「食堂行くよ、雛田。財布持った?」

「ん、持った」


今日は私にとって初めての学食の日。
先週七ツ森くんに誘われて、彼と仲の良いグループとご一緒させてもらうことになったのだ。元は本多くんの発案だそうで、彼の話に興味を持った美奈子ちゃんからも誘うように頼まれていたらしい。

私には弾むような楽しい話なんてできないのに、それをわかっている癖に声をかけてくれて、嬉しいやらちょっと怖いやらで複雑な感情が渦巻いている。

どうして誘ってくれたの? とか、聞いたところで、大方本多くんの興味なんだろうなと予想はついている。昨年も一番絡みがあった割りに、彼の豆知識雑学トークが多かったお陰で、私個人の情報はあまり知られていない筈だ。

変なこと聞かれないと良いなと、前までの自分なら自虐的な思考で俯いていただろう。
でも先週初めてこのグループのメンバーに会った日。彼らの人柄に触れて、そんな考えを持つのは失礼だと知った。


(優しい人たちで良かった……)


* * *


無意識に美奈子ちゃんに掴まれた手を振り払ってしまった時は、身体中の血がサァッと引いて、心臓が凍ったような感覚だった。女の子に対してあんな拒絶反応を起こすとは思わなくて、考えるより先に必死に頭を下げた。

今までそんな反応が出なかったのは、恐らく私に触れようとする人がたまたまいなかったからだ。触れなければいけないような用事が無かったから、近くに人がいるだけという状態だったから、何も問題が起こらなかっただけ。
私がこの反応を起こしてしまうのは、美奈子ちゃんに限ったことではない。もっと気を付けないと、みんなに不快な思いをさせてしまう。

美奈子ちゃんに深く頭を下げて謝って、トラウマについても少しだけ話した。だからって許して貰えるとは思っていなかったけれど、理由もなく初対面で拒絶されたなんて思われたくなかった。

トラウマ持ちなんて面倒だと思われるか、重い子だと距離をとられるか、そのどちらかの人しか知らない。

嫌われても仕方ない行動を起こしたのは私だ。罵倒は甘んじて受けようと、爪が食い込むほど掌をぎゅっと握りしめる。
何て責められるかとビクビクしていると、美奈子ちゃんは私には触れずに、私が出した手にチョコレートを落としてくれた。


「嫌なことなのに、教えてくれてありがとう」


ありがとう?
何のお礼?
トラウマを話したことに対して?

頭でしっかり理解すると、泣きたいくらいに嬉しくなった。嘘でもそんなことを言ってくれる人なんていなかったから。
微笑んでいる美奈子ちゃんに吊られるように、七ツ森くん、風真くん、本多くんの口角も上がって、どうしてそんなに優しい顔をしてくれるのか不思議でならなかった。


「こちらこそ、受け入れてくれてありがとう」


ほんの少しとはいえ学校の子にトラウマのことを話したのは初めてで、初対面でも引くことなく受け入れてくれた美奈子ちゃんは、まるで女神様のようだ。大袈裟だと笑われるかもしれないが、私にはそれくらい嬉しい言葉だった。


「ちょっとは緊張解れた?」


なんて、別れ際に七ツ森くんも安心したように笑ってくれたし、一緒にいた本多くんも美奈子ちゃんの幼馴染みだという風真くんも、「また来週学食で」と言ってくれた。一日の最後に出会ったのが優しい人たちばかりで、夢でも見ているかのような心地だった。これが嘘だったらさすがに立ち直れないけれど、彼らのあの表情と態度はきっとそうではない。私にも暖かい言葉をかけてくれる人がいるんだという事実に、胸の中の重みが少し軽くなった。

たった一時の関係だったとしても、私にとって彼らはこれ以上無い恩人だと思えた。



* * *



そして今、七ツ森くんと一緒に食堂へと向かい、廊下に貼り出されている本日のメニューを並んで眺めている。

はば学定食に始まり、焼き魚定食、唐揚げ定食、麻婆丼、ラーメン、フルーツサンドなどなど。どれも美味しそうな写真が掲載されていて、優柔不断な私には捨てがたいものばかりだ。


