七月。
街は七夕飾りで彩られ、笹には短冊等の折り紙が吊るされている。デパートの七夕スペースでは、親子が「お願い事何にする?」なんて話していて、夜の天の川を楽しみに待っていた。


「良いよな、子供は七夕で盛り上がれて」

「ふふっ。わたしたちはテスト期間真っ只中だもんね」


デパートの一角にあるファミレスで、風真くんが窓の外を眺めながら羨ましそうに呟くと、その隣で美奈子ちゃんが苦笑する。二人の正面では本多くんがドリンクバー飲み比べをしていて、隣の二人席では私と七ツ森くんが勉強道具を広げていた。

端から見れば勉強熱心な優等生。だが、私と七ツ森くんと美奈子ちゃんの前には期間限定の七夕パフェがあって、勉強してるのかそうじゃないのかは微妙なところだ。

テスト期間中は、午前中で下校できる。本当は今日も教室でテスト勉強をする予定だったのだが、期間限定のこの七夕パフェが明日までなのだと七ツ森くんが言っていた。テスト勉強に付き合っていた私へのお礼にと七ツ森くんに誘われ、昼食も兼ねて奢ってくれたのだ。


(律儀な人だな……)


ノートを見せていたくらいで、私は大して教えていない。断ろうとしたのだが、いつの間にか本多くんが話に混ざっていて、通りすがりの風真くんと美奈子ちゃんも一緒になり、あれよあれよという間にファミレスに来ていた。
七ツ森くんはこんな大人数で来るつもりは無かったのだろう。彼の複雑そうな渋い顔にはちょっと笑った。


「このパフェ可愛いね」

「うん。食べるの勿体無い」


七夕パフェは、抹茶メインの和風スイーツだった。

天の川を模した抹茶ホイップにパチパチキャンディーが振り掛けられていて、織姫と彦星をイメージした星形のアイシングクッキーが抹茶アイスの天辺に寄り添うように乗せられている。抹茶わらび餅とお団子が縁に飾られ、プレーンフレーク、バニラアイス、抹茶プリン、抹茶ソースが層になっていて見た目も良い。抹茶パウダーの苦味とクリームの甘味も口の中で喧嘩しないし、もちもちとザクザクで食感も楽しい。最後まで飽きずに食べられて、これが七夕限定だと思うと勿体無いなというのが私の感想だ。


「はぁ、めちゃ美味い。あんたはお口に合った?」

「うん、とても。チーズ入ってないところが良いね」

「ははっ、気にしてると思った」


最近のパフェは、必ずと言って良いほどクリームに紛れてマスカルポーネチーズが入っている。メニューに記載されていれば避けることもチーズだけを抜いてもらうこともできるのだが、当たり前のように鎮座されていると途端に食べる気が失せる。

今回のはちゃんとメニューに何が入っているのか書いてあって、チーズが無いことも七ツ森くんが確認済みだった。前に一度話しただけなのに、覚えていてくれたことが嬉しい。


「本当に奢ってもらっちゃって良いの?」

「良いに決まってんでしょ。あんたのお陰で、今回のテストはちょっと自信あるし。これくらい奢らせて?」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。ご馳走さまです」

「ご馳走さまでーす」

「ミーくんご馳走さまでーす!」

「なんでそっちまで奢る話になってんの? ドリンクバーだけな」

「ふふっ」

(渋い顔してたのは便乗されるからだったのね……)


ドリンクバーだけでも奢ってあげるのは七ツ森くんの優しさなのだろう。残りのパフェを食べながら美奈子ちゃんと目が合って一緒に笑った。


「七夕といえば、織姫様と彦星様の再会の日なのに、どうしてお願い事をするのかな?」

「美奈子、その問いは……」

「うんうん、疑問だよね! それはね!」

「始まった。ダーホンの雑学トーク」

「あはは……」


誰かが疑問形を口に出すと、すかさず本多くんの知識が飛び出してくる。七ツ森くんが今回本多くんから教わろうとしなかった理由がよくわかった。

本多くんには悪いが、テスト範囲とは関係ないから今必要な知識ではないのだ。面白いけどね。


「七夕で願い事をする風習は、元は中国の乞巧奠が関係してるんだ」

「きっこうでん?」

「乞巧っていうのは、簡単に言えば“何かの上達を願う”って意味。七夕で願い事をする相手は織姫だから、最初は機織りとかお裁縫が上手くなるように願う儀式だったんだって」

