七月末のこと。九月に開催される、姉妹校交流会に向けて楽巌寺学長が東京校の夜蛾学長との打ち合わせの為に東京へ行くことになっていた。そこで二年生の三輪が付人として学長に同行することになっていたのであるが、東堂と真依も東京に用事があってそれに加わるらしい。

真依が何故東京に行きたがるのかはわからないが、東堂の場合は東京校の交流会参加メンバーに不服があり、それをどうにかすること、アイドルの高田ちゃんの握手会が同日にあるということで東京へ行くらしく、ナマエは有難いことに東堂から「ナマエも高田ちゃんに会わないか?」と握手会チケットを一枚譲ってもいいと言われていた。

ナマエもナマエで東京に行きたい理由が一つあり、憲紀の許しを得て東堂たちに同行することにした。
出発の日、京都銘菓の土産物の詰まった紙袋を手にナマエは憲紀の部屋を訪ねていた。

「それでは行って参ります」

「……五条悟には気をつけなさい」

今回ナマエが東京へ行く目的である五条悟の名を、憲紀が深刻そうな面持ちで口にする。寄せられた眉や重い口調から、憲紀の五条悟への印象がどんなものであるか、ナマエはなんとなく理解できそうな気がした。

「はい。ご挨拶とお礼を申し上げるだけですので長話はしない予定です。そもそも、お忙しいので会えるのかは運次第です。ご心配には及びません」

「心配しないではいられないのだが。何か不快な思いをしたら真依に頼るといい。確か千葉にも移動予定なのだろう?電車での移動中も真依と行動を共にして欲しい」

「はい。できる限り、そうさせていただきます」

自分を心配してくれる憲紀にナマエは頰を緩めた。前日から、「東京は変な輩が多くて危ない」、「そもそも東堂が危ない奴だ」、「東堂を超える危ない人物が五条悟だ」などと憲紀に心配され、少し過剰な気もするが、それ程想われていると思えたからナマエにとっては嬉しいことであった。

心配性の憲紀へ頭を下げると、ナマエは真依たちと合流し、東京へ向かった。



 ◇



「一体どういうことでしょうか……」

数時間後、ナマエは目の前に広がる地下階段を前に立ちすくんでいた。

京都から新幹線と電車、車を乗り継いで漸く着いた東京校にて。ナマエは五条悟を探して校内を彷徨いていたところ、偶然跳ね扉を見つけてしまい、好奇心に促されるままに呪力を使って開けてしまったのだった。

「わたしったら……いけないことです……だめです、これは……ですが、悟さんがこの中にいらっしゃる可能性もあるので……」

いけないことをしている自覚はあった。しかし、高専内にこんな場所があるとは知らなかったナマエは好奇心に促されるままに「だめです」としきりに口に出しながらも地下へと足を踏み入れた。

術師にとって危険を感じる対象は主に呪霊。呪力で肉体を強化できる身である為に、「日常生活で多少危ないことをしても平気」という自信が意識の中にあり、呪霊の気配さえ感じなければ、未知の場所でも足を突っ込んでしまうのだ。特にここは高専内。結界の張られている場所であり、常に安全が保障されているようものである。

少し中の様子を見たらすぐにでよう、とナマエは暗い中、木製の軋む階段を一段ずつ降りていく。数段降りると、階段の奥から光が差しているのが見え、人の気配まで感じる。

「どなたかいらっしゃるのですか?悟さんですか?」

「えっ?誰!?」

階段を降りきると、石枠の先の小部屋に、ナマエと同い年くらいの、ラフな格好をした少年が可愛らしい熊の人形を抱えて立っていた。

彼の纏う優しそうな雰囲気、驚いたような表情、人形を抱きかかえていることから、ナマエは特に警戒することなく、ピンクがかった茶髪の少年へ会釈をした。

「突然許可なく立ち入ってしまい申し訳ございません。わたしは京都校から参りました一年生のミョウジナマエと申します。五条悟さんを探しているのですが、ご存知ありませんか?」

