四月末からGWに入って、私は内職に励む日々を送っていた。

内職を始めた当初はビーズやストーンのブレスレットから始まり、一ヶ月くらいは完成の度にお店まで持っていって、店長に教わりながら修正してもらっていた。手先は器用な方だったからすぐに工具の使い方も慣れ、今では自宅とお店で郵送でやりとりしている。持ち運んで納品する手間が省けたし、その分作成時間にあてられるからとても良い。

アクセを作っては納品し、また新しい素材を送ってもらう。買いたい物があるわけではないけれど、休日は稼ぎ時だ。今の内に貯金しておいて損は無いハズ。


「んん〜……っ、疲れた」


一日中ずっとこの作業をしていると、時間の感覚が無くなってくる。凝り固まった身体を伸ばして時計を見れば午後二時を示している。とっくにお昼を過ぎていた。
自覚したらお腹が鳴った。食欲には勝てない。

汚さないように道具を片付けて、何か作ろうと冷蔵庫を開ける。しかし、ここ数日買い出しもせずに引きこもっていたせいで、食料が殆んど無い。辛うじて残っているのが卵一個と食パンとウインナー。あと調味料。


(ウインナー付けてちょっぴり豪華な目玉焼きトースト。うーん……)


さすがに私のお腹が満たされるものは作れそうにない。おかずの作り置きも朝ご飯で食べ尽くしたのをすっかり忘れていた。

買い物に行くかと渋々肩掛けバッグに財布とエコバッグを入れ、小綺麗な服に着替える。ついでに先月アクセを納品した時に貰った試作品のブレスレットを身に着ける。こういう時じゃないとアクセサリーも着けないから忘れずに。ただのお買い物だけど、今日はそんな気分だった。


* * *


商店街まで出ると、スーパーに寄る前にお腹を満たしたくなってしまった。誘惑の匂いが多いから困る。あっちはカレー、こっちはハンバーガー。ランチ限定メニューもあって目移りしてしまう。くぅ、とまたお腹が鳴った。


(……たまには外食でも良いか)


時間的にも昼食兼おやつで良い。人混みは苦手だけれど、喫茶店にでも入って一人席に着いてしまえばなんとかなるだろう。予備の頭痛薬はバッグに常備しているから抜かりはない。こういうのも慣れないとと思いながら、いざ喫茶店の扉を開けた。


「ありがとうございましたー! あ、いらっしゃいませ!」


ちょうど出てきたお客さんと擦れ違い、そのまま女性店員さんに一人であることを告げる。
奥から二番目の席に案内され、テーブルにメニューを広げてくれた。


「本日のオススメは、こちらの“ベリーベリーパンケーキ”となっております」


通常メニューの冊子とは別にラミネートされたそれは、数種類のベリーがたくさん乗ったパンケーキだった。ストロベリーにブルーベリー、ラズベリー、クランベリー。真ん中にホイップクリームの山とチョコレートソース。天辺には飾り切りされたイチゴとミント。パンケーキは二枚重なっている。

写真を見ただけで美味しいんだろうなとわかる。空きっ腹への刺激が半端ない。昼食にしてはだいぶデザート寄りだけれど、オススメだと言うならこれにしよう。


「じゃあ、このパンケーキと……コーヒーで」

「コーヒーはホットとアイスどちらになさいますか?」

「ホットでお願いします。あ、あと氷無しでお水ください」

「畏まりました! メニューお下げしますね。失礼します!」

(おお……、笑顔が眩しい店員さんだこと)


同い年くらいだろうか。もう少し上かな?
こういうお洒落なカフェで働く人は年齢不詳で、みんな歳上に見えてくる。ネイビーの制服に真っ白なエプロンが大人っぽい女性のイメージを引き立てているから尚更だ。

店員さんはカウンターの向こうにいる店長さんらしき人に私のオーダーを伝え、また次のお客さんの元に行く。返事もハキハキしていて元気いっぱいだ。笑顔も可愛いし、見ていて飽きない人って凄いと思う。微笑ましい。

じっと見すぎるのも良くないかと、スマホのお絵描きアプリを起動する。指で描くのはなかなか難しいが、ちょっとしたスケッチをするにはちょうど良い。今日はあのニッチにあるお花を描こう。花瓶に活けられた花はニッチごとに種類も違い、どの花も美しく咲き誇っていて目移りしてしまう。


(あれは……ユリ?)


白くて大きめなお花。窪みの中でライトアップされていて陰影もわかりやすい。今日はあの花にしよう。

パンケーキとコーヒーが来るまでの間、ひたすらに指を動かしてユリを描く。こういう場所で描く時は、周りの目が気になってあまり集中できない。落書き程度にスケッチしたら家で清書しようと決めた。

カランコロンというドアベルや、レジの音が遠くに聞こえる。


「どーも」

「いらっしゃいませ! 奥のお席、空いてるよ」

「サンキュ。……!?」

「どうかした?」

「……や。なんでもない」


私の横を誰か……男の人が通りすぎていく。顔を上げるのは怖いからお絵描きに没頭するフリで誤魔化した。

その男性はどうやら一番奥の席に座るらしい。つまり私の後ろ。奥の席はパーテーションで区切られていたから顔は見えない。これくらいなら堪えられる。


「お待たせ致しました! ベリーベリーパンケーキとホットコーヒーです。お水はこちらに置きますね」

「ありがとうございます」


ほっとしたところで注文したものが届き、お絵描きアプリを閉じる。コトリと置かれたパンケーキはふっくらと厚みがあり、数種類のベリーも瑞々しい。写真映えしそうだな。撮らないけど。