「へぇ。それは初耳」

「でもね、織姫に願うとしても、それを叶えるのは自分自身なんだよ」

「え? そうなの?」

「自分で努力しなきゃ実現はしない。織姫への願い事は、そうなりたい自分への決意表明みたいなものなのかもしれないね」


そうだったのか。

相変わらず本多くんの脳内には、私たちの知らない知識がたくさん詰まっていて凄い。童話や神話から読み解かれる教えまで理解している上に、こうして私たちに説明までできるのだから、ぶっちゃけ先生より尊敬する。たまにマニアック過ぎるところが玉に瑕だけれど。


(今日の本多くんのお話は為になったかも)


誰かに頼って甘えても、結局は自分が努力して動かないことには良い結果に結び付かない。それは私の恐怖症にも言えることで、こんな人生を歩んできてしまった以上、私は人一倍頑張って自分からコミュニケーションをとっていかなければ、克服なんて夢のまた夢というものだ。周りの人に助けてもらおうなんて烏滸がましいことは考えずに、まずは自分でなんとかしないと、誰の目にも留まらない。


(それに、絵画コンテストのことも……)


誘ってくれているのは先生だけれど、結局は私自身の意思で出品するかを決めて、自分で描き上げなければならない。他の誰かではなく、“私の絵”として、私が頑張るべきことだ。そこに“先生が”とか“美術部が”とか、周囲の目は関係ない。

そう考えると、今までずっと不透明だった胸の靄がだんだんと晴れてくるような気がした。


(……コンテスト、やっぱり出してみようかな)


描いてみたい。出品してみたい。
過去に受けた恐怖もまだ残っているけれど、それでも私は今度こそ自分の力を試したい。

“努力は必ず報われる”

目の前でテスト勉強している七ツ森くんを見ていると、その言葉が頭に浮かんできた。


(七ツ森くんもこんなに頑張ってるんだもん。きっと今回の成績は上がる。私だって……)

「なに? 俺のこと見て」

「なんか七ツ森くん見てて私も頑張ろうって思った」

「ははっ、何それ。雛田の方が毎日頑張ってんでしょ」

「うんうん! 雛田ちゃんはいつも頑張ってるよ! ミーくんも頑張れ!」

「……ダーホンには言われたくない」

「えっ!? なんで!?」

(本多くんは好奇心だけで無意識に勉強してるからな……)


テストのために勉強する人からすれば、本多くんからの応援は不快までいかずとも受け取りづらいものだ。彼はテスト勉強なんてしないのに、毎回成績トップだから。

でも、本多くんは自分の頭の良さを自慢することもしなければ、誰かを下に見ることもしない。そんな本多くんだからみんなも受け入れているし、このグループの中でも調和がとれているのだろうと思う。
私はたまにお誘いしてもらうだけで短い時間しか一緒にいないけれど、全く違うタイプが集まったこのグループはとても居心地よく感じた。


「……あ。雛田、悪い。ここって何だっけ?」

「ん? ……ああ、えっとね」

「どれどれ?」

「本多はそっちに首突っ込むな。美奈子、ドリンクバー行くぞ」

「うん!」

「あっ、待ってよリョウくん!」


風真くんと一緒に、美奈子ちゃんと本多くんも席を立つ。荷物番をする代わりに飲み物を持ってきてくれると言うので、私はアイスティーをお願いした。

三人がいなくなると、途端に店内BGMが耳に届いてくる。それくらい賑やかだったんだなぁと渋々実感した。


「……はぁ。ごめんな。煩かったろ?」

「んーん。学食の時みたいで楽しいよ」

「そ? なら良いんだけど。あと二日もテストあるし、俺に付き合っててあんたは大丈夫? 付き合わせてる俺が言うなって話だけど」

「大丈夫だよ。私も家で復習してるし、七ツ森くんに教えるのも勉強になって覚えられるから」

「はは、そう言ってくれんなら有り難いわ」


ペンを置いて一息吐く彼に倣い、私もお冷やを口に含む。パフェの甘さが残る口内が少しだけサッパリした。


「明日のテストも大丈夫そう?」

「なんとかな。まぁあんたらには敵わないけど」

「そんなことないよ。私だって最初は中の下だったんだから」

「ほんとそれが驚き。でもあんたの努力の結晶見たからすげぇ納得」

「へへ、ありがとう」


努力の結晶だなんて恐れ多い。なんでも楽しい物に変換してきたから覚えられただけだ。
先生には悪いが、つまらないものを覚えろだなんて苦行じゃないか。と、口に出したら変な子呼ばわりされるだろうから言わないでおく。


「見て見て雛田ちゃん! オレのスペシャルブレンド!」

「本多、ヤバい方を雛田に勧めるな」


戻ってきた本多くんが、グラスの片方を私の前に置いてくれた。見た目は少しミルクを混ぜたコーヒーっぽいけれど、グラスをなぞるように上っていく小さな泡は、どこから見ても炭酸だ。
私のアイスティーは?


