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その執事、虚偽2


「お〜ゥ、よく来たなァ紅涙ちゃん。」
「こんにちは、松平様。」
「トシも相変わらずツレねェ顔してんなァ〜。」
「…ありがとうございます。」

松平様はトシの言葉に「褒めてねェよ、馬鹿が」と言った。

いつも使われているこの応接室。
長過ぎるほど長いテーブルの先に、松平様がいる。

お金持ちというのは、面白いほど違う。

自分の部屋を質素にする晋助様のような人も居れば、
あからさまにピカピカのキラキラを好む松平様。

前者であろうと、後者であろうと、
それにこだわりがあり、莫大な金額がするのは目に見えているが。

「それにしても随分とまァ大変じゃねェかァ〜?」

松平様はトシより長く見える煙草を咥えて煙を吐き出す。
私はその言葉に「何の一件でしょうか」と微笑んだ。

動揺しては、負けだ。

たとえ世話になっている恩人だとしても、
いつこの手中に収められてしまうか分からない。

喰い、喰われ。
私たちの世界はそんな場所。

「何のって、とぼけちゃってェ〜。」
"おじさん、心配しちゃうよォ"

口とは裏腹に、
松平様がそう言ってくださる様子は、上辺の興味を感じさせた。

「紅涙ちゃん、うちで専属にならねェか〜?」
「"専属"?何のお話ですか、松平様。」
「まったまたァ〜。あんまり大人をからかうと駄目だよ、紅涙ちゃ〜ん。」

私には松平様のいうことが飲み込めなかった。
首を傾げていれば、「あ〜そうか!」と松平様が何かに閃いた。

「お金の問題は心配しなくていいよォ〜?おじさん、こう見えてもお金持ちってやつだからさァ〜。」
"弾んでやるよ"

"お金"?"弾む"?
繋がらない会話に、横からトシが「松平様、」と呼んだ。

「話は見えないのですが、紅涙様が専属になるというのは問題です。」
"紅涙様は我が土方家の当主ですから"

その言葉に松平様は煙草に口をつけて、ふぅぅと声に出して吐き出した。

「まだそんなこと言ってんのかテメェはよォ〜。」
「…何を仰っているのか私には」
「俺の気持ちが分かるか、トシ。土方家と交友のあった俺が、ちまたの噂で耳にした俺の気持ちを。」
「…。」
「おじさんは贔屓にしてやってたつもりだったんだけどよォ〜。」
"裏切られたようなこの感覚は何だろォ〜な〜"

松平様は険しい顔でトシを睨みつけた。
トシも同じように険しい顔をしたけど、目は伏せられるように下を向いていた。

私がその空気を裂く。

「松平様…、あれは…嘘でございます。」
"証拠のないただのデマ"

嘘は私。
でも突き通すしかなかった。

机の下に手を握り締めて、真っ直ぐに松平様を見た。

松平様は黙って私に目を向けた。
そして鼻で笑って。

「残念だけど、既に裏は上がってんだよねェ〜。」
"松平を舐めちゃ駄目だぞ、紅涙ちゃ〜ん"

楽しそうに口を歪める。
私の隣に立つトシが「調べたんですか」と言った。
松平様は「当たり前だろ」と返した。


「ほんとは殺してやりてェぐらいにおじさんの腹は煮えくり返ってる。」


私はその言葉に口を強く閉じた。
松平様は「だがな、」と続けた。

「紅涙ちゃんが頑張って嘘をついたから、優しいおじさんになってやろォってんだ。」

横に立っていたトシが、さらに私の方に近付いた。
松平様は笑う。

「トシよォ、そんなにイイのかァ?その女。」

トシが「どういう意味です?」と聞いた。
松平様は煙草に口を付けて、また声を出しながら煙を吐く。

「土方家の主を明け渡してテメェが執事。お前がそこまでして匿うその女。」
「っ…、ま、松平様…?」
「その理由なんて単純なもんだろォ?ヤッてんだろ?毎日お盛んなんだろォ?」

頭が、追いつかない。
松平様は、何を言ってるの?

「でも安心していいよ〜、紅涙ちゃん。おじさんは紅涙ちゃんが可愛かったから、これからも土方家との友好を約束する代わりに、おじさんと遊んでくれればいいから。」

どうして…?
どうしてそんな話になるの?

