五月半ばを迎えると、ナマエに夏用の制服である半袖のセーラー服が支給された。
トップスもスカートも黒色で地味ではあるが、白色のリボンとスカートの裾や襟に入った白色のラインが可愛らしく、ナマエはいたく気に入って、今朝は機嫌良くスカートの裾を揺らしながら教室に向かっていく。

ナマエは教室へ入る手前で、学年が一つ上の真依に出会うと、彼女の格好を見て慌てふためいた。

真依の夏用の制服はノースリーブのロングワンピースで、脚の付け根からスリットが入っており、長い生脚が横から丸見えである。制服にしてはあまりにもセクシーな作りだ。

「ま、真依さん……!あ、脚がでております!腕も剥き出しです!」

「だからなに?暑いから出してんのよ。アナタの制服ももっとスカート折ったらどう?暑そうよ」

「通気性がいいのでちょうどいいですよ!そんなことより、その格好は同性でさえ目のやり場に困ります……!」

「去年もこれだったけど、この学校の野郎共はそういう目で見てこないし、見てきたら見てきたできしょいから撃つだけよ」

真依の相変わらずの歯に衣着せぬものいいにはナマエも慣れてきたものだが、街に行った時に真依が危ない目に遭わないか心配になるし、憲紀が本当に真依のことをそういう目で見ていないか気になった。

真依は美人で背が高く、スタイルが抜群にいい。そんな彼女が腕も脚も放り出しているのだ。そういう目で見ない方が逆におかしいとも思える。

「憲紀さまが目のやり場に困らないか心配です」

「だから、それはないわよ。アイツ、私のこの夏服見て、『スカートが盛大に破れているから直してこい』って言ったのよ?あー思い出すだけで腹が立ってきたわ」

「憲紀さまがそんなことを……?」

「そうよ。だから、気にしなくていいわよ」

「そうですか……」

といっても、やはり憲紀が本当は真依の制服をどう思っているか気が気でない。
後で憲紀に聞きに行こうか考えていると、後ろから「おはようございます」と、新に声をかけられた。

「新くん、おはようございます」

「おはよう、新」

「先輩もおはようございます。どえらい制服ですね。じゃあ、俺は先教室行ってます」

新は少し驚いたような顔で真依の格好を一瞥するが、特に慌てふためく様子もなく一年生の教室へ入っていく。

「ほら、ああいう反応なのよ。ウチの男どもは」

「他の皆さんもそうなんですかね……差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ないです」

「別にいいわよ。げ、憲紀。またウザイこと言われる前に教室行くわ。じゃあ、またね」

「はい」

廊下の向こうに憲紀の姿を認めた真依が足早に教室へ入っていくのをナマエは見送ると、憲紀のところへ真依の制服について聞きにいくことにした。

「憲紀さま」

ナマエは憲紀へ声をかけ、一礼する。

「ナマエか。夏服が支給されたのか?」

「はい。こちらのは動きやすくて大変気に入っております」

「それで動き回るのか?」

憲紀の目線が露出した腕や脚を撫でるように動き、ナマエは少し気恥ずかしくなった。

「はい。訓練はジャージでしますし、任務の時は長袖に着替えてタイツを履きます。スカートは膝下丈なので問題ないと思います。裾に補強があるみたいなので風が吹いても、大きく捲れ上がることはありません」

「それならいいが……」

「憲紀さまは先程の真依さんの制服をご覧になってどう思われました?」

「腕と脚が著しく露出していると思うが、それがどうした?」

「そう、ですか……」

憲紀の表情には動揺が見られず、特に感興もない様子だ。
ナマエにはそれが不思議であった。
美人でスタイルのいい女性があんなに色っぽい制服を着ているのに興味を示す様子もないのは逆に心配になる。

「真依の格好が気になるのか?」

「真依さんの格好には同性ながらドキドキさせられます。憲紀さまもきっとそうだと思っていたのですが……」

「それは心外だ。私はナマエにしか心を動かされないよ」

「憲紀さま……」

憲紀から想われているのは日毎に感じていたが、今受けた言葉はより胸に迫るものがあった。

仲睦まじく見つめ合う二人──そこへ東堂がぬっと現れて憲紀を無視してナマエの方へ寄っていく。

「よぉ、ナマエ。そのセーラー服いいな。セーラー服といえば、高田ちゃん。高田ちゃんといえば、七月末の個握会!当たったぜ!!!」

東堂は機嫌よくナマエに話しかける。
高身長アイドルとして活躍する高田延子のファンである彼は、高専の中で比較的反応のよいナマエには声をかけることが多く、今朝も隣に憲紀がいようが例外ではなかった。

「おめでとうございます!七月末は確か幕張メッセの個握会でしたっけ?」

「流石だな、ナマエ。正解だ」

東堂は人差し指と親指をビシッとナマエに向けて指し、片目を閉じて謎のジェスチャーを送る。

そんな東堂にナマエは朗らかな笑みを返すが、憲紀は東堂が登場した時からずっと眉間に寄せていた皺を深くする。

「東堂、気安くナマエに話しかけるな。ナマエを妙な世界に引っ張りこむな」

「うるせぇ。ナマエ本人が喜んでんだからいいだろ。じゃあな、ナマエ」

片手を上げて踵を返す東堂にナマエは頭を下げて無言のまま挨拶を返した。
本来なら一言返事を添えるべきであったが、憲紀のぴりぴりとした雰囲気を察して、大人しくしておくことにしたのだ。

ナマエは以前から東堂と憲紀の折り合いが悪いことを知っていたが、いざ目の前で言い合いをされると緊張と不安による胸の高鳴りを覚える。

二人はナマエよりも二つ年上で、体格も雰囲気もナマエにとっては大人の男性に思えていた。別に大人の男性に対しては恐怖感は抱いていないが、喧嘩となれば別だ。二人の言い合いは高専一年生になったばかりのナマエには怖く感じてしまう。

そんなナマエの不安をよそに憲紀は「待て」と、東堂を呼び止める。

「あぁ?そんなに高田ちゃんの魅力が知りてぇんならオマエにも教えてやってもいいけどよ」

「誰もそんなことは言っていないだろ」

「だったら、話しかけんなよ。好きな女の趣味も即答できねぇつまんねぇ男は俺に近づくんじゃねぇ」

「まだそれを引っ張るのか?大体初対面でそんなことを聞かれて即答する方が男としてどうかしている。それに自分の趣味を──」

何やら気になる会話が繰り広げられているが、どういうことか問いかけようにも、三年の教室に向かう東堂を憲紀が𠮟りつけながら追いかけていくのでナマエはその場に取り残されてしまった。

その所為で先程までの二人の口喧嘩がどうなるのか心配してはらはらとしていた不安も、東堂が現れるまで憲紀の心が自分だけに向いていたことで湧きおこる甘い幸福感も、気がつけば無くなっていた。

「他の方にも簡単に心を動かされていらっしゃるではありませんか!」

自分よりも憲紀の注意を惹きつける東堂への羨望の感情で、ナマエは頬を膨らませた。



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