「本多くん、何混ぜたの?」

「それは飲んでからのお楽しみ!」

「飲まなくて良いぞ雛田。不味いのは確定してるから」

「不味くないよ! 安心して? さっきオレも飲んだから実証済み!」


確かにさっきまで色んなものを混ぜて実験していたけれど、見た目はあまり美味しそうには見えない。

でも、本多くんが美味しいと言うのであれば大丈夫なのでは?
舌バカじゃなければだけど。


「……ちょっと、飲んでみたい気もする」

「は!?」

「ゆずちゃん飲むの!?」

「マジで?」

「うん。試してみたい」

「……そういやあんたって思ったことを試す人なんだった」

「そうなの!?」


そうだけど。よく覚えてたね、七ツ森くん。

せっかく持ってきてくれたのだから、飲まないのは勿体無い。出されたものは完食したい。ちょっと意地な部分もあるけれど、どれくらい美味しいのか不味いのか知りたいのは本当だ。


「いただきます」


本多くんがキラキラとした目をして、三人がゴクリと生唾を飲み込む中、私はそのグラスにストローを挿す。

匂いは予想していた通りコーラだった。あの炭酸の泡はコーラのものだろう。じゃあもう一つ混ざっているものは何だろう?

一気に飲むのは怖いから、ストローに口をつけて少しだけ吸い、舌の上で味わってみる。


「んー……」

「どう? 雛田ちゃん、わかった?」

「……コーラと、カルピス?」

「ピポピポーン! 大正解!」

「意外といける」

「ええ!?」

「ウソ? マジで?」


不味くはない。少し濃厚になったコーラというか、不思議な味ではあるものの飲めないほどではなかった。


(炭酸、そこまで好きじゃないけど)


なんて言ったら本多くんが責められそうだからやめておいた。飲めなくはないから良いだろう。


「……本多の好奇心はそのままに、無口で大人しくなったらこんな感じなのかもな」

「思った。性転換して好奇心だけちょっぴり引き継いでる感じ」

「え? 何の話?」


再びコクコクと飲んでいると、七ツ森くんと風真くんもその味が気になったらしい。でも、飲みきれなかったことを考えると手は出せないようで、私が飲む様子をジッと観察していた。


(飲みにくい……)

「あ、雛田ちゃんおかわりいる?」

「いらないですお腹いっぱいです」



* * *



お腹も膨れたことだし、そろそろ帰って勉強しようかとファミレスを出た。


「ご馳走さま」

「いえいえ。こちらこそ、いっぱい勉強させてもらったんで」


七ツ森くんに改めてお礼を言い、本多くん、美奈子ちゃん、風真くんの後ろを二人並んで歩く。まだ少し離れてくれているけれど、初めて廊下を並んで歩いた時よりもやや近づいている気がした。胸のドキドキは相変わらず。でも日に日に恐怖は薄れてきていると思う。

毎日のように話す、唯一の相手。そんな友達ができたことも嬉しいし、七ツ森くんの気遣いや優しさがどんどん心に染みてきて、これは完璧に絆されてしまったかもしれない。もしも席替えなんかで離れてしまった時に寂しくなりそうだから、それ以上は考えないようにするけれど。


「あっ!」


帰り際、デパートのエントランスにあったフリーコーナーにたくさんの短冊があって、“ご自由にどうぞ”と置いてあった折り紙に本多くんが駆け寄っていった。


「ねね! みんなも短冊書こうよ!」

「いやソレ子供用だろ?」

「え? そんなことどこにも書いてないよ? ほら、コレとか大人が書いてる!」

「普通に考えて親御さんでしょ」

「ふふっ、でも面白そうだし書こうかな」

「よし、書こう」

「カザマ反応はや」


美奈子ちゃんが書くと知ると、カザマくんも書く気になったらしい。全員に短冊を配っていく本多くんに、七ツ森くんも仕方ないと肩を竦めてペンを取り出した。

美奈子ちゃんはオレンジ。風真くんは青。七ツ森くんはピンクで、本多くんは黄色。


「はい、雛田ちゃんの!」

「ありがとう」


私のは、シワも寄ってない真っ白な折り紙だった。若干ザラついている方が裏だと信じて私もペンを持つ。

本多くんの話では、織姫様には“上達したいこと”を願えば良いらしい。


(私は……)


“絵が上手くなりますように”

一番に浮かんだ願いはそれだった。織姫様に願って、自分で叶えたいこと。


(自分で自信を持てるくらい……もっと……。そうしたらもう、あんなことされないかな?)



