寂しがる


仕事をそつなくこなす沙耶であるが、料理だけは苦手なようで、一度ポアロでまかないをご馳走したところ、頻繁にご飯を作ってくれと要求されるようになった。
頬を緩ませてご飯を頬張る姿を見ていると小動物を餌付けしている気持ちになってくる。

「それ食べ終わったら送りましょうか?」
「あ、今日はこれから、」

と、返事の途中で沙耶の携帯が着信を知らせた。
出ますね、と一言断りを入れて電話に出る。「安室さんちにいます。はい、あ、じゃあ着いたらまた連絡してください。」と短い会話のやり取りであったが、

「これから出かけるんですか?」

時刻は夜の22時半だ。
話の内容からして誰かが迎えにきてくれるのだろうが、自分を知っているとなると限られてくる。
ふと工藤家の居候である大学院生の顔が浮かんだ。自分の訝しげな表情に気づいたのか、沙耶はすんなりと相手の名前を公表してきた。

「は?風見・・?」

自分の部下の名前を出されるとは想定外だった。

「中々忙しいみたいで、相手してくれる時間がどうしても早朝か深夜になってしまうんですよね。ちょうどいま近所にいるみたいで」
「ちょっと待て、何の相手」
「あ、はいはーい。すぐ行きますね」

一体なんの相手だ、と聞こうとしたのに、再び鳴った携帯の対応をして、こちらの質問はなかったことにされ、いそいそと帰り支度を始めている。
「じゃあまた」と颯爽と部屋を出て行こうとしたので、「送っていく」と後をついていった。

近所のコンビニで待ち合わせをしていたようで、沙耶の横にいる自分の姿を見とめた風見は驚いたような表情をして、お疲れ様ですと頭を下げてくる。
隣の沙耶は「かざみーん!」と普段見たこともないような陽気さで声をかけている。

「あの、どうして一緒に・・・?」
「送ってくれたみたいです」
「はぁ。そうなんですね。」

居心地悪そうにこちらを窺ってくる風見。自分でも不機嫌な態度をとっていると分かる。腕組みをして二人の様子を見ているのだから。

「いつもの部屋とってくれました?」
「あぁ、ちゃんと手配はできているよ」
「いつもありがとうございます。では安室さん、また」

ひらひらと手を振って風見の車へ向かおうとした沙耶の手を思わず掴んだ。
突然のことに、きょとんとした面持ちで「どうしたんですか?」と聞いてくる。

「・・・二人でどこに行くんですか?」

意図せず、自分にしては低い声がでてしまった。
風見に視線を向けると身体を強張らせたので、睨んだつもりはなかったが、睨んでいたのだろう。
なぜこんなに苛々してしまうのかは分からない。
心がざわついてしょうがない。ここしばらくは感じていなかった感情であることは確かだった。

沙耶の手を掴んでいた自分の手に、沙耶のもう片方の手が重ねられる。
え、と少したじろげば、目を細めながら微笑まれ、心臓がとくんと波打った。
今まで自分には向けられたことのない表情で、でもどこかで見たことのある表情で、心が更にざわつく。

「安室さんも一緒に行きますか?」
「え、」
「なんだか寂しそうな顔してます」
「・・・・・・」

目の前の風見が笑いを堪えるように俯くのが視界に入った。
あぁ、そうか。見たことがあると思ったのは、沙耶が時折子供たちに見せる表情であったのだ。
ようやく懐いた小動物が、別の誰かにも懐いていることに寂しさを感じていたのだろうか。
ふ、と息を漏らし、「沙耶さんが、やけに風見と仲がいいんで」と正直に心の内を告げる。


「今の仕事に勧誘してくれたの、風見さんなんですよ。テコンドー仲間だし。」
「・・・は?テコンドー?」
「沙耶さんとはテコンドー教室で知り合いまして。その教室が潰れたんで、定期的に組手をしてるんです。」
「はぁ・・・」
「安室さんも色々体術できるんですよね?相手してください」

必要とされることに嬉しいと感じる自分がいて、随分絆されてしまったものだ、と含み笑いを零した。

20170531

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