「……迷う」

「わかる。俺も最初すっごく迷った」

「七ツ森くんはもう決めてるの?」

「今日は麻婆丼の気分」

「あれ? てっきりフルーツサンドにするのかと思ってた」

「はは。俺、辛いものも結構イケるから」


いくら甘いもの好きでも他の物を食べないわけではないらしい。

七ツ森くんの言う麻婆丼を見ると、平たいお皿に山掛けになった麻婆豆腐が溢れそうなくらい盛られている。ごはんの影はどこにも無い。美味しそうだけれど、私にこの量は食べられない気がする。
……でもやっぱり美味しそう。


「ん〜……」

「どれと迷ってんの?」

「唐揚げ定食か麻婆丼かな。量が多いけど。麻婆丼ってどれくらい辛いんだろう?」

「あー、比較対象が無いからなんとも……。あんたも辛いものイケる人?」

「人並みよりは食べられる方だよ。でも、もし辛すぎたら完食できない可能性もあるかなって……」

「ああ、そういうことね」


食べ物はなるべく残したくはない。作ってくれた人への申し訳ない気持ちもある。だがそれ以上に、幼い頃から実家でも学校でも、好き嫌いと食べ残しには口煩く注意されてきたのだ。完食しなければ片付けることも許してくれなくて、途中でお腹がいっぱいになると、残すことへの罪悪感と注意されることへの恐怖で味がわからなくなる。

これもある意味トラウマなのかな。恐怖症よりはマシだと思うけれど。


「じゃあさ、俺の麻婆丼の最初の一口あげるから、唐揚げ定食頼めば?」

「え? 良いの?」

「俺はOK。俺が口つける前のやつであんたが平気ならだけど。スプーン二本もらってさ、そんで好みだったら次回頼めば良いじゃん?」


ナイスアイディアだけれど、本当に良いのだろうか?
本人が良いと言うのだから遠慮する方が失礼だろうか?

誰かとシェアするなんて提案されるのも初めてで、私とシェアとか気持ち悪くないのかなとか、またしても自虐的な思考が首を持ち上げそうになる。

友達だったら男女関係なく食べ物をシェアするものなのか、どこまで受け入れて良いのかがわからない。確かクラスメートは男女の友達でもお菓子のシェアをしてた気がする。七ツ森くんがその延長線上の感覚でいるのなら、私も嫌だとは思っていないし素直に頷くべきなのだろうか。


(……というか、次回があるのか)


今回だけだと思っていたから、また誘ってくれる気でいるようで驚いた。今日の昼食で私がみんなに悪い印象を与えなければだけれど。お互いに気疲れするようなら誘われる筈もないのだから、今後どうなるかは今日の私次第だ。

とりあえず、今は七ツ森くんの提案に乗っておこう。一番最初の一口だけなら大丈夫だ。たぶん。


「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」

「どーぞどーぞ」

「あ、いたいた! ミーくん、雛田ちゃん!」


遠くから本多くんに呼ばれ、見れば彼の後ろに美奈子ちゃんと風真くんも一緒にいた。四限目が長引いているとかで私たちは先に来ていたのだけれど、私がメニュー選びに時間をかけていたからちょうど良く合流できた。

美奈子ちゃんたちは既に何を食べるか決まっているらしい。私と違って普段からよく学食を食べている彼らは、もう殆んどのメニューを一度は食べているんだとか。

各々が食券を購入しておばちゃんに渡し、その場で盛り付けてもらった食事を持って空いている席を探す。窓際のグループ席が空いていたため、私は美奈子ちゃんの隣に座らせてもらい、正面に風真くん、本多くん、七ツ森くんが座った。