「ご注文は以上でお揃いですか?」

「はい。いただきます」

「ごゆっくりどうぞ!」


店員さんがいなくなったところで、音楽アプリを起動してイヤホンをつけた。あとは食べ終わるまで自分の世界に入っていよう。


* * *


(まんぷくまんぷく)


甘いものと苦いコーヒーの組み合わせって好き。小さい頃はこの感覚がわからなかったのに、味覚って不思議だ。

あのパンケーキは甘さ控えめで、クリームの甘さも調度よかった。フルーツの甘味と酸味も絶妙なバランスで想像以上に気に入ってしまった。

ちょっと苦しくなったお腹を擦り、少しだけ伸びをする。伸びるとお腹の物が下に降りてく感じがした。胃から腸に向かってく感じというか。別バラとまではいかないけれど、お腹の苦しさが和らいだ気がする。


(……あ、頭痛薬)


代わりに少しだけ頭が気だるさを訴えてきた。お水を貰っておいて正解。音楽を止めてイヤホンを外し、バッグから頭痛薬を取り出す。パキパキと二粒開けて、お水で一気に煽った。
外出しているとたまに起こる偏頭痛。予兆がある時は飲んでおくに限る。前に頭痛薬を忘れた時は酷い目にあったから、それ以来忘れずにバッグに忍ばせているのだ。もちろん用法用量は守って飲んでいる。決して薬中ではない。

さて、それじゃあ本題の買い出しに行くとしよう。
伝票の金額を確認してお金を用意し、レジに向かう。すかさずあの店員さんがレジに立ってくれたから、トレーに伝票とお金を置いた。


「はい、ちょうど頂きます。レシートはご利用ですか?」

「お願いします」

「はい、どうぞ。ありがとうございました!」

「ご馳走さまでした」


ペコッと頭を下げて喫茶店を出る。最後まで明るい店員さんだった。あの笑顔につられて通ってるお客さんとか多いだろうな。自分とは大違いだ。


(……いけない。また暗いこと考えた)


他人と比較する必要はない。私は私なんだから。

自分に言い聞かせて気持ちを切り替えるために深呼吸し、今度こそスーパーへ歩き出した。



* * *



(……ちょっと買いすぎたかも)


エコバッグいっぱいに詰め込んだ食料。カレーでも作ろうかと思い至って、お肉は傷まないようにドライアイスと一緒に袋に入れ、にんじん、ジャガイモ、玉葱とカレー粉。カレーを作るとどうしても量が多くなってしまうけれど、冷凍保存しておけば問題ない。

ついでに豚汁も飲みたいなぁなんて思ったのがいけなかった。お味噌汁なら豆腐とワカメを買うだけで済んだのに。


(長ネギと牛蒡ってバッグに収まらないから嫌だわ……。美味しいけど)


エコバッグから飛び出している長ネギと牛蒡が恨めしい。なんで縦に長く成長するんだこの野菜たちは。でも私としては豚汁にコレらは必須。短く切られたのも売っていたのだが、他のおかずも作り置きすることを考えたら長いものを一本買う方がお得だったのだ。背に腹は変えられない。お金大事。


(……あ、この服)


たまたま通りかかったブティックの前。ショーウィンドウに飾られたマネキンの服に惹かれて立ち止まった。

七分丈のシャツワンピース。Aラインで丈は膝下くらいまで。ウエストのリボンもシンプルに結んであり、色は落ち着いたモスグリーン。全体的に大人っぽい印象だ。


(金額は……15リッチか。買えないほどではないけど……)


自分の姿を見下ろして溜め息を吐く。さすがに買い物袋を片手に入れるようなお店ではない。

今の自分の服装は、Tシャツの上にプルオーバーパーカーを羽織っただけ。下はスキニージーンズとスニーカー。一応外に出ても恥ずかしくない格好は選んだつもりだけれど、世の中の女の子のようなオシャレとは程遠い。

この格好で手に持っているのが、エコバッグと野菜と肉だ。長ネギと牛蒡が、まるでこの人は主婦ですと言わんばかりに主張している。オシャレな女子高生の要素なんて欠片も無い。


(今日は諦めよう。それに……)


──服と中身が釣り合ってないの、わかんないのかな?

──わかってないからアレなんでしょ

──シーッ! 聞こえちゃうよ


(……私が着たって似合わない)


どうせ出掛ける予定もこうしてスーパーに行くくらいしか無いのだから、綺麗な服は勿体ない。もっと美しく着飾れる人に買ってもらうのが服も本望だろう。今日の喫茶店にいた店員さんとか、Aライン凄く似合いそう。

スマホで時間を確認すると、もう17時を回っていた。帰ってカレーを作らなきゃ。

よいしょ、とエコバッグを肩にかけ直し、ショーウィンドウから視線を外して帰路についた。