▼ Her pride and passion.

夏の大会が終わった。
地区大会ではあるから当たり前に勝つことが出来たし、これが当たり前だと思うからこそ周りの奴らのように喜べない。

そこでふと、今日同じ日に開催されているまいかの大会の結果が気になった。
まいかのことだ、恐らくは余裕で突破してしまっているんだろう。

メッセージで「大会どうだった?」と送ると、意外にも早くに返事があった。



「………え?」



そこに書かれていた文字は、「行ってない」という否定的な文字のみ。
大会の結果などではなく、まいかの今日の行動が書かれていて。
どういうことなのかと早る気持ちを落ち着かせ、すぐに「なんで行ってないんだよ」と送ったが、それ以降まいかからの返信は送られて来なかった。

もし俺が解るのであれば、授賞式なんて放置して今まいかが居る場所へとすぐにでも行きたかったのに。
俺はまいかと"ある程度の仲"になっただけであり、今はまだ…お互いの家を知るような関係性ではない。

どうにも出来ない事態に苛立ちが募る。
行けば確実に勝てたものを、なぜまいかは棄権という形で放置したのだろうか。
それを理解することが出来たのは、奇しくも翌日の屋上だった。



「…なんで大会、出なかったんだよ。」

「気分じゃなかったの。」

「俺にまで嘘を吐くな。おまえはそんな奴じゃないだろ。」



登校して靴箱で待機し、まいかの腕を掴んで強制的に屋上へと連れてきた。
まいかは俺のそんな行動に驚く様子はなく、やっぱりとも捉えられるような、何も感じていない無表情のまま黙って従順に俺のあとを着いて来ている。

そして屋上へ行くなり、「なぜ大会に出なかったのか」と訊けば、彼女らしくもない嘘を吐いた。
まいかは「気分じゃなかった」という理由なんかで大事な試合を棄権するような人間なんかではない。
それは、少なくはあるが俺とともに過ごした時間が言っている。

「嘘を吐くな」と言えばしばらく答えようとはしなかったものの、観念したかのように「零くんには敵わないわね」と消え入るような小さな声で呟いた。



「足、怪我したでしょう?」

「ああ…わりと前だよな。」

「そう。でもあれ以降、上手く足を動かせなくて。的に焦点を定めるために身体を支えられるほど、私の足はまだ完治しきれていなかったのよ。」



まいかの口から、驚きの告白をされた。
ごく普通に生活をしていたから、あの怪我も部活動にはなんの支障もきたしていないと思っていたのに。
ちゃんと訊けば、体育の授業もほとんど参加していなかったらしい。

表情こそは変えないものの、よく見るとまいかの目は複雑そうな色をしていた。
泣きそうな、悔しそうな、辛そうな…。
そんな微妙な色をした目を見て、気付いたら俺は、無意識にもまいかのことを強く抱き締めていた。



「…零くん?」

「泣きたいなら泣け。今は俺しか見てないし、誰か来ても隠すから。悔しいんだろ…?俺の前でまで、我慢するなよ。」



いろんな表情を隠している目をしているくせに、淡々と話すまいかが俺は嫌で。
俺の前でまで我慢してほしくない、隠さないで吐き出してほしい。
そんな思いで言葉を口にすると、まいかは縋るように俺のシャツの胸の部分を強く握り締めた。



「悔しくないわけ、ないじゃない…っ。あれだけ練習して部長も任されて…なのに、怪我のせいで満足に矢を射ることも出来ないなんて…!こんなの、私のプライドが許さないわよ!」



小刻みに震える、まいかの身体。
まいかの口からは、怪我の要因を作った後輩を責めていないのに気を負わせてしまった、やら、私にだってプライドはある、などの感情的な言葉が出て来た。

まいかはたぶん、もの静かにはしているが、かなり感情的な人間なんだ。
ただ…それをプライドがあるが故に人に出すことが出来ず、普段は無表情になっていただけで。

もし俺の見解が違ったとしても、今のまいかはいつものまいかよりも数倍、人らしくて情熱的だと思った。

高校生活最後の夏。
心を開いてくれたようなまいかは、気が済むまで俺の胸の中で泣いていた。
それは、夏休みに入る直前のこと。


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