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その執事、偽君子4


食堂には綺麗に並べられた豪華な食事。

「これ…どうしたの…?」
「俺が作ったに決まってんじゃん。」

銀は平然とした顔でそう言って私の手を引いた。

でも…、
作る時間なんて…なかったでしょう?

もしかして…今日、
私と二人のこと…知ってた?

「紅涙さまのお口に合うか分かりませんが。」
「ふふ、銀は何を作っても美味しいから、」
"きっとこれも美味しいんでしょうね"

それから。
二人で食事をして、二人で話して。


「銀…。」
「ん〜?」
「今日は…、ありがとう…でした。」

外に出て、
庭の噴水に二人で座った。

「結局、執事っぽいこと出来なかったな。」
「必要ないですよ、そんなこと。」

私は十分、楽しかった。

トシのこと、
考えなくて済んだもの。

「銀が執事をしてくれるのも…いいかもしれませんね。」
"楽しかったな"

見上げた空は、もう星が出てる。
目を閉じれば、夜空に溶け込みそうだった。

「それならさ、」
「…?」

ザーッと噴水の音だけ。
他は銀の声だけ。


「俺を執事にしてよ、紅涙さま。」


その声で目を開けた。

「なァ、紅涙さま。」
"俺を執事にして?"

銀が、私の髪に触れた。
私は促されるように、銀へと視線を向けた。

「銀…、それは…、」
「"それは"?」
「…出来ません…。」
「どうして?」

真っ直ぐな目が、私を捉える。
私はすぐに目を逸らした。

「執事が1人より、2人居たほうが便利じゃない?」
「…。」
「手続きだって、ただ紙面上で増やせばいいだけじゃん、簡単でしょ?」

髪に触れていたが、
私の首へと滑り込んできた。

性に目を瞑れば、
銀がくすりと笑って顔を近づけた。


「それとも紙面上じゃない、特別な契約があるのか?」
「っ!!」


耳元でくすくすと笑って、
そのまま私は銀の腕の中へと抱き込まれてしまった。

「ぎ、銀っ!」
"放してくださいっ"

身体を捩っても、銀は「ダーメ」と腕を解こうとしてはくれない。

「紅涙さま、温けェ。」
「銀っ!」

薄いパーティードレスが銀の熱を直に感じさせる。

人と触れ合っている感覚が、とてもダメなことをしているようで。

「放してっ!」

さらに声を出した時、

―――バスッ

「イテェっ!」

何かが銀の頭に当たった。
頭を擦る銀。

「ちょ、何か飛んで来たんですけどォォ?!」
「だ、大丈夫?銀。」

足元に落ちた、ぶつかったであろう物を二人で見下げた。

「何だ、コレ。」
「激辛…せんべい?」

口に出したと同時に、


「世話かけたな、糖尿。」
"それ、土産"


トシの声がした。

声のする方を見れば、庭から少し離れた場所で柵に寄りかかってコチラを見ている。

「トシ…、」
「ただ今戻りました、紅涙様。」

安っぽい笑顔を浮かべながら、トシがこちらへ足を進めた。

「帰って来なくても良かったのにな。」
"ねェ、紅涙さま"

銀が私を見る。
私はそれに困ったように笑った。

「勝手にどういうつもりだ?その服。」

トシが銀に顎をさす。

「あーコレ?今日から俺は紅涙さまの執事だから。」
"ねェ、紅涙さま"

また銀が私の顔を見て、にこりと微笑んだ。

その視線に続いて、トシも私を見た。
もちろんトシは眉を寄せていて。

「どういう意味だ?」
「どーもこーもねェけど?」
「お前は黙れ。紅涙、説明しろ。」

私はトシの言葉に顔を振った。

「何も…ないです。」
"銀は…銀です"

"執事じゃない"



その時に銀が「あれ〜?」と首を傾げる。


「今、"紅涙"って言わなかった?」
"呼び捨て?"


私はハッとして、トシを見た。
トシは平然とした顔で銀に「はァ?」と言った。

「耳腐ってんじゃねェの?」
「トボけんなって。」
"無理があるぜ?"

銀がククッと喉で笑う。
トシは私の手を引いた。

「おいおい、それは俺のお姫さんだぜ?」
「黙れ、白髪。」
「白髪じゃねェ!銀髪だ!!」

足早にトシは私を引っ張った。
後ろでは銀がまだ叫んでる。

だけど私の耳には、


「分かってんだろォな、紅涙。」


前を行くトシの低い声しか聞き取れない。

「テメェまで勝手にそんな服着やがって。」
「こっこれは…、」
「俺に言い訳?」
「っ…、だって…、」

私がゴニョゴニョと言えば、トシは「まァいい」と言った。

「素直に謝るまで、分からせてやるよ。」
"俺がどんなに苛立ってるか"


それからすぐに、
トシは私の部屋に押し入って鍵を掛けた。

長い夜を恐れて、
私は「ごめんなさい」と早々に謝ったのに、
結局トシは部屋から出て行かなかった。


そして。
後々に分かったことだけど、

『身体中にある痕は何?』

あの時に銀が言った痕。
そんなものは私の身体に1つもなかった。

どういうつもりで言ったのか、

考えれば考えるほど、
分かりたくないことばかりだったけど、

そんなことなんて後回しにしてしまうほど、
トシの怒りを買うものが届いた。

それは、


「…どうされます?出席しませんよね?」

珍しくトシが「止めておけ」という言葉から始まった、

「いえ…、大切な取引先ですし…、行きます。」
「ですが、コイツだけは」
「トシ。」
「…失礼しました。しかし…、」
「大丈夫ですよ。彼ももう実権を握る存在になったのですし…、」
「それは実権を握った方が、より自分のためになると」
「何にせよ、私はお受けします。高杉家の招待を、喜んで。」


高杉家からの招待状だった。


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