短い夏の半ばのことだ。
そこは塀の高い、高圧電流の流れる有刺鉄線の張り巡らされた、灰色の拘置所だった。
空は曇っている。銀鼠のペンキを、ぺったりとローラーで塗りつぶしてしまったみたいに均一で、拘置所と空の境目を見つけられないくらい一体化していた。
高級車を改装した黒光りの専属車両の後部座席から、恐ろしく長身な男のエスコートを受けながら、キャメルの薄手のコートを羽織った女がひとり、裏門から立ち入った。
「ここは妙に肌寒いね、ティラナ。コートを羽織ってきて正解だった」
もうすぐ夏も終わりだ。途中の道には半袖の若者を大勢見かけた。コートなど不要な暑さを裏切るように、そこは肌寒い土地にあった。
並んで歩くシュナイゼルは、いつもと変わらない穏やかな微笑みをたたえ、その大きな手のひらで彼女の背をそっと促した。彼の長身は、曇天の下でも圧倒的な存在感を放っているが、その足取りはどこまでも優雅で、周囲の重苦しい空気を寄せ付けない。
ティラナはキャメルのコートの襟元を少しだけ引き寄せ、琥珀色の瞳で灰色のコンクリートの建物を仰ぎ見た。今の彼女の肩には、過渡期を迎えたカストラリア王国の未来と、それ以上に重い、失われた時間への実感が乗っかっている。
「これくらいの寒さなんて、可愛いものよ、シュナイゼル」
少しだけお茶目な光を瞳に灯し、凛とした横顔と彼女の強さを、シュナイゼルは好ましく思った。
「そうだね。だが、今の貴女に無理をさせるわけにはいかない。……ここは君にとって、あまり居心地の良い場所ではないだろう?」
彼女は、隣を歩く青年を見上げ、無言の肯定を示した。
面会室へと続く無機質な廊下に、二人の足音が規則正しく響く。
この先に囚われているのは、王家を破滅の崖へと追いやり、国家間にわたり血の惨劇を引き起こした叔父アルディックがいる。
重い鉄扉の前で足が止まる。
「心の準備はいいかい」
それは合図だった。また言葉は、穏やかながらも絶対的な誓いだった。ティラナは深く息を吸い込み、琥珀色の瞳に確かな覚悟を宿して、静かに頷いた。
a.t.b.二〇一二 August
カストラリア王宮
サー・ロンハードは王宮へと参じ、ついにその重い要職を引き受ける決断を下した。
豪奢な王の応接間。呼び出しに応じて馳せ参じた参謀総長は、寸分の乱れもない制服姿で女王ティラナへの謁見に臨んでいた。
ティラナは彼の顔を認めると、ふっと表情を和らげて声をかけた。
「驚いたわ。随分と日焼けしたわね。ヴァルグレイのあとに南の島にでも行ったの?」
「ああ……ええ。そのようなものです。……もしかすれば、これからこうした息抜きも出来なくなるのではないかと。家族を連れて遠出をしまして。タヒチへ、一週間ほど」
「いいじゃない。水上バンガローに宿泊した?」
「はい。ゆっくりすることがことができます。……子供たちはやや退屈そうでしたが。シュノーケリングを楽しみました」
ボラボラ島の水上バンガロー。それは太平洋の真珠と称されるポリネシアの最高級リゾート地だった。内陸の山岳地帯である北部のカストラリア人は、基本的に海というものにまったく馴染みがない。南部にも海はあるが、性質が大きく異なる。エメラルドグリーンからコバルトブルーへと見事なグラデーションを描くサンゴ礁の海と、どこまでも穏やかな波。完成されたビーチリゾートへの密かな憧れから、ティラナは夢見心地にうっとりと言葉と想像の余韻を噛み締め、目を細めた。
「北部出身者には泳げない人も多いけれど、貴方は経歴からして朝飯前ね」
「勿論でございます」
ティラナは視線を戻し、女王としての静かな威厳をその瞳に宿した。
「充実した夏休みを過ごしていただけてよかったわ。……それで、今日こちらへいらしてくれた事も、前向きなお返事を頂けるということで、構わないかしら」
「……はい。謹んで拝命いたします。陛下」
「……ありがとう。申し出を受けいれてくださるのね」
張り詰めた空気が応接間に満ちるなか、ティラナは実務的な口調へと切り替える。
「官邸の公式記者会見と発表まで四日。……引き継ぎを兼ねて前任者と打ち合わせをするようにお願いね」
「……まるで舞台のようですね」
「そう。舞台よ。演劇そのもの。……奥様にはお話しになった?」
ロンハードは一瞬だけ、遠い我が家を守る最愛の妻の顔を思い浮かべるように視線を落とした。
「先のタヒチ旅行で打ち明けています。……ファースト・レディとして脚光を浴びる日が来るなど、思ってもみなかったでしょう。最終キャリアは国防省の経理部で、それから数十年間、専業主婦です。……今後発表されるスキャンダルに世論は、非貴族階級出身者からの首相を熱望するのは間違いありません。民衆党から既に打診を受けています。……これも筋書き通りですね?」