本当は地下に興味を持って降りてきてしまったのだが、地下に住人がいるとわかった今、五条悟を理由に誤魔化した。

「えっ?京都校?君一年生なの?ミョウジさんって呼ぼうと思ってたけど、いや、やっぱミョウジさんって感じするからさん付けで!てか五条先生と知り合いなの?」

「ええ。悟さんとはわたしが幼少の時に会ったきりですが、高専入学前には連絡を取っておりました。今回参りましたのはその件についてでして……あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「あ、えっと……俺、訳あって今名乗れないんだ。色々あって、五条先生に言われてちょっと存在隠されてて……このことすら言っちゃっていいかわからないけどさ。五条先生に免じて俺のこと誰にも言わないでくれね?」

会ったばかりであるが、少年の持つ雰囲気、表情、話し方──それだけで「悪い人ではない」という印象を持ったナマエは頷いた。

「はぁー、ミョウジさん見た目通り良い人でよかった。あ、そうだ。五条先生はそのうちここ来ると思うけど、どうする?外暑いし、ここで待つ?」

高専はその特性上人里離れた高地に建てられているのだが、やはり真夏になると三十度近くまで気温が高くなる。
今日も外の気温は高地にも関わらず二十八度という数字を叩き出していて、日焼けや汗を気にしていたナマエには、ひんやりとした石壁の地下の空気が有難かった。
 
「いいのですか?」

「いいよいいよ。映画一人で観んのも寂しいし。ちょうど次観るやつ探してたんだけど、一緒に観ねぇ?」

「どうしましょう……」

このままここで待てば五条悟が現れるということであるが、憲紀のことを思うと、小部屋で男の子と二人きりというのは、問題がある。
ナマエは悩みに悩んで考えた末、映画を観ることを承諾したが、革張りソファの真ん中に荷物を置き、ソファの端に体を寄せて距離を保つことで、憲紀への義理を通した。

「あのう……なんで俺そんなに警戒されてるの……?」

「申し訳ないです。わたしには許婿がいるので、他の男の人とこうして映画を観ることは憚られて……」

「許婿?すげー!俺、許婿いる人初めて見た!どんな人?」

「容姿端麗、才気煥発にしてとてもお優しい方です。今朝もわたしのことを心配してくださっていて……あ、スマホに写真があります。ご覧になりますか?」

「なる!ご覧になる!」

人形を抱きかかえながら、はしゃいだ様子で自分へ興味を見せる少年の姿はナマエには子供のように映り、自然と警戒心が解けてしまう。
ソファの真ん中に置いていた荷物を端に寄せ、少年の隣に座り直し、スマホのアルバムから憲紀の写真を探して一番のお気に入りの写真を見せた。

「こちらです」

「すげぇ優等生っぽーい!めちゃめちゃ頭良さそう!あれ?このボタン──同じ高専の人なの?」

「そうです。憲紀さまは今は三年生の先輩で準一級術師として活躍しております。そういえば、一月程前に家入さんにもお世話になりましたが、今日はこちらへいらしてますか?」

「家入さんは医務室覗いてみないとわかんないかな。あ、お菓子食べる?」

「お気持ちだけいただきます。よければ、お土産をお一つどうぞ。『マールブランシュ』のお濃茶ラングドシャです」

「おおっ!うまそう!これ五条先生用じゃないの?俺が食べていいの?」

「元々東京校の皆さんにいただいてもらおうと思っていたので是非お召し上がりください」

「うん!是非召し上がる!」

お土産の菓子に手をつける少年の様子をナマエは微笑ましく見守り、映画のことはそっちのけで、京都銘菓の話題で会話を弾ませた。

一旦会話が落ち着くと、ナマエは五条悟に聞こうとしていた話題を少年へ振ることにした。

「そういえば──宿儺の器が亡くなったと聞きました。虎杖悠仁……彼に傷つけられることはなかったですか?」

「えっ……?あ、んー、どーだろ……」

「術師として本当に呪霊を祓っていたのでしょうか?呪いが呪いを祓うなんて想像もできません」

「ゆーても、元の人格が普段表に出てるし、祓ってたよ。いや、祓ってたらしいよ!」

「そうなのですか……その方とは仲が良かったのですか?」

「それにはノーコメントで!」

「……虎杖悠仁が亡くなったと聞いた時、心の底から安心しました。ですが、術師として非術師を助けに派遣された先で亡くなったと知り、そんな自分が嫌になってしまいました。実は呪霊も祓わずに悟さんに匿わられているだけだと知れば、虎杖悠仁はずっとわたしの中で恐怖の対象のままでいられたのですが……」