──雛田さんの絵、やっぱり出さなきゃ勿体無いと思ってね。お父さんとお母さんにも説明してお許しはもらってあるわ。来月には一次審査の結果が届くからね!

──ほら、ちゃんと“佳作”とれたでしょう? 雛田さんの絵は本当に素晴らしいわ! だからね、貴女はもっともっと自信持って良いのよ!

──先生に手伝ってもらったくせにアイツが賞状もらってんの?

──ゆずちゃんばっかり贔屓されて、ほんとズルイよね。



(あんなの……、“私の絵”じゃないもん)

「雛田? どした?」

「……ん。なんでもない」


顔に出てしまっただろうか。隣で書いていた七ツ森くんに声を掛けられて顔を上げる。


(思い出すな。忘れろ)


過去のことは恨んだって仕方ないだろう。あの頃と今では状況が違うのだから、繰り返さなければそれで良い。

喉の奥がヒリヒリしてきて、胸の奥からドロリと溢れそうになったそれを飲み込む。


(大丈夫。大丈夫。今度はちゃんと、自分でやるから……)


書き終わった短冊を手に、大きな笹の下に行く。大きいデパートなだけあって、笹は数本倒れないように固定されていた。

美奈子ちゃんと風真くんもどこに飾ろうかと吟味していて、本多くんは一番奥で背伸びをしながら括っている。私や美奈子ちゃんからすると本多くんだって身長高い筈なのに、風真くんと七ツ森くんと並ぶと低く感じるから不思議だ。

私はあまり目立たない場所に飾ろうと裏側に回った。


「俺と考えること一緒。そこに飾んの?」


七ツ森くんも裏側にしたかったらしい。他の笹も裏側はそんなに飾られてなくて、ちょっと寂しい感じがした。


「知り合いに見られたら恥ずかしいから」

「それは同感」

「七ツ森くんはどこ飾るの?」

「裏側かつ上の方かな」

「さすが巨◯兵さん」

「ははっ、身長だけはあるもんで。あんたのも上に飾る?」


腕を伸ばして2メートル以上の高い枝に括りつけているのを見上げ、自分が括ろうと思っていた枝へと視線を下ろす。
私も高い位置に括ろうと腕を伸ばしても、彼とはこんなにも差がある。羨ましい。


「お願いしようかな」

「リョーカイ。でも提案しといてなんだけど、あんたの願い事、俺には見えちゃうかもよ?」

「良いよ」

「えっ? 良いの?」

「見られて嫌なことは書いてない」


あくまで“願い事をしている私”を他の人に知られたくないだけ。ここにいるメンバーなら大丈夫だ。

お願いしますと彼に差し出すと、七ツ森くんは自分から言い出したくせに物怖じしながら受け取った。律儀にも見ないようにしているのか顔は少し下に向けていて、上の方で手探りで括ろうとする。
カサカサと笹の擦れる音はするものの全く結べてない彼がおかしくて、だんだん笑えてきた。


「ふふっ、そんなに見ないように意識しなくても良いのに」

「いや、だってさ……」

「“絵が上手くなりますように”、だよ」

「ちょっ、自分から言う?」

「だって七ツ森くんの腕ぷるぷるしてて……、ははっ、ダメだ笑っちゃう」


顔を背けるともう抑えられなかった。腹筋がピクピクして、どうしても口角が上がってしまう。しかも、視線の先に見えた七ツ森くんの足は爪先立ちをしているのだ。


(180cm越えの七ツ森くんが背伸びする必要ある?)


それだけ高い場所に飾ろうとする彼に、ちょっとこそばゆい気持ちになる。
周りから見えない位置に吊るすためでもあるだろう。だが、括ってくれる横顔がとても真剣だから、もしかすると私の願いが叶うようにより高く吊るしてくれてるのかな? なんて、自惚れたことを考えてしまい、緩む頬を隠すので精一杯だった。


「ありがとう、七ツ森くん。頑張って絵描くね」

「どーいたしまして。ていうか、あんたもう絵上手いじゃん。願うほどじゃなくない?」

「んーん。まだまだだよ」


七ツ森くんの言葉は嬉しいけれど、本当に“まだまだ”なのだ、私は。



──照樹くんに比べたら、ゆずなんてまだまだよ。

──杏子ちゃんはお姉ちゃんみたいに引き籠ってちゃダメよ?