「……そうね。……民衆党の発言権はこれまでよりも、さらに強くなるでしょう。保守党には厳しい時代が到来。上流階級へのバッシングも……問題は、この混乱に乗じて外部圧力が加わることや、隣国からの世論操作の介入が考えられます。非公式外事局を通じて間諜の防衛に徹する働きかけも行いますが……立場上、実力行使は控えたいところね」
サロニア公爵をはじめとする旧貴族勢力の失脚、そして軍のトップから野党・民衆党の党首、ひいては次期首相へと駆け上がるロンハードの動線。これらすべてが、過渡期にあるこの国を裏から揺り動かす壮大なチェス盤の上の出来事だった。
「承知いたしました。その他詳細点についても引き継ぎと共に、私の方で指示を出すようにいたします」
「ありがとう。お願いするわ」
サー・ロンハードとの引見を静かに終え、応接間を辞したティラナの足は、自然と亡き父セイルの書斎へと向かっていた。重厚な扉の前で待機していた信頼できる側近を見上げる。
「人払いをお願いね。ハーゲン」
「承知いたしました」
ハーゲンが深く一礼して周囲の従僕たちを退がらせ、自らも廊下の遠くへと身を引くのを見届けると、ティラナは亡き父の書斎の扉を潜った。
誰もいない、静まり返った室内には、先王が生前に好んだ古い紙とインクの匂いが微かに残っている。彼女は部屋の奥へと歩を進め、大きな壁面を覆う格式高い本棚の前で足を止めた。
すでに何度か同じようにして解錠してきた、本棚の縁に隠された歪な鍵穴。
ティラナは自らの白い指から、カストラリア王位の象徴でもある重厚な金環をそっと抜き取った。その指環の面を、迷いなく鍵穴の溝へと捩じ込む。
カチリ、と静かな金属音が響き、世界の秘密へと続く隠し扉のロックが、冷ややかに解放された。
この書斎の秘密を知ったのは数ヶ月前のことだ。
a.t.b.二〇一二 June
カストラリア 書斎
それは、皇暦二〇一二年六月のこと。カストラリア王宮の奥深く、重厚な扉に守られた先王セイルの書斎での出来事だった。
父の書斎へ足を踏み入れた瞬間、懐かしさと切なさが胸の中で激しく溢れかえった。
そこは、締め切られた本が放つ独特な匂いが充満する、かつての執務室兼書斎だった。なぜだか、記憶の底にある父の姿を思い出す時、彼はいつもここで書き仕事に勤しんでいた。ティラナが部屋に入るより前からその気配を察していたのだろう。ちょうど重厚な扉を開けた瞬間、老眼鏡越しにこちらへ目を凝らし、いつもの温かい笑顔で出迎えてくれる――その幸福な光景が、今も頭の中を占めて離さなかった。
「御璽は……そう、確か……机のところにあるのよね」
ティラナはゆっくりと記憶の糸を辿り、父の遺した執務机の引き出しを順番に開けていった。
「……使ったことがある……?」
指先が引き出しの冷たい木肌に触れた瞬間、奇妙な感覚が脳裏をよぎる。婚約者であるシュナイゼルが、摂政の立場にあるとはいえ、ここの品を勝手に動かすはずもない。第一、彼のような男であっても、この部屋に施された特殊なセキュリティの存在までは知らなかったはずだ。
「そう……」
曖昧な溜息と一緒に、灰の被った記憶を指で掻き分ける。
やはり自分は過去にここへ来て、御璽を私的に使うような真似をしている。確信を深めながら、ティラナは次に壁際の本棚を調べ始めた。
「お父様は隠し事が多い方だった」
指先で重厚な背表紙をなぞっていくと、ふと、かすかな隙間風を肌に感じた。
――隠し扉……。
それすらも妙に既視感があった。かつて、どこかでこれと全く同じ本棚の隠し扉を開けたことがあるような感覚。どこかに解除するためのスイッチがあるはずだった。
「鍵穴?」
見つけたのは、棚の縁に隠された歪な木目の隙間だった。しかし、一般的な鍵穴にしては妙に穴が大きい。円形の、やや幅のある滑らかな窪み。なにか特定の立体物を差し込むことで、仕掛けが動く構造のようだった。
ティラナは考え事に耽りながら、何気なく自分の小指を弄った。その瞬間、電撃が走ったように思い出す。それは、生前の父セイルが深く思案する際によく見せていた、特有の癖そのものだった。
「ねえ……ハーゲン。……お父様は……いつも小指を触っていたように思うのだけど……小指って、確かシグネットリングをはめていなかった?」
傍らに控えていたハーゲンは、その言葉に小さく目を見開いた。
「ええ。確かに……はい。そのように記憶しております。……すぐにお持ちいたしましょうか」