いつもなら隣にいる七ツ森くんが前にいるのは、何だか新鮮だ。恐らく、人見知りの私に配慮してくれたのだろう。何も言わずに気遣いができる彼には、毎日救われてばかりだ。

因みに美奈子ちゃんと風真くんは焼き魚定食で、本多くんはラーメンだった。みんなの大好物メニューなのだと教えてもらった。

全員落ち着いたところで「いただきます」と手を合わせると、七ツ森くんがスプーンを差し出してきた。


「じゃ、一口どうぞ。スプーンはコレ使って」

「ありがとう。代わりに唐揚げ、この一番大きいの取って良いよ」

「ん、サンキュ」


お皿を寄せて大きい唐揚げを一つ取ってもらう。定食でも量はそこそこあって、食べきれるか少し心配だったというのは内緒。バレてそうだけど。

七ツ森くんが寄せてくれた麻婆丼の端っこをひと匙戴く。熱々で湯気の立つそれにふーっと息を吹き掛け、そっと口の中に運んだ。スパイスの効いたピリリとした辛味が舌を刺激し、豆腐とごはんの甘味と一緒に旨味が口いっぱいに広がる。鼻から抜ける香味野菜の香りも良くて、後引く辛さという表現がぴったりだ。やみつきになりそう。夕飯は麻婆豆腐にしようかな。


「ど? いけそ?」

「美味しい。辛さもちょうど良いし、次回はこれにする」

「それは良かった」

「ふふっ。七ツ森くんとゆずちゃん、すっごく仲良いんだね」

「え?」

「は?」


自分の唐揚げ定食に手をつけようとお箸に持ち変えたところで、隣から微笑む声が聞こえた。美奈子ちゃんと本多くんはニコニコしていて、風真くんは呆れたような目を七ツ森くんに向けている。なんでそんな顔をしているのかわからなくて、私は美奈子ちゃんたちと七ツ森くんを交互に見やった。


「うんうん! ここまで仲良しになってるとは思ってなかったよ!」

(ここまでって、どこまで?)


どう解釈すべきなのか困惑し、本多くんの言葉を噛み砕くようにパチパチと瞬きを繰り返す。

ご飯のシェアは普通ではないということだろうか?
お菓子とは違うの?
微笑まれてしまうほど?

みんなと私の感覚が違うのだろうか。嫌いな人じゃなければ、間接キスとかしないなら大丈夫だと思っていたのだが……。提案してくれたのは七ツ森くんだし。
“仲良し”と言われる意味がよくわからない。


「ダーホン。ど直球にそういうこと言わないで。雛田が混乱してんでしょ」

「なんで? 本当のことでしょ? ミーくんと仲良しだよねー、雛田ちゃん?」

「え、えと……、うん……?」

「雛田も首傾げないで良いの。あんたがそう思ってるならハッキリ頷いて大丈夫だから」

「ぁ、う、うん。仲良し。七ツ森くんと私は仲良し……仲良し……」

「刷り込みみたいになってんぞ七ツ森」

「カザマまで弄るのヤメテ」


ニヤニヤする風真くんに、七ツ森くんは苦虫を噛み潰したような顔をして誤魔化すように麻婆丼を頬張った。反応悪くてごめんなさい。

目の前で男子がわちゃわちゃやってるのを見て、美奈子ちゃんは始終クスクスと楽しそうに笑っている。


(……みんなが楽しいならいっか)


間近で行われている友人同士の戯れ。和気藹々とした様子を見ていると、私もなんだか落ち着いてくる。
やっと口に入れた唐揚げは、よく染み込んだ下味の香りとカリカリの衣が絶妙でとても好みの味だった。



* * *



食事を終えて、残りの時間は飲み物で落ち着きながら本多くんの話に耳を傾ける。

一年生の頃から思っていたけれど、どこにその大量の知識が収まっているのだろう。ほぼ雑学のような話だけれど、みんなは頷いたりツッコミを入れたりと反応は様々で、情報に溢れる言葉を決して蔑ろにはしていない。良いグループだなぁと、客観的な感想を抱いた。

じゃあそろそろ教室に戻ろうかと立ち上がり、食器を下膳棚に置いて食堂を出る。


「ゆずちゃん、初めての学食どうだった?」

「思ってた以上に美味しかった。たまには学食でも良いかも」

「良かった! いつもはお弁当?」

「うん。残り物のおかずばっかりだけど」

「え? もしかして手作り?」

「手作りというほど凄いものじゃないよ。一応、一人暮らしだから節約を……」

「「「「えっ!?」」」」


美奈子ちゃんのみならず、後ろを歩いていた男子三人からも驚きの声が上がってビクッと肩が跳ねた。振り向くと、みんなして丸くした目を私に向けている。そんなに驚くようなことを言っただろうか?


