▼ Summer vacation.

夏休みに入った。
都大会まであともう少し。
この都大会さえ終わってしまえば、あとは当分ゆっくり出来る。
まあ、ゆっくり出来るとは言えど毎年団体はともかく個人で全国大会まで行っている俺は、恐らく今年も練習が通常より多いんだろうけど。

夏休みに入ってからはまいかと連絡を取ることもなく、部活以外はなんとなくつまらない毎日を過ごしていた。
まあまいかはもともと屋上へ行く以外連絡をして来なかったし、練習に疲れて連絡が出来ていない俺の状態からしてもそれは当然、とも言える結果だが。



「夏休みなんて、要らないな…。」



今日も練習に明け暮れて、つい1時間ほど前に帰宅し、さっき風呂に入ってごはんを食べ終えたばかりだ。
手持ち無沙汰にベッドの上に寝そべり、都大会に向けての練習スケジュールの最終確認をしているとき…。
友人から、メッセージが届いた。

そのメッセージには「最後の夏休みなんだし海と祭りくらい行って騒ごうぜ!」なんて書いていて呆れてしまう。
こいつは補習組で、それこそ今日まで補習をしていたはずなのに…その元気はどこから溢れてきているのか。

けれどそこで閃いた。
友人には「むり」と一言だけを送り、まいかのメールアドレスを開いてメッセージを打ち込む。

意外にも早く届いた返事には、「都大会を控えているのに遊んでも良いの?」と書いてあったので、取り敢えずは「大丈夫」と送るとオーケーの返事が届いた。

俺が送ったのは、友人が俺に送ってきたものと似たり寄ったりな文章。
せっかくまいかと親しくなったし、出来ることなら最後の高校生活をまいかと一緒に楽しみたい気持ちもある。
大学まで同じとは、限らないのだから。







「…暑いわ。」

「夏だし、当たり前だろ。」

「解ってるけど、暑い。」



まいかと合わせた約束の日。
数少ない休みの日にまず来たのは近場…ではなく、地元から少し離れた海。
友人の誘いを断った手前、近場の海水浴場で遭遇なんてしてしまったが最後、途端に面倒なことになる。

電車を乗り継いで来たのは、観光スポットとしては結構有名になっている海。
観光スポットだから人も多いし、これならもし万が一顔見知りが来ていても見付かる可能性は低いから選んだ。

水着に着替えるために別れ、着替え終わってからビーチに出るとひとりだったからなのか、年齢関係なくたくさんの女から声を掛けられてしまった。
応えると面倒だから…と無視を決め込んでいた俺の視界に、ふと見知ったシルエットが入り込んで来る。
やはり顔見知りが居たのか、と思って知らぬ顔をしようとしたとき、その見知ったシルエットが誰のものなのかに気が付いて慌ててそちらに駆け寄った。



「まいか!」

「零くん…。」

「なんだ、男連れかよ。」

「つまんねーの。」



そのシルエットはまいかのもので。
どうやらまいかは、大学生と思われる男ふたりに声を掛けられていたらしい。

男たちは俺を見るなり離れていったが、正直まいかに声を掛けたくなる気持ちも解らなくはないと思う。
まいかはもとから高校生らしからぬ雰囲気に整った顔立ちをしているし、それに加えてこの水着…いや、ビキニ。

黒ベースのゴールドのラインが入ったビキニはとても似合っているが、飢えた男を寄せ付けてしまうようなスタイル。
制服のときでは気付くことのない豊満な胸が、さらに男を寄せ付けている要因な気がして…たまたま手に持っていたパーカーをまいかに手渡した。

まいかは不思議そうにしていたが、俺が「良いからそれを着とけ」と言うと何も言うことなく大人しく従う。
隠したくらいでは顔立ちのみに惹かれる男に効き目はないのだが、まあ、露出を隠さないよりはマシだ。



「パーカー、暑いわ。」

「良いから。」

「日焼け止めも塗ったのに…。」



大人しく従ったものの、暑苦しいからなのかやはり不服らしい。
それならば控えめな水着を選べ、とは思うが、今日の化粧を見るからに派手好きなことは派手好きっぽいので、それを言っても仕方がなさそうだ。

夏らしいことをしてみようと思ってまいかを海に誘ったは良いものの、これじゃ気軽に楽しめる気がしない。
来て早々に早めに切り上げることを考えつつ、目の前にある青く澄んだ海に向かって俺たちは歩き出した。

仕方がない。
今日は取り敢えず、楽しんでおこう。


ALICE+