15
その執事、一心7
火事だと騒ぐ使用人をよそ目に、私とトシは屋敷を出た。
「トシ…、」
私が声を掛けても、トシは返事をしない。
黙々と前を見て歩き続ける。
「ごめんなさい…、トシ…。」
勝手なことをしたと思ってる。
助けに来てもらってホッとするぐらいなら交わさなければいいのに。
それでも私が晋助様と契約を交わそうとしたこの気持ちを、
トシはどこまで分かってくれているのだろうか。
「もう…、下ろしてください…。」
中庭で、ようやく私の声に目を合わせ、
冷たい視線で見下げたトシは、静かに私の足を地面に付かせた。
ふぅと細く溜め息をつけば、後ろで「火事だ」と騒がしい声が聞こえる。
振り返り晋助様の屋敷を見たとき、
「っ!?痛っ…トシ?!」
握りつぶされそうなほどの力を、右腕に感じた。
そのまま手を引いて、また私の言葉を無視して歩き続ける。
私はトシに引きずられるようにして足を進めた。
「トシっ…、痛いです!」
何度目かの声を上げた時、
乗ってきた車に押し入れられた。
ハンドルで腕をぶつけながらも、私を運転席から押し入れる。
あまりにも悪いこの態度に、私は大きな声で「トシ!」と呼んだ。
するとトシは、見たこともないような目で、
「黙れ。」
低く私に言って、さらに強く押した。
私はそんなトシを見て、声を上げることが出来なくなった。
今までに例がないほど、トシは怒ってる。
トシは運転席に座って、ドアを閉めた。
そのまま発進するのかと思えば、トシはエンジンキーを取り出さずに私の方を向く。
「どういうつもりだったのですか、紅涙様。」
決して広くは無いこの車内に、
トシの声がぶつかっては私の耳に届く。
色んな場所から責められているみたいで、私は自分の身体に力を入れた。
「どういうつもりで契約をしようと思ったのですか?紅涙様。」
まるで私に理解させるように、
トシは丁寧に言い直し、ゆっくりと口にした。
「…土方家と高杉家の友好関係を」
「違う。そっちの話じゃねェ。」
言葉遣いが、徐々に変わっていく。
トシが自分を我慢できなくなってきている証拠。
「…、」
「何だよ、気まずいから言えねェのか?」
「ちっ違う!」
「なら、言え。どうしてあんな契約を交わそうとした?」
「っ…、」
自分を落ち着かせるように、トシは胸ポケットから煙草を取り出した。
一本を取り出して、口に咥える。
咥えたまま、トシは雑に私へライターを投げた。
「火。」
顎で咥えている煙草を差すような仕草をして、私に火を点けろと促した。
私は黙ってライターを手に取り、その煙草に火を近づける。
聞こえるか聞こえないかの音で、ジュッと煙草が燃える音がたつ。
「まだ言わねェ気か?」
「っ…、あ、あれは…っ…、」
「"あれは"?」
「あれは…っ…、その…っ…、」
口に出来るわけがなかった。
『あの契約をした限り、お前は俺から離れられねェ。』
『お前が俺を必要としなくなっても、一生離れられねェんだよ。』
そう言うトシから離れたいかのようなことだから。
口にすれば、きっと誤解される。
そう、思っていたのに。
「そんなに離れてェか。」
トシは思ってもみないことを言った。
私は慌てて顔を横に振った。
「ど、どうしてそうなるんですか?!」
「そういうことだろォが。お前は俺から少しでも離れるために」
「違います!それはっ…、違います…。」
いくら声を上げても、
私の思いを口にすることなんて出来ない。
本当はトシに…、
十四郎さまに必要とされなくなる日が恐いだけ。
それならトシが誰か添い遂げたい人が出来た時、私はどうすればいい?
黙って傍で見守ってることなんて…、
私には…、
出来ない…。
唇を噛んで俯いたとき、肩に物凄い力を感じた。
「っ?!」
先ほどのように痛みを伴った力。
私が驚いて顔を上げれば、トシに齧り付くようなキスをされた。
「ッ…、ぁ…ッと、シ!」
胸を押しても、距離は何も変わらない。
それどころか助手席に体重を掛けて、抑え付けたままキスをしてシートを倒した。
「ちょッ…トシっ…!」
乱暴に舌を伸ばされて、それに絡めなければ苛立った様子でトシが唇を放した。
濡れた唇を私に見せるトシに、「車ですよ!」と言った。
トシは「知ってる」と冷たい目で言う。
「そっそれに晋助様の敷地です!」
「それも知ってる。だからヤるんだよ。見せ付けてやればいい。」
「なっ?!」
トシの言葉が消えたのと同時に、私の首筋に生暖かい物が這う。
「っ!っ、ぁト、シ!ほんとに、っ駄目です!」
「煩ェな。」
小さい舌打ちが聞こえて、トシは自分が巻いていたネクタイを引き抜いた。
私は唖然とした様子でそれを見ていれば、両手首を掴まれて上の方に束ねられる。
「なっ何をしてるんですか!」
「あんまり煩ェと口も縛んぞ。」
「っ…、」
トシは起用にシートベルトと自分のネクタイを絡ませて固定した。
両腕を束ねられた私はあまりにも無防備すぎて恐くなる。
「やっ…、だ、!」
顔を横に振って身体を捩れば、トシは雑に服の中へと手を入れた。
冷たいトシの手に、私の息を呑む音が聞こえる。
そしてすぐに温かすぎる熱と、柔らかい舌の感触が鎖骨から降りていく。
「ンぁっ…、ッと、シぃっ…、」
胸の房を脇から撫で上げられれば、ゾッとする感覚が気持ちよくて。
「好きだよなァ、紅涙。」
"こーされんの。"
トシの声を頭の隅に聞きながら、無意識に腰が揺れる自分を感じた。
その舌先が、固くなった先を弄ぶように突かれれば、声を我慢することなんて出来なかった。
快楽に溺れて、理性が薄れていく。
僅かにあるものを掻き集めて、身体の上を黙々と吸い上げるトシに声を掛けた。
「ひぁっ…っ、ト、シっ…誰か、っに、見られたらっ、」
ここは晋助様の敷地。
そして車の中。
忘れてはいけない現状だ。
なのにトシは私の言葉を無視して、執拗に脇から頂を舌で撫で上げる。
その感覚にいつまでも慣れなくて、私はしつこいほどに声を上げた。
「いいか、紅涙。」
トシは私の身体にいくつもの痕をつけながら言う。
「お前が気持ちいと感じるのは、俺がお前の全てを知ってるからだ。」
言葉を紡いで、トシは顔を上げ私を真っ直ぐに見る。
朦朧とする意識も、その目には息を詰めてしまう。
「お前は俺で、俺はお前だ。」
私の両脇にトシが手を差し込んで、
身体を持ち上げるようにシートの上の方へと私をずらす。
「たとえ、お前が表面上でも離れることが出来たとしても、俺たちは離れることなんて出来ねェ。」
ズッと私に迫ったトシは、息が掛かるほどの距離で私に冷たく微笑む。
「どんな形であろうと、お前は俺で、俺はお前だ。」
トシが私の前髪を掻き揚げた。
その顔は、変わらなく冷たく笑うのに。
私には…、
「この契約をした限り…、お前は俺のモノだ。」
唯一、
私たちを繋ぐ、その"契約"に。
「…、十四郎さま…、」
十四郎さまが、縋りついているように見えた。
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