ハーゲンが恭しく運んできたのは、重厚な純金のシグネットリングだった。
印章指環。それは古代エジプトやギリシャ、メソポタミアの時代から連綿と続く王権の象徴であり、王自身の身分証明書に他ならない。主に指環の印面に彫り込まれた紋様を使い、重要書類に封蝋を施すために使用されるものだ。公文書の真贋を証明するだけでなく、王室の絶対的な承認を伝達するための最高峰の道具であった。
「こちらの指環は『君主の指環』と称され、我がカストラリア王室で代々受け継がれていくものでございます」
「知っているわ。……それは、戴冠式を執り行わなければ、私の指には相応しくないのかしら」
「いいえ。先代の君主が崩御された瞬間から、次代の法定推定相続人に自動的に相続されます。……ですから、これは、陛下。既に貴女様のものでございます」
通常、国王が亡くなれば、御璽や印章の類は偽造防止の観点から即座に破壊されることも多い。しかし、立憲君主制への過渡期にあるこの国において、この指環は私産と共に引き継がれる厳格な相続品の扱いとなっていた。
「指のサイズの問題もございますし、必要であれば職人に調整させますが……」
「純金を削るだなんて勿体ない……、……あら。そんなに調整しなくってもいいかも。お父様って指が細かったのね……、私の指が太いってこと?」
「いえ、決してそのようなことは……」
「そのうち左右差も出てくるはずだから、そうなったときはちょっとだけ削るかも……。とにかく、重要なのは台座から印面よ」
ティラナは受け取った純金の指環を、本棚の歪な窪みの中へと真っ直ぐに差し込んだ。
直後、カチリと硬質な金属音が響き渡る。
「ほら。開いたわ!」
音を立てて本棚の一部が滑るように動き出し、暗い空間が口を開けた。ハーゲンは完全に予想外だったようで、驚愕のあまり目を丸くしていた。
「ご存知なかったの?」
「ああ……はい。恐らく。セイル国王は私にでさえ、この仕掛けは秘密になさっていたことかと存じます」
「……それじゃあ、この先は、私ひとりで行かなきゃいけないってことね。王家の秘密を知っちゃったからには、覚悟してよね! ハーゲン」
軽く小突くような物言いに、彼は同情を誘うほど恐縮に畏まった。彼はこうして、長年仕えてきてくれていた。今更、疑うことはしなかった。
「……ひい」
ティラナの口から、思わず引くほどの呻き声が漏れた。
広大な図書館のようだった書斎の執務室、その床下には、本物の秘密の図書館≠ェ隠されていたのだ。
地下に広がる空間は、床から天井に至るまで、隙間なく本という本が埋め込まれていた。試しにその中の一冊を棚から抜き取り、頁をめくってみる。驚いたことに、その本の表紙に書かれた題名と、内部に保存されている実際の記述内容は、全く異なるものだった。
「ひいいい……! な、なんてことなの。……お父様はこれを全部読み切っていたの?」
表向きは世間一般的に広く出版されている植物図鑑や大辞典の体裁をとっているが、その中身は、びっしりと手書きで記録された凄まじい量の歴史編纂書籍だった。ティラナは顔を青くし、ごくりと喉を鳴らした。
空間の突き当たりに置かれた事務机の上には、干からびかけたインク瓶と、十数年前の旧式なパソコン、そして編纂作業に用いられたであろう重厚なタイプライター機器が整然と並んでいる。
壁のボードには、細かく過去の難解な書物を翻訳するための、独自のコツや独自の暗号規則が書き殴られていた。
「えーと……なになに……、編纂進捗率四五%……うーん……。つまり、全部読んだことがあるってことね……」
全体の分量を完全に把握していなければ、このような具体的なパーセンテージを算出することは不可能だ。
病弱だった父セイルは、過去から連綿と続く王家の隠された歴史を紐解き、それを現代の言葉へと翻訳する膨大な作業に、この地下で独り密かに勤しんでいたようだった。表の国務にも busy(多忙)を極め、忙殺されながら、裏ではこのような過酷な作業を行っていたのだ。その献身を想うと、思わず目頭が熱くなった。
机の上の棚に置かれた一冊の手記。そこには、万が一の事態を想定してか、ティラナに宛てた言葉が克明に刻まれていた。周囲に判読させにくくするための徹底した防衛策だろう、記述はすべて、他国の人間には馴染みのないカストラリア語で統一されている。
「……んん……なになに?」
スタンドライトのスイッチを押して照明を点ける。手記の中の文字を読み込んでいく。
――ティラナへ、ここへ来て、まずは驚いているはずだ。
秘密の図書館へ、ようこそ。悪戯やジョークはここでは法律違反だよ。誰の法律だって? カストリア家の法律だ。