「な、なに?」

「雛田、一人暮らししてんの?」

「そうだけど……」

「いつから?」

「はば学に入る少し前? 中学卒業した後くらいから」


ごく普通のアパートだけれど、防犯カメラも設置されていてセキュリティー面もそこそこ良い物件を親と選んだ。名義は当然親だし、世間一般的にも一人暮らしOKの年齢だ。もう暮らし初めて一年と二ヶ月は経過していて、現状快適に過ごせている。


「女の子の一人暮らしじゃ危険だろ? まだ学生なんだし」


一番渋い顔をしたのは風真くんだった。彼の意見は尤もで、親にこの話を切り出した時にも同じような顔で反対されそうになったのを思い出す。


「もちろんそういうことも考えたよ。だけど……」

「あ、マリィだ!」

「こんにちは、マリィ」


理由を述べる前に、可愛らしい高い声に遮られた。話しづらい内容だっただけにちょっぴり有難い。

廊下の先から金髪の子とピンク髪の子が歩いてきて、二人は美奈子ちゃんに手を振っている。見た目の雰囲気は違うけれど、同じ顔だからきっと双子なのだろう。“マリィ”とは美奈子ちゃんのことらしい。なるほど、ぴったりなアダ名だ。

女の子が三人並ぶとキラキラしたオーラが発生しているように見えて、眩しくて自然と足が数歩後退りする。私みたいな地味なのが、可愛くて綺麗な女の子の輪にいてはいけない。
お邪魔にならないように、然り気無く七ツ森くんの影に隠れるように移動した。壁にしてごめんなさい。


「みちるちゃん、ひかるちゃん。こんにちは」

「学食帰り? 今日はこのメンバーかぁ。相変わらず風真くんが一緒なんだねぇ」

「なんだよ? 何か文句でも?」

「いえいえ滅相もない。て、あれ? 貴女は……」

「ぁ……、え、と……」


なぜバレた。そのまま女子三人プラス男子三人でお話ししてて良かったのに。目敏くも見つかってしまい、しどろもどろに視線がさ迷う。

でも、このまま黙っていてはみんなにも迷惑だ。自己紹介くらい自分でしなきゃと考え直し、一歩前に出て少し顔を上げた。


「……は、初めまして。雛田ゆずです」

「…………」

「ヒカル?」

「どしたの? ピカちゃん?」

「……? あの……?」


ひかるさんと呼ばれたピンクのツインテールの子が、私をじっと見たまま固まっている。もう一人の金髪の子も、美奈子ちゃんや七ツ森くんたちも、私とひかるさんを交互に見て不思議そうな顔をする。

どうしたら良いのかわからない。
何か話すべきだろうか?

「よろしく」と言い合うだけだと思っていただけに、この数秒が凄く長く感じた。美奈子ちゃんたちに視線を向けても首を傾げられるだけで、この状況の解決方法が見つからない。

再びひかるさんを見ると、次第に大きくてクリッとした瞳が潤んでいき、大粒の雫がポタッと零れ落ちた。


「え……?」


涙だと理解した時には、彼女の両目からボロボロと洪水のように涙が溢れてきて、廊下にポタポタと落ちていく。
さすがに動揺が隠せなかった。


「えっ? な、なん……っ、どうしたの? 私、何かしちゃいました……?」

「ひかるちゃん?」

「あ、あれ……っ、おかしいな? なんで泣いてんだろ? ごめんね?」


彼女が慌ててグシグシと手の甲で拭うも、次から次へと溢れる涙。

女の子を泣かせた。美奈子ちゃんと話していた時は笑顔だったのに。
理由はわからないけれど、私が原因であることは間違いない。ドッドッと嫌なくらいに心臓が脈打って、冷や汗が額に滲む。

泣き止ませる方法は知らないが、このまま放っておいて良いわけもない。考えるよりも先にブレザーのポケットからハンカチを取り出して、彼女の前に差し出した。


「えっと……このハンカチ、まだ使ってないから。良かったら使ってください」

「うぅ〜……、ごめんね。ありがとう。ちゃんと返すから」

「ごめんなさいね。もう時間も無いし、また今度改めてお話ししましょ?」

「あ、はい……」


予鈴が鳴ってしまい、挨拶もそこそこにみんな自分の教室へと戻っていく。私も七ツ森くんに促されて教室まで力なく歩いた。

ハンカチはあの子に受け取ってもらえて、自分で涙を拭っていたけれど、あの状態で教室に入って大丈夫だろうか?


