結しているんだ。なるほど、なるほど……」
 グレーター監督生はノエルの両肩をがっしりと力強く掴んだ。
 「そうなんだ!」
 「うわっ!」
 「去年それで内定していた進路先から辞退させられた生徒もいたんだ」
 「えぇ……そんなことって……まぁ……ブリタニアだし? ありえなくはないか……」
 「つまりそういうことなんだ!」
 グレーター監督生の目をよく見ると潤みはじめていて、それがなんと切実であるかノエルの心に訴えかけた。
 ――ウッ……私だって、こんなことしている場合じゃないのに! あの人を殺すには、国のためには……!
 ぼそりぼそりと言葉を続けるグレーターに、ノエルはある事実が頭の中に浮上する感覚に身体が震えた。
 「……今年は、きみが……アストリアスが……敵を討てると思ったんだ」
 「ねえ、まさかその去年の優勝寮って……」
 「……シュナイゼル殿下がご入校されてからというもの、常勝寮だよ」
 目が自然と見開かれていく。グレーターの両肩を今度はノエルが握りしめた。
 ピキ。
 ――シュナイゼルめ! この数年間何人の生徒の人生と面目を潰してきたのか!
 ピキ。ピキ。
 怒りと闘志を漲らせていくノエルの背後でこそこそと寮生達が囁く。
 「お……おお、アストリアスが……恐ろしいほどに剣幕だ」
 「やはりシュナイゼル殿下のお名前は効果的なのか」
 「いったい殿下にどんな恨みが……しかしキラー役でこれ以上の適任者は……」
 ダン、と靴底を打ち鳴らしノエルは寮生達の注目を集めた。鋭く、獲物を射る瞳が夜の灯台の光明のようにぐるぐると巡る。
 「いいでしょう。引き受けましょう。……ただし、私は完璧主義者です。徹底的に打ちのめす!!」
 「アストリアス――!」
 膝をつき男泣きするグレーター、そしてその他の生徒達。これがブリタニアの縮図。その縮図はこの寮だけの問題ではないのだ。
 ああなんてことだろう、乗せられてしまった。そんなことはわかっていても、彼らの涙がカストラリアの人々の涙に思えてならなかった。




 ◆ ◆ ◆


 ポイント・ウィーク六日目


 清々しい芝生。ギラつく太陽。色とりどりにぱたぱたとはためく国旗と校旗、ペナント――。
 プレイボール前は伝統的スタイルの白いユニフォームと各寮色のブレザーとベストを着用し、両者各寮テントに整列するのが習わしとなっていた。監督生が審判役の教官に出場する選手の名前を書いたメモを渡し、受理されると「正々堂々とフェアプレイに準じること」とこのスポーツの形式的な言葉を飾り試合が始まる。教官は寮テントの反対側にある本部テントへ戻るその背後で、参加者・観覧するすべての父兄の歓心を買う鼓舞が響き渡る。

 「お前ら――! ポイントを荒稼ぎしたいよなあ――ッ!?」
 『うおおおおおおお――――!』
 「あいつらの鼻を明かしてやりたいよな――――ッ!?」
 『うおおおおおおお――――!!』
 「打倒――ノーサンブリエ―――!!」
 