私は、ここの存在を母から聞いた。君のお祖母様だ。君が生まれる前に亡くなっているから、肖像画やお写真の中でしかお会いできないが、私を王に推挙してくださった方だ。前にお話しをしたことがあったね。ここに入ってこられたということは、私の大事にしている金色の指環を盗み出して入ったか、地下通路をその小さな手で掘り進めて辿り着いたか、私になにか不幸があったときだ。それ以外で手記を見つけることはないように努めるよ。君に全て話しをしたら手記を破り捨てるつもりでいるから――
やや黄ばみ始めている頁の縁。ティラナは一枚、もう一枚と、落丁してしまわないよう、脆く崩れてしまわないよう、指先に神経を集中させて慎重に手記をめくった。
正式な白手袋を持ってきていないことをその場で思い出した。しかし、そんな細かいことが気にならなくなるほど、記述の内容に激しく魂を惹きつけられていた。この薄暗い秘密の場所で、手記は主の手によって破り捨てられることもなく、父の死後も十二年間、ずっとその娘が訪れるのを待ち兼ねていたのだ。
父から娘へと手渡された、時を超えるタイムカプセルのような手紙。すこしばかり上擦った奇妙な興奮と、確かな喜びが彼女の胸を満たしていった。
手記には、あの忌まわしき神殿についての記述、カストリア家の血脈の謎、そしてこの書斎の真の役割について――と、これまでティラナ自身が見聞きしてきた事実に加え、極めて気がかりな、恐ろしいトピックがいくつも書き連ねられていた。
――カストリア家の在り様は、歪みを治めることにある。このリダニウム以外にも、世界には、地球上にいくつかの地点において、歪となる箇所はある。そうしたところは、この世界と別世界の境界を曖昧にするところがあり、各国の神秘を司る一族たちは手法は異なれど、教えを守って治めてきた。我々はこの世界に生かされている以上は、無闇矢鱈と裏側に潜ってしまわないように、然るべき時に対峙できるように備えておかなければならない――
「ん……うん……? まるで預言書だわ」
ティラナは思わず苦悶の声を漏らした。
近代的な教育を受けた身からすれば、あまりにも現実味のない、まるで大味なフィクション作品のような味付けの文言である。しかし、カストリア家は代々この荒唐無稽とも思える話を真実と信じ、血脈の中で受け継いできたのだ。
これが、人の寓意物語をそのまま宗教へと昇華させ、それを信じることで数千年の歴史を繋いできた、大自然への信仰価値観を保つ国に生まれていれば、もっとすんなりと納得がいったのかもしれない。
しかし、ティラナは現実にあの神殿へ行き、そのせいで人生を一八〇度反転させられ、悲劇の坂を転がり落ちるようにして絶望を味わってきた。そして皮肉なことに、あの神殿の深淵で、すべての答えを私自身≠フ口から聞かされてしまっている。
冷静な科学者の視点に戻ってみれば、にわかには信じがたい話だと疑いたくもなるが、この手記が示す通り、この地下室を埋め尽くす膨大な歴史の記録を突きつけられては、単なる空想や老王の妄想として片付けられないことは明白だった。
カストリア家という血筋は、この「神秘」という名の共通幻覚を、子々孫々に至るまで絶やすことなく伝えてきているのだ。
「ああ……もしかして。そんな意図でないことは百も承知だけど……」
父がこの膨大な歴史編纂を行った真の目的は、単純な歴史の保存だったのだろう。しかし、こうして克明な文字として遺しておくことで、たとえ後の子孫たちが自らの血脈に疑いを抱いたとしても、再びその運命を信じられるようになるための、強力な楔としての効果を果たしているのではないか、とティラナは思い至った。
頁をさらに捲ると、世界地図のスケッチと共に、具体的な地名が列挙されていた。
――歪の所在地は……ロシア、中東、南アフリカ、ヨーロッパ、北ブリタニア、旧西インド諸島、極東、南極――
「……世界各地にあるのね。この近くだと……中東、極東……」
ティラナは頭の中で、学者らしく典型的サンプリング法を用いて対象を絞り込むことを考えた。
世界的な大国であるブリタニアの周辺だけでも数カ所が存在している。ヨーロッパにおける歪は、記述を読み解く限り、ブリテン諸島南部に位置しているようだった。一方で、北ブリタニアと中東に関しては、この手記の中の、その国の記述でも対象範囲があまりに広すぎて、正確な位置の特定には難がある。また、未開の地である南極をわざわざ調べるにも、女王の身としては手近な外交上の口実が見当たらない。
必然的に、消去法で残るのは、ブリテン諸島、そして極東の二箇所だった。
