17
その執事、虚偽1
「俺は信じねェからな!」
"野郎に仕えるなんてもっての外だ!"
銀は玄関で声を上げる。
屋敷の外まで聞こえそうな声に、私は宥めるように「ごめんなさい」と言った。
「紅涙さまが謝るこたァねーだろ!」
「でも…知っていて私も過ごしていたことだから…。」
「いいんだよ、紅涙さまは!」
「そうだ、紅涙。お前が謝るこたァねーよ。」
十四郎さまのその声に、
私が「だけど…」と口ごもれば、それよりも大きな声で銀が「あァァァ!」と言った。
「テメェ!早速呼び捨てしやがって!!」
「いちいち煩ェんだよ!」
"前からだ!"
その言葉に銀は「前からだとォォォ?!」とさらに声を上げて、「認めねェからなァ!」と走り出して行った。
十四郎さまは「認めてくれなくて結構」と心底面倒くさそうな顔をして、「それに、」と私に向きなおす。
「これからも、紅涙がここの主だ。」
私をチラリと横目に見て言った。
「え…?」
「俺が土方家を堂々と背負うつもりはねェよ。」
「どっどうしてですか?!」
こうなった以上、
十四郎さまがこの家を継いだ方が良い。
ようやく、
受け入れてくれる時が来たんだから。
今までの苦労が、
こうしてやっと形になったんだから。
「お前で上手くいってんだ、このままでいい。」
「そんなっ…、」
私が言葉を詰まらせれば、十四郎さまは小さく溜め息をついた。
「悪ィが、手放す気はねェよ。」
"お前が嫌でもな"
その言い振りからして、
十四郎さまは私がまだ土方家を嫌だと思ってる。
嫌なわけ、ないんです。
確かに、土方家のためには今を活かすべきだ。
だけど。
私の本音は…、
私がずっとこうして過ごせるのなら、
土方家の成長など…願ってません。
そんな風に私は考えて、十四郎さまを見上げた。
十四郎さまは小さく笑って、
「もうしばしのお付き合い願いますよ、紅涙様。」
屈んで私の右手を取り、忠誠のキスをした。
一夜は明けて。
屋敷の中はいつも通りに動いていた。
騒がしかった銀は、私が元のままだと知った途端に「あ、そうなんだ」と落ち着いた。
朝食も、相変わらず甘いものをたくさん作ってくれた。
総悟さんはどうやら十四郎さまの素性を知っていたようで、至って冷静。
「主は変わらない」と十四郎さまが言えば、唯一、「どうだか」と意味深な言葉を言った。
「紅涙様、今日の松平邸への外出ですが、」
「はい、」
トシも変わらない。
十四郎さまという人格は今まで通りに抑えられ、トシとして私の執事をこなす。
手元に置かれた手帳を見て、今日の予定を確認する。
「その松平邸への外出、延期しませんか?紅涙様。」
「どうしてです?松平様から何か連絡がありましたか?」
「いえ、そういうわけではありませんが。」
"まだ外出するのはあまり利口な判断でないと思うのですが"
要は、「行くな」ということ。
「ですが松平様は約束事を守らないことに人並み以上の厳しさをお持ちの方です。」
「十分に存じ上げております。」
「それに色んなことで助けてもらっている存在。とてもお世話になっています。」
「…。」
「行かないわけにはいかないでしょう?」
私が困ったように微笑めば、トシは不貞腐れた顔をした。
「癪だが紅涙さま、その意見に俺も賛成だな。」
「銀…、」
その声に目をやれば、
銀が雑に頭を掻いて「立ち聞きさせてもらったぜ」と何てことない顔をして言う。
「聞いていたんなら分かりますよね、行かないわけには」
「いや、今日はそれでも行かない方がいいと思うぜ。」
「それは…トシとはまた違った考えがあってのことですか?」
その問いに銀は少しの沈黙を作って、「あぁ…」と煮えきらない返事をした。
その返事に違和感を覚えたのはトシも同じだったようで。
「何だよ、考えっつーのは。」
気まずそうに私から目を逸らした銀に問い詰めた。
銀はそんなトシを見て、「執事なら世情を知ろよ」とボソリと言った。
トシは銀の言葉に「ンだとコラァァ!」と突っ掛かる。
また始まる小競合いに、
「とにかく、」
私は止めるように言葉を出した。
「私は行きます。」
「紅涙さま、ほんと今は止めといた方がいいんだって!」
「大丈夫ですよ、銀。トシ、車を。」
「…。」
「トシ。」
「…かしこまりました。」
どうしてそこまで止めるのか、
私はそんな大袈裟に考えなかった。
トシが心配したように、
昨日の今日でする外出は誤解を招くだけだという程度だけだと。
私の頭の中で、勝手な自己完結をしていた。
「紅涙様、車の準備が出来ました。」
トシの呼びかけに、私は返事をして屋敷を出た。
屋敷の外壁に沿うように、記者は未だに様子を窺っている。
「しつけェな、アイツら。」
運転しながらトシが言う。
私はその険しい表情をバックミラーで嗅ぎ取って、
「それだけ土方家が一目置かれているということですよ。」
スモークの張った窓を眺めたまま、
記者の間を通り過ぎた。
- 18 -
*前次#