※少し夢主の自慰描写あります






憲紀と想いの通じ合った夜、ナマエは眠れないでいた。
ベッドで天井を見上げながら頭の中をグルグルと巡るのは、憲紀が「いつも、君を想っている」と言ってくれた時のことや、泣いている自分を慰めようとしてくれた時のことだ。
その時に湧き起こった感情がまだ記憶に残っていて顔に熱が上り、胸が高鳴る。

体を愛された時も幸せだったけれど、やはり憲紀の心が自分に向いていると実感を持てた今の方がずっと幸せでならない。
そうなると、身も心も同時に愛されたらどうなってしまうのだろう。

憲紀に深々と埋め込まれた時の甘い愉悦を思い出し、じん、と体の芯が疼く。

イケナイことであるとわかっているが、自分で触るとどうなるか試してみたく、ナマエは下肢へと手を伸ばし、浴衣の袂をはだけさせ、下着の上から割れ目へ触れた。自分で触ってもあまり気持ちよくはない。

掛け布団の中で脚を立て、少し広げてみた。すると、憲紀が触ってくれた時に近い、痺れのような快感が体を駆け抜けた。

「あっ……憲紀さま……!」

憲紀が入ってきた時の内側全部を満たされる感覚や、圧迫感や痛みを押しのける程に得た快感を思い出し、「いつも、君を想っている」と言ってくれた時の声を脳内で再生しながら、気持ちのいいところを指先で擦り続けた。

段々と下着越しに湿り気が帯びてくるのを指先に感じる。
憲紀を想いながら、こんなことをして濡れるなど浅ましいにも程がある。

罪悪感を持ちながらも、指は憲紀に与えられた快感を求めて動いてしまう。

「ぁぁっ、憲紀さまぁ……!」

指を往復させるごとに快感の熱が溜まっていくようだ。
その熱が弾けそうになくらいに熱く、広がっていき──

「ナマエ」

今にも上りつめてしまいそうな時に、部屋の外から扉を叩く音と共に憲紀の声が聞こえてきた。

ナマエは慌てて着崩した浴衣や乱れた髪を直し、扉を開いた。
部屋の外には憲紀がいて、湯上りなのか夜着の浴衣を着ていて、いつも横髪を束ねている白い髪留めがない。
普段憲紀の夜着姿を目にしたことがなかった為、ナマエは憲紀の姿に暫く見惚れていたが、先程までしていたことの罪悪感で伏し目がちになった。

「憲紀さま、このような時間にどうなされましたか?」

「用があってきたのだが、電気が消えているな。寝ていたのか?起こしたのなら、申し訳ない」

「横になったのですが、眠ることができなくて……」

「中から少し声がしたが?」

「えっと……気のせい……というか、それはなんというか……ひ、独り言です……!」

「様子がおかしいな。何かあったのか?」

「いえ……憲紀さまはわたしにどのようなご用ですか?」

「いや、大した用ではない。ただ寝る前に話をしにきただけだ」

「お話……?」

「……昨晩のことについてだ」

「あ、はい……」

まさに昨晩のことについて考えていたナマエは動揺して言葉を詰まらせた。

「眠れないのなら、少し外を歩いて話さないか?」

「お外ですか?歩きます……!歩きたいです……!」

憲紀からの外歩きの誘いは、ナマエにとってはデートの誘いのようなもので、俄然浮足立った。
先程までの罪悪感はまだ胸に残ってはいるが、憲紀と二人でどこかへ行けるなら迷わずついて行きたい。

ナマエは浴衣の上に羽織を着ると、憲紀の少し後ろをついていくようにして寮の外へ出た。
外はすっかり夜の帳が降り、墨色の空に銀輪のような光を纏った月がぽかんと浮かんでいる。
もう四月の終わりであるが、校舎が高地にある為に肌寒い。

月明かりと外灯を頼りに、二人は黙々と歩く。
身長の差が歩幅の差にもでるが、憲紀がゆったりと歩くのでナマエは自分のペースでもついていくことができていた。

ナマエは時折憲紀を見上げて様子を窺い、月明かりに照らされる横顔に見惚れては目を伏せた。
やはり、憲紀を想って自分を慰めていたことがなんと淫らで穢らわしいことかと後悔する。