「……不可能ではないけれど」
ティラナが世界地図のその二点に指を置いた、その時だった。
遙か上階から、トントンと静かに扉を叩く微かな振動が伝わってきた。地下へと続く隠し扉の向こうで、ハーゲンが何事か、新たな急を告げるために呼びにやって来たようだった。
a.t.b.二〇一二 August
カストラリア・北部 アンダマン
灰色の建物の中の空気は、勿論灰色だった。
通路は薄暗く、光源といえば白い等間隔の光だけ。頭上には通気孔と防火素材のキューブが延々と続いている。一度地図もなく入り込めば、二度と出られずに迷い込んでしまうような閉鎖施設の内奥で、その男は収監されていた。
グレドール・ド・アルディック。
当初は取調室で捜査官に受け答えをさせる様子を、マジックミラーの外から観察する予定でいた。しかし、呼び出された男の現在の姿は、白い包帯を何重にも巻き、くり抜かれた目元の孔から僅かに瞳が覗いている以外、彼がアルディックであると紹介されなければ特定可能な要素が何一つ見当たらない状態だった。
それほどまでに、徹底的に漂白されてしまった男に残された唯一のコミュニケーション方法は、視線だけだった。彼はすでに、口をきくことができなかった。
なぜこのような無残な姿になったのかと、事前にティラナがシュナイゼルへ尋ねた時、彼はいつもの穏やかな微笑みを崩さぬまま、「貴女が望んだから」と静かに回答していた。
「あまり会わせたくはないのだけれど」
面会室の手前で、シュナイゼルがそっとティラナの肩に手を置いて引き留める。その青紫色の瞳には、婚約者への細やかな気遣いが滲んでいた。
「今日が最後よ。今のところ、この拘置所で問題は起きていないんでしょう?」
「……彼からアクションを起こすことはないが、……誘拐と暗殺リストのトップに載っているようだよ。裏社会では……知りすぎた彼を掌握し、利用しようと画策する者がいる。国内外問わずにね。……だからこそ、彼の財産を持て余すことは危険そのものであったわけだが……次の心配は、貴女がそのリストに載ることだ」
「ご心配ありがとう。すべてが綺麗に終わって、上手くいくとは考えていない。……私は、今この場での話をしているの」
「脅威ではないはずだよ。……あの催眠術≠ヘ肉声を経由する。発話が不可能なら、彼は牙を抜かれたも同然と考えるが」
「そうよ。だから大丈夫だといっているの」
ティラナの決意に満ちた琥珀色の瞳を見つめ、シュナイゼルは小さく息を吐いて懐中時計に目を落とした。
「二十分だけだよ。……同席しても?」
「あなたが? ……まあ……いいわ」
シュナイゼルの同席を認め、捜査官に話を直接通させてから、取調室の重い鉄扉が開いた。内側へと足を踏み入れたティラナの心境は、アルディックとの直接対峙だというのに、いやに落ち着いていた。
そこにいたのは、包帯に包まれた、まるで生きる木乃伊だった。包帯そのものが新たな白い皮膚となったかのような姿の奥で、やけに鮮やかな碧い瞳が、ぎょろりと不気味に覗いている。
ティラナの姿を捉えた瞬間、男の顔の筋肉が醜く横に広がり、不気味に、しかし確執をもって笑った。ミイラの真正面の椅子へとティラナは静かに腰掛け、シュナイゼルは部屋の入口に近い壁際に、影のように音もなく控え立った。
ティラナは何気なく男の傍らへと視線を遣る。そこには最新の視線入力装置が設置されていた。捉えた視線の動きによって、合成音が言葉を形成する電子機器であり、現在の彼の受け答えにはすべてこれが用いられている。
「――お久しぶりですね。叔父様。無理を言って、お会いする機会に恵まれました」
ティラナはそっと、事務的な温度で語りかけた。かつて彼女の記憶の中で恐ろしい黒い影として君臨していた男は、今や哀れな白い影≠ノ成り果てており、皮肉にも以前よりいくらか話しかけやすかった。
こうしてアルディックと真っ向から言葉を交わすことは、彼女にとって新鮮な気分ですらあった。記憶の違和感や引っ掛かりも綺麗に消え去っている。それは同時に、過去において自分たちは本当の意味での会話など一度もしたことがなかったのだ、という冷徹な結論を彼女の内にもたらした。
「そちらの機器をお使いになってお話しなさるとか」
直後、無機質で正確な電子音が、灰色の接見室に硬く響き渡る。
『ティラナ』
機械音声は、アルファベットの最初の四文字を繋ぎ合わせ、確かに彼女の名前を呼んだ。
『悔しいか』
その歪な合成音声を耳にした瞬間、ティラナは間髪を容れずに、冷ややかな失笑を漏らした。
「貴方を喜ばせるために来たわけではありません」
