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その執事、一心3


「よォ、紅涙。」
「ご無沙汰しております、晋助様。」

広い敷地の中を進み、
大きな門を開ければ、
わざわざ玄関まで晋助様が出迎えに来てくれていた。

「お部屋までお伺いしましたのに…、」
「何言ってんだ、遠慮するこたァないさ。」
"お前は俺の女になるんだぜ?"

晋助様は薄っすらと笑みを浮かべて私の腕を掴んだ。

「他の男と長居させるわけにはいかねェな。」

そう言うと、嗾けるようにトシを見た。
案の定、トシは私に掴みかかる晋助様の腕を掴んで、

「お放しください、高杉様。」

同じような薄い笑みを晋助様に向けた。

「紅涙様が嫌がっておられます。」
「そォか?俺にはそういう風に見えねェけどなァ〜?」

晋助様は喉でクツクツと笑い、「なァ?紅涙」と私を見た。
私は晋助様から目を逸らして、

「…トシ、」

掴まれている方と反対の手でトシの手を掴んだ。
トシはこれでもかと言うほど私を睨んだ。

「何です?」
「…ここは…、晋助様のお屋敷です。」
「…それが?」
「手を…上げてはいけません。」

私はトシの手に力を入れた。
もちろん、トシの手はビクとも動かない。

「放して、トシ。」
「…。」

その間で晋助様がまた笑った。

「あからさまだなァ、執事のくせに。」
「…主の望むことを申しているまでです。」
「ククク、それがいつまで続くんだかねェ。」

私は溜め息をついて「トシ、」とまた呼んだ。

「私は手を放してくださいと言ってるんです。」
「…。」
「私が望むこと、出来ますよね。」
「…、かしこまりました。」

ようやくトシの手が放れた。
でもすぐに「ですが、」と声を続ける。

「今日はどのようなご招待なのでしょうか、高杉様。」

トシはそう言い、"何の用があるのか"と目で聞いた。
晋助様はトシを見て小さく笑い、

「ンなの決まってんだろ?」

そして私の腕を引っ張り、腕の中に閉じ込められた。


「高杉家と土方家の契約だ。」
"紅涙のためにな"


晋助様は笑みを浮かべ、私の額にキスをした。

これはさすがにマズイ。
トシの気分をさらに損ねる原因になる。

「しっ晋助様っ、」

私は晋助様の胸を押した。
トシの顔を窺えば、眉間の皺がこれでもかと言うほどに寄っている。

「と、とにかく晋助様、本題の方へ入りましょう?」

私は慌てて、晋助様を押した。
晋助様はまた至極楽しそうに笑い、「そうだな」と足を進めた。

私は振り返り、

「トシは待っていてくださいね。」

と引きつる笑みで声を掛けた。
トシは冷たい目で私を見て、

「いーえ。」

とシレッとした顔で口にして顔を横に振った。

「契約に立ち合わせていただきます。」
「え…?でも」
「私も土方家を支える身、今後を変える契約には立ち会うべきかと思いますが?」
「っ…、そう…ですね。」

確かに。
トシの言葉は最もだ。

むしろ、これは土方家を左右すること。

それはつまり、
十四郎さまが関係すること。

私は晋助様の顔色を窺いつつ、

「晋助様、トシも一緒に…、」

そろりと声を掛けた。
でも予想通りに、

「駄目だ。」

晋助様は私をチラリとだけ見て、「認めねェ」と言った。

「…そう…ですよね。」
「俺の執事を呼んでやる。そいつと遊んでろ。」

晋助様がそう言っただけで、サッと初めに来た時に見た金髪の若い女の人が出て来た。

「何スか?晋助様。」
「また子、コイツの相手をしてやれ。」

そう言って顎を指されたのは、もちろんトシ。
指された相手を見た"また子"と呼ばれる執事は、

「えェェェェェ〜?!コイツは嫌ッスよ〜!!」

トシに指さして言った。
その言葉にトシは「あァ?!」と喧嘩ごしに半歩踏み出した。

「こっちが願い下げだ、このアマ!」
「ンだと、この瞳孔開きヤロォ!!」

また子さんも同じように半歩踏み出して声を上げた。

"売られた喧嘩は買う"

こういう考えは何も変わっていないトシに、私は小さく笑った。


「紅涙、行くぞ。」

二人を見て笑う私の背後から、耳元で晋助様が囁いた。
私は慌ててそれに振り向き、コクリと小さく頷いて「はい」と返事をした。

晋助様の思惑も分かっている。


『俺の嫁になれ。』


その話をトシにはしていない。
出来なかった。

何故?

私とトシは、
ただの主従関係なのに。

どんなことがあったって、
何度考えたって、

十四郎さまと私は、
ただの主従関係なのに。


『いずれにせよ、土方家は近いうちにお前を必要としなくなる。』
『いつの時代だって、継ぐべき者は正統な血がいいんだよ。』


それでも私はまだ彼の傍に居たいから。

私は今日、
断るつもりでここに来た。

なのに、結局。
この状況に、この思考。

「前と…何も変わらないな…。」

自分の成長のなさに、小さく溜め息を吐いた。


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