▼ Trivial chance.

折角彼女と同じクラスとなったのに、ことは上手く進んではくれなかった。

冷たく接してみても離れることのない女たちのせいなのか、彼女に近付くことすらほぼ不可能で。
同じクラスになって俺と彼女の距離は縮まるどころか、クラスが別々のときと然程変わりのない距離感だった。

授業中、ちらりと視線を向けると真面目に授業を受けている彼女が視界に入る。
みんながまともに訊いていない中、きちんとノートをとって黒板を見つめている彼女はまさに優等生で。
才色兼備と言われる理由も納得出来た。

あのノートには、いったいなにが書かれているのだろう。
きっと綺麗な字で書かれていて、テスト対策もしやすいような見やすいまとめ方をしているに違いない。



「ふーるやっ。」

「ッ!…なんだ?」

「何ボーッとしてんの?おまえが気付かねーとか珍しいこともあるもんだな。」

「…ほっとけ。」



彼女のことをいつまで見つめていたのか自分でもよく解らない。
気が付けば授業は終わっていたらしく、昼休みのためか友人が声を掛けて来た。

俺が誰かの気配なんかに気付かなかったことは、ほとんどないと言うのに。
この友人が俺に近付くことにも気が付かないほど、俺は彼女に集中して意識を向けていたらしい。

鞄から財布を取り出し、彼女にチラリと視線を向けてからいつも行っている馴染みの購買に向かう。
彼女はいつもお弁当を持参しているらしく、今日も机の上にシンプルなハンカチに包まれた弁当を広げていた。

ああ、なんと言うか、本当に。
せっかくチャンスが訪れたと言うのに、今までと何も変わらないということが本当にもったいなさ過ぎる。
もっといろんな面を見てみたいのに。
簡単には縮まってくれないこの距離が、ひどく歯痒いと思った。



「降谷くん。」



弁当を食べ終えて、教室で友人と話していると柔らかい声で名前を呼ばれる。
こんな声の人はこのクラスに居ただろうか、と思いながら顔を向けると、そこには例の彼女が立っていた。

そうだ、すこし考えてみたらすぐにでも解ることなのに。
このクラスで俺が訊いたことのない声なんてほとんど無いに等しいし、そうなると、聞き慣れないこの声は彼女…如月さんしか居ないのだ。



「ノート、出してくれる?数学のノート提出するから。…ああ、あなたのノートも、私に貸してちょうだい。」

「はいはい!…おい、降谷!ノート!」

「え?あ、ああ…。」



彼女は無表情のまま特に抑揚もなく「ノート出して」と言った。
同じクラスなのだから声を掛けてくることだってあると解っていたはずなのに、思ったよりも柔らかくて細くて澄んだ声ということに驚きが隠せない。
もったいない…もっとたくさんの人と話しをしたら良いのに。

友人に急かされてノートを取り出し、そっと彼女に手渡す。
彼女はノートを確認したあと、「ありがとう」と言ってノートを回収するために他の人のところへ行ってしまった。

彼女の声は、いつも俺の周りでキーキー騒いでいる女たちと違ってどことなく心地が良いと感じる。
もっと訊きたいとは思うけど、声を訊くためだけに話しかけるとしても、話しをする肝心なネタがない。
だから今は諦めるけど…こうした些細なチャンスはこれからいくらでもあるし、完全に諦めるにはまだ早いだろう。

これからどうやって彼女との距離感を縮めていくか…。
それを考えてみると、なんとなくだが楽しくなってきた。


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