「その……具合はどうだ?」

長い沈黙の末に、憲紀が少し後ろを歩くナマエを見下ろし、控えめにきく。

「具合……?何も問題はございません」

「いや、つまり……昨晩の話を私はしにきたと言っただろう」

「はい……?」

「だから、体の具合についてだ。手荒に扱ってしまった自覚がある……痛みなどはないか?」

漸く憲紀の意図わかったナマエは急激に顔に熱が上るのを感じ、顔を俯かせた。
痛みどころか、熱を持って疼いているなどとは、とてもではないが言えない。

「それは……大丈夫です。痛みなどは全く……」

「それならいいのだが……無理はしていないな?」

「はい」

「……胸元がはだけている。しまいなさい」

憲紀はナマエの胸元を一瞥すると、顔を背けるように正面を向いて、立ち止まる。

「あっ……お見苦しくて申し訳ございません」

ナマエは自分の胸元が胸の谷間が見える程にはだけていたことに気が付き、一旦立ち止まり、浴衣のはだけを直す。
ベッドから出た時に直したつもりであったが、暗闇の中で慌てて直した為に直し方が不十分だったのか、歩いているうちに着崩れてしまったらしい。
ナマエが浴衣を直して歩き出すのを気取ると、憲紀も歩き出し、校舎に沿って道を右へ折れる。
このまま真っすぐ行けば校舎の外へ出てしまう。

「夜着に浴衣を選ぶならば、はだけないよう作りのしっかりしたものにするといい」

「はい。早速検討してみます。憲紀さまの浴衣は染めがとても美しいものですね。羽織の紺といい、とてもよくお似合いです」

「……世辞とはわかっているが、素直に受け止めておく」

「はい」

自分の賛美が穿った見方で流されようとナマエは笑顔だった。
こうして憲紀と自由な会話を楽しめているのが楽しくて仕方がない。
胸の奥には未だ一人で淫らなことをしていた罪悪感が残るが、二度とあんなことをしなければ、いずれ罪の意識も薄れてしまうだろう──自分は淫らな女ではないのだから。

「そういえば、西宮さんにお洋服を買いに行こうと誘われました」

西宮はナマエより二つ上、憲紀と同級生であるが、二年の女子と仲がよく、一年であるナマエも目をかけてもらっている。西宮は女子グループでショッピングをするのが好きらしく、「今年の夏服見にいこうよ」と、夏服を買う気でいるらしい。

「西宮が?どこへ出かけるつもりだ?」

「京都駅前のショッピングモールです」

「給与は支給されているのか?」

「はい。実は明日お伝えしようとしていたのですが、今までと同様に訓練を積みながら、補助監督である田辺さんのお手伝いをするよう、先生にご指示いただきました」

「それはいつ決まった?」

ピタリと憲紀は足を止め、ナマエへ向く。
憲紀の口調も顔つきも穏やかではあるが、わざわざ足を止めるということは、今報告したことに不満や疑問を持ったのだろうとナマエは察した。

「二時間程前です。お伝えするにも、夜なのでご連絡は控えさせていただきました」

「手伝いとは、まさか現場へ行くのか?」

「最初は書類仕事をしてみて、使えるとわかったら現場へ連れて行っていただけるようです。補助監督の補助役だそうです」

「……ここを卒業した術師たちはともかく、高専の仲間を死地へ見送ることを理解しているか?」

「このままお慕いしている方のもとでのうのうと暮らすつもりはございません。ここの方たちの助けになることをしたいのです」

ナマエは約半月以上もの時間をここで過ごした。その間避けられていた為に憲紀に会うことは殆どなかったが、他の学生たちとの交流はあった。
皆が皆ヒロイックな理由でここにいる訳ではなさそうであるが、それぞれが揺るぎない信念を持って、自分たちのあらゆるものを賭けて戦っている。
そんな学友たちを見て、ナマエの中で何か力になりたいという気持ちが芽生えてきたのだった。
学友たちを死地に見送るのはきっと辛いものだが、知らないうちに死なれてしまうのはもっと辛いだろうという考えもあってのものだ。ナマエの決意は固い。
だが、憲紀は納得のいってなさそうな顔をする。

「妊娠はいつわかる?子を身ごもっていたらどうする?」

「そ、それはわたしの個人的な周期にもよりまして……とにかく、お給料を頂くからには明日から訓練と田辺さんのお仕事をお手伝いをしなければいけません。義務です」

「給与が発生する以上、何かしらの労働義務が伴うのは一理あると認めるが……訓練も手伝いも身体に触らぬように気をつけなさい」

「はい。ご理解を示していただき、ありがとうございます。補足しますと、お休みの日や時間がある時には真依さんたちとお出かけをするつもりです。心労の発散になるでしょうから無理は致しません」

