▼ The far and close distance.

屋上に行ってから、俺はまいかと頻繁に屋上へと行くようになっていた。
前よりは距離も縮まった気がする。
互いに名前を呼び合うようになったくらいには、ではあるが。

ある日流れで交換した連絡先を見ていると、携帯が震えてメッセージが届いた。
メッセージを送ってきたのは、さっきまで俺が連絡先を見ていたまいかで。
まいかはただ一言「屋上に行きたい」と書いてメッセージを送ってきていた。

どうやら、まいかはあの開放的な屋上をお気に召したらしい。
ピッキングなんて普通は出来ないから、屋上に行くときはいつも俺を誘うんだ。
まあ、それが嬉しいということもあってまいかにピッキングを教えないんだが。

そのメッセージに「解った」とだけ返してこの授業が終えるのをひたすら待つ。
同じクラスなのにおかしな話だが、教室内では俺に話し掛けないまいかとの唯一話すことが出来る場所が屋上。
だから楽しみというのもあるしもうすぐ大会がある時期としては良い息抜きだ。



「…やっぱり、屋上は素敵ね。空気も澄んでる。」



授業を終えて屋上に行くと、まいかは両手を広げて息抜きと言わんばかりに背を大きく伸ばしていた。
開放的な気分を味わえる屋上の良さは、やはりと言うべきなのか…まいかも理解していたらしい。

冷たくて硬いコンクリートの上に並んで座って、ふたりともがただただ空の表情を見上げて眺めているだけ。
特に会話がないのはいつものことだし、こうして教室以外の場所で同じ空間を共有していることが嬉しかった。



「そう言えば零くん、そろそろ地区大会なんじゃないの?」

「ああ。まいかもそうだろ?」

「そうね、もうすぐ…。もう少しで、最後の大会よ。」

「最後…?」



最初に沈黙を破ったのはまいかだった。
間近に迫る夏休み直前に開催される大会について訊いてきたので、それを返すとまいかは気になる返事をしてきた。

最後、とはどういうことなのだろうか。
これはあくまでも地区大会なので、勝てば都大会、全国大会と続くはずなのに。
なぜそういう言い方になったのかが、なんとなく引っ掛かる。

まいかの弓道の腕前は、素人の俺から見ても素晴らしいものだった。
前に弓道部の奴が見せてきた動画を観させてもらったのだが、まいかが射る矢はほぼ百発百中。
ど真ん中にほとんどの弓矢が収まるほどの完璧な腕前なのに。
なぜ彼女は、地区大会ですら突破出来ない、とも捉えられるようなニュアンスで言ってきたのだろうか。



「…3年生最後、でしょう?大会の規模よりも高校生活最後の大会。私はそういう意味で言ったのよ。」

「…なるほど。」



…どうやらさっきのは、俺の思い違い…いや、考え過ぎだったらしい。
特に何かの意味があったわけではなさそうなその口振りに、なんとなくではあるがすこし安心する。

間近に迫る大会の話題が終わると、また沈黙がはじまった。
けれど無意識のうちかさっきよりも少し近い距離のせいで、まいかの指先と俺の指先がすこしだけ触れ合う。

近いようで、遠い存在。
それはまるで、空に浮かぶ雲のようだ。

ほんのすこしだけであれば触れ合うことは許されるのに、深く触れ合うことは決して許されない。
それがまるで今の俺とまいかとの距離を表しているようで、なんとなく胸にモヤがかかった気がした。


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