僕には君が必要だった


はじめのはじめ、藍邸で気づいた時、とにかく逃げ出さないとという気持ちだけで外に飛び出た。
だが飛び出たはいいものの、見たこともない景観に、見たこともないような服を着ている人たちに戸惑った。
歩く道は整備はされているがコンクリートではなく、上を見上げても電線が一つもない。高い建物もなく空は大きく青かった。
車、自転車などはもちろん走っておらず、どこぞの時代劇に迷い込んだかのようだ。
ここの人たちから見れば異端者のような恰好をしているからか行き交う人の目線は冷たい。
話しかけてもよそよそしく逃げられるか、話を聞いてくれても自分が住んでいた住所どころか日本なんて場所は知らないと言われる。

一時間ほどは彷徨い歩いただろうか。
いっこうに自分が知っている景色も見えず、靴も履いていなかったためいい加減足も痛い。
ちゃんと話のできる人もおらず、心身共に疲れ果てていた。
(・・・どーしよ)
人目につかないような場所を見繕って、珠希は座り込んだ。
どれくらいそうしていたかはわからない。体育座りをして一度膝に顔を埋めればもうあげる気力はなかった。


「・・・・・たのだ?」
(声が聞こえる・・・)
「・・どうしたのだ?」
すぐ近くで声が聞こえた。
自分にかけられているのだと気づいて、そろそろと顔をあげるとこちらを覗き込む髪の長い人がいた。
「ここが、どこだか分からなくて、」
「・・・迷子か?」
十分いい大人な年齢だけど、迷子と言われると、それがぴったり合うような気がした。思わず、ふふっと笑みが零れる。
「そうかも。日本って知ってますか?」
「ニホン?聞いたことがないが、そこがそなたの故郷なのか?」
こくりと頷く。
「そうか!ニホンでは皆そのようなふわふわとした衣を着ているのか?」
長い前髪から覗く表情はにこにことしていた。
知っている人のいない中、笑顔を向けられたのは初めてで、思わずまじまじと見つめていたら、視線に気づいた彼ははっとしたように表情を強張らせた。
「どうしたの?」
「い、いや、迷子だというのに、少し不謹慎だった・・・」
しゅんと肩を落とす様子に珠希は首を横に振った。
「ちょっと混乱してるから色々話聞いてくれたらうれしい」
ぱぁっと表情が明るくなる様を見て、珠希もどこか嬉しくなった。

それから、抜け道のような場所を通って連れていかれた場所はこれまた大きなお屋敷で、裸足で歩いているのに気付いていたのだろう、靴を貸してくれた。
話しながら歩いていると、一際大きな木のしたで、ぴぃぴぃ鳴く声が聞こえる。
近寄ってみれば、雛が草の上でもがいていた。
鳥の巣から落ちたのだろうか。
珠希はすぐに周囲から大きな葉を集めて、その葉を使って雛を持ち上げる。そして、そのまま彼に渡した。
「どうするのだ?」
「巣に戻してあげようと思って。一度巣から落ちたり、人間の匂いがついた雛は親鳥に捨てられるとか聞くから、ちゃんと受け入れてもらえればいいんだけど・・・」
と言いながら、幹に掴まり、木の窪みにひょいと足をかける。
すると彼はぎょっとしたように慌てだした。
「ちょ、ちょっと待て!そなたが登るのか?!」
「うん。あの下の枝まで登ったら雛を渡してくれる?」
「危ないから余が、」
「あなただったらあの細い枝が折れちゃうかもしれないし、雛を持ちながらだと登れないでしょ?大丈夫大丈夫!私結構運動神経はいい方だから!」
と言いながらあっという間に下の枝まで登った珠希は器用に雛を受け取り、上にある鳥の巣にそっと雛を戻した。
兄弟達に苛められ落とされる様子もなく、間もなくやってきた親鳥も分け隔てなく接している様子を確認してほっとした珠希は、周囲を見渡した。
桜の木が立ち並ぶこの場所は、咲き始めではあるが薄ピンク色に染まっていてとても綺麗だった。
下から心配そうに見上げる顔が一つ。
「まだ下りてこないのか?」
「桜がすっごく綺麗に見える!あ、あっちの枝なら、二人でいても大丈夫そう!」
おいでおいでと楽しそうに手招きする珠希に男は笑みを浮かべた。

「木に登ったのは久しぶりだ・・・」
感慨深そうに遠くを見つめている。その瞳に映っているものは桜の花ではなく、なにか別のもののようで、珠希も一緒の方向を見つめた。
「兄上がいたころは毎日が楽しくて、木に登ったこともあったのだ」
「うん」
「さっきのそなたのように膝を抱えて日々を過ごしていた」
「・・・ね、」
「・・・なんだ?」
「・・・今も?」
「・・・・・・」
眉もさげて、悲しげな表情はまるで捨て置かれた幼子のようだった。
徐々に俯き気味になる様子に、珠希は横を向き「こっち向いて」と声をかけた。
言われたとおり、顔をあげて横を向いてきたその顔を、両頬を、自分の両手で掴む。
掴んだ頬は引っ張れるほどの肉がない。ぎゅっと掴まれたその顔は間抜けな表情をしている。
「むぐっ!にゃ、にゃにを・・」
「ちゃんと食べてる?」
「た、食べてないかもしれない・・・」
「ちゃんと食べて、よく寝て、日々を楽しく過ごしてないと、お兄さんも悲しんじゃうよ」
「そうかも、しれないな・・・」
「私もさっきみたいにもう膝を抱えて座り込んだりしないから、一緒に頑張ろう?」
「うむ、頑張る!」
そう言った彼は、もう先ほどのような悲しげな顔をしておらず、どこかやる気に満ちているようで珠希は一安心した。
「それにしても、不思議だな」
「なにが?」
「初めて会ったばかりなのに、なんでも話せている・・・。そなたもしや人間ではないのではないか?」
珠希自身も初対面でここまで打ち解けられるのが不思議だった。
弟がいたらこんな感じなのだろうかと思う。
彼も同じようなことを思っているようだが、行き着く答えが少しずれている。
真面目な顔で問いかけてくるのだから、彼は本気でそう思っているのだろう。
「人間じゃなかったら、なんだと思うの?」
うーむ、と考える素振りを見せた後、閃いたと言わんばかりに表情を輝かせた。
「桜の精だ!その薄紅色の衣にぴったりであろう!!」
「うーん、残念ながら私は人間だけどね」

すっかり打ち解けたところで、二人は色々な話をした。
日本にどうやって帰るかなどの具体的な話はしておらず、主に彼の問いかけに珠希が答えるというもので。
人懐っこい犬にとてつもなく懐かれたような感覚である。
だが、そんな時間は長くは続かなかった。
何かを感じとったのか、急にそわそわし始めた彼に、珠希は首をかしげる。
「どうしたの?」
「しまったのだ!あ、こっちに・・!すぐまた迎えにくるから!!」
言うなり、突然枝から飛び降りて、次の瞬間にはもうここから見える場所からはいなくなっていた。


そのあと楸瑛に見つかり、藍邸にお世話になることになる。





20151215
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