私――――あれがし・なにそれはマグル出身の魔女だ。数年前ホグワーツをそれなりの成績で卒業し、ダイヤゴン横丁の魔法使いご用達の老舗書店に就職した私は、昨日夫婦水入らずで海外旅行に出かけた両親に代わって実家のカフェの調理場に立っていた。とはいえここはロンドンの中心街からすこし離れた小さなカフェである。常連は近所に住む馴染みの客ばかりだし、今日もきっといい意味で退屈に終わるに違いない。
 そう思いながら魔法でコーヒー豆を煎っていた矢先だった。
目をひんむいてしまうような奇抜な3人組が入店してきたのである。私はぽかんと口をあけてから――慌てて杖を振ってすべての作業を手動に切り替えた。うっかりしてた。もし魔法を使っているところを見られていたら、と背中を冷や汗が伝う。しかし魔女歴10年越えの私がうっかりしてしまうのは無理もなかった。赤い髪の整った顔の青年と、何やら不思議な器具を頭につけた紳士の陰で居心地悪そうにしている男の子の名前を、私は知っていたのだ。
セブルス・スネイプ。スリザリンの中でも一番闇の魔術に精通しているだとか、あの人に傅いただの色々と後ろ暗い噂の絶えなかった下級生だ。
……だけどそんな人がなぜ、マグルのカフェに?
まさか、闇の魔術の取引をするために――という不穏な考えが頭を過ぎる。というのも流暢な英語で3人分の飲み物を注文する赤毛の少年の目は魔法の力を感じさせるほど威圧的というか、相手に有無を言わさないような何かを秘めていて、私は委縮しそうになりながらやり過ごすように注文を受けた。それにスネイプと一緒に奥の席に座っている壮年の紳士。ちらりとしか見えなかったが顔に大きなひどい傷を負っているようだった。どうして闇の魔術の取引場所にうちを選んだんだ、と無意識にスネイプを睨みつけると咎めるような目をしたスネイプと目が合ってしまった。私はあわてて店の奥から牛乳を引き寄せようと取り出した杖を引っ込める。あぶないあぶない、ぼんやりしすぎた!幸いマグルらしき赤髪の青年はこちらを見ていなかったので、私は心の中でスネイプに感謝しながら(いわゆる手のひらクルーとかいうやつだ)何事もなかったかのように飲み物を渡した。

「なかなか美味だ。異国にはこんな素晴らしい飲み物が存在するのだな。……ところで、赤司君?少し元気がないようだが…………?」
「……。さすが鶴見さん。敏腕情報将校……という噂は本当なんですね」
「昔の話だ」

 ……私は調理場でスコーンの材料を捏ねながら、3人の話をそっと盗み聞く。闇の魔術に見て見ぬふりをするのはホグワーツでの7年間の教育を無駄にしてしまう気がしたのだ。嫌だ、聞きたくない、と逃げ出したくなるような気持ちを抑え込んで、私はじっと静かに待つ。

「して……うまくいかないこと、とは?」
「春香のことです」

 ハルカ?人の名前だろうか……。私は杖をぎゅっと握りしめた。

「春香って元からドジなんですけど、最近はそれが加速してきている気がして。昨日もスネイプくんの家で魔法道具いじくりまわして魔界の扉開けかけるし」

は?

「いや、それはドジのせいではない」

 スネイプが冷静な声で突っ込む。その通りだ。ていうかなんてもんを持ってるんだスネイプおまえ。

「おそらく、灯希が通販で買ってそのままにしておいたのだと思う。あやうくあなたの恋人をケルベロスの生餌にしてしまうところだった。申し訳なかった」

 スネイプが申し訳なさそうに眉を寄せる。ケルベロスならば――――魔界でなく冥界だ。この少年は、弱冠17歳にして冥界への入り口を発見したというのか。それにしても……本当ならばこれはきっと魔法界の大発見になるのではないか。私はごくりと唾を飲み込む。

