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その執事、一心1
「…。」
「トシ…、そんなに怒らないでください。」
「…別に怒ってねェよ。」
窓辺に腕を組み立つのは眉間に皺を寄せた執事。
それに呆れた溜め息を零すのは主。
「心配してくださってるのは分かります。」
「なら行かなくても良いのでは?」
「これも土方家のためです。」
「…。」
私はトシの隣に立って顔を覗き込む。
「高杉家と友好な関係を築ければ、土方家は完全に安泰です。」
"ですから、ね?"
にこりと微笑んでも、トシは顔を横に背けた。
「"友好"って何です?アイツと厭らしい友好を交わすんですか?」
「トシ!あなたは何て言い方を…、」
トシがここまで拗ねるのは珍しい。
それもこれも、
この招待状が届くにあたった、
過去1度の思い出のせい。
「いいですか、紅涙様。あの時を思い出してください。」
「…。」
「もし俺が入ってなかったら、あの後どうなってたと思ってるんですか」
「…あの時は…私も悪かったんです。」
「それは紅涙様にもその気があって、そうなることを止めなかったということですか」
「トシ!!」
私はまた溜め息を零した。
"あの時"、
"あの後"というのは。
『紅涙、俺の嫁になれ。』
高杉家は、突発的発展を遂げた家柄。
それは国外にも向けられていて、
実質は何で利益が上がっているのかすらも分からないような有様。
比例して、裏の顔があまりにも広い。
それに加え、一人息子の晋助様もまた裏の存在。
カリスマ性は恐ろしく高く、誰もが頭を下げると噂されている。
まるで、どこかの誰かさんの若き日を見ているよう。
以前に、
「トシに似てますね」
と言えば、
トシは本気でムッとして、
「どこが?どの辺が?ほら、言ってみろ。」
どこが似ているか全てを述べさせられた覚えがある。
そんな高杉家に初めて顔を出したのは、
私たちが外交に出だして、
そろそろ高杉家にご挨拶へ行っても恥ずかしくないと判断した頃。
「土方 紅涙と申します。高杉様にご挨拶したく参りました。」
大きな門を何度も越えて、
大きな扉を何度も開いた先にいた執事らしき人に頭を下げた。
その執事は金髪の若い女の人で、
「何の用っスか?」
とても執事とは思えない雰囲気の持ち主だった。
私もトシも、その姿に呆気にとられた。
あの高杉家だから、それはそれはスゴイ執事がいるのかと思っていた。
「あ、あの…、近藤財閥の近藤勲から紹介いただきました土方 紅涙と申します。本日はご挨拶に参らせていただくとお話し」
「あ〜、何か晋助様は忙しいから無理って言ってたっスよ〜。」
「え?!あ、そう…だったんですか…。」
「ンなわけあるか。」
トシはショックを受ける私の頭を軽く叩いて、「おい、不出来執事」と彼女を呼んだ。
「なっ何ちゅう呼び方するっスか!」
「アポ取って来てんだよ、とっとと呼んで来い。」
「だから忙しいって言ってんじゃないっスか!」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないっスよ!!」
「テメェの顔はインチキ臭ェんだよ!」
「それは関係ないっス!どこが?!むしろどこがインチキ臭いっつーんスか!!」
何だか言い合いになる二人の後ろで、私は声を掛けそびれてしまっていた。
すると、後ろから。
「こっちへ。」
決して大きくはない声で、男の人が私の手を引いた。
この人も執事さんかな。
私は彼に頷き、足を進めた。
一度トシを振り返ったけど、まだ言い合いをしている。
後で…来るよね。
そして。
私はトシを放っておいてしまった。
その男の人は、とてもいい香りがした。
何と言うのか、ずっと嗅いでいたいような匂い。
そんなことを言うと私が変みたいだけど、本当に彼はいい匂いがした。
「ここで。」
案内された部屋は、
根の深い絨毯の敷かれた少し天井の高い豪勢な部屋。
土方家の屋敷はもともと簡素化しているので、こういう極端な豪華さは見慣れていない。
「スゴイですね…、この部屋。」
「そうか?」
「えぇ…、どんなことをすればこうなれるんでしょうか…。」
私は部屋を見渡しながら、何度も「スゴイ」と口にした。
その執事らしき人は「さァ」とか言いながら、1番豪勢なソファーに座った。
「あっあの!さすがにそのソファー…、勝手に座っちゃったらマズくないですか?」
「何で?」
「だってほら…執事なわけですし…、出過ぎた真似は…。それに…高杉様って、噂じゃすごく恐い人らしいですし…、」
執事らしき人はソファーの腕掛けに片肘を掛けて、「へェ」と言った。
そしてその掛けている手で自分の唇に触れながら、
「その噂ってどんな噂だったんだ?」
「それは…さすがに執事のあなたにでも…。」
「別にいいじゃねェか、"執事"なんだし?」
その人はククと喉で笑った。
私はその笑みの理由が分からなくて、首を傾げた。
「とりあえず、ここ。座れば?」
執事さんは、そのソファーの隣をポンポンと叩いた。
確かに、
そのソファー以外に座れそうなものがない。
それはつまり、
ここは客間ではないということだ。
「…でも…。」
「大丈夫だから。ほら、座れって。」
「あっ、」
結局、私はその人に手を引かれる形でソファーに座った。
埋もれてしまいそうなほど、フカフカのソファー。
「うわ…。これじゃ…眠くなりますね…。」
"すごい気持ちいい…"
うっとりした私が目を瞑り、溜め息と一緒にそう言った。
するとその人は「じゃァ寝れば?」と言う。
「何言ってんですか!」とすぐに目を開ければ、執事さんは「構わねェよ」と言った。
そして傍にあった引き出しの中から煙管を取り出した。
「え、え?!それはマズイですよ!」
"勝手に吸っちゃバレちゃいますよ!"
私は口へと持っていく彼の手首を掴んだ。
驚いた顔で私を見た。
「わっ私、やめておいた方がいいと思います!」
何というか、
十四郎さまの若かりし日を見ている冷や冷や感に似ている。
仕えていた者として、彼の行動を止めずにはいられなかった。
なのに、その人はクツクツと笑って。
「お前が執事みたいだな。」
まるで他人事のように言った。
その言葉に私は一瞬息を呑んで、「そんなことありません」と慌てて顔を横に振った。
私が土方家の影武者であることは、極近親者にしか知られていない。
いや、
むしろ。
知られればマズイ。
そもそも。
嘘偽らなければいけなかった理由は、
今もなお十四郎さまを良く思っていない人間のため。
その人間も座を降りた者が多くはいるが、
まるで言い伝えのように「土方家とは関係を持つな」と深く根付いている。
そんな古い考えを捨て、
新しき自分の見解で進む財閥に、私が土方家の顔として影武者になってきたのだ。
こんなところで失態をすれば、
ここまで這い上がってきた苦労が、
水の泡。
私の頭は色んなことを考えていたのに、
隣の執事さんは、
「美味そうなヤツだな、お前。」
突拍子もないことを口にした。
「え…?」
「ククッ…、喰いてェな。」
「あの…、執事…さん…?」
そのまま執事さんは先ほど止めた煙管を咥え、吸いこなしてしまった。
「残念だが土方 紅涙。俺ァ執事じゃねェ。」
ふぅと煙を吐く姿は十四郎さまに似ているのに、この人はもっと艶がある。
何かを纏っているかのように、彼を艶が包み込んだ。
「高杉 晋助。それが俺の名前だ。」
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