アルディックは、もはや自分が無駄話も冗句も口に出来ない≠ニいう現実を思い知ったのだろう。すぐに視線を狂おしく動かし、本当に知りたがっている事柄を聞き出そうとし始めた。
合成音声はミイラの完璧な代弁者として、実によく働いた。かつて彼が意のままに操ってきた人々のように、正確無比にその役割をこなしていく。彼にとって他者という存在は、つまるところこの機械と同じような、単なるツールでしかなかったのだろうとティラナは確信した。
『扉』
『扉、 はなし』
「……貴方には、何もお教え出来ることはない」
その拒絶に、男の身体が激しく身じろいだ。それは決して弱々しいものではなく、全身を締めつけている拘束ベルトや包帯に抗うような、生々しい強さを持っていた。その感情が一目瞭然、激しい怒りに満ちていることは明白だった。
不自由な肉体がゆらゆらと奇怪に揺れ、固定された椅子を音を立てて軋ませる。彼は限界まで威圧的に振る舞おうと表現を試みていたが、物理的な激しさが伴うことはない。
この男は、自らの姪の知性が結びついた最高峰の医療技術――人工血液や細胞培養薬品――の恩恵を授かることもできず、肉体を再生されないまま、ただ生きた木乃伊の状態で、絞首刑か、朽ち果てて死んでいくことになる。これこそが、この男にふさわしい至高の罰だった。
『死ね』
『死ね』
『死ね』
スピーカーから出力される、執拗な呪詛の連鎖。それが何度も繰り返し室内に襲いかかる。だが、かつて彼が得意としていた、肉声による恐怖の催眠術は、今のティラナには一欠片も通用しなかった。
「……最初から貴方は疎まれていた。家族でさえ、貴方を危険視したわ。異常者。……母を、レイプしかけた」
その事実の指摘を突きつけられた瞬間、椅子に固定されたベルトが、キュウ、キュウ、と窮屈な音を立てて鳴り響いた。留め具の金属がキチ、キチ、と激しく軋む。
それはまるで、かつてアルディックの変身手術≠ノよって他人に替えられた哀れな犠牲者たちが、他人の肉の器の中で、己の魂を狂おしく叫ばせているかのような醜い動きだった。どうやらこの過去は、アルディックにとっても他者に知られたくない最大の罪の一つであったようだった。
――……今更。それがどうだっていうの。何を恥ずかしがっているの。……数々の不道徳を犯し、自分が愛したはずの人さえもその手で殺してしまった人が。
ティラナの唇に、どこか皮肉めいた歪な笑みが浮かぶ。
「どこで知ったかって? ……ルーイーから聞きました。貴方のお兄様よ。……何もかもが気に食わなかったのね。仲間外れにされて、疎まれて、報復してやりたいと……その機会が来るのを、ずっと暗闇の中で待ち侘びていた?」
一層激しく、固定ベルトがギュッと鳴る。
「……貴方には大勢の協力者がいたわ。身内にも、利害が一致した悪党仲間も。美味い話や口車に乗せられた、子羊同然の良き隣人もね。……あの不思議な催眠術を使って、私にもそれを使ってきた。知っているのよ……その手口。すっかり……忘れてしまったけれど、昔の私は……私たち≠ヘ上手くやってきたみたい。そうでなければ、貴方をこうして囚えることも、私が救出されることもなかったでしょう。そうした小さな積み重ねが……今の現実を形づくっているのよ」
包帯の奥から、噛み合わせの悪い歯と歯が、ギリギリと激しく擦り合わされる嫌な音が漏れ聞こえた。
「……敗北の原因をつくったのは貴方自身よ。貴方は、それこそ、私を何度も殺せる機会があったはず。そうしなかったのはなぜ?」
質問に
『苦しめ』
「苦しめるため? それで溜飲が下がったの? お父様とよく似ている私の顔を見て、少しは憂さが晴れたんじゃないかしら」
『契約』
その不意の単語に、ティラナは整った眉を顰めた。
「契約……?」
――契約。
彼女はその言葉の意味を、頭の中で一度厳格に咀嚼する。
契約を交わすということは、一連の事件が彼一人による独断専行ではなかった、という意味に他ならない。彼は誰かと、何らかの取引を交わしていたのだ。
つまり――アルディック自身の本当の願いを叶えるために、彼は数々の凄惨な犯行に手を染めざるを得ない状況にあったということになる。
――その契約を結んだ相手は一体誰なのか? 彼が先ほどから『扉』の話に異常なまで固執していたのは、その契約と何らかの関係があるからなのか? 私の母を殺害したのも、まさか……。
アルディックは現場の主犯に過ぎず、その背後には全く別の真犯人≠ェ存在している。
そう結論づけた瞬間、ティラナの内側から言い知れぬ激しい焦燥感が沸き起こった。この男から、もっと情報を、世界の裏に隠された真実を聞き出す必要性が生じたからだ。