「それから、あれはおそらくどこかの家の地下だろう。納屋と母屋を繋げようと思って買った魔法道具なんだが、とんだ不良品を掴まされたようだ」

 ……。
なぁんだ。

「そうだったんですか。返品期間に間に合うといいですね」
「ああ。今朝送り返してやった。家に帰る頃には全額返金されているだろう。不具合の内容が結構やばいものだから……あっちも返金以外の選択肢はないはずだ」

 どうやらスネイプが常軌を逸した守銭奴であるという噂は本当だったらしい。すると今度は壮年の紳士が部下の話を始めた。見た目はかなりあぶない人ではあったがなんと彼は部下思いの理想的な上司のようで、パワハラ上司にこき使われる日々を送る私は目を潤ませながら彼の話に聞き入ってしまった。タナカという部下が靴を欲しがっていたので新品を取り寄せてやったら「上官より新しいものは使えない」「中尉のばか、脳汁垂れ流しおじさん、顔めっちゃ格好良い、身体の厚み最高、やーいやーい」と怒られてしまったのだと彼は嘆いた。数回にわたる押し問答と他の部下の仲裁を経た末、自分がその取り寄せた新品の靴を使い、タナカに自分の靴を譲ることで決着がついたのだというオチには、ああなんて部下に慕われた上司なのだろうと感動の涙で顔面がぐずぐずになってしまった(赤髪の青年とスネイプが何かもの言いたげな顔をしていたのが不思議だった)。

「すまない。ブラックコーヒーをひとつ頼みたいのだが――今、手はあいているか?」

 あまりに3人の話に聞き入ってしまって、私は新しいお客さんが店に入ってきたのに気が付かなかった。はい、と裏返った情けない声で返事をしながら急いでバックヤードから戻ると、そこには2mもありそうな背丈の精悍な顔立ちの男性が立っていた。もちろん一見さんである。ブラックコーヒを待つ彼は、見覚えのあるかわいらしい袋を大事そうに持っていた。私も何度かお世話になったことのある、近所の雑貨屋の包装紙だ。

「プレゼントですか?」

 コーヒーカップを手渡しながら、思わずそう聞いてしまった。彼は一瞬身体が硬直させて、私の顔を見つめた後――――ボッと顔を赤らめた。照れ隠しなのか、キャップを目深にかぶって何も言わずにスネイプたちのテーブルへ行ってしまう。いや待てお前もスネイプの知り合いなのか、というツッコミはなんかもういまさらなのでやめておこう。

「おお空条君、戻ったかね。……して、件のモノは?」

 件のモノ。彼が大切そうに抱えていた小さな包みを指していることは誰が見ても明白だった。彼がもじもじとしながらそっと例のプレゼントを掲げると、テーブルに座る全員からわっと歓声が上がった。

「買えたんですね!何よりです。うちの春香が何かご迷惑をおかけしたりしませんでしたか?」
「いや。逆に環のアクセサリーの好みを教えてくれたり、大変力になってくれた。……みんな、ありがとう。心から感謝する」

 大柄の彼は今にも泣きそうだった。壮年の紳士が席を立って彼の肩をぽんぽんと叩く。

「あとは環さんに贈り物を渡して、誕生日を祝うだけだな」
「どうやって祝うんですか?俺たちも出来る限り協力させていただきますよ」
「うっ」
「「「う?」」」
「………………どうやって、祝おう……………」

 そう言うなり彼は呆然と椅子に座りこむ。――――店中に困惑の色が広がるのが分かった。ぐったりと床を見つめる彼に慌てた大の男たちがおろおろと彼の顔を覗き込んだり、眉を寄せて心配そうに顔を見合せている。そんなカオスな空間に怖気づいたのか、一瞬店の扉を開きかけた常連のアンソニーじいさんとクローイばあさんが回れ右して家に帰っていくのが見えた。
 おねがい、戻ってきてアンソニー爺さん。そんな察したような顔をしないでクローイばあさん。私のこと、見捨てないで。

「……どうやって祝うって、……どうやって祝う?そう言われてみると、確かに……」
「普通におめでとうって言って、キスでもしてあげればいいんじゃないか?あと花束も一緒に渡してあげたり、おいしい晩餐を食べたり。……こんな感じのが、お祝いのテンプレートだろう?」


