当たり前のように二人は


ここは後宮、貴妃の私室である。
陽も暮れかけた夕刻、室内には気の抜けた表情をした二人の姿があった。
「あー、疲れた!!町で仕事しているほうがずっと気が楽だわ。・・・って、珠希、貴女大丈夫?」
「大丈夫じゃない・・・、秀麗ちゃんほんとすごいよ、お姫様にしか見えないもの」

ここ数日はめまぐるしい日々だった。
なぜか藍家の人間として後宮入りすることになったため、一日で女官たる者としての術を学び、後宮に入ったら入ったで女官達の好奇の目に晒される。
ちゃんとしなければと思い気を張り詰めるのだが、その状態が一日ずっと続くわけがなく、少なからずとも事情を知っている珠翠が気をきかせて、こうして夕刻には二人っきりにしてくれたのだ。
「あら、珠希も大したものよ。珠翠が褒めてたもの」
「え、ほんとに?」
素直に嬉しい。珠翠は女性から見てもとても綺麗で品があり、見本にしたい人でもある。
にこにこと嬉しそうに表情を緩ませる珠希の傍に秀麗は近寄った。
「それにしても本当にありがとうね。珠希がいなかったら、私心細くてしょうがなかったわ。いくら父さんや、静蘭もいるからってこんなに近くにはいてくれないもの」

ひょんなことで知り合った秀麗。
ある日突然宮城の偉い人が貴妃という名目の仕事を秀麗に頼みにきたときに、一緒にいた珠希にも貴妃の専属女官として白羽の矢が立ったのだ。
(あのお爺さん不思議な人だったな)
珠希が藍家でお世話になっていることを知っていたのだ。
「まさか珠希が藍家の人だったなんてねー、みんな興味深々だったわね」
「私も楸瑛様があんなに人気だなんて知らなかった」
女官達の質問攻めがすごく、全く身動きがとれなくなった頃に、珠翠が一喝して助けてくれたが、それからも何度も呼び出されてはいる。主に楸瑛のことに関してだ。藍家直系の遠縁として後宮入りしているため、普段の楸瑛はどうなのか、特定の女性がいるのか、好みはなんなのか、など。
確かに顔も整っているし、背も高い、社会的地位も申し分ないだろうし、独身とくれば寄ってくる女性も多いだろう。

「珠希さん、そろそろお帰りの時間になられますよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「え?もうそんな時間なの?寂しいわね・・・」
珠希が貴妃付女官として後宮入りするにあたって藍家からの条件がいくつかあった。
そのうちの一つが、後宮入りする一般の女官とは違い、住み込みではなく直接通うということ。また、陽が落ちるまでに邸に帰ることを楸瑛と約束している。
「裏門までの道は大丈夫ですか?」
「わからなかったら誰かに聞きます!じゃあ、また明日ね、秀麗ちゃん!」
「えぇ、また明日」


後宮といっても広い。少しの記憶を頼りになんとなくで歩いているが、いつまでたっても外に出れない。
(うーん、おかしい)
人通りもないため誰かに尋ねることもできない。
素直に珠翠に案内してもらえばよかったが、これから夕餉の時間にもなるしで忙しいだろうから余計な手間はかけさせたくなかった。
(ずっと歩いてたら誰かに会うだろうし・・・、あ、!)
見覚えのある景色が見えた。
(そういえば、あの人元気でやってるかな、)
進めていた足を止めて、しばし木々に夕陽のオレンジ色が溶けこむ様を眺めていた。
と、ふいに後ろから腕を強く引かれ、突然のことに対応できなかった珠希の体は後ろに傾く。そのまま倒れるかと思ったが、次いでぽすっと何か温かいものに当たった。
バランスを崩して一人で立てない珠希のお腹に、そのまま誰かの両腕が回り、ぎゅっと抱きつかれた。
同時に香る匂いと、見覚えのある薄い色のさらさらとした髪に、珠希は慌てることなく身を任せた。少し強張っていた肩をすっとおろす。
「あら、ごんべえさん、お久しぶりね」
「・・・・・いきなり消えて、いきなり現れて、やっぱりそなたは桜の精なのか?」
「ちゃんと人間だから、もう消えたりしないと思うから、離してちょうだい。ほら、あれからちゃんとご飯は食べてる?顔を見せて?」
「・・・・・・・・。」
離さないようにとがっちりと回されていた腕が徐々に外され、きちんと両足で立たせてくれた。
振り返り視界に入った人は、珠希がばっちり予想していた人である。
長ったらしい前髪をサイドによけて、子供にするように両頬を両手で包み込んだ。
「ほっぺがちょっとふくよかになってる!」
「そなたに怒られたからな!また現れたときに怒られないように毎日お腹いっぱい食べることにしたのだ!って、そうじゃない!!」
えへん顔で語っていた彼は突然頬を膨らました。
「あ、ごめん、私も話したいことは沢山あるんだけど、今日はひとまず陽が落ちる前に帰らないといけないから、また明日でもいい?」
「・・・嫌だ。大体どこに帰るというのだ?」
「今、藍家にお世話になっているから貴陽の別邸に。」
頬の膨らみがより一層増した。
「・・・・・・嫌だ」
堂々巡りで長引きそうだったが、結局、明日出仕する時間前に会うということと、今度一つだけお願い事を聞いてあげるということで納得してもらった。
「そういえば名前聞いてなかったわね。私は珠希。あなたは?」
「・・・劉輝」
「劉輝ね、あ、悪いんだけど裏門までの道わかる?すっかり迷っちゃって、」
「別の裏門なら案内できる。こっち、」

珠希の左手をとり先導して歩く様子に、初対面の時を思い出した珠希は成長した弟の姿を見ているようでなんだか少し安心した。




20151111
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