黒尾にうっかり好きだと言って振られたのは2年の夏休みに入る前―期末考査の前だっただろうか。あの辺りの記憶はあやふやだった。黒尾に振られたことよりも、重大な出来事がすぐ後に起こったので黒尾に振られて悲しいという思いをせずに済んだ。人の命に関わることだった――実際はそんな大変なことではなかった――ので毎日が不安で黒尾どころではなかった。テスト勉強どころでもなかったのでテストの結果が散々だったのは覚えている。
「お母さん、気を付けてよね」
「名前ったら心配性ねぇ」
「忙しいって言って食べずにいて入院したのは誰だっけ?」
「ちょっと貧血だっただけじゃない」
「ちょっと?重症鉄欠乏性貧血だったよね?」
重症という言葉を強調して言えば母は渋々と朝ご飯を食べ始めた。私の母は忙しくなると娘の私のことは構っても自分のことは後回しにしてしまう所がある。そのせいで、去年倒れはしなかったが青白い顔でふらついていた時は焦った。どうも春先から秋ぐらいが母の勤めている職場は繁忙期らしく、食事抜きで過ごすことが多かったのが災いしたのだ。
「本当に死ぬかと思ったんだからね」
「ごめんね、気をつけます」
母の退院後から私が食事担当になって鉄分多めの食事に切り替えた。健康診断の血液検査はヘモグロビンの値を必ず確認するようにもなった。
「食事を抜いたらお父さんに言いつけるからね!」
単身赴任している父に泣きながら電話をしているのを覚えている。お母さんが死んじゃうと、ワンワン泣きながら。新幹線に飛び乗って帰ってきた父も青白い母の顔を見て死ぬと思ったらしい。医師の説明を聞いて、父がこういう時があるとやはり家族は一緒でないとなと言い、東京に異動願を出したらしいがそれはまだ叶わないようだ。
母の食事が心配なので、去年の夏合宿は行けないと諦めていたが伯母さんが母の世話をするからと行かせてくれた。今年はどうしようか。確か従姉が初めての出産で伯母さんは夏頃に従姉が住んでいる大阪へ行くと言っていた気がする。
「今年の夏合宿行けないと思う」
「何かある?」
「お母さん1人にできないから」
「……あー」
普通なら何言ってるんだというところだが、黒尾は去年の私の母の事情を思い出して仕方ないデショと笑って私の頭を撫でた。
「いなかったらいなかったで何とかなる。まぁ苗字がいねぇと寂しいけど」
寂しいけど、というその言葉だけで胸が躍った。どういう意味か知りたかったけど、それを聞く勇気は出なかった。
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2016.10.31
その言葉の意味は
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