 何か問題でも?とでも言いそうな困惑顔でスネイプが言うと(スネイプの発言にしては珍しく正論だ)、「ああ〜」と同意の声があちこちから上がった。自信なさそうに大きな身体を縮こまらせて床を見つめる彼の背中を、壮年紳士が優しく撫でた。

「空条くん、安心しなさい。君の思う素敵な祝い方を実践してあげれば環さんはきっと喜んでくれるはずだ」
「その通りだ。祝い方に正解なんてない」
「……空条さん」

 赤髪の青年が真剣な面持ちで前に進み出る。

「春香から、葛西臨海水族園でデートをした時空条さんが手を繋いでくれたのだ、と環さんが嬉しそうに話していたと聞きました」

 この場にいる誰もが息を呑んだ。
 ふうわりとしたやさしい空気があたりを包んでゆく。スネイプも、壮年紳士も、キャップをかぶった彼も、勿論私も――――みんな真剣な面持ちで青年の次の言葉を待った。

「あなたと環さんの過去を思えば、――ちゃんとうまく愛せているか、ちゃんとうまく愛せるか、空条さんが不安な気持ちになってしまうのは痛いほどに理解できます」

バレンタインカラーの瞳に映る、その悲愴の正体は何者か。私たちは息を止めるようにして――伏せられた長い睫毛が、ほんの一瞬――深い思索にまどろむのを見守った。

「……しかし、前世で分かたれた二人がまた再び相まみえることができた。そしてまた再びあいしあう関係になれた。これ以上に素晴らしいことが―――あるでしょうか?」
「ミスター・赤司の言う通りだ、ミスター・空条」

 スネイプが少しぶっきらぼうに言う。

「好きな人の好きな人になれるって、それはとっても素晴らしいことだ。……とっても、幸せなことだよ。だからあなたは、堂々としてて良いんだ」

 この時『環さん』の恋人が何を言ったのか、私は知らない。彼は自分を取り囲む男たちに二言三言小さく何かを呟いた。とても照れくさそうにまたあのキャップを目深にかぶりながら。

「……素晴らしい。素晴らしい!」

 壮年紳士が立ち上がって、――大きく頷きながらパチパチと手をたたいたのを皮切りに、カフェは感動の拍手に包まれる。
 スタンディングオベーション、だ。
 これぞまさしく、迷える子羊ならぬ、大羊の物語の結末にふさわしい――――大団円である。そう思わせるような空気が、そこには確かにあった。

「……おっと、そろそろ時間だ。田中を雑貨屋まで迎えに行かなければ」
「鶴見さん、お忙しい中ありがとう」
「いやいや。とてもいい話を聞けた。空条君、環さんと幸せになりなさい。――――愛する者との絆を邪魔する存在にぶちあたった時は、我が第7師団をたよりたまえ。君のことだ、一人でも何とかなるやもしれんが――仲間がいるのといないのとでは、心身の状態が変わってくる」

 壮年紳士はそう言って微笑むと、颯爽と店を出て行った。残りの者たちも、重い腰をあげるようにして順番に会計を済ませ、カフェを後にする。

 店に取り残された私は――ひとり、消化しきれない感傷のようなものを抱えていた。
 私は『環さん』がいったい誰なのかを知らない。おそらくこれからの人生でも知ることはないだろう。
 だけど、だけど――――こんなにもまっすぐに、心からあいされている環さんはとっても幸せな女性に違いない。そう思った。
《END》




雑貨屋をとことん見尽くして旦那―ズのいるカフェに来たものの、なんだか入りにくい雰囲気だったため『伸び耳』で聞き耳をたてる嫁―ズ
春「話は聞かせてもらった!キスだってキス!20歳の誕生日にぴったりじゃない?!きゃ〜〜!!!!!!」
灯「何言ってんの?」
菜「も〜〜セブりんが余計なこと言うからはれるんがまた変なこと言い始めちゃったよ」