(何もかも、“まだまだ”)


何度もそう言われて育ったからわかっている。私は出来損ないで、きょうだいの反面教師。母さんの失敗作。父さんはどう思っているのか知らないけれど、一人暮らしを始めてから連絡が無いからあまり良くは思ってなさそうだ。
地元では家でも学校でも地に足がついている感覚が無くて、私の居場所が無い感じがした。

でも、今は家にいた時とは違う。ここは地元から離れているし、昔の私を知っている人は極僅か。それもクラスだって違うのだから、何も恐れる必要は無い。


「私も頑張りたいって思ったから、もっと上手くなりたいの」

「……そっか。なら、俺はあんたのこと応援する」

「ふふ、ありがとう」

「でも、ちゃんと休憩も入れること。あんた絶対熱中するタイプだろ?」

「なんでわかるの?」

「もう三ヶ月間あんたの隣にいるもんで。たまにノート書いてて休み時間突入してんじゃん」

「さすが私の隣人。よくご存知で」

「おーい、二人とも! 帰るよー!」

「声でか」

「はーい」


大声で呼ぶ本多くんに応えて、七ツ森くんと一緒に歩いていく。

三人も良い場所に飾れたらしい。美奈子ちゃんは手を合わせて拝んでいるし、そんな彼女を見下ろす風真くんは、呆れつつも微笑ましそうな目をしていた。


「雛田の願い事、叶うと良いな」

「うん。頑張って叶えるよ。七ツ森くんも叶うと良いね」

「はは、俺も頑張るわ」


七ツ森くんが何を願ったのかは聞かないけれど、テストにも真面目に向き合っている彼のことだから、きっと叶うだろう。

願い事を叶えるのは自分自身。やると決めたからには私も成し遂げたい。
でもまずは明日のテストだ。

笹のサラサラという葉音と、七夕のBGMを聞きながらデパートを出る。まだ日は高いから、帰ってからもテスト勉強は充分にできるだろう。

帰り道が違うみんなと別れて一人で歩きながら、テストのことも頭に置きつつ、私は美術の先生に私の決意をどう伝えようかと考えていた。



* * *



その夜。
テスト勉強をしているとスマホに着信が入った。内職させてもらっているお店の店長だ。こんな時間に連絡が来るなんて珍しい。


「はい、雛田です」

「こんばんは。遅くにごめんね?」

「こんばんは。大丈夫ですよ。お仕事ですか?」

「うん、そうなんだけど。ゆずちゃんに折り入ってお願いがあってね。うちのお店、八月末のフリーマーケットに出品するんだけど、お手伝いしてくれないかな?」

「えっ?」


完全に予想外のお願いだった。てっきり次の材料を送ったとかのご連絡だとばかり思っていたのだ。

店長が言うには、商品の受け渡しは店長が行うから、在庫の管理と品出しをしてほしいらしい。アクセサリーだから同じ商品がたくさんある。なので、見本を一つずつ並べておいて、購入されるとわかったら在庫から出すのだそうだ。

それくらいの簡単なお手伝いであれば、問題なくこなせるだろう。


「夏休みだし、もし他に用事あったら断ってくれて良いんだけど……」

「……いえ。せっかくのお誘いですし、やってみたいです」

「本当? 良かった! じゃあ詳しい打ち合わせはまた後日しましょう。それじゃ、またね」

「はい、おやすみなさい」


通話を切ってふぅっと息を吐く。私が出店するわけではないけれど、人前でお手伝いするのは緊張する。
だけど、今の私にとっては良い経験になるだろう。

しかし、ここではたと気づく。


(……!! どうしよう、服が無い……)


致命的な事実に、ぶわっと嫌な汗が出てくる。

慌ててタンスをひっくり返すが、綺麗な服なんて一つも無い。部屋着と普段着のどれもが着古して色褪せ気味で、こんなものを着て店長の横に立てるわけが無い。人前に立つなんてもっての他だ。


(……テスト終わったら美奈子ちゃんに相談してみよう)


前に悩んでいたこととは違うけれど、きっと彼女なら良いアドバイスをくれるはず。

今日のところはフリマの件は頭の片隅に追いやり、テスト勉強に集中することにした。