 テント裏で士気を高めるケント寮生達の大声に父兄達の反応は様々である。苦笑いや揶揄、嘲笑、楽観視するものなど。それは過去数年以上、ノーサンブリエが築き上げた実績から、不可能で無駄な勝負であるとわかりながら挑もうとする者達へ向ける諦観と、今ノーサンブリエに君臨する白の王の存在への信頼感からだった。 
 一方ノーサンブリエ寮陣営のテントでは試合前の最後の調整でシュナイゼルを中心に参加選手達が円を囲っていた。すでに粗方のシミュレーションとブリーフィングは前夜にしっかりと行われていた。ケントは着実に好成績を伸ばしているが、ほとんど功績の殆どがノエル・アストリアスによるもので彼が寮の主軸でなければ今年も最下位を這っているようなレベルである。シュナイゼルは彼が伝統的に決勝試合のハンデ≠知らないだろうという推測から、この試合はノーサンブリエが勝利を収めると確信した。
 裏側の熱気にマイダネットがぼやいた。
 「いつになく気合が入っているな。ケント寮は」
 「超大型新人がいるからだよ」
 シュナイゼルが応じると、ダローウィンがすかさず皮肉を差し込んだ。
 「超大型問題児の間違いではなくて?」
 「はっはっは……! 大丈夫だよ。今年もウチがトップさ。みな自信を持って挑もう」
 『Yes, Your Highness!』
 ノーサンブリエ寮生達の息の揃った清麗な呼応。貴族達は満足げに頷き、「さすがは白き薔薇の君。シュナイゼル殿下だ」と誉めそやす声があちこちであがった。