「おかしいわ。人間じゃない。貴方は人間じゃないわ、悪魔よ。悪魔が人の皮を被って生き続けている。魂を悪魔に売り払ったのね。その魂をグレドールに返してあげて。……誰が一体、貴方を唆したの?」
『ギアス』
合成音声は、存在しない未知の造語を無理に組み合わせる時のように、ゲアーシュ≠ニいう不確かな音の塊を室内の空中に放り投げた。
ティラナは脳内でそのアルファベットの綴りを読み替え、正確な音の輪郭を素早く推測する。
「ギアス……? 耳慣れない言葉ね。……ケルト語のゲッシュの変形かしら? ……誓約=H それが誓いだとしたら、貴方は一体、何に対してそれを誓ったの?」
しかし、アルディックはそれきり完全に沈黙した。
その身体が小刻みに小刻みに震え、まるで姪の困惑を心底嘲笑うかのように、包帯の孔の奥で双眸がにゅっと邪悪に細められた。
「……神の贈り物?」
神は、決して一つではない。あるいは本質は一つであるかもしれないが、人間による象徴的な解釈は極めて多様的であり、万物に通じるものだ。
このような不敬なオカルトを公の教会で口にすれば大目玉を食らうだろうが、カストリア家という血筋は、過酷な歴史の中で家系を維持するため、あらゆる超常的な事象を受け入れてきた事実によって証明可能だった。このカストラリアの地に密かに残された秘教、その絶対的な原則は、代々一人の子にしか口伝で教えられない決まりになっているが。
アルディックはそれ以上、視線入力装置の方に顔を向けようとはしなかった。これ以上の対話は不毛であり、話は完全に終わったのだ。
ティラナは視線を巡らせ、部屋の壁際に静静と佇む婚約者の方へと目を向けた。シュナイゼルは手元の懐中時計で正確に時間を計っており、約束の刻限が到来したことを示すように、小さく、優雅に首を縦に振った。
「……時間よ。二十分経ったわ」
ティラナは椅子を引き、静かに立ち上がった。
最後にもう一度だけ、かつて叔父だったその肉塊を一瞥する。包帯の奥で怨嗟に染まる瞳は深く、昏く、そして汚く濁り切っていた。
ティラナは彼に対する絶対的な引動を渡すため、決然と唇を開いた。
「……さようなら。……貴方の裁判は完全な非公開審理となるけれど……世間からは存在ごと黙殺された方が、貴方にとってはよほどいい罰になるでしょう。誰もが貴方を……ただ哀れみ、狂心――国王とその家族を暗殺しようと企てた、卑小な悪人としてのみ認識するわ。貴方が望んだような真実の愛の物語なんて、歴史のどこにも遺させない。私の身体と名を傷つけようとしたその執念も、すべては虚しく歴史の闇へと埋没するの。貴方は英雄にもなれず、ただの汚名とともに惨めに地に還りなさい」
ティラナは、力を振り絞り、その冷徹な眼差しをミイラへと突き刺し、最後に告げた。
「地獄でお会いしましょう」
八月下旬。
短い夏の終わりを告げるように、カストラリアの空には低く湿った雲が垂れ込め、時折、肌を刺すような冷たい雨が街を濡らしていた。しかし、その気候の鬱ぎを吹き飛ばすかのように、この国は建国以来最大とも言える政治的・司法的激震の渦中にあった。
それは、カストラリア王室と政府による、異例の共同公式記者会見から始まった。
国営放送CACニュースの特別番組は、朝からその模様を速報し続けている。首都リダニウムの街頭モニター、世界各地の国際空港のテレビ、あるいは場末のパブのラジオに至るまで、あらゆるメディアが同一の緊迫した音声を社会へと垂れ流していた。
[――貿易局内からの逮捕者・局長の引責辞任から約二か月が経ちました。連鎖的な捜査のメスは、ついに政界の最深部へと達した模様です]
[――保守党議員三名の相次ぐ逮捕を受け、内閣は完全に機能不全に陥っており――]
[――速報です。大手製薬会社のエンメリック製薬会社に対し、収賄に関する告発と摘発が行われました。すでに役員と社員数名が逮捕されています。同企業は先日、首都内で記者会見を開き、全面的に容疑を認める謝罪を行いましたが、株価は暴落を続けており……]
矢継ぎ早に報じられる、巨大な汚職の連鎖。民衆がその濁流に言葉を失うなか、画面はついに、重々しいカーテンが引かれた王宮の記者会見会場へと切り替わった。
演台のある壇上に立ったのは、法務大臣サー・コートニーである。
彼は最高裁判所長官や検事総長といった、この国の法秩序を司る最高幹部たちを厳粛な面持ちで背後に従え、無数のフラッシュが焚かれるマスコミの前に毅然と立ちはだかった。