「それが術師として呪霊を祓っていたことで印象が変わったってこと?」

「はい。非術師を助けていたのなら、宿儺の器になる前も後も、変わらず良い人だったのでしょう……そんな方が亡くなられてしまうとは……お悔やみ申し上げます……」

「あ、どうも……んっ?いや、どうもってのもおかしいけど!まぁ、ミョウジさんが気にする必要はあんましねぇと思うよ!お菓子食べて元気出して!」

「お気持ちだけ受け取ります」

「あ、うん……わ、映画全然追えてなかった!巻き戻そ!あれ?リモコンは?」

「手元にはないですが、こちらのDVDの山の中では?」

ナマエはソファから身を乗り出し、ローテーブルの上に積まれたDVDを一枚ずつ並べ直して整理する。

『旨そうな女だな──』

「っとぉぉ!」

不意に少年の方から聞こえた、大人の男性の深みのある声に驚いてナマエは少年を振り返ると、少年が急に自分で自分の頰を叩くという奇行に出ていた。

「どうしました?」

「む、虫がいて!」

ぺちぺちと彼自身の体を叩くのを見てナマエは納得したが、やはり知らない男性の声が聞こえたことが気になった。

「今、大人の男性の声が聞こえました。しかもなんだかいやらしい感じでした」

ナマエは声が聞こえた時に感じた寒気、それから低くて深みのある声の中に孕んだ猥りがましさを思い出し、ゾッとして両腕で自分の体を抱いた。

「い、いやらしい?映画からじゃね?ほら、なんか今そういうシーン出てるし!」

少年は必死な様子でテレビ画面を指差す。
ナマエが画面に目を向ければ、確かに男性が女性を壁に押しつけて、下から上へと体を揺さぶるシーンが映っていた。

経験があるのとそれを映像で観るのとでは大きな違いがあり、淫らな映像に耐性のないナマエは頰を赤らめて少年を非難がましい目で見た。

「一体なんの映画を選んだのですか?これはとても猥褻な映画です……!」

「え!ごめん!確かに俺必死過ぎて気遣えてなかった!いや、でも女の子ってヨーロッパ映画好きそうってことで選んだやつだから、映画のチョイスに関しては許して!そもそもこれ五条先生が大量に持ってきたうちの一つだし!」

「こんな不健全なものを悟さんが……?」

「グロいって意味でこれよりもヤバいシーンの映画いっぱいあったし、あの先生のチョイスに問題があるってことだよ!」

「えー、なにー?僕のこと呼んだー?」

「うわっ!五条先生!」

気配もなく突然現れた五条の登場に少年もナマエも肩を跳ねさせた。特に幼少以来五条に会っていなかったナマエは五条の登場だけでなく、その長躯に驚いた。
五条は見上げるばかりに背が高く、手脚がすらりと長い。ヘアバンドのようなもので目元から額に掛けて覆っている為に逆立った白銀の髪も手伝って、二つ先輩の東堂よりも背丈が大きく見える。

「あれ?なんでナマエがいるの?久し振り〜。加茂家主催の祭事以来かな?」

「お久しぶりです。お約束もせずに突然お伺いしてしまい申し訳ございません。本日は悟さんに高専入学の後ろ盾となってくださったことのお礼を直接申し上げに参りました」

ナマエは気持ちを込めて深々と頭を下げた。
ナマエのこの恭しい態度は、主に恩義からくるものであった。

憲紀を追って高専へ入るのに、加茂家と繋がりの深い楽巌寺学長を懐柔する必要があり、その方法が五条悟であった。
三月頃になんとか五条と連絡を取ったナマエは、憲紀への気持ちを話し、五条に「僕は恋する女の子の味方だから!あとあのジジイに嫌がらせするの大好き」と、快く引き受けてもらえた。おまけに五条はミョウジ家に対し、ナマエへの過度な干渉を禁じてくれ、そのお陰で高専入学後もナマエは実家に連れ戻されることはなかった。そのような経緯からナマエは五条には深く感謝していた。