 選手以外の生徒達がドカドカと謎のマシンを運び込み、ピッチ内の投手・ボウラーが立つ位置に設置している。
 反対側の本部テントで審判がマイクで声を乗せた。
 「代表選手はこちらで先行後攻を決めなさい!」
 ノエルはそのピッチ内の出来事が気になって途中足を止めた。見届人役の監督生がノエルの後ろで正装用のジャケットを二人分持っている。
 「なんだあれ」
 「あっ、一つ言い忘れていた事がある。アストリアス。――我が学院は昨年の優勝寮が翌年のハンデ≠決めていい悪習があってだな」
 「悪習ならやめればいいのに」
 「そういうものなんだ。それで、あれは……そういうことだ」
 「ちゃんと説明してください」
 グレーターに袖を引っ張られ本部に着く。
 「昨年の優勝はノーサンブリエだったから、彼らが今年の設定に選んだのが、あの自動投球マシーン、ということなんだ」
 「ハンデ≠ニはつまり、自寮が勝ちすぎないようにするで合ってるんですよね?」
 「そのようだが……」
 そこへ、ノーサンブリエ寮のテントから芝生の上をシュナイゼルが白とベビーブルーのライン入りジャケットを羽織りながら歩いてくる。彼の一挙手一投足に観覧席の方が騒がしくなる。スター選手のような扱いだった。
 「驚いたかい?」
 「なんですか、あれは。お宅が決めたんでしょう?」
 「フェアプレイだろう?」
 「国是を推進する統治者の子息からそんな言葉が出てくるとは思いませんでしたね」
 「手厳しいね。……テニス、ポロとクリケットは我が国でも行われるが、近代スポーツ制定はエリア四……カストラリア王国だよ。文句があるなら亡き国王夫妻に申し上げたまえ」
 ――こいつ……殺すぞ。
 グレーター監督生が飛びかからんとするノエルの動きを察して、両脇の下から腕を通し羽交い締めにする。ここ最近、日に一度はこのようなことをしている気がする。
 「落ち着け! アストリアス! 今は競技中だっ!」
 「ははは」
 シュナイゼルは軽やかに笑った。
 食い下がるようにノエルは拘束を受けながらジリジリと彼に迫った。
 「……では、あなたが変えればよろしいのでは?」
 「私がかい? 労苦に見合わないかな。すでに成立・浸透している競技であるし、アスレティシズムを真っ向から批判するほど自惚れてはいないよ」
 ――くっ……穏当だ。悔しいくらい穏当な回答だ。
 ノエルは唇を軽く噛み、監督生からジャケットをひったくった。
 ピッチ内では試運転でボールがマシンからビュンと音をたててウィケットめがけて飛んだ。そのスピードはかなり速く機械的だった。
 ノエルはふと、最近ロイド・アスプルンドの所在が掴めないことを思い出した。
 「もしかして……」
 そう呟いた時、大会本部関係者と思しき恰幅の良い中年の男がコートを横断し本部テントに駆け込んでくる。
 「誰だ! クリケットにガラクタを持ち込んだのはぁ――! ロイドか! ロイド・アスプルンドを呼びなさい!」
 「彼は裏で待機させているので、非常時には協力的ですよ。ローカン本部長」
 シュナイゼルが口を挟むが、すでに職員にロイドが捕まりテントに連れてこさせられていた。
 「今どき人力手動でボールを投げるなんてナンセンスですよぉ」
 「君は?! あの速度の球を誰が捕球するんだね!? 父兄参観で死傷者を出すつもりか!? ええい! 今年も皇族の方に観覧いただくのだぞッ!?」
 「えぇ〜? でもその皇族の……殿下御本人から発注いただいたんですよぉ? コレ」
 「はぁ!???」
 ローカン本部長は目玉を落っことしてしまうのではないかというほどシュナイゼルを見つめた。
 「うん、一興かと思ってね。万が一、医務室を溢れさせてしまうことがあっても私のほうでサポートしますよ」
 相手が皇族相手でかつ代表生徒であることも相まってローカン本部長はせっかく真っ赤に腫れ上がった顔をどうすることもできず、呼吸を荒く言葉にならぬ悲鳴を上げた。シュナイゼルは一笑し、ロイドに近寄って話し込んだ。
 「完成が間に合ってよかったよ。お疲れ様、ロイド。今回の製作物のログやデータは君の方で好きに使っていいよ。報酬は工学棟の設備費はどうかな」
 「いやぁ〜マーシア寮の拠出した補償費とトントンでぇ……できれば値切りたいところですが……」
 「すまないね。もう取り決めしてしまったあとだから……私の一存では難しい」
 「あは〜……さいですか」
 ロイドは残念とがっくりと肩を落とした。KMFもどき大暴走の後始末が彼の好奇心と研究活動の足を引っ張るようになり、見かねたシュナイゼルが今大会に使うハンデ$サ作を個人的に大口依頼した。特殊パーツは殆どなく、技術料とチップが多めに加算されている。それで今後の資金に充てさせようという目論見があった。
 「そう肩を落とさないで」
 「飴とムチですねぇ〜殿下! 一部単位剥奪されちゃったもんで卒業要件未満で留年ですよぉ?」
 「それも評議で決定したから覆らない。だが……単位取得用に教官達への融通や、課題に関しては君の得意分野で評価してもらえるように頼んでおいたよ」
 「それって……つまり?」
 「特別予算案を申請し受理され次第、作製可能なものは隠れて作らなくても問題にならない、ということだね」
 ロイドの眼鏡の奥の瞳が爛々と光を帯びる。
 「作製物や論文は君のポートフォリオになるし、アカデミーにも推薦状を出しやすくなる。もっとも――君のことだから、来年度もよろしくとなるのかな」
 「あはっ、読まれちゃってる!」
 「私が卒業するまでには君も卒業してくれよ、ロイド」
 「善処しまぁす。それじゃ! あっそうだ……ノエル・アストリアス君! きみ僕になにか用事があるって聞いたよぉ?」
 本部テントで必要書類に書き込んでいたノエルはロイドから呼ばれて顔を上げた。
 「あー、その話は解決したんで……カ……いえ、なんでも」
 「解決? あぁ……もしかして、アレ? 君もそういう……?」
 「なんだい、二人とも。おもしろそうな話だね?」
 ノエルとロイドが顔を見合わせ、暗黙のやり取りをするが場所とタイミングが悪い。シュナイゼルはにこにこと笑っているが、この二人が仲良くなればどのような効果が生じるかわからないほど無知蒙昧ではない。詮索を避けるようにロイドが咳払いをすると「それじゃ、試合頑張って〜」とそそくさと待機場所へと戻っていった。
 そこへ入れ替わりで審判がコインを手にやって来ると「先攻と後攻を決める」と二寮の代表に伝えた。



12
午前四時の異邦人
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