▼ Mutual interest.
「如月さん、ちょっと良い?」
「………はい?」
あの出来事から数日後。
季節は夏間近となっていた。
彼女とは挨拶は出来るようになったものの、結局は挨拶しか出来ないような曖昧な関係のまま。
だから俺は前々から思っていた屋上へと彼女を誘うために、ひとりで静かに本を読んでいる彼女に声を掛けた。
無表情のまま低いトーンで言葉を返されたが、特に気にせずに彼女の手を取って教室から抜け出す。
教室では「え、もしかして降谷くんと如月さんって」とか「でもふたりともお似合いだしなあ…」なんてコソコソと話している女子の声が聞こえてきた。
「ピッキングは立派な犯罪よ。」
「バレなきゃ大丈夫さ。」
ピッキングして開けた、開かずの扉。
屋上に着いて彼女がまず発した言葉は、ピッキングについてのことだった。
人が屋上から落ちないように設置されたフェンスに寄り掛かり、空を見上げる彼女はひどく大人びていて。
やはり、自分の周りで群れている女子生徒たちよりも精神的に大人なんだな、と感じさせられた。
「数学、サボっちゃったじゃない。」
「どうせキミは、特別勉強しなくても大丈夫なんだろう?」
「あら…。バレてたのね。」
優等生らしく「数学、サボっちゃったじゃない」なんて彼女は言うが、前に彼女のノートをチラリと見たときには数字の羅列なんて一切書かれていなくて。
書かれていたのは、おびただしい量の英文ばかりだった。
だからたぶん、彼女は真面目に授業を訊いているようで訊いていないんだろう。
それを彼女本人に言うと、彼女は悪戯が見付かった子どものように肩を窄めた。
「どうして私をここへ?」
「ゆっくり話したかったから。」
「面白いことなんて言えないわよ。」
「構わない。話したいだけだし。」
今ばかりは、空に浮かぶ雲のようにゆっくりと流れていると感じさせてくれる時間が心地よいと思える。
彼女と同じように空を見上げていると、授業開始のチャイムの音が鳴り響いた。
あの会話をしたあと、俺たちの間には長い沈黙が生まれる。
それが特に気まずくなるわけでもなく、いつか気が向いたときに口を開けば良いと思って俺も彼女同様に黙っていた。
おかしな話し、だよな。
俺が「話したいだけだし」と言ったくせに、俺の方から話そうとしないなんて。
きっと、彼女の方から話しをすることなんてないだろうに。
「ねぇ降谷くん。」
「………なに?」
なんて思っていた瞬間、彼女の方から不意に話し掛けてきた。
彼女から話し掛けてくることはない、と思っていたからすこし反応が遅れたが、彼女は特に気にしていないのか俺の方をまっすぐと見つめていた。
「どうして私に関わるの?」
「え?」
「ここまで私に関わるなんてもの好き、降谷くんくらいよ。」
彼女が口にしたのは、なぜ俺が彼女に関わるのかという純粋な疑問だった。
彼女は「ここまで私に関わるなんてもの好き降谷くんくらいよ」なんて言っているが、彼女に関わりたいと思う人間は俺の友人も含めて多く存在している。
俺だけじゃないんだけどな…、と思いつつ、その言葉は決して口にはしない。
どうしてかは解らないが、なんとなく。
キミからキミに関心を寄せていると思われているのは俺だけで良いんだよ、と思ったから…なのだろうか。
「キミに興味があるから、かな。」
「そう…。降谷くんもなのね。」
「俺、も?」
「そうよ。奇遇なことに私も、降谷くんには興味があるの。」
いつものように誤魔化しても良かったのだが、どうも彼女には嘘が通用しなさそうだったし…嘘も吐きたくなかった。
だから素直に「興味があるから」と言えば、彼女にもっと驚く言葉を返される。
てっきり、「俺以外にも彼女のことを知りたいと思う人間が居ることを知っている」という意味だと思ったんだけど。
どうやらそれは、俺の思い違いらしい。
彼女は、俺に興味があると口にした。
「童顔で女の子から人気…。だけどたまに見せる大人のような表情と冷たく、けれどどこか情熱を抱いているようなあなたの目…。すごく興味があるのよ。」
俺が彼女のことをよく見ているように、また、彼女も俺のことをよく見てくれているようだった。
不敵に微笑まれた笑みはぎこちなさなんてなくて、それこそ自然な笑みで。
彼女について知りたい、と思う興味の心が、もっと強くなったような気がする。
少なくとも、もし彼女が誰かに心を開くとしたら…その相手が俺なら良いのに、と思ってしまうくらいには。
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