唖然とする私の肩を、トシが引き寄せるように抱いた。


「松平様、失礼にも程があります。ご自分でお話していることを理解されておりますか?」
「"失礼"?本当のことだォが。」
「何を根拠に」
「お前の態度と、ちまたの噂。」

そう言って、松平様はピッと何かをつけた。
右側の壁に、大きくスライドで映し出されたのはニュースで。

そのニュースの中では、土方家のことが取り上げられていた。
どこかで撮られたトシの姿と、私の姿が大きく映し出されて。

『ではやはりこの女性は影武者をしていたということですか?』
『そうですね、それが有力です。』

コメンテーターがそれを見て話し合う。

「な…に…?」
「見たまんまだよ、紅涙ちゃん。今、土方家は絶好の注目を浴びている。」
"不思議なほどに、土方 十四郎を褒め称えてるがなァ〜"

『しかしどうしてこの数年、この女性は十四郎さんの代わりを務めてこれたのでしょうか。』
『どうやら取引をしたとの情報が入ってきております。つまり土方家を貰う代わりに、何かを与えると。』
『等価交換…ですか?』
『えぇ。まぁもちろん、十四郎さんも彼女に一目置いているということもありますね。』

「もぅ…っ…、止めてくださいっ…。」
「紅涙ちゃん、これが今の世情だ。よく見ておけよォ〜?」
"これからの外交にだって影響することなんだからよォ"

『ほう、"一目"と言いますとどのようなものでしょうか?』
『彼女は従事として娼婦紛いのことをしていたと言われています。きっとそれが彼女の交換したもの。』
『なるほど…、』

「っ…止めてっください!」

『そのような人間が十四郎さんの傍にいるのは良くない状況ですねー。』
『土方家のイメージを損ねますからね。早急に十四郎さんに対応願いたいことです。』

「止めてっ!!」

耳を塞いで声を上げたのと同時に、トシが私の腕を引く。
そのまま胸の中に抱き込まれ、私の耳を塞いでくれるようにトシの腕が絡まった。

「何〜だよ、俺ァ世情を教えてやっただけだろォ?」
"ンな顔で睨むなよォ〜トシ"

ふらふらした松平様の声が、トシの腕のお陰でくぐもって聞こえる。

それでも十分すぎるほど、身体の内側が震えた。

信じられない。
こんなことになってしまっていることが。

どうして?
どうして急に?


『急なことじゃない。』


「っ?!」

その声が、
頭の中で響いた。

その声は、

『いつの時代だって、継ぐべき者は正統な血がいいんだよ。』

私に甘い声で囁く、

『紅涙、俺が拾ってやる。』

晋助様の声。

「松平様。」

トシの声に、ハッと目を開ける。
トシはより強く私を抱き締めた。

「金輪際、土方家とお付き合いはご遠慮願いたい。」

声が低い。
松平様は笑った。

「構わねェ〜よ?土方家でメリットなんて1円たりともなかったんだしよ〜。」
"紅涙ちゃんと暇つぶししただけだったしなァ〜"

私は、
何をしてきたんだろう。

私は十四郎さまの代わりに、
何が出来ていたんだろう。

私は土方家に、

何を残せたんだろう…。

「…帰らせていただきます。」
「おー帰れ帰れ。せいぜい帰り道には気をつけろよー。」
"紅涙ちゃんは消されるぞ"

意味深な言葉を吐いて、松平様は煙草を吸った。
トシは何も言わずにその場を後にした。

私はトシに支えられるように肩を持たれて歩き、松平邸を出た。


歩いている廊下でも、トシは「何だよありゃァよォ」と苛立った様子で口にした。
私は何も言わずに歩いた。

玄関を出た時、

---バシャッ!

「っ?!」

私は水を被った。

いや、

「この不潔!とっとと出て行きやがれ!!」

水を、掛けられた。
頭の先から足の先までズブ濡れ。

掛けた人は、この松平家に使える使用人。

「尻軽女が偉そうな顔して歩くな!」

浴びせられる罵声。
隣のトシが「この野郎!」と足を踏み出した。

「トシ。」

私はトシの腕を引っ張った。

「…いいですから。」

顔を横に振り、トシに微笑む。
トシは「何がいいんだよ!」と私に声を上げた。

「いいんです、…帰りましょう?」

私が同じ顔でそう訴えれば、
トシは舌打ちをして、また私の肩を抱くようにして歩き出した。

水を掛けた使用人の前を通ったとき、
「汚らわしい!」と心底憎そうな声が聞こえた。


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