憲紀は、自分の膝の上に横向きに座り、一生懸命に拙いキスを与えてくるナマエを可愛く思っていた。
ナマエの慎重に唇を重ね合わせてくる様子や、自分の口内を遠慮がちに舐めてくるぎこちなさには"練習の成果"というものは全く感じ取れなかったが、ナマエが自分の為に頑張っている気持ちは伝わってくる。
その気持ちに応えようと、ナマエを抱きしめる腕に力をこめ、体をより密着させてナマエの口内に舌を滑り込ませ、柔い内頬の粘膜や敏感な口蓋に舌を這わせる。
「んっ……ん、ふっ……」
ナマエは肩を震わせながら甘い吐息を洩らす。
口蓋に舌を当てる度にナマエが感じてくれているのは最近わかってきたことだ。
だから執拗にそこばかりを舐めてしまう。
静謐な部屋にくちゅくちゅとした水音や、忙しない呼吸音が響き、ナマエの息が段々と上がっていくのがわかる。
このままナマエをベッドに寝かせて肌を重ね合いたくなる欲求を催すが、なんとか理性で抑えつけ、一旦唇を離す。
ナマエを見つめれば、惚けたような顔をして自分を見つめ返している。
この表情に憲紀は弱かった。
自分が接触的刺激を与える度にナマエは悦び、気持ちよさそうに反応してくれている。そんなナマエを見ると、もっと気持ちのいいことをしてやりたくなるし、快楽に蕩けきった姿を見たくなる。
思えば、数日前に抱いている時のナマエは恍惚の表情を浮かべ、最後には殆ど意識を失いかけていた。
その時、心配しながらも「愛している」と、柄にもないことを言ってしまったことを思い出す。
何故あんなことを口にしたのか、今でも不思議だ。
憲紀は愛していると言う言葉の意味を正直よく理解していない。ナマエがそれを口にするなら、自分もそう返したいと思うだけだ。
だが、あの時は自ら口にした。ナマエに報いようとしたわけではない。恐らく、あの状況下で自分の中でナマエへの愛おしさが増し、それを"愛"と捉え、伝えずにはいられなくて発したのだろう。自己解釈だが、およそ間違ってはいないと思われる。
憲紀はナマエを見つめながらそんなことを熟考していたのだが、ナマエに視線を逸らされてしまった。
「憲紀さま……あんまり見つめられると恥ずかしいです……」
「もっと恥ずかしいところを見られているのに、顔を見つめられるくらいで恥ずかしいことがあるのか?」
自分に体の隅々まで見られておいて、申し分なく整った顔を見つめられることが恥ずかしいなど、憲紀には理解できなかった。
だから「恥ずかしがることはない」というつもりで聞いたのだが、ナマエは困ったように眉を垂らす。
「……憲紀さまはたまにとてもいやらしいことを仰います……」
「今の言葉がいやらしいというのか?」
「はい……恥辱を感じます」
「嫌悪するのか?」
「いえ……ただ恥ずかしいだけです……」
恥辱を感じてそれを嫌悪しないということも憲紀には理解できなかったが、ナマエが嫌がるようなことはしたくない。
「ナマエが嫌だと思うのならあまり見つめないようにするよ。言葉も選ぶように努める」
「いえ、憲紀さまに見つめられるのは嬉しさと相半ばして羞恥を感じるだけです。淫らな言葉も同じです……恥ずかしいのですが、嫌だとは全く思いません」
「それはつまり……恥辱を喜んでいるのか?」
「ち、違います……!それは言い方がよろしくないです!」
ナマエは顔を上げて慌てたように否定する。
言動から考察するに、ナマエは見つめられることも、羞恥を感じるようなことを言われても嫌だとは思わないということだ。
それならこの会話の意味はなんだったのだ、と憲紀は複雑な女心の理解に苦しんだ。
遡れば、ナマエが高専に来た時から彼女の思考が読めないでいたばかりか、真逆の受け取り方をすることがあった。いつかは何も言わずとも、互いの心がわかるようになりたいと願うが、それがわからない今はどうしたいかをはっきり伝えて欲しい。ナマエが欲するものならなんでも与えたいとも思っているのだからなおさらだ。
「ナマエ、今は何がしたい?見つめられるより他のことがしたいと私は解釈した」
「……わたしの口からは申し上げられません」
ナマエは再び顔を伏せる。耳の根元まで赤くしている様子から、恥ずかしいことでも考えているのだろうかと推測できるが、それが具体的に何であるかまではわからない。だから口に出して教えて欲しいのだが、どうしたらナマエは素直になってくれるのか。
素直なナマエといえば、少し前にナマエが大胆な言葉で自分を煽って来たことを憲紀は思い出した。行為の前もそうだが、行為中のあの言葉は普段のナマエなら想像もできない程に淫らであった。