(泣かされたとか噂になったらどうしよう?)


フラフラと自分の席に座って悶々と考える。習慣とは恐ろしいもので、気づけば机に教科書とノートを開いていた。授業が始まっても、頭の中は授業内容よりも先程の涙のことばかりがぐるぐるして、いつの間にか全ての授業が終了していた。

考えても考えても見つからない答えと鳴り止まない心臓。目の前が暗くなる感覚がして、放課後になった今では考えすぎて頭が痛い。


(……今日は早く帰ろう)


本当はスーパーで麻婆豆腐の素でも買って帰ろうかと思っていたけれど、寄り道するような元気は無い。常備していた頭痛薬を一回分飲んで、下校の準備を始めた。


「雛田。さっきのことは大丈夫だから、あんま気にすんな」


隣から七ツ森くんの声が掛かって顔を向けると、彼は既に荷物を整えて心配そうに私を見ていた。

“大丈夫”と断言してくれる言葉が、ほんの少しだけ心臓のバクバクを抑えてくれる。でも、完全に気にしないようにするのは難しかった。


「……どうしよう、七ツ森くん。明日またちゃんと謝った方が良いよね? 帰りに菓子折り買っておくべきかな? どうしよう?」


自然に口から弱気な言葉がツラツラと出ていく。なんで普段はどもるのに、こういう言葉はすんなり出ていくのだろう?
こんなにネチネチと言ったところで、七ツ森くんに面倒臭がられるだけなのに。それでも、一度出た弱気な本音は止まってはくれなかった。


「菓子折りって……。あんた、予想以上に混乱してんね」

「だって、あんな可愛い子泣かせちゃったし……。でも泣いちゃった理由がわからないから謝れない。私そんなに怖い顔してたのかな? 挨拶ヘンだった?」

「いや。挨拶は普通だったし、怖くて泣いてたわけじゃないと思う」

「じゃあ……」

「もうそれ以上考えなくていーよ。雛田は何も悪いことしてない。俺がその証人。ほら、甘い物でも食べて元気出して」


机に個包装の飴が置かれる。ピンクと赤紫の縞模様のそれは、なんとなく七ツ森くんを思わせる色だ。


「また会った時にはさ、向こうから絡んできてくれるだろうから。それこそ、あんたが引いちゃうくらい元気いっぱいで。だからあんたは待ってるだけでOK」

「……ほんとに?」

「ほんと。信じて?」


飴から七ツ森くんの顔へと視線を上げる。ペリドットの垂れ目と目が合うと、一度ドキリと心臓が跳ねて、トクトクと先程までとは違う鼓動に切り替わった感じがした。

信じる。
信じて大丈夫?
本当に?

疑り癖が未だに治らなくてすぐに疑ってしまう。これだから人付き合いが上手くできないんだろうなと、また自虐的に考えそうになったのをなんとか飲み込んだ。


(大丈夫。七ツ森くんなら大丈夫……)


自分に暗示をかけるように胸の中で繰り返す。


「……わかった。七ツ森くんのこと信じる」

「ん。信じてくれて嬉しい」

「……ありがとう」

「どーいたしまして。じゃ、帰ろ」

「うん」


鞄を持って立ち上がり、今日もまた七ツ森くんと一緒に校門まで下校する。


(次にあの子たちに会ったら、今度こそしっかり名乗って「よろしく」と言おう)


帰り道で口に含んだ飴は、ほんのりと優しいイチゴの味がした。










* * *


「あ! 雛田ちゃんに質問するの忘れてた!!」

「はいはい、また今度な」

「ふふっ」


余談だが、その後学食の度に開口一番で本多くんからの一問一答コーナーが開かれることになるのだった。