「大人っぽくなったねー。やっぱ、顔とか見ると両親どちらともに似てるかな。雰囲気はお父さんそっくり。お母さんはちょっと冷たそうだからね〜」

「えっ!五条先生、ミョウジさんの両親知ってんの?」

「まぁね。ねぇ、お母さん元気?」

「お母様とは入学以来会っておりません……一度でも実家に帰ってしまったら二度と外に出られないと思います」

「えー。たまには帰ってあげなよ。監禁されそうになったら、僕が助けに行くからさ。まぁ、僕はナマエのお母さんに弱いから助けられるか保証できないけど」

五条はヘラヘラと笑う。
その隣で少年は「やべえ。ミョウジさんのお母さんめっちゃ気になる」と、ナマエの母の顔を想像するように、ナマエの顔を見て首を傾げる。

「検討してみます。あ、こちらは悟さんや東京校の皆様へのお土産です」

「なになに?僕たちにお土産?嬉しー。お、『出町ふたば』の名代豆餅!お目が高いね〜!わぁ、他にもいっぱい入ってるねー、ありがとう!あー、よしおくんちょっとこっち来て」

「えっ?よしお?あ、よしおです!」

よしおと呼ばれた少年は、手招かれて五条に近寄り、何やら二人してコソコソと話し始めた。
暫くすると五条はナマエを向いて、「よしおくんのことはオフレコでよろしく!」と親指を立てる。

少年のよしおという名は恐らく偽名であり、何か込み入った事情であることを理解したナマエは頷いた。
少年は見たところ良い人そうであるし、五条には高専入学の後ろ盾になってくれた恩義がある。拒否する理由はない。

ここでのことを口外しない約束をしたナマエは改めて五条に礼を言うと、地下を出て、家入がいるかもしれないという医務室へ行くことにした。
ただナマエは医務室の場所がわからないことに気がつき、困っていたところへ真依から電話を受けた。

『アナタ今どこいんの?もう東堂先輩が握手会行くぞって急かしてくるんだけど』

「家入さんのいるという医務室を探しているところでして、もう少し時間がかかりそうです……なんとか握手会に間に合うように頑張ります」

『そう。今医務室行ったら、私にボコボコにされた生意気な茶髪がいるでしょうからやめといた方がいいわよ。ナマエなんかモロにチンピラのように絡まれて餌食にされるわよ』

「チンピラ?真依さん、何をしていらしたのですか?」

『別に生意気な一年を玩具にしただけよ。じゃあ、もう切るわ。できるだけ早く合流してよ。東堂先輩と二人っきりなんて疲れるんだから』

「わかりました。では、後ほど」

通話を切ると、ナマエはできるだけ校舎に降り注ぐ日差しを避けながら、校舎内を引き続き彷徨った。

影から影へと渡って歩き、とある古い木壁の建物に沿って角を曲がろうとすると、タイミング悪く飛び出してきた人にぶつかり、ナマエは鼻を打ち、衝撃によろめいた。

「すみません!大丈夫ですか?」

「はい……大丈夫です……」

ナマエは鼻を押さえながら、ぶつかってきた相手を見上げる。
相手は先程会ったよしおという少年と同い年くらいの男の子で、ツンツンと尖った黒髪や少し吊り上がり気味の目が特徴的であるが、表情は優し気で、ぶつかったナマエの顔を心配そうにのぞき込む。

「……ミョウジ、か……?ミョウジも来ていたのか?」

「はい……?」

「ちょっと、伏黒。あの女だけじゃなくてこの子とも知り合いなの?」

伏黒と呼ばれた男の子の後ろにいた、快活そうな茶髪の女の子が顔を出す。
薄っすらと聞き覚えのある姓にナマエは記憶を辿るが、なかなか思い出せず首を傾げた。

「いや、知り合いというか……俺のこと覚えてないのか?昔『呪霊封じの祭』で会わなかったか?ミョウジは確か一番派手な着物を着て琴を弾いていた。ギターソロやってんのかってくらい、一人だけ音も目立っていただろ?」

今はもうミョウジ家が出禁になってしまった祭りの名を出され、ナマエは動揺した。
揺れる心を抑えて、伏黒を見つめながら記憶を探る。確か毎年ナマエが一番目立つように、と母に金糸や螺鈿が織り込まれた豪奢な着物を着せられていて、ナマエはナマエで憲紀に自分が演奏しているところを注目して欲しくて勝手に曲をアレンジして弾いていた為に、どの年の祭りのことだかわからなかった。そもそも祭りではいつも憲紀に見てもらうことばかりを考えて、他のことになど殆ど注意が向いていなかった。