「この前ナマエは恥ずかしげもなく私に『もっと』と言って求めてきた。またあのように素直に求めてくれないか?」
「恥ずかしげもなく、ですか……?わたしはそんなはしたないことなど……いえ、なんだか身に覚えがあるような気がしてまいりました」
「虚ろな目をしていたから心配だったのだが、記憶はちゃんとあるようでよかったよ」
「た、確かに高揚感といいますか、思考力や判断力が鈍ってしまうときがあります……記憶も自我もありますが……ああいうときのわたしはわたしではなく……!」
「別にあれを否定しているわけではないよ。むしろ、素直なナマエはより愛おしくなる」
「……わたしはとても強欲です。素直に全てをさらけ出してしまったら、憲紀さまを困らせてしまいます」
「世話が焼けるくらいがちょうどいい。何が欲しいか正直に言ってみてくれないか?」
「でしたら……憲紀さまともっと……キスがしたいです……」
ナマエは視線を外したまま、蚊のなくような声で言う。声が震えていることから緊張が伺えるが、キスよりももっと先のことを二度もしているのにそこで緊張する気持ちが憲紀にはわからなかった。
「キスだけでいいのか?」
憲紀は自分と同じく、もっと先のことをナマエも望んでいるのか確かめるべく聞く。
「それは……憲紀さまの自由にしてくださいませ」
「自由にされたいって意味でいいのか?」
「……そ、そのような解釈でも構いません」
ナマエはハッと息を呑んで身じろぐ。反応から嫌そうな様子は見られない。
ナマエは口にこそしないが、以前憲紀との行為を嫌がるどころか好んでいると思える程に乱れた姿を見せていた。
初めての時も、自分に啼き縋り、しきりに愛を囁いていた。
だからこそ素直に欲しいものを欲しいと言って欲しいのだが、こんなに恥ずかしがっていられては当分ナマエから本心を引き出すのは難しそうに思えた。
「嫌になったら我慢せずに教えて欲しい」
「はい……わたしは憲紀さまの好きにしていただきたいです」
ナマエがそういうなら、と憲紀は再びナマエの唇に自分のを重ね合わせた。
角度を何度も変えて啄むようなキスを与えながら、ナマエの胸に触れる。ナマエの、歳の割にはよく発育した胸は制服の上からでも柔い感触を憲紀の手の平に与える。
舌を絡め、粘膜同士を擦り合わせ、まるで性交じみた深い口づけを交わしながら、大きな手の平を押し回すようにしてナマエの胸の感触を堪能し、徐々にその手を胸から腰、そして腿へと下に滑らせていき、ゆっくりとスカートの裾に手を忍ばせる。
スカートの中で直接触れるナマエの肌は完璧に手入れが行き届いており、滑らかで水々しく、しっとりとした感触がする。触れるだけで気持ちがよく、憲紀は時間をかけて柔らかな太腿の外側を撫で、段々と内腿へ手を滑らせた。
内腿から少しずつ上へ辿っていくと、びくりとナマエが体を跳ねさせ、内腿をきゅっと締めて憲紀の手の平を挟む。
「まだ内腿までしか触れていないよ」
憲紀は唇を離し、ナマエの緊張を解くように優しい口調で伝える。
「はい……ですが、制服でこんなことをするのは初めてで……」
「私も初めてだが?」
「それはそうでなくては困るのですが……制服のまま致すのですか……?」
「そうか。言われてみればこのままでは制服がよれてしまうね。全て脱ごうか」
「そ、それは、わたしが自ら裸になるということですか……?」
「恥ずかしいのなら、下着までは脱がなくていいよ」
「……憲紀さまはやはり、いやらしいことを仰いすぎです……!」
「どの辺がいやらしいんだ……?もしや、私に脱がせて欲しいということなのか?」
「それもとてもいやらしいです……あの、今わかりました。憲紀さまが恥ずかしいことを言語化してはっきりと仰いますと、とても恥ずかしい気持ちになります……」
「だが、嫌ではないのだろう?」
「嫌ではありません」
「それなら何が問題なんだ?」
「……反応に困ってしまいます」
「つまり、辱めを受けて困らされても嫌ではないのだろ?ナマエは結局どうしたいんだ?」
「……確かに、それは自分でもわかりません」
「一体どういうことなんだ……」
いつか何も言わずとも互いの心をわかり合いたかった憲紀だが、自身でもわからないというナマエの心がわかる日が果たして来るのか不安になった。
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