どうかためらいなく
気付いた時には知らない布団の中にいた。
どうしてたんだっけ?と、ぼんやり考えていると、横から「気付かれましたか?」と突然声をかけられたため、思わず驚いて慌てて飛び起きる。
「ゆっくりしててください。面倒を見るように仰せつかってますので」
「・・・誰に、ですか?」
思い出した。無理矢理お見合いを強要されて、逃げている途中だったのだ。
きっと、あのお金のことしか頭にないおばさんか、お見合い相手だろう。結局捕まってしまったのかと気分が落ちる。
「楸瑛様にですよ。夕餉の時間までには戻ってくると仰っていたので、それまでゆっくり休んでくださいね」
そんな名前だっただろうか。にこにこと人のいい笑みを浮かべているそのおばさんは、どことなく変わった格好をしている。
てっきりずっと見張られると思っていたら、あれからすぐにお辞儀をして部屋を出て行った。
(これってチャンスよね?逃げるしかないよね?)
布団から出ようとして気付く。今まで自分が寝かされていたのは見たことのない枠組みのベッドであった。
部屋の雰囲気もどことなくおかしいような気がしたが、あまり気にも留めず颯爽と部屋を抜け出した。
そして今、抜け出したはずの部屋に戻ってきている。
藍楸瑛と名乗るこの人は、あのおばさんが話していた楸瑛様なのだろう。
別の人がお茶を持ってきてくれて、一息ついた後、ひとまずお礼の言葉を述べた。
「あの、保護してくれた方ですよね?ありがとうございます。それで私、なんでこんな場所にいたのかも分からないのですが、第一ホテルはここから近いでしょうか?」
「だいいちほてる?聞いたことないけれど、調べさせておくよ。で、私もひとまず聞きたいことがあるのだけれど、」
「はい、」
好奇に満ちた瞳に射抜かれる。次いででた言葉は意味の分からない質問だった。
「君は桜の花の妖精なんじゃないかと思っていたのだけど、違うかい?」
あまりにも嬉しそうに聞かれたものだから、問われた意味を理解するのに数秒かかってしまった。
「ち、違います!人間です!!え、どう見たって人間ですよね??」
慌てて否定を口にする。先程から若干話がかみ合っていないような気がするのは私の気のせいではないだろう。
「え?そうなの?」と逆に驚かれ、彼のその考えにまで至った経緯を事細かに説明された私は思わず絶句するほかなかった。
目が覚めた時からおかしいとは思っていた。
冷静に思い返してみれば、今日この邸から逃げ出した時に見た風景も、関わった人たちも、全部日本では見ることのできないものである。
目の前にいる彼も中華風という言葉が似合うような装いをしており、そのへんにいる普通の日本人男性には到底見えない。
かくいう私もピンク色のチュールスカートといった普段着ないようなワンピースを着ているので人のことまで言えないが。
ぐるぐるとあらゆる思考を巡らせる。いくら考えても考え付く場所は一つしかなくて、信じがたいが認めざるをえない状況になっている。
突然現れたと言われたが、あいにく瞬間移動能力なんか持ち合わせているはずはない。
この邸の外で何人もの人に道を尋ねたが変な目で見られるだけで、誰も日本について知っている人はいなかったのだ。
「君、大丈夫かい?」
徐々に青ざめていく私の顔色を心配してか、そっと顔を覗き込まれる。
自分の考えが合っているのならば、初対面であろうと目の前にいるこの人しか頼る人がいない気がする。
(悪い人ではないよね・・・?)
この際直感を信じるしかない。意を決して相談してみることにした。
「ええと、そうですね、もう私の中である程度考えついた答えがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
危機迫るものを感じとったのか、彼の顔はさきほどまでのにこやかなものから、真剣な表情へと変わっていった。
「うーん、俄かに信じられる話ではないけど、君の状況からして信じるしかなさそうだね」
「・・・信じてくれるんですか?」
「何もない場所から現れたのを見たのは他でもない私だからねぇ」
花の精だと思っていたけど違ったんだね、と、少し残念そうに微笑む。
「好きなだけここにいていいからね」
「え?いいんですか?」
頼ってみようと思ったのは自分だけれど、さすがにそこまでしてもらっていいのだろうか、と戸惑う。
けれど他に頼る場所も人もいないから、素直に甘えたほうがいいのかもしれない。
なにせ、この世界で生きる術をなにひとつ持ち合わせていないのだから。
居住まいを正して深く頭を下げた。
「珠希といいます。よろしくお願いします。」
20150914
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