今回の発表の主軸は、あくまで国家反逆罪――クーデターという政治的・軍事的な側面に置かれていた。ティラナが何よりも懸念していた、アルディックによる非人道的な変身=\―肉体換装や細胞培養技術の悪用≠ニいった極めてデリケートな技術的機密については、この段階では意図的に隠蔽され、ただ『非人道的な違法医療行為の疑い』という大まかな表現に留められている。それこそが、国家の平穏を保つための、シュナイゼルと法務大臣の協同による完璧な情報統制だった。
「皆様に発表がございます。長年、この国に巣食っていた病魔を振り払い、この窮状を脱する時がやってきたのかもしれません」
法務大臣の声は、重々しく会場の空気を支配した。マスコミの雑音が水を打ったように静まり返る。
「我が政府の最大のスキャンダルといえるでしょう」
サー・コートニーは手元の書類へと視線を落とし、カストラリアの歴史に隠された最大の禁忌を、ついに白日の下に晒した。
「――二〇〇〇年、一〇月九日に起きた……所在地、首都リダニウム。カストラリア王宮火災事件と、その首謀者、関与者を発表いたします。……ええ……首謀者に、グレドール・ド・アルディック。また、サロニア公爵。以下、共謀と幇助者に伯爵二名、男爵一名がおります」
会場に悲鳴のような驚愕の声と、怒号が巻き起こる。十二年前の国王夫妻崩御という悲劇の真犯人が、まさか王族の身内のアルディックであり、さらにそれを国内最高位の貴族であるサロニア公爵が裏で支えていたという事実は、カストラリアの知識層や民衆にとって、天理を覆されるほどの衝撃だった。フラッシュの光が激しさを増すなか、サー・コートニーは冷徹に言葉を重ねた。
「サロニア公爵の罪状は以下の通りです。クーデターへの首謀・企図、国家転覆計画から国家反逆罪。余罪に、経済犯罪および汚職などが挙げられます」
旧体制の崩壊を告げる法務大臣の告発がひと通り終わると、マイクの前には厳かな王室の徽章付き制服を纏う王室報道官が立ち、発表を鮮やかに引き継いだ。
これより先は、過渡期における頂点の権力――女王による絶対的な審判の領分だった。
「カストラリア王室より、王室報道官のヤブロンスカです。コートニー法務大臣の話を引き継いでお話しいたします。この度の、サロニア公爵の国家反逆罪を受けて、王室は以下の声明を発表いたします」
報道官ヤブロンスカは背筋を伸ばし、演台の上で、一言一句を噛み締めるように公表した。
「ご快復の途にある、ティラナ女王陛下におかれましては、国家および王室に対する重大な反逆行為を重く受け止められ、サロニア公爵のすべての爵位の剥奪、およびカストラリア貴族名簿からの除籍を公式に宣言されました。なお、旧サロニア公爵家が所有していた国内外の全資産、ならびに経済的権利につきましては、国家経済の不必要な混乱を避けるため、今後は『カストラリア王室の直接管理』に移行いたします。この資産は、我が国の新たな経済特区(南方経済回廊)の繁栄、および関係諸国との安定的かつ継続的な経済協力のためにのみ、正しく運用されることを、女王陛下が保証されます」
この瞬間、サロニア公爵家という巨大な牙城は完全に瓦解した。
彼らが不正に肥やしてきた国内外の膨大な領地や財産は、一国をも動かせるほどの規模であり、それをそっくりそのまま王室の私産へと組み入れるという決定は、実質的な経済的覇権の掌握を意味していた。
表向きは経済の安定≠竍関係諸国=\―との協力を掲げているが、これこそが、旧態依然とした貴族の力を削ぎ落とし、過渡期における王権の絶対的な原資とするための、冷厳にして完璧な絵図だった。
その後、事態は雪崩を打つように急速に展開していった。
同月。事件の全容公開に耐えきれなくなったベルケス首相と、そのベルケス政権内の数々の不祥事、および旧貴族との不適切な癒着が次々と暴露され、ついに現内閣の総辞職と、内閣解散の第一報が全世界へ向けて公開されるに至った。既存の保守党政権の約十二年間に及ぶ、長期政権の完全な終焉だった。
激動のニュースが画面を流れていくなか、カストラリア王宮のリビングルームでは、静かな時間が流れていた。
ティラナはソファに腰掛けていた。柔らかな大きなクッションを胸にぎゅっと抱きかかえながら、液晶のテレビモニターを、ただじっと凝視していた。若草色のカーディガンを掛ける、丸みを帯びた肩や背中は小さい。画面の中。眩しいフラッシュを浴びている、頭を垂れる仕立てのよいスーツ姿の政治家たちや、歓声を上げる民衆、非難と怒号を飛ばす野次馬の姿を見つめる彼女の陽光を溜め込んだ瞳には、自らが仕掛け、そして選び取った政治的決着への冷淡な納得と、どこか深い孤独がとぐろを巻き、微かに揺蕩っていた。