「私は?」

「……はい?」

「私とは出かけるつもりがないのか?」

「憲紀さまはわたしとお出かけなさってくださるのですか……?」

「今までまともに同じ時を過ごせなかった。その分を埋める為にもナマエと一緒に過ごし、ナマエがどんなものに興味を持ち、何を好み、何を嫌うかを日常の中で知っていきたい」

「憲紀さま……」

今まで自分の好意を無下にされてきた分、憲紀がこうして自分を知ろうとする態度を示してくれるのは何よりも嬉しいことだ。憲紀のこの態度の変化はナマエの胸に熱く迫るものがあり、愛しさの籠もった瞳で憲紀を見つめた。

憲紀もナマエを愛おしげに見つめ返す。
憲紀がそっとナマエへ手を伸ばしたところで、間を見計ったように一陣の冷たい風が吹きつけた。

ナマエは体の芯まで冷えるような寒さを感じ、体を両手で抱くように立ち竦む。

「これを」

ふわりと何か暖かなものが肩に掛けられた。──憲紀の羽織である。

「あ、ありがとうございます……!でも、これでは憲紀さまが風邪を引いてしまわれます」

「私はそんな軟弱者ではないよ」

「……本当にありがとうございます」

ナマエはギュッと羽織の衿を握り、その暖かみに一瞬安堵を得るが、仄かに香る憲紀の匂いや、憲紀の男性らしい気遣いに気が気でなくなり、鼓動が脈拍を速めていき、顔が火照る。

「まだ夜歩きには寒かったな。寮へ戻ろう」

「はい」

ナマエは少し先へ行く憲紀に遅れてついていく。

後ろから見る憲紀も上品な佇まいで美しく、首後ろの衣紋を抜かずにかっちりと浴衣を着こなしている姿には惹かれるものがある。

ちらと下に視線を移すと、憲紀の袖口から大きな手が覗いているのに気がつき、ナマエはそれに触れたくて堪らなくなった。
だが、自分から握る勇気はない。かといって何もしなければ、憲紀は自分の手を繋ぐことはないだろう。そういう人に見える。手を繋ぐとしたら、自分から勇気を出して行くしかない。

ナマエはそんなことを頭で考えているうちに寮へ着いてしまい、あっという間に部屋の前まで来てしまった。

「眠れそうか?」

「はい……」

本当は眠れそうになかった。
もう少し憲紀と一緒にいたい、話したい、触れたい──そんな欲求がナマエの胸の内に渦巻く。

「明日から慣れぬことをするのだろう。ゆっくり休むといい」

憲紀はそう言うと、あっさり背を向けてしまう。

「あ、あの……!」

ナマエは思わず、憲紀の浴衣の袖口を掴んで引き留めた。

「どうした?」

憲紀は驚いたように僅かに瞳を見開き、振り向く。

「あ……えっと、お、おやすみなさい……」

「ああ。おやすみ」

引き留めたことで驚く憲紀を見ると、一歩踏み出した勇気が引っ込んでしまった。
はしたないことをしたと、ナマエは後悔して逃げるように部屋の中へ入った。

「あ、羽織……」

憲紀に羽織を返すことを忘れていたことに気がついた。
ふと、邪な気持ちになって袖口を鼻に持っていき嗅いでみた。
手入れがいいのか藍染めの匂いは特にない。ただ清涼な、夏草を思わせる落ち着く匂いがする。

「良い匂い……」

「ちょっと、ナマエ!聞きたいことがあるんだけど!」

突然戸を乱暴に開かれてナマエは肩を跳ねさせた。

真依が怒りの形相でズカズカと部屋に入ってくる。

「ど、どうしました?」

「私の豆乳知らない?寝る前に飲もうと思っていたのにないのよ。アナタはあり得ないと思ってるけど、桃も三輪も知らないって言うし……」

「存じ上げませんが……」

「そうよね。念の為に聞いただけだから気にしないで……チッ。だとしたら、東堂先輩しかいないわよね。ソイプロテインと間違えたのかしら──とにかく、メカ丸に頼んで裏をとるわ……あら。その羽織、サイズ合ってないわね。まさか憲紀の羽織?」

「……はい」

「羽織を盗んだの?やっぱり、アナタってそういうところあるわよね……黙っててあげるけど、そういうのは大概にしといた方がいいわよ。じゃあ、おやすみなさい」

「あ、えっと……」

否定しきる前に真依は部屋から出て行ってしまった。

飲料の盗みはそこまで疑われず、憲紀の羽織を着ているだけで泥棒扱いをされたのは何故なのだろうと、ナマエは釈然としない気持ちになったが、真依や憲紀が部屋に来る前に自分のしていたことを考えたら、真依に疑われるのも無理ない気がしてきて落ち込んだ。




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