「申し訳ございません……」

「いや、覚えてないならいい……それで何故禪院先輩と離れて一人でいるんだ?」

「家入さんを探しておりまして校舎を彷徨っていました。あ、申し遅れました。京都校から参りました一年生のミョウジナマエと申します」

「同い年なの?大人びてるわねー。あの真依とかいう礼儀知らずの女にこの子の爪の垢でも煎じて飲ませてやりてぇわ……私は釘崎野薔薇。真依とかいう女は腹立つけど、アナタのことは好印象ね」

本来なら自分の大事な先輩を悪く言われて嫌な気分になるところだが、真依から「生意気な茶髪をボコボコにした」と聞いていて、その茶髪が釘崎であることに気がついたナマエは複雑な気分になる。

「家入さんならあそこの建物にある医務室だ」

伏黒は後ろを振り返り、遠くにある建物を指差す。見たところ出入口がどこかはわからないが、その建物をぐるりと一周すればどこかしらから入れるだろう。

「教えてくださってありがとうございます。迷っていたところなので助かりました」

「なんか危なっかしそうだから医務室まで送っていく。外暑いし迷子になって無駄に歩きたくないだろ」

「ご丁寧にありがとうございます。お言葉に甘えさせてください」

伏黒の提案に、日差しの強い中校舎を歩き回って疲れていたナマエは素直に甘えることにした。
右に伏黒、左に釘崎と、二人の間に挟まれる形で歩く。

「ナマエって顔に汗かかないタイプ?肌綺麗だけどファンデどこの使ってるの?てか、その制服高専の?セーラー服なのにボタン付きって着脱楽そうでいいわね」

釘崎から次々に質問が飛んでくる。自分へ興味を持ってくれる様子をナマエは好意的に捉え、笑顔を見せた。

「今日はベースだけ控えめで、ETVOSの日焼け止め美容液とピジョンのベビーパウダーを使っています。この制服は担任の先生が注文してくださったものでデザインはわたしが決めたわけではないです。仰る通り、ボタンが付いていて脱ぎやすいので機能性がいいですね」

「へぇ、参考になるわね。やっぱ私の制服暑すぎるし、夏服申請考えとかなくちゃ。交流会にはでるの?」

「いえ、一年生なので参加は致しません」

「こっちは人数合わせで参加するのよねー。まぁ、ナマエが相手とかやりづらいから不参加でよかったわ」

釘崎は素直に安堵の表情を浮かべる。それから間をおいて、ふとたった今気がついたように、先程から黙って正面ばかりを見て歩いている伏黒をジト目で見つめる。

「伏黒さっきから何黙ってんのよ?もしかして、美女二人に緊張してんの?」

「……別に」

「もしかして、ナマエみたいな子の前ではカッコつけて無口クール装うタイプ?やめな?」

「実際あんましゃべんねぇ方だろ」

「意外と話す方じゃない」

「そうでもねぇけど……」

「変な伏黒ー。ナマエは気にしなくていいわよ。今日の伏黒情緒不安定みたいだから」

釘崎と伏黒の間に挟まれて、二人を交互にみるナマエに、釘崎はひらひらと手を振る。

「情緒不安定はどっちだよ……」

と、伏黒はちらとナマエを見たかと思えば正面に視線を向けたまま「交流会に参加しなくても顔は出さないのか?」と聞く。

「できれば同行して先輩方を応援したいのですが、先生にだめと言われてしまいました」

「そっかー。まぁ、向こう行けば会えるっしょ」

「家入さんに会ったら今日はもう帰るのか?」

「はい。この後先輩方と合流して帰る予定です。本当は観光もしたかったのですが日帰りです」

「あの二人と一緒にいるとか地獄だわ。嫌だったらここで時間潰してもいいのよ?」

「お誘いありがとうございます。ですが、真依さんや東堂さんには可愛がってもらっています」

「あの二人から虐められるところしか想像できないわ……まぁ、身内には甘いってやつなのかしら」

身内にも厳しい真依と東堂を知らない釘崎は自分を納得させるようにそう結論付ける。事実二人は比較的ナマエに優しいところはあるのだが、タイミングが悪ければナマエでさえもぞんざいに扱われていたりする。

会話が一旦途切れたところで伏黒が相変わらず正面を向いたまま、「加茂さんは元気か?」とナマエに話題を振る。

「はい。憲紀さまはお元気ですが……憲紀さまとはお知り合いですか?」

「会って話したことはある程度だけどな」

「加茂って御三家の人ね。なんで様付け?」

「憲紀さまはわたしの許婿ですので」

「彼氏持ちな雰囲気は感じてたけど、許婿かー……なんかこう、隙がありそうでないパターンだったのね」

「憲紀さまには隙だらけとご指摘されますが、釘崎さんにそう言っていただけると嬉しいです」

「いや、褒めてはないわよ。しっかし、彼氏持ちとはナマエもやるわねー」

「許婿は彼氏とは違うだろ……」

「男いることには変わりないわよ。残念だったわね、伏黒」

「何がだよ」

「知らない振りしちゃってー」

再び自分を挟んで言い合いをする二人をナマエは困ったように見遣る。

そうこうしているうちに三人は医務室の前までたどり着いた。

「ここが医務室だ。薬剤の在庫チェックするって言ってたし、まだ家入さんいると思う」

「案内してくださり、ありがとうございました」

「ああ」

「じゃあ、私たちは打倒京都ってことで訓練するから何かあったら連絡ちょうだい。このQRコード読み取って」

「はい……すみません。まだ慣れなくてQRコードを読み取るにはどうしたらいいでしょうか?」

「ああ、それはね……本当に同い年よね?」

「高専生一年生です」

「それは聞いたけども。まずはアプリ立ち上げてー……ホーム画面いって。いや、それホーム画面じゃなくて……左下の……そこもホーム画面じゃないわよ?あー、スマホ借りていい?」

まるでデジタルに慣れていない親世代を相手にするように、釘崎は根気よく説明していたが、面倒になったのかナマエからスマホを借りてあっという間に自分の連絡先を登録した。

「通知めっちゃきてたから見た方がいいわよ?」

「本当です。憲紀さまや先輩方から沢山来ておりました……後で確認しようと思います」

スマホを確認すると、確かに憲紀や東堂、真依からの連絡が何通も来ていた。憲紀にだけでも早く返信したいが、これらを一気に捌くのは時間がかかりそうな為、ナマエは一旦保留することにした。

「彼氏の連絡を後回しかー。私と同じタイプね」

「オマエ男いねぇだろ……」

「後回しといいますか、憲紀さまにお返事する時は色々と悩んでしまい、いつも時間がかかってしまうので、余裕がある時でないとなかなか難しいです」

「そっちのタイプだったのね。私、いちいち連絡よこしてこられると冷めちゃうタイプなのよねー」

「だからオマエ男いねぇだろ……」

「さっきからうっさいわよ、伏黒。じゃあ、またね」

「はい」

手を振る釘崎と軽く会釈をする伏黒の背中へナマエは頭を下げて見送った。



 ◇



医務室で家入に挨拶を済ませたナマエは憲紀や他の先輩からのメッセージに返信を済ませ、高田ちゃんの握手会の開催されている幕張メッセへと向かった。
途中何度も人に道や電車の乗り換えを聞き、なんとか高田ちゃんの握手会に間に合った。

初めて芸能人に会い、言葉を交わし、握手をしてもらえたナマエはあまりの感動に口数を少なくし、東堂たちと京都の高専へ戻っても高揚感が抜けきらなかった。

ナマエはどこか落ち着かない様子で、いつも通り報告を兼ねて憲紀の部屋へ東京土産を持って会いに行った。

「こちらが東京ばな奈のコーヒー牛乳味です」

「ありがとう。気を遣わなくてもよかったが、いただくよ」

「はい。プレーンタイプのものも後で皆さんに配る予定なのでよければそちらもお召し上がりください」

「土産はいいとして、どうだったのだ?」

「それが東堂さんにチケットを譲っていただいたお陰でなんとか高田ちゃんに会うことができました。映像よりも実物の方がずっと綺麗で可愛らしく、同性でありながらドキドキさせられる色気もありました。帰宅した今も感動しております。あんな風に笑顔いっぱいで優しく対応されてしまってはもう忘れられません……こうして両手を握っていただけ、耳元でナマエちゃんと呼ばれまして……緊張に震えて何も話せなくなってしまいました……」

「私が聞いているのは五条悟のことであったのだが……?」

熱のこもった様子で高田ちゃんのことばかりを話すナマエに対して、憲紀は見送る際と同じく心配そうな表情を浮かべていた。



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